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転生者だらけのシェアハウス  作者: 名無なな
第1部 映画「君と過ごした時間」
21/31

第三章④

 しゃあああああぁああああ……――――


「ふう……っ」


 人間にはどうも無駄な慣習が多すぎるきらいがある。たとえば我が魔王時代、湯浴みなど三日に一度あるかないか程度の頻度だった。しかし大抵の人間は日に一度は入り、ユカリなどは複数回水浴びすることもあるらしいのだから恐れ入る。

 身を清めることで穢れを落とすという目的があるようだが……、その程度で罪が消えるというのであれば神なぞ必要あるまい。


 ……しかし、これが存外悪くない。

 程よく熱い水滴が何度も肌を打ち、我が肢体を伝って排水溝へと流れ落ちていく。微睡の中にあった意識が覚醒するかの如き心地良さ。映画製作に根を詰める際に、こうしてシャワーを浴びることはもはや習慣となっている。


 ――――斯様に日頃頼りにしている浴室であっても、我が憂いを晴らしてはくれなかった。


 我はいったいどのような結末を映し出したいのか。その答えが一向に見えてこないのだ。恐れを知らなかったはずの我が両足は、すっかり怯え立ち止まってしまっている。

 ……怖い? この我が何かを恐れているというのか?


「っ」


 蛇口のハンドルを捻り水量を増加させるも、そのネガティブな気持ちまで流れ落ちることはなかった。


 ――――そも、我が映画を作りたいと思ったキッカケは、人間に対する反抗心だった。

 映画や漫画のような媒体は、人の脳裏に焼き付けるのに適していた。数ある媒体の中で映画を選んだのは、言葉や思いを『生きたまま』込めることができるからだ。

 それを通じて訴えたかったこととは、とどのつまり人間の愚かさ・甲斐なさであり、憐みだった。

 何の主体性も見えず、他人が黒と言ったものは確認せずとも黒と答える。そんな人間性が大嫌いだ。


 いつだって多数派が正義だと信じて疑わず、少数派には何をしても許されると信じ込んでいる性根が大嫌いだ。

 怠惰で、醜悪で、自己中心的で、それを自覚せず自分を高潔な者と思い込んでいる人間そのものが、とても嫌いだ。

 故に我は、それを眼前に突き付けてやろうと思い立ち、映画製作を始めた。


 復讐から始まったその活動は、この世界について疎い我にとって困難を極めた。

 どのような機材が必要なのか、それをどう活用するのか。脚本を書こうにも日本語が不自由だった故、当初はナオトの手によって添削されたものだ。

 何より表現技法については奥が深く、未だに学ぶべきことだらけである。どうすれば人間の心により突き刺さるのか……恐らく生涯を賭しても見つかるかどうか。


 シャワーを止めて、湯船に入る前に髪をまとめ上げ、さらにターバンのようにタオルを巻く。人間になった頃はこの習慣がなく、髪がずぶ濡れになって面倒臭かったものだ。

 湯船に張ったお湯にはカリンお勧めの入浴剤が入っており、今日は白く濁った色をしている。これでいったい何が変わるのかは知らんが、効能がどうのと吼えていた覚えがある。


「…………」


 つま先から慎重に入水していく。かつておっかなびっくり入っていたときの我ではない。少し熱いと感じるくらいの水温が全身を温めてくれる。


 ……この世に二度目の生を受けたばかりの頃、我は何も知らなかった。

 望んでいないのに転生を余儀なくされ、それも恨み憎しと思っていた人間に成り下がるとは、これを侮辱と言わず何という! 


 我の目には人間共など等しく醜悪に映るが、どうやら周囲の者どもはそうでないらしい。与えられた家もなく、見たこともない建造物に囲まれた街を彷徨っていると、それなりに歳のいった雄に声をかけられた。下心ありきとすぐに分かり、その度に返り討ちにしてくれたが。

 不愉快だ。かつて人間に畏怖された我が人の皮を与えられ、それが優れていると誘蛾灯のように人を引き寄せてしまうことが。遠ざけたいと思うているのに、どうしても衆目を集めてしまう。


 ――そんな折に出会ったのがナオトだった。

 この出会いを経て、我はナオトとカリンの三人とシェアハウスをするようになった。カリンめに関しては時々気に食わんこともあるが、決して害なす者ではない。

 高校に通うことになったのはナオトが提案してきたからだ。やることがなく暇そうにしていた我を見かねて言ったのだろう。戸籍だの何だのは神によって用立てられていたため、転入手続きはそう難しくなかった。


 そこで我は映画研究会を発足し、得難き人材と出会うことができた。順風満帆とは言えずとも、満足できる環境が次第に整っていった。

 それもこれも元を辿れば、ナオトが我を支えてくれたからにほかならない。ナオトなくして今の我はなし――そう断言できるほど彼奴には大恩がある。


「あ……」


 天井を見上げているうちに、ふと気づいた。


 自身がこの映画の結末にいったい何を求めているのか。そしてそれは、いったい何故そう思ったのかまで、余すことなく全て理解できた。

 つっかえ棒が取れたかのように、一つ気付くと芋づる式に把握できる。


「……、…………ん」


 こつん、と我は頭を壁にそっと打ち付けた。

 少しばかり長湯し過ぎたのだろう、顔全体が熱を帯びてきたようだ。この火照りが解消されるまでどのくらいの時間を要するか、皆目見当も付かなかった。



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