第2話 プリーストになるまで
街の入口に着くと門も閉まっているにも関わらず中の活気が伝わってきた。
門の左右に2人の番兵が分かれて立っており、右の番兵のさらに右横には詰所と思われる掘っ建て小屋がある。
門の前まで行くと番兵に声をかけられた。
「旅人の様だがギルドカードは持っているか?」
この世界でも身分証は必要らしい。
「すみません。片田舎から出てきたものでギルドの登録もまだなんです。」
アテナからどういうことになるかは聞いていたためそれらしい言い訳を用意していた。通用することも確認済みである。
「そうか。では、簡易の検査を受けてくれ。無事入れたあとギルドで登録してくれればいい。」
こちらの返答に番兵は鷹揚に頷くと名前を書く紙と透明な水晶を用意してくれた。
水晶の名前は真実の水晶。G・Oでは違反者などの報告の為にギルドに置かれていたが、ここでは犯罪者の判別や嘘発見器のような使い方がされているらしい。
真実の水晶を握ると白く強い光を放った。それを見た番兵が「ほう」と声を上げる。
何か不味いのかとそちらを見るがゆっくり首を横に振って教えてくれた。
「握った者が犯罪を犯していた時にそれは黒く濁る。それ以外の場合は基本は光らないんだが火・水・風・土・光・闇のどれかの属性が強いとそれぞれ赤・青・緑・黄・白・紫に光るんだ。 君は光属性が強いようだね。神官か聖騎士に向いているんだろう。」
「そうなんですか。」
説明はありがたいがそんなことは百も承知である。なんせG・Oでの自分はプリーストをメインジョブとしてずっとやっていた上こちらではプリーストにしかなれないのだ。
必要な属性どころか立ち回りすら覚えている。後は体がついていくかどうかだけだ。
「セイヤ・カマタ君か、珍しい名前だな。検査の結果問題ないことも分かった。ようこそガルディアへ。」
右手に槍を持ちながら左手で街の中へと手を広げて迎え入れてくれる。
ついでにギルドの場所と教会の場所を聞いて改めて礼を言ってから街の中に入った。
ゲーム内では気にすることは無かったがこちらが現実となった今では身分証が絶対必要になるためギルドに向かう。
記憶通り入口から真っ直ぐ行った街の中心部にあったので迷うことなくたどり着いた。
中は様々な格好をした冒険者たちと依頼に来たであろう人で溢れかえっていた。
「どうかされましたか?」
いくつも並んだ受付のどこに向かおうかと視線をさまよわせていると声をかけられた。
振り返るとそこには輝きを放つ銀髪を腰まで伸ばした女性が微笑んでいた。
「ギルドカードの発行をお願いしたいのですがどの受付か分からなかったもので。」
後頭部を掻きながら苦笑しているとその女性は表情を明るくして話し出す。
「それでしたら私がご案内します。カード発行と案内が私の仕事ですから。」
歌でも歌い出しそうな雰囲気で手を引かれて右端の方の受付に連れていかれる。
どうやら左が依頼を出すなど一般人への受付で、右が依頼を受けるなど冒険者達の受付のようだ。
…それと手を引かれだしてから視線が痛い。
見渡すように確認してみるが前後左右の全方向から相当な数の視線を受けている。視聴率は80%ってとこだろうか。
視聴率ランキングならぶっちぎりの1位を獲得できるだろうが、今俺が押し付けられているのは栄冠などではなく紛れもない殺意だった。
「ではお名前と年齢、あとは適正職業か現在の職業を、あれば得意属性も書いてください。」
さすが異世界と言うべきか住所や生年月日はいらないらしい。必要と言われても困るが。
「適正職業って教会で見てもらってからの方がいいですか?」
G・Oでは教会が転職所になっている。それぞれの職を司る神の神託を受けその職業になるためのお告げの証書(アイテム名で適正のお告げ)を読むことで転職出来るという設定故だ。
しかし、この世界ではそれを受けることが出来るのは上位職への昇進を除けば1度切りのため転職が出来ないのだ。
「そうですね。教会に行けば適性のお告げを受けれますし、受ければそのまま証書も発行されますから。」
「一度行ってから戻ってきて大丈夫ですか?代金は先に払います。」
万全だと思っていたが見通しが甘く、そうもいかなかったようだ。アテナから貰っていた軍資金である10000ドラク(1ドラクが約10円程度)のうちから100ドラクである銅貨1枚を払った。
「戻ってきてからでも良かったんですよ。でも先にお受け取りしますね。戻られましたら私に声をかけるか案内のリリーを呼ぶよう頼めば私が出てきますから。ではお待ちしております。」
丁寧に一礼して送り出してくれるリリーさんに軽く会釈してギルドを出る。
教会はギルドの裏にあり、脇道を通っていけばすぐだった。
「ようこそ、ガルディア教会へ。新米冒険者殿かな?」
縦に2〜3メートルはある扉を開けて入るとすぐに入口付近にいた神官に声をかけられた。
「はい、適正のお告げを受けに来ました。」
「そうか、今は他の冒険者殿もいない。すぐに受けれるだろう。」
「ありがとうございます。」
ゆっくりと奥にいる長い白い髭が特徴の大神官の方へ向かうとまたも相手の方から声をかけられた。
「適正のお告げでしたかな。早速取り掛かろう。」
さほど距離もなかったしどうやら聞こえていたらしい。
近くで布を両手の上に乗せて待っていた女性神官に100ドラクを払いG・Oのキャラがやっていた片膝立ちになり、両手を組むという祈りのポーズをとった。
それを見た大神官が羊皮紙を祭壇の上に上げると羊皮紙が光り出す。
「では神々に代わり適正のお告げを渡そう。アテナ様のお告げによりセイヤ・カマタ殿はプリーストに向いているであろう。」
分かりきったことではあるが証明のために貰うので住民票もしくは免許証の交付のような気分だ。これを読んで職業の証を神から貰うことでようやくプリーストとして認められる。
それまではただの自称となるので上位職を除けば以降プリースト以外を名乗ってもただの痛いやつということになるのだ。
証書と共にギルドから支給されているという初期装備のローブとメイスも貰ったのでまた脇道を通ってギルドに戻ると何やら騒がしい。人垣の奥を見るとさっきのリリーさんがスキンヘッドの大男に絡まれていた。
「おい!リリー!さっきのやつは誰だ!俺というものがありながら他の男にデレデレしやがって!」
どうやらあのハゲは俺が原因でリリーさんに絡んでいるらしい。
冒険者としていっぱしの能力とやらがどれほどのものなのかハゲの後頭部で試してもバチは当たらないだろう。
さっきの殺意の視線の量を考えれば下手に止められもしないと読んで人垣をかき分けていく。
受付に身を乗り出してリリーさんに掴みかからんばかりのハゲの後ろまで来るとおもむろにメイスを縦に振りかぶった。
ブン!という音にハゲが振り返りるが時すでに遅し、メイスはハゲの顔面にめり込み海老反りで床へと叩きつけられる。
周りはざわ…ざわ…と騒がしいが倒れてるハゲを足で退けてからリリーさんの居る受付の前に立った。
「証書貰ってきました。ギルド登録お願いします。」
淡々と告げたのだがそれが逆に周りの勢いに火をつけることとなる。
「こいつプリーストか!?」
「しかもなりたてみたいだぜ!?」
「それでザックを一撃かよ!?相当な馬鹿力かたまたまなのか。」
「カード貰えますか?それとも今の行動が何か問題になります?」
ハゲの名前はザックというらしいがどうでもいい。騒ぐ周りを完全に無視してリリーさんに聞いてみた。
フリーズしていたリリーさんが、ハッと正気に戻る。
「い、いえ、今発行しますね。助けていただいてありがとうございます。」
ぺこりと大きく一礼してから奥に入っていったので作りに行ってくれたようだ。その姿を横目にザックとやらの方を向くと「いてて」と言いながら起き上がろうとしていた。
今度は野球のバットの要領で横に振りかぶると顔を上げたところに再度メイスを叩きつける。
呻き声を上げて転がったザックがピクピクと痙攣してから動かなくなったのを確認するとカウンターの方へ向き直りリリーさんを待つ。
戻ってきたリリーさんが不思議そうに位置の変わったザックを見てから発行されたカードをくれた。
礼を言ってギルドを出てから宿を探すことにする。
――この倫理観の狂いこそが戦闘狂とすら呼ばれるアテナの見抜いた点なのかもしれない――