表の顔と裏の顔
2.
男は、寿司を頬張るとスマホに見入った。 押し出しのいい50前後だろうか。いい体格をしているが、目付きに険があるのが、難だった。
別にヤクザという訳ではないが、彼は何度も会社を潰している。相当の隠し財産があるのだが、それは真っ当に得られたとは言い難い。
最後は、取引先にも借金をしているが、返そうとはさらさら思わず、贅沢癖が抜けきれないのである。
だが、心のどこかに後ろめたさがあるようだ。
男が、彼のもとを訪ねてきたのは、夜の8時を過ぎてひとっ風呂浴びようとしていた時だった。
少しとまどったのだが、その荒井という探偵のソフトな声のせいか上がってもらうことになった。
彼が、探偵に、ヨーロッパ製のソファを勧めた。彼は気付かなかったが、軽い身ごなしで座ると、ニヤリとした。
恐る恐る用件を訊いた。
探偵は、名刺を差し出しながら、
「いや用件というほどでもないのですが、あなたが以前経営していた会社のことで」
一呼吸置くと、探偵が小声で煙草を喫っていいかと訊ねた。
いいよ
灰皿を持ってきて、ガラスのテーブルに置く。
沈黙が続いた。
少々イライラして言った。
それで?
「 ま、元従業員の人が未払いの給料について、私に代理人になってくれと言われてましてね……」
「会社なんてもうないから、払う必要はないっ!」彼は、思わず癇癪を爆発させて、怒鳴っていた。
男は、ゆっくりと煙草を灰皿に押し付けて消しながら、言った。
「仕方がない」指を差して言った。
ドーン!!
すると、彼の前から男が消えた。いや、男ばかりではない。今までいた部屋もなくなって、……。
彼は、ものすごい速度で奈落に落ちて行った。巨大な空洞がポッカリ口を開けて、そこに彼は落ちていく。ひゅーと音がしていた。風を切る音だけではない。それは彼の喉元から放たれた悲鳴だった。
そして、
かれは、池に落ちた。痛みはなかったが、クッションのように何かがモゾモゾと彼の肌にまとわりついている。
ヒエーーーーっ!
池には、おぞましいヘビや百足むかでゲジゲジがいて、はるか彼方まで夥しく溢れ、うごめいていた。
よく見ると、痩せ細ったガリガリの男や女もあちこちにいて、絶叫している。
すると、その中に盛り上がってるくる部分がある。岩のように固い塊が隆起すると、それは角が生えた鬼だった。
岩に乗った鬼が言った。
「ここは地獄。生前悪辣な方法て金をつかんだものが来る地獄ぞ!」まるで、地の底から吠えるような恐ろしい声だった。
思わず、悲鳴をあげる、男の顔に光るものは、よだれか涙か分からないものでぐしゃぐしゃである。生前あれほど威厳のあった相貌も見る影もなかった。
「男よ、お前の成した悪行によって得た金品が、この池にうごめいておる。人に成したことは、己にかえってくる。ここでよしなに修業するがいい」姿は鬼だが、どこか神々しく鬼は告げた。
鬼にすがりついて、男は絶叫した。
「お願いします。許してくれ。いや、許してくだちゃい!」思わず幼児言葉になった男が、涙ながらに訴えた。
「ここは、ありのままの心の世界。 これが、おまえの本当の顔じゃ!」と鏡を男の目の前に差し出した。鏡を見ると、そこにはドクロのような青白い幽鬼のような姿があった。意地悪そうに口は歪み、目は悪意に満ちている。そして、無数の蛆虫や小さな甲虫が蠢き這いずり回っていた。最早人間の顔ではなかった。
うぉーーーーっ!虚しく男の声が地獄の闇に吸い込まれて行った。
その後、男は隠していたすべての資産を金に換えて、元従業員たちに、未払いの給料を返済したのである。今は、嘘のように真面目になり、ボランティア活動もしているそうである。