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転生者だらけのシェアハウス  作者: 名無なな
第1部 映画「君と過ごした時間」
23/31

第三章⑥

 翌日の朝。

 世間ではゴールデンウィークを迎え、学生たちにとっては実質冬休み・春休みに次ぐ長期休暇扱いを受けている連休初日。土日休み込みで今年は五日間も休みが続く。


 去年だとこの時期には映研も撮影を終え編集も完了し、充電期間をエンジョイしていたはずだった。しかし今年は度重なるスケジュール遅延により、今なお編集作業が山のように残っている。

 編集作業は部室に置いてある二台のパソコンを使って行う。一台は我が雲隠家の型落ちPC、そしてもう一つは学校側に頼み込んで『貸して』もらった高性能PC。後者に関しては返す予定は今のところない。


 ……個人的にこの編集作業こそが、映画作りにおける一番の鬼門だと俺は思う。

 撮影などは動きがあって派手なところが多く、基本的に飽きない時間だ。乙原なんかは活き活きとしているしな。


 しかし逆に編集作業では基本的に画面とのにらめっこが延々と続く。そのシーンに合ったBGMを探し、聞いて、貼り付けるだけでもかなりの時間がかかるし、要するに自分が演じたシーンを改まって観続けなければならないわけで、「何でこんな演技してんだよ!」って過去の自分を殺したくなる衝動に駆られることが一番キツイ。

 その場では文句なしと思ったカットでも日を置いて冷静になった自分の眼には、やはり違和感の滲み出たカットも多数出てきて、かといってもう撮り直すことはいくらなんでもできない。


 そんな地味ながらも心に来る作業を長時間……。拷問かな?

 しかもこれに関してだと人海戦術は意味を為さないどころか逆効果になる。編集作業中にストレスが急激に溜まり、あたかも桃鉄やらドカボンやらの友情破壊ゲーのプレイ後みたいなギクシャク感が漂いかねないのだ。そもそもパソコン二台しかないし。


「ノエルこれ、使えそうなBGM場面別で適当にピックアップしておいた」

「ん。感謝する。……畜生、何故あのカットを撮っておかなかったんだ……」


 あるある。カットが上手く繋がらないパターンね。ホント悔やむよな。

 そんなこんなで舌打ちしながら作業を進めていく。大量に撮った映像の中で使いたい・使えそうなものを取捨選択しそこに手を加えていく。以下エンドレス。


 今自分が死んだ目をしているのが分かる。外に出たら職質されるかもしれないくらい、危ない空気を背負っていることも。いやだって仕方ないじゃん。なんか無性に肩凝るし、瞼は重いし遊びたい欲求高まってくるし。そして投げ出したい衝動を抱える度に、俺はノエルが奮闘している姿を見て気合を入れ直すのだ。

 ノエルは異様に辛抱強い。多分目的のためなら一日中同じ場所に突っ立っていることさえできるだろう。執着心、のようなものがヒシヒシと伝わってくる。


 少しでも気を紛らわそうと背伸びをすると、その直後に部室の扉がノックもなしに開け放たれた。


「どーもー。二人が頑張ってるって聞いて、差し入れしに来たよー」


 訪れたのは乙原紫である。彼女は紙袋を片手に、ちょっとラフな私服姿で現れた。

 それにしてもありがたい。これで一休みできる口実ができる。主に俺じゃなくてノエルに。ノエルの奴、ずっと画面を睨み付けていたからな。


「ノエル。ちょっとだけ休憩しようぜ」

「……ん、そうだな。茶でも淹れるか」


 言ってノエルは、誰が持ち込んだか定かでない電気ポットを用いて人数分のお茶を用意してくれた。そして乙原が持ち込んだ差し入れはシュークリームだった。


「あ、これって駅前のやつだよな? あの謎に人気のやつ」

「いやいや謎じゃないから。ちゃんと美味しいから流行ってるんだって」


 だとしても一個約四〇〇円は高くねえ? 俺コスパ主義者だからそういうの気になるんだよね。高すぎるとハードル上がっちゃう。

 高校生にしては高い買い物だったはず。ここは文句を言わず有り難くいただくとしよう。甘い物は大好物だ。

 コンビニなどで売られているシュークリームとは違い、シュー皮がパリパリとしている。もはやシュー皮単体でも美味しそうだ。それに被りつくと冷たいクリームが瞬く間に形を変え、口の中に流れ込んでくる。


「うまーい! こ、これこそ匠の技……! 皮は熱く、中は冷たく。外は固く、中は柔らかく。このギャップが一層完成度を高めているッ! 素材だけじゃねえ、これはそういった人間の五感にさえ訴えかけてくるような一品……!」

「なんかちょっとキモいよ……」


 俺のグルメレポに対し乙原が冷たいリアクションを返す。俺なりのありがとうを込めたつもりなんだが、どうやら届かなかったようだ。君に届け!

 ケーキには珈琲だが、シュークリームには緑茶も合う。というか緑茶最強。ホッとする暖かさに、甘味とは対照的な渋み。これもまたギャップによる相乗効果(?)と言えるだろう。


 その証拠に険しい顔をしていたノエルも、一口食べたごとにどんどん表情が柔らかくなっていってる。俺が言葉を尽くすよりも、彼女の表情を見る方が美味しさの証明になるはずだ。


「それでどうなの? 今日中に終わりそう……ってんなわけないよね」

「まあな……。明日以降に持ち越すのは決定的だな」


 まとまった時間を確保できるのがゴールデンウィークなので、それまでに撮影を終えなければならなかったのである。

 ズズ、と乙原はお茶を啜り、


「……私も手伝えたらよかったんだけどねー」

「そんなそんな。乙原には役者専門で充分貢献してもらってるし、少しは俺にも背負わせてくれよ」

「そういう訳じゃないんだけど……」

「?」


 何を言いたいのかさっぱり分からん。本命を濁すのは日本人の悪しきところだと思います。

 俺が首を捻っていると、乙原はゴホンと咳払い一つで話を軌道修正する。


「ともかくっ、あんまり無理しないでよ? すぐ無理しようとするとこあるんだし」

「ははっ、おい言われてるぞノエル」

「恐らくナオトの方だと思うのだが……」

「いや二人共だよ自覚して」


 その後五分くらい雑談をしてから、乙原は若干名残惜しげに去っていった。この地獄の編集作業をやってみたかったんかね? ドМかよあいつ。


 このことを皮切りに、再び仕事モードにスイッチが切り替わる。ノエルが「さて」と呟き、迅速に椅子へと座り作業を再開する。仕事のできるOLだな、完全に……。

 乙原の差し入れにより幾分か体力と気力を回復した俺たちは、休憩前とは比べようもないスピードで映画を組み立てていく。集中力が段違いだ。これが続くうちにできる限り進めておかないと。


 その一心で没頭していたため、次に時計を見た時には既に午後六時を回ろうとしていた。それを自覚するとともにグゥ、とお腹が鳴った。

 ちら、とノエルに視線を移す。きっと凄い集中してるんだろうな、と思っていたが、何故か彼女と視線がぶつかった。どうやら先に俺の方を見ていたようだ。


「おお、確かに腹減ったし、何か買いに行くか」


 それは恐らくご飯を食べたいという要求なのだと解釈し、先んじて提案することにした。しかしやや戸惑った風にノエルに視線を外された。


「そ、そうだな。ユカリが訪れてからもう三時間近く経過している。今一度休息を取るべきだろう」

「……? まあいいや。じゃあ俺なんか適当に買ってくるわ」


 靴を履いて外で食料調達しに行こうとするも、服の裾をちょいちょいと引っ張られる。何ですかノエルさん?


「ちょっと待て。ナオト、もしやお主帰らぬつもりか?」

「えっもちろんそのつもりだったけど?」


 むしろ俺からすれば「一人でするつもりだったん?」って感じなんだが……。


「いやだってこの量絶対一人じゃ無理なやつだろ。そもそもお前凝り性なところしかないじゃん」

「うむむ……。だがしかし、どんなことがあろうと必ず締切には間に合わせてみせる!」

「だいたい宿泊届の責任者俺にしてるし。どのみち俺がいなくちゃならない」

「うぐぐ図ったなナオト……!」


 まあ実際図ったんだが。これは自分の仕事といった譲らないノエルを納得させる材料作りだ。それに――――


「――――それに、俺が無理を言って撮影が延びたんだ。だからちょっとくらい埋め合わせさせてくれよ」

「…………、」


 そう言うとノエルは何か言いたげにしながらも押し黙る、という動きを数回繰り返し、やがて諦めた風に肩を落とした。


「……仕方あるまい。だが、夕餉を買うのには我も同行するぞ!」

「はいはい」


 気分転換とかじゃなくて、多分ノエルは何を選ぶか現地で見て決めたいんだろうなぁ。分かる分かる、コンビニとかスーパーとかみたいに選択肢が多いと、何か選ぶのが楽しくなってくるよな。「あれにしよっかなー」と妄想するだけでも楽しい。

 そういうわけでノエルに付き添い、学校のすぐ隣にあるコンビニへと向かう。外では夕陽が世界を染め、心穏やかな空間を構築していた。暇があればこういう時間帯に散歩をするのもありかもしれない。


 コンビニには部活帰りの野球部らしき坊主集団が数人見受けられた。彼らの横を抜けると汗と制汗剤がごちゃ混ぜになった匂いがした。忌避感はない、あれは彼らが頑張った証拠だからな。それに仲間とコンビニに寄って駄弁るなんて青春そのもので憧れてしまう。映研では味わいづらい、運動部ならではの絆の強さが窺える。


「さーて何にしようかなー、と……」


 まず先に向かったのはカップ麺のコーナー。我が家に備蓄してるのは定番のヌードル系だけで、コンビニに置いてある各地方の色んな味が時折めっちゃ恋しくなるのだ。『北海道濃厚豚骨バターラーメン』とか、カップ麺ならではの組み合わせだろう。

 ノエルも俺の横でカップ麺を吟味している。日頃彼女には三食手作りしか提供してないから、逆にこういうジャンク食が新鮮に感じているかもしれない。


「な、な。この『激辛上海ラーメン』ってどのくらい辛いのだ?」

「翌日お尻が焼けるくらいじゃない?」

「……やめておこう」


 ビクッと僅かに肩を震わせて、ノエルはそっと元あった位置へと戻した。何か脅したみたいで悪いな……冗談のつもりだったんだけど。

 けど辛いものはマジで辛いからな。こないだ行ったレストランで、激辛メニューを食べたことがあるが、その後トイレがちょっとの間苦痛だったからな……。リアルで「ぐおおおおっ!?」って悲鳴上げて騒動になったこともある。


 結局俺は博多ラーメンとおにぎりで。ノエルはあっさり醤油ラーメンでファイナルアンサー。二人揃って無難な種類となった。


「激辛にしなかったのか?」

「いや、その、うむ。今日はそういう気分じゃないというかだな……」


 しどろもどろ答えるノエル。最初期より随分と人間らしくなったな、としみじみする。気分屋は人間ならではだからね。

 正門を抜けて本校舎へと入る。連休+夕方という条件のためひどく閑散としていた。職員室に行けば何人か教員もいるだろうけど。つーか教師ってマジでブラックだな……。人が休んでるときにも働いてるとか、サービス業かよ……。


 三階まで登って実習棟へと繋がる渡り廊下を歩く。もう歩き慣れた道とはいえ、女の子がいるとなると何かと勝手が違う。いつもの歩調だとついノエルを置いていきそうになる。

 大名寺なら容赦なく置いていくし、乙原なら何も言わずともついてくるだろう。しかしノエルにはちゃんと見ていないとどこかへ消え去ってしまうのでは、という儚さが垣間見える。


 距離感って難しい。それが女子相手だとなおさら考えさせられる。俺みたいな日陰者だと女子に触れることさえできない。自然なツッコミを入れてるリア充男子とかすっげー尊敬するわ。俺がするとセクハラ扱いされるんじゃないかと気が気じゃないし……。

 あと距離を詰めてくる女子もなんか苦手だ。大名寺は中身おっさんだし、乙原は適度な距離感を保ってくれるけど。その乙原の友達なんかは妙に話しかけてくるときがあって、「こないだユカリと歩いてたっしょー」などと茶化してくる。いやそりゃ一緒に歩きはするだろ、ってツッコミが入れられなくて、曖昧に誤魔化しちゃいました。だってなんか怖いんだもん……。



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