第一章⑦
「やっぱりクソ映画だったじゃん!」
「始まる前からクソと分かって観た以上、クソ扱いするのは間違ってる」
「ちゃんと観てから評価下せみたいなこと言ってなかった!?」
それにしてもかなり酷かったな。サメの出番が実質ラストの数十秒だけだなんて、タイトルのサメはいったい何だったんだ。続編あるかも? 的な引きで終わってたが、あれでまだ先があると思っているのかな。
映画館から出た俺たちは揃って大きく伸びをした。長時間座っていた反動だ。それが特に苦痛な時間であったのならなおさら。マジで時間の無駄だった。いやまだ無駄にした方がある意味効率的だったかもしれん。
スマホで時刻を確認すると、もう一二時半を回ろうとしていた。お昼時だがポップコーンを頬張っていたため、そこまで空腹ではない。乙原も同様みたいだった。
「さてどうしよう? どこか適当なお店に入る?」
「ふむ。映画を観た後と言えばやはり喫茶店だろうな。小腹も満たせるし会話に花を咲かせることもできる。一石二鳥だな!」
「あの内容で話が広がるとも思えないけど……」
少しばかりげんなりした様子の彼女は何だかんだ言いつつも付き添ってくれた。早々に帰られると嫌われているみたいになるからメンタルブレイクするところだった。
それほど遠くない場所にあった個人経営の喫茶店へと入る。どちらかと言えば古風な感じの内装で、落ち着いた時間を過ごすのに適した空間と言えるだろう。
俺はオレンジジュースとサンドイッチを、乙原はアイスコーヒーとホットケーキをそれぞれ注文した。喫茶店の軽食高い……。
「あ、ちなみに言っとくけど奢れないからな?」
「高校生男子に全額払え、なんて言わないって。それに多分、私の方が小金持ちだし?」
「ああ、元役者さんですもんね……」
当時の収入に関してチラッと聞いたことあるが、全盛期で数千万だったらしい。俺が生涯を通しても抜くことのできない年収だろう。とはいえ彼女の母は倹約家のようで、そこまで自由にできる金額は大きくないとのこと。
俺は届いたばかりのジュースに口を付ける。冷たい柑橘系の液体が喉を通った。
はっきり言って俺は女子との会話が苦手だ。まず価値観が違う。男相手ならスポーツの話とかおっぱいを混ぜておけば問題ないが、女子の場合ファッションの話が絡んできやすい。そこまで関心のない俺にはとてもついていけないのだ。
あと恋バナとか。時々「恋って何だよ?」みたいな哲学語ってるから怖い。
その点乙原との会話だと、その多くは映画の話になるから楽だった。お互いの身近な共通点だし、彼女は特に造詣が深いため非常に勉強になる。やはり現場を体験してる者は強い。
「ねえ、一昨日のドラマ観た? 探偵もののやつ」
「ああ観た観た。主役がジャ○ーズ系のアレだろ? 話は思ったよりイケてたけど、いかんせんキャストがいまいちだったかな……。まあ俺なんかよりはよっぽど上手いんだけどさ」
「そりゃそうでしょ。けどあれはキャラクターを演じてるというより、カッコいい自分を見せてる感が残ってたよねー。まあそういう指示されてたんだろうけど。あからさまにカメラが主役の顔追ってたもんね。おかげで周囲の状況が分かりづらくなってた」
いかにも通ぶってる子供が語っている風だが、俺的にはこういう議論はわりと楽しい。自分の思ったこと感じたことを相手に伝えられるだけで、ある種の充足感が得られる。
勝手知ったる関係でなければ、こうも語っていては相手に引かれてしまうはずだ。とはいえ学内で有名人の彼女と無名の俺。周囲から釣り合ってないと思われていそうだが……。あるいはお情けかと思われているかもな。無論俺が哀れな立場だろう。
「……く、」
と会話の途中で、ふと乙原が小さく笑いを漏らした。いかん、と思ったのか咳払いで誤魔化すも、俺はきちんと聞き取っていた。
「どうした?」
「……いや、何でも」
「何でもないのに笑うなんてひどい奴だなあ。俺の顔がそんなにおかしいのか?」
「それは少しあるかも」
ひでえ。クスクスと笑う乙原に、俺は抵抗の意味を込めてイジけてみせる。
そうすると彼女は表情をコロッと変えてゴメンと平謝り。どう見ても悪いと思っていない声音である。そこまで根に持ってないからいいけど。
「ほらナオトくんさ、始めに比べるとかなり観方が変わってきたなあって」
「ああそういうことか。言われてみれば確かにな」
観方というのは映画やドラマなどに対する姿勢のことだ。ノエルが映画撮影を始める前は『面白い』か否かを漠然と眺めていた。しかし今では『どう映画撮影に活かせるか』を考えるようになっている。どちらが良い悪いというのではなく、他とはちょっと違った観方になったのだ。
「ドラマにあーだこーだケチ付けるなんて、にわかっぽく聞こえるから褒め言葉じゃないよな?」
「そりゃあね。的外れなこと言われるとムカつくことだってあるし。それが自分の出演していたドラマとなればなおさら。まだ面白くないと言われた方が納得できるって」
「あの頃は良かった……。純粋にヒロインの子が可愛いと言えてた時代の方が……。今じゃあ『この子ちょっと棒だな』とか『感情の表現が下手だな』とか、粗探ししちゃうからな」
「そんな枯れた昭和世代みたいに言わないでよ」
口ではこう言うものの、俺自身後悔なんてしていない。むしろ製作側に回れてラッキーと思っている。何だかんだやりがいのある活動だからな。
自分の当時を振り返っていると、釣られるようにして乙原との出会いを思い出した。高校入学して少し経った、あの時のことを。