その令嬢、提案する
本日三話目
「殿下、ご機嫌麗しゅう」
「やあ、レイ」
アレス殿下の私室に姿を見せたレイの姿を見てアレスは笑顔で手を振ってきた。それだけでレイの表情はパッと誰が見てもわかるほどに輝いた。
しかし、レイはアレスとお茶を楽しんでいる内に彼の笑顔の中に僅かに影があることに気づいた。
時折、頰を付いたまま軽くため息を吐いたり、遠い目をしたりと心ここに在らずといった様子なのだ。
それに気づいたレイは全力を出すことを決めた。
なにせ愛しい人の一大事である。
アレス様の問題は全力で叩き潰す。主に物理的な力で!
それがレイの思考であった。
なにせアレスが白と言えばどんなに黒であろうが白にする。それがレイの考えだ。
将来、王を支える王妃となるべき人物としては失格とも言えるような性格なのだが、今までの結果だけを取れば最終的にはアレスのもとい国にも利点が存在するように落ち着いているのである。
そしてそんなどこか決意を新たにしたであろうレイの前にいるアレスもまた焦っていた。
目の前にいるレイの瞳を見てまたなにかしらやらかすというのを確信したからである。
そのためアレスはレイと対面する際にはなるべく迷っていることや悩み事などは表情に出さないように心がけていた。
今のところは隠せた事などは一度もないのだが……
小さな事、自分に関わるようなたわいない事ならばお茶をしながら話すには丁度いいだろう。
だが、王族としての執務を行なっている上で上がる悩みなどは到底話せるものではない。いや、普通ならば貴族、王族としてたわいない雑談として終わる話であろう。
目の前にいる彼女が物理的になんでも解決する力を持つ人物でなければ、だが。
彼女の来訪は素直に嬉しい。
しかし、それは笑顔の来訪と共に面倒ごとが同時にやってくるというサインでもあった。
「どうされたのですか殿下? 何かお悩み事でも?」
「いや、大した事ないんだよ」
レイが悩みを解決しようと切り出してきたことに身構えながらもアレスは曖昧な笑みを浮かべる。
大体の令嬢は今のアレスの表情を見ると頰を赤らめて追求するのをやめてくる。アレスは自分が他人からどのように見られているかよくわかっていた。
「いえ、殿下の表情が曇ってます!」
だが目の前の婚約者である令嬢には通用しなかった。
キラキラと何故か輝く瞳に見られてアレスは再び深いため息をつくとわかったよと椅子へ深々と座る。
「父上の調子が悪くてね」
「陛下がですか?」
「ああ、ここ最近風邪をこじらせたのか体調が思わしくないんだ」
だから仕事が僕に回ってくるんだよとアレスは笑う。
「つまり、陛下の調子が悪いというのが殿下の悩みでしょうか? でしたら陛下を亡き者にして殿下が王位に就けば陛下の文官が殿下に付く……」
「それはやめよう! 絶対にしたらダメだからね⁉︎」
「は、はい、殿下がそう仰るならしません!」
風邪ごときで命の危機に晒された父親をアレスはテーブルに身を乗り出し、必死の形相で説得する。
自然とレイとアレスの顔は近づくことになりレイは頰を赤らめて恥ずかしそうにしながらも同意した。
雰囲気だけを見ればいい雰囲気なのだが会話内容が殺伐としすぎていた。
父親の命が繋がったことに安堵したアレスは椅子に倒れるように座り込み安堵した。
「いくら君でも病気はどうにもならないだろう?」
「そうですね。私も体のどこが問題なのかわかれば対処できるんですが……」
珍しくどうすることもできないといった様子を見せ、申し訳ないと言わんばかりにシュンと俯いたレイにアレスは悪いとは思いつつも微笑んでしまった。
「風邪だから寝てれば治るよ」
「悪い箇所がわかればそこを抉り取って回復魔法で治すのですが…… 殿下も悪いところはありませんか?」
「今はないよ、大丈夫……」
そんなレイの物騒な治療方法を聞き、アレスは体調管理に気をつけようと心に決めたのであった。