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転生者だらけのシェアハウス  作者: 名無なな
第1部 映画「君と過ごした時間」
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序章 高校生と魔王と善人おっさん

「――――腹が、減ったな」


 俺――雲隠直人(くもがくれなおと)はおもむろにキッチンへと立つ。そして、先に冷蔵庫の中身を確認する。

 すると残念なことに、中にはあまり食材が残っていない状況であった。常備されている牛乳が三本と、麦茶の入ったペットボトルが一本。誰が買ったか、プリンやシュークリームなどの甘味がびっしり入っている。一食だけならスイーツで凌げそうだが、購入者の気を荒立てること間違いなしなので、嘆息を吐きながら思考を切り替える。


「あとは……野菜が少々とベーコン。それとこないだのニンニクか」


 口頭で確認しながら、夕食のメニューを考えていく。そこで俺は棚にパスタが残っていたことを思い出す。まだ五〇〇グラム以上残っていたはずだ。


「ならここは、『アレ』をやるしかないか……! そう、我が秘伝の『アレ』を!」


 ちょっとテンション上げめに調理を開始。一人の時こそ独り言が増える。あると思います。

 仰々しく語ってみせたが、『アレ』とは即ちペペロンチーノである。某ファミレスでは二九九円という非常にリーズナブルな値段で売られている料理だ。とても美味しいのでおススメしておこう。ちなみにダブルサイズもある。


 手始めにパスタを茹でる。余っていた五〇〇グラム全てを。底が深い鍋でないと、パスタがはみ出て火が燃え移ることがあるので注意だ。下味として塩を少々加えておくとなお良し。

 八分ほどパスタを茹でている間に、俺は次の作業へと移る。フライパンにオリーブオイルを入れ、そこへスライスしたニンニクと輪切りした赤唐辛子を入れる。ニンニクが茶色に焦げ目が付くほど焼いたら、一旦脇へと避けておく。


 そうしていると良い感じにパスタが茹で終わっているので、その茹で汁を一杯分フライパンへと投入する。さらにそこへパスタも加え、強火で一気に炒めていく。フライパンに残ったニンニクの香りがパスタへと染みついていく。

 最後にコンソメやらを加えてかき混ぜ、器に乗せて作ってい置いたニンニクと赤唐辛子をトッピングしたら完成! 誰でもお手軽にできちゃうペペロンチーノ! ニンニク臭が残るためデートの前には禁物だぞ☆



「――――おお、おお! 良き匂いがすると思うて来てみたところ、やはり『ぺぺろんちーの』なるものであったか! うむ、我の食欲を誘うその手腕、褒めて遣わす!」



 俺が呼ぶよりも先に、ドタドタと階段を駆け下りてくる足音とともに、これまた大仰な口上を放つ同居人が現れた。

 言葉遣いから野太いおっさん声を想像するだろうが、現実はその真逆で。つまりソプラノボイスかつ幼さの残る声音である。発声主もそれに見合った、こじんまりとした体躯だった。


 彼女の名前はノエル=ラ=ヴォーデモン。名の通り異国人で、金色に艶めく長髪に人形みたいな大きな瞳。約一五〇センチと小柄ながら、うっすらと服の上からでも分かる程度には胸も発育している。王家の血筋の者、と言われても、ははあ成程と頷いてしまうだろう。

 俺は椅子を引いてやり、そこへノエルが満足顔で座る。これだけで俺たちの日頃の関係性が窺えるかもしれない。さしずめ俺はノエルの従者といったところか。


 ノエルは皿の上ですん、と鼻で息を吸い、表情を綻ばせた。にへ、と恍惚そうな笑みが俺にクリーンヒットした。自分が作った料理で美少女がアヘ顔をする、これに勝る快感はあるまい。いやアヘ顔は言い過ぎだが。

 すぐにでもがっつくかと思ったものの、ノエルは苛立ちながらもペペロンチーノに手を付けず待機していた。


「まったく、平気で我を待たせるとは、よほどの阿呆よな。勝手知ったる世であれば、即座に晒し首にしていたものを」

「物騒だな……」


 中二病ならではのセリフ回しと誤解しそうだが、彼女の言葉には力が宿っていた。ノエルであればそれを成し遂げてしまうのでは、という危うさが。

 少しして、再び階段を駆け下りてくる音が聞こえた。ノエルのような遠慮ない足音とは違い、悠然とした気品のある足取りだった。


「あら、お待たせしてしまったようね。ごめんなさい、ちょっと学校の課題に熱を入れていたものだから」


 凛としたボイスを伴い、奥ゆかしい大和撫子然とした少女の姿が目に入った。

 色白で整った目鼻立ちに、長い黒髪が良く映える。身長は一六〇センチ程度で、背筋がピンと伸びた立ち姿は育ちの良さを窺わせる。立派な着物を身に纏い、帯をきつく締めているせいか、元から大きな胸が必要以上に強調されている。ノエルが美少女と言うのなら、彼女は美人と形容すべきか。


 この大和撫子の名は大名寺花凛(だいみょうじかりん)。普通の高校生男子であれば、まず一目惚れしてしまうであろう美人に対し、しかし俺は冷たくあしらった。


「まったくだ。呼んだらすぐに降りてこい、といつも言っているだろ」


 まるで嫁に煩い小姑みたいな物言いであることを俺は自覚している。

 そのやり取りを聞いて、ノエルが楽しそうにクク、と口角を吊り上げた。


「ふふん。我を待たせるからこうなるのだ。その者の本質が最も視えるのは、そう、いかに時間を重く捉えているかだ。時間を浪費する者、時間を守らない者は総じて愚者と決まっている!」

「あらあら、仮にも支配者であったお方がこうも狭量では、さぞ配下も苦心なされたことでしょう」


 売り言葉に買い言葉。何だか空気がピリピリしてきた。この二人が同席するといつもこうなるから困る。

 高飛車で挑発的なノエルに、控えめながらも毒を吐く大名寺。まるで水と油のような関係性だが、一つだけ、確かな共通点がある。


 

 ――――それは、この二人が異世界転生者であることだ。


 

 つまり彼女たちは異世界で命を落とし、この日本で転生して第二の生を謳歌しているのである。

 大名寺花凛は今でこそ美人の皮を被っているものの、前世は中年おっさんだったらしい。何でも善行を積んだことを神に評価されて、転生を薦められたらしい。ちなみに戸籍云々は神様が全て用意してくれました。


 厄介なところは、大名寺が俺の好みのドストライクを突いていることだ。黒髪、声、性格、見た目。全てにおいて俺のフェチを満たしてくれる。しかし元がおっさんとなれば、さすがにチンコも自重を覚えよう。性転換した女性は残念ながらボールゾーンなのだ。

 だからちょっと冷たく接しないと、うっかり惚れてしまう恐れがある。初彼女くらい身も心も女子の人が良いじゃん。


 ノエル=ラ=ヴォーデモンに至っては人間ですらなかった。彼女の前世での姿は魔王――人類と敵対した、魔物を率いる長だったのだ。

 訳あって今は俺の実家に住まわせている……俗に言えばシェアハウスしている間柄である。電気代など込み込みで家賃は月三万円。食事に関しては基本俺が担当している。


 やっぱり俺の料理は美味い、などと自画自賛していると、いつの間にかケンガがヒートアップしてきた模様。火花散り合うなんて可愛らしい空気ではなく、第三者である俺でさえ押し潰されそうになるほどの重圧がかかる。

 バチ、と台所を照らす電球が音を立てて消灯した。これは多分ノエルの怒りが周囲に影響を及ぼしているのだろう。経験済みだから分かる。


「貴様、自分が特別などと思い上がっておるまいな? 転生者と言えど所詮は人の子、魔王たる我とは根本的に違っているのだと何故気付かん?」

「その人の子に滅ぼされたのは、いったいどこの種族でしたか? 未だ人間だからと侮っているとは、学習しない頭ですこと」

「分かった風な口を聞くでない! 我らが同胞を捕虜に、非道を尽くして攻め入ったのはどこの蛮族か! 闘争に綺麗事を持ち出すな、とは言うが殺す相手に敬意を払うくらい、我が軍でも徹底していた」


 ノエルが生前どのような行いをしていたか、ある程度聞き及んでいる。屍山血河を築いたことも知っている。

 しかしそれはあくまで闘争の果てに起こったで、俺に彼女を責めることはできない。仕方ない、と簡単に流すこともできないが。


 当時を思い出したのか、ノエルの表情に苦痛の色が滲み出る。

 すると、暗闇が一層濃くなった。おそらくこの家だけでなく、周囲一帯の家屋から光が失せたのだろうが――――こんな規模は出会って久しいことだった。


 暗すぎて隣にいるはずのノエルたちの輪郭さえ掴めない。代わりに息遣いがひどく近く感じられた。ちょっと色っぽい……などと言っている場合じゃない!

 何の気なしに右手を宙に彷徨わせてみると突然フニ、と柔らかい感触が手の平に伝わる。そしてつい本能的に揉みしだく。その正体については何となく想像が付いた。


 そうこれは間違いなく――おっぱいだ!


「やんっ♪」

「ってテメーかよ!」


 と、演技がかった口調で大名寺が喘いだので手を離した。元おっさんの喘ぎ声とか誰得だよ……。AVとかで主人公の喘ぎ声がうるさいとすごく萎えるやつと一緒だ。ちゃんとしてよね全国のAV監督たち。男の顔と声を混ぜない、男のケツ越しのアップを撮らない、結合部ズームイン。以上の三つを徹底排除してください。


「む……! すまん、少しばかり興奮してしまった」


 ぱちん、と指パッチンが響くと途端に電力が復旧した。どうやらノエルが戻してくれたらしい。指パッチンの仕方も電気の戻し方もよく分からない俺です。

 大名寺が顔を赤らめて、もじもじしながら言った。


「もう……、暗闇だからってナオトさん、大胆なんだから」

「いちいち育ちの良いお嬢様口調で話すんじゃねえよ。はっ倒すぞ」


 前世のおっさん口調がデフォらしいが、何故だか意識的に女性口調で話しているそうだ。大名寺にとっては一種のネカマプレイなのかもしれない。ああああ俺の理性がブレりゅううううううううう!

 俺は一呼吸置いて、二人を交互に見やった。


「ったく……。毎度刺激的な食卓をありがとうな」


 茶化す風に言い、俺は手を合わせる。彼女たちもそれに倣って合掌する。



「「「いただきます」」」

 


 ――――これは俺の、日常の中の非日常を切り取った物語。

 身の回りにいる転生者たちに巻き込まれた、ごく普通の人間の物語だ。


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