第一章 主役の俺とヒロインの彼女
翌朝。いつものように新聞を取りに玄関を出ると、ジョギング中のおっちゃんと目が合った。「昨日停電あったけど、大丈夫だった?」と心配されてしまったが、それうちの同居人が原因なんすよ……。
そういう思いから苦笑いしか返せなかったが、不審がられていないことを祈るばかりである。
朝食の用意をしていると、明るい色彩のパジャマを身に纏ったノエルがキッチンまで下りてきた。寝ぼけ眼を擦り、随分と眠そうな雰囲気を醸し出している。
「おはよう……。できれば今日はコーヒーが飲みたい気分だ……」
くぁ、と欠伸を噛み殺しながらノエルが挨拶をしてきたので俺も同じく返す。それにしても可愛らしい格好をしてらっしゃいますね、魔王様。
彼女のご要望通りコーヒーを淹れることにした。といっても我が家のではなく、大名寺が持ち込んできたコーヒーメーカーを使っているけれど。大名寺の指導もあり今ではすっかり俺が淹れる立場になっている。
「む……。そう言えば今朝はあの淫売がおらんようだが……?」
「いん……、って大名寺のことか。あの人ならもう大学に行ったよ。ってか俺も自分で扱いをひどくしてると思ってるけど、お前も大概同類だなあ」
「ふん」
と彼女は不満げにそっぽを向いてしまった。ノエルが何故大名寺をこれだけ毛嫌いするのか、未だに分かっていない。
「それにしても、何だって今日はそんなに寝不足なんだ? いや今日だけじゃなく最近ずっとそうだ」
「んー……、絵コンテ作業を進めていたのだ……。ようやっと半分以上描けたところでな」
未だ眠そうに眼を擦るノエル。この様子だと睡眠時間はほんの昼寝程度にでも取れていれば上等に違いない。
絵コンテ――ノエルは高校に入ってからというもの、映画製作に没頭しているのだ。彼女は高校に入るや否や映画研究会を一から創設し、年に四、五本もの映画を作っている。
絵コンテとは簡単に言えば映像の設計図。つまり「こういうシーンを撮りたい」というのを形にするのだ。部屋に籠って何をしているのやら、と考えていたが相当苦戦しているらしい。しみじみと前回のことを思い出す。
脚本も担当している元魔王の彼女は当然、人間離れしたシナリオを作る。処女作など人間が異形のものに虐殺され、それでジ・エンドとなった。しかも「殺しの見本誌かよ」とツッコみたくなるほど、バリエーションに富んだ殺され方をしていた。
ノエルは自分の書きたいものだけを書く監督だったが、最近ではそれも少しはマシになってきたとはいえ未だに不安に陥ってしまう。何故か? それは俺も映画製作に携わっているからである。時には役者として参加したこともあった。
少なからず関わってくることなので、俺は恐る恐る尋ねてみた。
「……で? 絵コンテはいつまでに上がりそうです?」
「うむ。実は未だ目途が立っておらん。故に各員へアジトに集合する旨の通達は任せた! 我、『すまーとふおん』とやらは気に食わん」
「おじいちゃん。あなたのそれはラクラクフォンって言うのよ……」
電話機能だけに特化した携帯である。高齢者が使いやすいよう、無駄な機能の一切が廃され大きめのボタンが並ぶだけだ。いや、今日日他のおじいちゃんは『ポケモンGО』で遊んでいるらしいから、ノエルはそれ以下ということになる。
いつものことと割り切って、グループラインで他の製作メンバーへと連絡する。『緊急事態。今日の放課後、部室に集合されたし』っと……。
その後俺たちは同時に家を出て、同じ高校へと向かう。最初の方は別々で出ていたのだが、思ったよりも他の生徒を見なかったため今はこうして一緒に通うことができている。自分が思っているよりも周りは自分を気にしていない。これ豆知識な。
普段は溌剌としているノエルもさすがに疲労が溜まっているのか、目に見えて元気がない。どころか二日酔いみたいに足取りが覚束ない。
とはいえ「休め」と言ったところでこいつのことだ、「大きなお世話だ」と強がるに決まっている。きっと製作が全て終わるまで寝不足は続くだろう。なら俺にできることは可能な限りノエルの負担を減らしてやることくらいだ。
「絵コンテのどのあたりで躓いてるんだ?」
「ん……と、ここなんだが――――」
言いながら彼女は鞄から紙束を取り出す。書き直しの跡が大量に窺える何枚かの紙を俺に渡してくる。
左半分には八つのコマが縦に並び、一コマごとに雑な絵が描き込まれている。「こういうシーンを撮りたい」と、仲間たちに絵で伝えているのだ。そして右半分にはその意図を文字にして表している。びっしりと箇条書きで。
俺はざっくりと目を通し、素人ながらの考えを伝える。最近はノエルに誘われて映画を観る機会も多くなってきたが。
「うーん……前よりかなり上達してるんだけど、ちょっと単調過ぎないか? ほら? こことか同じ構図が何度も使われてる。ケースバイケースだけど多分この場合は逃げだろ? 二人の顔を交互に映すのはシンプルだけど思考停止しちゃってるんじゃないか?」
「目敏いな……。どう表現すればいいのか、まるで思い浮かばず仕舞いでな。ちなみにナオトはどう考える?」
「俺だったら……そうだな。たとえば二人を横から撮るのはどうだ? そっちの方が互いの距離感をフォーカスできるし、何だったらどっちかは見切れててもいい。ここで大事なのは表情じゃなくて――――」
「待て待て。貴様、さっきから横文字が多くないか? 『けーす』がどうだの『ふぉーかす』だのと。ただでさえ日本語が危ういというのに、外来語まで挟まれたらとんと理解できん……ぞい」
ウーン、と眉間を押さえながらノエルは言葉を挟む。確かに日本語が複雑ってのはよく聞く話である。何でも略したがるし同義語がやたらと存在するし。
元々異世界人であったノエルはこの世界に転生する際、現代知識を一通りインプットしてもらったらしいが、それでも日本語にはかなり苦労しているようだった。話し言葉から分かるように、全体的にちょっと古風な感じが漂っている。脚本も俺が目を通して他の部員にも分かりやすいよう翻訳しているのだ。
仕方ないので俺は指摘部分を簡潔に説明する。時に身振り手振りを交え、じっくりと彼女の理解の進捗を待つ。




