第一章⑥
「――――映画鑑賞、ってのはどうだ?」
「映画?」
普段の調子を取り戻した彼女は次の言葉を促す。
「うん。劇中にはないけど、『カズヤ』の性格ならゲーセンやカラオケみたいな騒々しい場所は好まない。『ユイ』は大丈夫だろうけど、多分『カズヤ』の方に合わせてくると思う」
「……なるほど。うん、ま、確かにそうかもね」
乙原も納得してくれたようで、早速映画館目指して出発する。映画館は複合施設の最上階にあり、俺の生活圏では最も大きい。
でも映画か……。勉強のために俺もよく映画観るけど、専らお家映画なんだよなあ。金ローとかツダヤとかでレンタルした映画ばかりで、映画館で観るのは久しぶりだ。だって映画館だとポップコーンとコーラが欲しくなるからな! コンビニのお菓子を持ち込むのは邪道。映画館ならではの楽しみ方があるのだ。
そんなことを愚痴っているとすぐに最上階へと辿り着いた。俺たちは揃って電光板に映されている上映スケジュールに目をやる。今の時間帯であれば観れるのは二作品だけだった。
「『ビデオを止めるな!』と『シャークインアメリカ』か……」
前者は今話題沸騰中のゾンビ映画で、何でも養成スクールの人たちが作ったものらしいが、相当レベルが高いようだ。映研として勉強になるのは断然こっちだろう。
しかし俺の興味は完全に後者に移っていた。宣伝ポスターのチープさから垣間見える地雷臭に何とも心惹かれてしまう。そもそもサメ映画で名作と言えば『ジョーーーズ!』くらいしかない。多分。
「こっちにしようぜ!」
「ええ……」
俺が心躍る子どもみたいに指差してお願いするや否や、乙原は見るからに嫌そうな表情を浮かべた。
「何でよりにもよってそっちなの……? 絶対観たら後悔すると思うんだけど? 少なくとも高校生の少ないお小遣いで観るものじゃないし」
「おいおい観る前からそんなこと言うなんて、映研の使うセリフじゃないぜ。俺たちも褒められた出来じゃない映画を、他のお客さんに観てもらってきたじゃないか。ちゃんと観た上で公正な評価を下さないと」
ぶっちゃけダメ元で言ったものの、思ったより彼女は真摯に受け止めてしまったらしい。ううむ、と悩み始めた。ちょっとだけ悪い気がした。
俺は何もB級映画愛好家ではない。サメ映画は基本的に外れが多く、『ジョーーーズ!』が原点にして頂点、とまで言われる始末。実際に俺がレンタルした中で、サメ映画は悪い意味で印象の残るものばかりだった。
とはいえそれも現代技術のCGがあれば相当な高クオリティが見込めるだろう。それに脚本さえまともなら及第点は取れるはずだ。言わば『低いハードル』であり、簡単に越えていけると思ったのである。それが『ビデオを止めるな!』並みの前評判なら、かなりの期待度がありハードルも高く設定される。ある意味無難なのは『シャークインアメリカ』だ。
――などと勿体ぶってみたが、実のところ劇場で観るサメ映画に好奇心が刺激されたからである。乙原が嫌がったのなら譲るつもりだけど。
しかし予想外にも――俺が提案しておいて何だが――彼女はこれを受け入れた。券売機でチケットを購入する際、上映十分前だというのに空席だらけなことが気にかかったが、あえて無視することにした。これは地雷じゃない地雷じゃない……。
俺たちが選んだのはちょうど真ん中の二席。これは乙原の希望だった。
入場前にポップコーンとドリンクを買っておこうと売店へと立ち寄る。幸いすぐに順番が回ってきて、俺は注文する前に乙原に尋ねた。
「乙原はドリンク何が良い?」
「え、私は……オレンジかな」
なるほど、と彼女の意向を伺い、店員さんへポップコーンのペアセットを注文する。ドリンクはもちろんコーラとオレンジで。
乙原はすぐに理解したらしく、こそっと話しかけてきた。
「いいの? 別でちゃんと買ったのに」
「いやいや、チケット代はともかくこのくらいは出させてくれよ。仮にもデートだからな」
「……はいはい。こんなので好感度が稼げると思わないでよね?」
「はいはい分かってるよ」
えマジで? これしたらキュンときちゃうんじゃないの?
やや気が動転している間にペアセットが出てきたため、俺はそれを受け取り早速シアター2へと移動する。半券とともにサメがでかでかと描かれた缶バッチをもらった。いらねえ……。
「これいる?」
「押し付けないでくれよ……」
露骨に押し付けようとしてきた乙原をスルーして、チケット通りの席に着く。ぶっちゃけ客入りが悪いからどこに座ろうと問題なさそうだが。
座ってから少しすると、携帯電話の電源云々の注意等がコールされ、シアター内が暗くなる。そしてお決まりの新作映画PVが流れ始める。
イケメン二人に迫られる、といういかにも少女マンガっぽい内容のPVを眺めていて、ふと気づいた。映画館デートの定番と言えば、上映中に手を握り合うんじゃなかったか?
手を添えるんじゃなくて指を絡ませる的な。した方がいいんじゃないか、仮にもデートなんだし。決して触りたいだけという肉欲に塗れた行動ではない!
けれど女子の手を重ねるというのは童貞にはひどく高難度クエストだ。ファミコン版のドラクエ2並みに難しい。逆に今のゲームはヌルゲーすぎるが。
ともあれ握るにせよ握れないにせよ準備をしなくては。手始めに手の平をクンカクンカ。次に手汗を入念に拭く。摩擦で痛くなるほどズボンに擦り付ける。
そしていざ! 肘置きに手をかけているところへそっと自らの手を伸ばす――――!
――伸ばそうと思ったものの、やはり日和ってしまった俺は乙原へと伺いを立てる。
「手でも繋ぎますか?」
「え? 普通にヤだけど」
「ですよね!」
せっかく伸ばしかけた手でボリボリと頭を掻く。もしも何も言わずに手を添えていたら痴漢扱いされていただろう。ふう、即死イベントを回避できたぜ!
そんなこんなで落胆を抱えていると、いつの間にか上映が始まろうとしていた。
サメ映画の初手と言えば当然、『海で遊んでいるリア充たちが、背後から忍び寄るサメに襲われる』、であった。何年経っても変わり映えしねえな。