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転生者だらけのシェアハウス  作者: 名無なな
第1部 映画「君と過ごした時間」
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第一章④


「え? 明日ゆかりちゃんとデートしに行くの?」


 と言ったのはチキンカツを頬張っている大名寺だ。この元おっさんに「土曜日出かけるから」と伝えたところ、案の定予想通りの反応が返ってきた。

 俺は次のカツを揚げながら言葉を返す。


「だーから違うって。今の映画俺らカップル役だからさ、そういうのを体験しに行こうって提案だよ。休日まで仕事のこと考える社畜みたいだな」

「それはあなたの考え? それとも……」

「乙原が言ってたんだよ。あいつ役作りに関しては妥協を知らないからなあ」


『デートをしましょう』と告げられた直後、乙原は釘を刺すように付け加えた。そして今の意図を伝えられたのだ。ちょっとどぎまぎしたが、そう上手い話はないということか。ガッカリ。

 童貞にセックスの良さが分からないように、恋愛経験のない者が演じても真に迫る演技ができるとは思えない。そこで疑似デートをするというのは、未だ役柄を掴めていない俺にとっては渡りに船であった。


 大名寺がまったく、と嘆息を吐いた。


「それを真に受けてしまうのが、まさしく恋愛経験のなさを露呈しているわね。そんなことで大丈夫なのかしら?」

「うるせえよい。あれだろ? 『勘違いしないでよね!?』的なツンデレイベントだと思ってるんだろ? リアルじゃそんなんねーよ。第一俺は乙原に惚れられるようなことをした覚えがない」

「本当かなあ? ほら、一目惚れってのが……はないか。ナオトさん、そこまで色男といった顔付きではありませんもの」

「年下を貶して楽しいか?」


 怒りを覚えているといつの間にかきつね色まで揚がったチキンカツを盛り付ける。我ながら完璧なタイミングだ。俺が女子だったら惚れてるね! ……何か虚しくなってきた。

 ご飯を少なめに盛って味噌汁をよそい、それらをお盆に乗せて二階まで運ぶ。階段を上がった直線上にある一室の扉を、ひとまずノックして反応を窺うがやはり返ってこない。


「ノエル、入るぞー?」


 遠慮がちに扉を押す。普段は料理ができるとすぐ降りてくるノエルがいつまで経っても来ないのは、多分まだ絵コンテの修正作業をしていると思ったからだ。

 彼女の集中を途切れさせたくないが、普通なら入室した際の物音で気付くはず。気休め程度の心遣いだ。――しかしノエルは、俺が背後に立ってもなお気付く素振りを見せなかった。

 いつもなら夕食前に入浴するはずだが、それさえ忘れて作業に没頭していた。制服のまま、一息吐くこともなく。


「……ノエル」


 声をかけるべきか正直悩んだ。何かに打ち込んでいる人の邪魔をするようで。ただ俺には家主として、何より得難き友人として無理を押して倒れることだけは見逃せない。以前もそれで倒れたという前例があるんだから。


 かつて魔王であったとしても、今の肉体は華奢な少女と何ら変わらない。

 俺が声をかけると、ノエルはややびっくりした風な表情で振り返った。


「……何だ、ナオトか。ああもう夕餉の時刻だったか。わざわざすまんかったな」

「ほれ、今日はお前の好きなチキンカツにしたぞ。……それ食ったら、少し休んだらどうだ? 見るからに疲労が溜まっているようだけど」

「心配いらんとも。転生前の繁忙さに比べれば、この程度。どのみち眠ろうにも続きが気になって眠れんのだから、限界まで起きておいた方がよかろう」


 彼女は乾いた笑みを浮かべる。干ばつ化した大地のような、ひどく擦り減った笑顔だった。

 グ、と握る拳に力を込める。友の力になってやれない自分の不甲斐なさに腹が立つ。俺が彼女に対してできるのは、細かい日本語のフォローと映画の一般論だけ。それはつまり日本人として有したアドバンテージを解放しているに過ぎない。絵コンテ、脚本などの大枠でもはやノエルの手助けをすることはできないのだ。


 映画作りを始めた当初は右も左も分からないノエルに俺は、懇切丁寧にイロハを説いた。図書館で調べものをしてまで答え続けた。

 しかし今となっては映研の中で俺が一番のお荷物になっている。過小評価でもネガティブ思考でもない、純然たる事実。


 ノエルは製作におけるほとんどの分野に携わっている。

 乙原は唯一無二の役者として、北大路は彼女に次ぐ演技力を持ちバイクで荷物運びもできる。野田くんは裏方として欠かせない存在だ。

 一方で俺は演技がずば抜けているわけでも、野田くんのように手先が器用なわけじゃない。かと言って助監督の立ち位置になれるほど動けるわけでもない。


 ……こうして映画作りが本格始動するといつも考えてしまう。所詮俺は何かで特別になれる人種ではないのだと痛感する。


 くだらない老けた考えだ。

 高二病に陥った痛い思考の持ち主だ。

 そんな凡人が目標に向けて邁進するノエルを引き留めていいはずがない。何故ならそこには善意の他に『嫉妬』が混じっていることを、俺は否定しきれないだろうから。


 彼女にお盆ごと渡した俺は逃げるようにして背を向けた。


「……まあほどほどにしとけよ? まだ先は長いんだからさ」

「うむ。分かっている」


 バタン、と扉を閉める。ドアノブが普段より冷たく感じた。

 少しの間、俺はその扉に寄りかかったまま動くことができなかった。ただ電球をぼうっと眺めていた。


 ――――俺に彼女の負担を和らげることは、もはや叶わない。


 だからこそ俺は、映画作りが終わり鑑賞し終えた時に少しでもノエルが満足できるよう力を尽くしたいと思った。


「よし……!」


 俺は『カズヤ』の心を完全に理解し、彼女の脚本に一〇〇%以上の出来で応える。今俺にできることはそれくらいだった。

 そのためにまずは明日の疑似デートだ。恋愛経験ゼロの俺にとっては貴重な体験になるはず。

 あまり意味もなく気合を入れた俺は、どうなるか分からない明日に思いを馳せるのだった。



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