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転生者だらけのシェアハウス  作者: 名無なな
第1部 映画「君と過ごした時間」
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第一章⑤

 翌日。土曜日。生憎とこの日は絶好のデート日和とはならず、空の大半を雲が覆っていた。


 常識人の俺は待ち合わせの際には十分前には目的地へ着くようにしているのだが、今日ばかりはおよそ一時間前に来ていた。初めての逢引きに緊張している、というわけじゃない。無論それもあるが、理由はもっと別にあるのだ。

 そもそも早く着きすぎても手持無沙汰な時間を費やすだけで、何の生産性もない。待ち人を想うドキドキと果たして釣り合うのかどうか。


 しかし俺にはそうならないという確信があった。何故なら――――


 駅前の噴水付近にいた俺は、東にある商店街方面から歩いてくる一人の女子に目を奪われた。

 ネイビーニットのトップスにホワイトスカートの組み合わせは、年齢よりも大人びて見える。全体的に春を意識しているのか、非常にふんわりした印象を与えてくる。そこに赤色のバッグを挟むことでアクセントも加えているようだった。

 それらのコーディネートは元の素養をさらに磨き上げてみせ、ファッション誌の表紙を飾ってもおかしくないほど、今の彼女は輝いて見えた。


 ――――乙原紫。無意識下で彼女に見惚れたのは俺だけじゃなくて、どうやら周囲の男共も同様らしかった。パートナーの女性が焼きもちを焼く様が窺えた。

 俺はハッと気を撮り直し、何とか彼女と接触する前に切り替えることができた。やや駆け足気味だった乙原の脚が遅くなり、俺の三メートル手前で立ち止まる。


 ……ここだ!


「――『確か待ち合わせって、十一時だったよな?』」


 クス、と彼女は嬉しそうに目を細めて答える。


「『ええ。そのはずだけれど』」

「『だったら何で、お互い一時間も前にこうして会っているんだろうね?』」

「『さあ、何故かしらね?』」


 そう、今の一幕は脚本にある流れそのものだった。設定は付き合ったばかりの『カズヤ』と『ユイ』が初めてのデートをする場面。今のように二人は約束の一時間も前に到着していたのだ。

 この疑似デートは登場人物の心情を知るためのもの。役作りに余念のない乙原なら、きっと劇中と同じ行動をするだろうと読んで早めに到着していたのである。


 この以心伝心に乙原はとても満足げに頷いてみせ、パチパチと手を叩いて賞賛をくれた。


「あはは。今のは良かったよ。うん、ちょっとだけ『カズヤ』そのものになっていたんじゃないかな?」

「お前に演技で褒められたの、何気に初めてな感じがするよ」

「えーそんなことないよー」


 はは、と彼女は笑い流すがこれはわりとマジだ。OKくらい貰ったことはあれど、手放しで褒められたことはないはず。まあ褒められるレベルになかったのが悪いのだけれど。

 そんなことを考えているうちに、ニコニコしていたはずの乙原が途端にむすっと不満顔に変わった。


「……何ぞ?」

「こういうのはさ、まず最初に服装を褒めるものだよね? 『似合ってる』とか『すまん見惚れてた』とか」

「むむ……」


 確かに昨夜ネットサーフィンをしている途中、そんな基本を閲覧した覚えが……。

 似合っているのは確かだし先刻見惚れたのも事実だが、それを声に出して言う度量がなかった。作中の『カズヤ』もヘタレなので、それを忠実に再現しているのだと自身を誤魔化すことにした。


 俺は心持ち彼女から目を背けて、


「……少しは俺の身にもなってくれ。作中同様、俺とお前じゃ釣り合いが取れていないんだ」


 乙原の流行と季節を絶妙に取り入れたファッションに比べ、俺のはマネキン買いのまんまという無難オブ無難な服装だ。仕方ないだろ、だってそれが一番手堅いって北大路が言ってたんだから!

 今度は逆に乙原が俺を下から順に観察する。途中でちんこ見られてんじゃないかって緊張するの俺だけ? 


「……うん、言うほど悪くないと思うけど? 実に君らしい」

「どういう意味だよ……」


 個性のなさを揶揄された、と感じるのは深読みのし過ぎだろう。彼女は矯正してくることはあれど否定してくることは一度もなかった。乙原の思う俺の『らしさ』とは何なのかが少し気になったが追及は止めた。

 ともあれこの場に留まっていても疑似デートにはならない。次なる目的地へと移動しなくては。


「――――で。今日はどこに行くんだ?」


 背伸びをしながらそう問いかけるや否や、乙原が「はい?」と首を傾げた。あるぇ?


「いやだって、昨日どこ行くか決めてなかったじゃん」


 そもそもバイタリティ溢れる彼女なら予めプランを立ててくれると予想していたまである。俺は完全に受け身で待っていたのだが、どうやら乙原の思惑とは外れていたようである。

 彼女は心底から「どうしようもねえなこいつ」感のあるため息を吐き出して、


「あのね……こーゆーのは男子が考えて、女子がそれに付き添うのが古来からの習わしなんだよ?」

「その考え古くない? 今は専業主夫がいてもおかしくない時代だぞ。だいたい『カズヤ』は『ユイ』について行くタイプだし、疑似デートなら尚更乙原が考えてくるもんだとばかり……」


 乙原がう、と狼狽する。どうやら頭から抜け落ちていたようだった。

『ユイ』の役柄を現時点で完璧に掴んでいるはずの乙原が、そのことに気付かないわけがないとタカを括っていたのも拙かったか。


 どちらが一方的に悪いわけでないので、俺は早速今日の予定を相談することにした。


「ともかく、今日はどうする? 『カズヤ』と『ユイ』の心情をトレースして、二人が行きそうな場所に行ってみるか?」

「……うん、そうだね」


 心なしか気落ちした風の彼女は短く言葉を切った。どうしたんだろう? 別に俺の言葉がキツかったわけでもないし……。女心は分からん。

 予定はないが幸いこの駅周辺にはわりと何でもある。近くには巨大アミューズメント施設があり、カラオケ、ボーリングや映画などデートには事欠かない。即興で決めても問題ないはずだ。


 個人的に行きたいのはゲームセンターだが、今回の疑似デートの目的はあくまで役作りだ。俺の意思を反映するわけにはいかない。

 という諸々の条件を照らし合わせ、俺は乙原へ一つ提案をしてみた。



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