第二章 男の俺と女の彼女
乙原とのデートの翌日の日曜日、俺はコンビニバイトに精を出していた。
今日が雨天とはいえ、駅近のコンビニはさすがに利用客が多い。勤続三か月の俺は客たちをせっせと捌いていく。
「っしゃーせー」
「ところで昨日、ゆかりちゃんとデートしたんだって? どうだったん?」
「しゃいませー。あ、お手洗いですか、どうぞーあちらになりまーす」
「俺が汗水垂らしてバイトしてたってのに、まったく羨ましい限りだぜ。疑似でもVRでもゆかりちゃんの隣歩けるとかマジやべーわ」
「以上三点で六四八円になります。千円からで? あっ千二百円からで。お返し五五二円になりまーす」
「しかもお前ノエルちゃんとも良い感じなんだろ? かーっ信じらんねーわ。俺よくヤリチンって言われるけどお前には負けてると思うわー」
「北大路お前もっと手ぇ動かせよ!」
同じく勤務している北大路蓮に喝を入れる。喋りながらやっている時点で余裕綽々なのがビンビン伝わってくる。伊達に半年以上働いていないな。
いつも通りのピークが過ぎ、品出しや商品入れ替えをしながら今度は落ち着いた状態で北大路と言葉を交わす。
「でさー。実際どうなんだよ? 少しでも役掴めたんかよ?」
「そりゃあもちろんタメになったとも。……特に身に染みて分かったのが、俺には彼氏なんてロール、まだまだ荷が重いってことだよ」
そっと彼女の荷物を持ったり、車道側を歩いたりととにかく『さりげなさ』を求められるこのご時世。何で男ばかり、と愚痴を漏らすと乙原からは、「相手のことを思いやっているなら自然と行動できるはずだよ」と有り難い文句を賜った。ぐうの音も出ねえ。
俺より遥かにモテる北大路も「分かるわー」と唸り、
「結局女の子ってのは、俺たち男子に理想を貼り付けるからなあ。やりづらいのは加点方式じゃなく減点方式で俺らを見てるってことだ」
「うわ、この人店員にタメ口使ってる……マイナス一万点。的なやつか?」
「そうそう。だから俺らも結局相手に尽くすだけの価値を求める。だから上手くいかない。互いに現実を理想っていう曇りガラス越しに見てるんだから、上手くいくはずがないよな」
時々恋愛強者っぽいことを言う男である。いや俺なんかよりよっぽど強者なんだが。
「その点野田くんはすげーよ。今の彼女と中学時代から付き合ってて未だにラブラブなんだろ? マジ尊敬するわ」
「我が映研の基盤だからな。野田くん、彼女の誕生日に手編みのマフラーをプレゼントするナイスガイだからな」
「ああ。しかも『二人が付き合った記念日』とかも全部覚えてて、その度に自作のプレゼントしてるもんな。前は茶器を贈ったらしいぜ」
手作りとは比較的安価で、なおかつこちらの気持ちが伝わるという安定択だが、それ相応の技量が備わってなくては開示されない選択肢だ。俺なんかは精々、ノエルや大名寺の誕生日に少し料理のグレードを上げてやるくらいのことしかできない。
北大路は雑誌のグラビアをちら見しながら続ける。
「だけど『カズヤ』は恋愛下手のヘタレ野郎だからな。そういう意味では素のナオトと被ってる部分があるし、何だかんだ大丈夫なんじゃないか」
「聞き捨てならないワードもあったが聞き流してやろう。でもさあ、未だに『ユイ』の心情がいまいち理解できないんだよなー。たとえばほら、何で恋愛下手のヘタレ野郎の『カズヤ』を好きになったのか、とかさ」
「そりゃあアレよ、『カズヤ』から告白されて気になったんじゃね? よくあるじゃん恋愛もので、『あいつのこと何とも思ってなかったはずなのに……』的な。告白するってのはつまり、自分を異性だとアピールするってことだからな」
「なるほどなあ」
そこのところ乙原はどう考えて演じているのか少し気になった。今度聞いてみるか。
雑談しているうちにまたもや客足が増え始めたため、俺たちは切り上げてレジへと戻って行った。