表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

創作怪談――創怪

事故物件に残されていた時計

作者: ユージーン


 Kさんに話を聞いた。とある病院関係者の話との事だった。守秘義務があって患者のことは話せないけれど、これはあくまでとある人物から聞いた噂話であって私には直接の関係がないという事を明確にしたいとの事だった。もちろん匿名で。




 引っ越すことになったその人はアパートに荷物を運び込んだ。

 もともと大した量ではないのですぐに終わる。クローゼットに服を掛けて押し入れに雑多なものを詰め込めこむだけ。

 荷物を入れようとした押し入れの奥に時計があった。横に長い箱型でちょうどティッシュペーパーぐらい。外側が透明で銀色の縁取りがあり、中で金色の簡素な機械が青いデジタル表示を光らせているのが見て取れる。

 ダンボール箱から荷物を取り出す作業があるが搬入が遅れてしまい、作業を切り上げてその日は休むことにした。

 面倒だったので前の住人の置き忘れていったらしいその透明な時計を見やすい場所に置いてコンセントに電源を差し込んで寝てしまった。




 新しい出勤経路に慣れた頃。

 そろそろ寝ようと部屋の明かりを消してベッドに潜り込むとあの時計が目に入った。引っ越す前に使っていた時計を掛け直すのが面倒でそのままになっていた。

 青い数字が切り替わる。

 眠りに落ちるまどろみの中で、それが次の数字、次の数字へと。

 身体を起こす。

 いくら眠気のせいでぼんやりしているにしても少しおかしい。

 そう気づいて時計をじっくり見ていると1秒毎に1分ずつ進んでいた。

 どうやら壊れてしまったらしい。


 やはり以前に使っていた時計を出さないとと思っていると窓の外が明るくなり始めた。

 カーテンを開けると朝だった。

 テレビをつけるとやはり朝。

 サンダルを履いて外に出るとやはり朝。

 早めの出勤のスーツ姿の男性が早足で眼の前を横切ってバス停に向かう。


 時計は壊れていなかった。

 表示している時間は正確でスマホやテレビの時刻とぴったりあっている。

 きっと横になった時に眠りに落ちて、目が覚めたら朝だったに違いない。瞬間的だったのか、ぼんやりとしていた時間の記憶が無いのか。実際、眠くない。

 その日は一日、妙な感じがしたけれど、それ以外に変わったことはなかった。




 同じことが再び起きた。

 今度は時間がどんどん過ぎ去って行き、24時間以上がたって元に戻った。

 時計の時間が進むのを見ている事しかできないのがその時にわかった。

 無断欠勤について上司に注意を受ける事になってしまった。新しい生活に慣れていないのかもしれないが連絡は入れて欲しいと。厳しく叱責されると思ったが、ひどく優しく、そして心から心配してくれているようだった。


 時計がおかしい。

 けれどそんな事はありえない。わかってる。

 もしも時計を押入れに突っ込めば認めてしまうことになる。時計のせいと。




 次にそれが起きた時、今度は時間が逆に進み、前日の日曜日がもう一度始まった。

 全く同じ一日を全く同じに過ごす。

 何が起きるのかわかっているのだから何をするのも楽だった。

 その夜、前日と違うことをすればよかったのにと気づいた。

 たったひとつだけ前日と違ったのは、あの時計をゴミ集積所に捨ててきたこと。




 時計を捨てれば終わりと思った。

 けれどそれはまた起きた。

 その時は前日と同じ日がまた始まった。




 入院することになった。

 事実を話す他になかったから。

 おかしな時計なんてあるはずがないし、時間が進んだり戻ったりすることもない。ちゃんとわかっている。けれど説明しなければ何が起きたのかわからず治療もできない。


 しばらくして医師から現実と認識との間に乖離が生じていて上手く関連性が理解できなくなっている状態と説明された。

 時間の感覚がずれて過度の睡眠不足となり、疲労が蓄積し、限界を超えて会社で暴れだしたと教えられた。

 そんな事はしていないと言うと同僚がスマホで撮影したという動画を見せられた。

 ボサボサの髪で青黒い顔をした不気味な人物が大声を上げて辺りのものをひっくり返している。

 こんな人は知らないと言うと鏡を見せられ、その中に映像の人がいた。

 薬を飲んでしばらく休めば治るからと言われた。




 あのアパートの部屋に以前に住んでいた人は入居してすぐに事故死しており、その前の住人も部屋で自殺していると知らされた。

 幽霊なんていないし、いるわけがない。

 だから次々と住人が死んでしまう部屋なんてちょっとした偶然を大げさに受け止めているだけで、便利で手頃な部屋を借りるのを避ける理由はない。


 業務中の事故で同僚を死なせてしまったが、その時も幽霊なんて出なかった。

 荷崩れの起きた倉庫にも、自分の部屋にも。

 だからその同僚が住んでいた部屋に引っ越した所で何も起きるわけがない。

 同僚は自殺じゃなくて私が起こした事故で死んだのだから部屋は関係ないんだから。


 不思議な時計も存在しない。

 捨てたのはただの古い時計だ。

 何が起きたのかはわからないが、きっと時間の感覚がおかしくなる病気のせいだろう。そういう難病にかかってしまったんだと思う。いずれ医師たちがそれを解明してくれるはず。


 カチコチと小さな音が聞こえる。部屋の中のどこか隅の方から。

 青白い光がぼんやりとシーツを照らす。

 病気のせいだ。


 そう自分に言い聞かせて目をつぶり耳をふさいだという。




 この話を聞かせてくれたKさんが世の中にはおかしな話が多いよねとこぼした。

「やはり同僚を死なせてしまった事による罪悪感なんでしょうね」と尋ねると「どうでしょう。そういうのはわかる時もあるし、なかなかわからないこともありますから」と答えた。

 けれどね、と付け加える。

 確かに言う通りの時計はあった。

 最初は病室に。患者に気付かれないように処分すると今度はナースステーションに。次は清掃用具を入れるロッカーの中に。捨てても捨てても現れる。時には捨てた人の住む家の玄関の前に置かれていたこともあったという。

 患者に関わりのある人物の嫌がらせかとも思ったが、外部の人間が入ることのできない場所から見つかったこともある。

 幸い、時間感覚がおかしくなる人はいなかった。

「まるで何かを訴えているようで。患者が話さなかった何かを伝えようとしているみたいと噂になりましたよ。本当に『事故』だったのだろうかと――もちろん、私が聞いたのはあくまで間接的にですが」

 最後の部分を特に強調していた。

 患者は薬が効いて幻聴や時間感覚の喪失がなくなって退院した。

 すると時計も姿を現さなくなった。

「あの患者がまた戻ってこないといいけど……」

 Kさんはそうつぶやいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ