05.思い出の看病
シャキンシャキンと、ネギをキッチンばさみで切る。最近は包丁よりも食材を切るのに重宝している。グツグツと煮込んだ鍋にネギとかにんじんと生姜とか、栄養のよさそうなものを適当に投入。それから溶き卵をまんべんなく入れると、蓋をして二分半ほど待つ。
煮込んでいる最中は皿の用意と配膳、それから余裕があれば皿洗い。
慣れた手つきで食事を用意する。
「はい、どうぞ。食欲はあるんだったな?」
「ありがとうございます! でも、私、作れますよ? スキルで食事だって」
「いいから食ってみろ。俺がそうしたかっただけだ」
「は、はい……お、おいしいです!」
「だろ?」
風邪を引いた時は、いつも死ぬんでしまった親が作ってくれた。具材の切り方とか、食材のチョイスとか微妙なときもあったけど、それでも美味しかった。
オリヴィアには軽く風呂に入らせた。
ほとんどお湯を被せただけだが、濡れた服を脱いで少しは気分が良くなったように思えた。相変わらず人間離れした肢体の美しさに鼻血が噴き出しそうになったが、これは非常事態。そんな興奮するようなことじゃないと自分に言い聞かせながらしっかりと裸体を網膜に焼き付けた。
それからんぅ……とか艶めかしい声を上げるオリヴィアを着替えさせ、食事の準備となった。とにかく腹に何かを入れないと治るものも治らない。食欲はあるらしいので手伝うとうるさいオリヴィアを寝かせて、俺が調理場に立っていた。オリヴィアのスキル『想像創造』で飯すら作れるようだが、オリヴィアは空腹だった。摂取した分トイレに行かないといけないからと、俺のことを待っている間最低限しか口にしなかったらしい。
「料理美味いんですね。剣聖様、もっと話しませんか? 知りたいんです、私……剣聖様のことを」
「…………いいから今日はもう寝た方がいい」
「寝られないんです。さっきよりも元気になったので、大丈夫ですよ」
確かに、さっきよりかは幾分か顔色がいいな。
「だったら質問なんだが、どうしてそこまで俺に従うんだ?」
「それが、普通だからです」
「普通って、やっぱりそっちの異世界の文化ではそうなのか?」
「いいえ、そういうわけじゃなく、私がそうなんです。そういう生き方しかしてこなかったんです」
「……どういうことだ?」
「日本は平和な国みたいですけど、私の世界ジェドレンでは、数年前までどこかしらで戦争があって、そこに私達は駆り出されていました。今でこそ私は宮廷騎士ですが、昔は戦争に参加していました。倒れていく仲間や敵を見ていると、人ってどうなると思います?」
「……………」
「何も考えられなくなって、何も考えなくなるんです。心を閉ざさなければ、心が壊れてしまう。正義も悪もなく、ただ誰かの指示に従うことでしか、私は私を守れなかった。それが一番私を壊していると知っていながらも、私は誰かを斬り続けた」
殺人剣。
自らの剣技をそう称したオリヴィアの言葉は誇張でも偽りでもなかったのか。
今ならオリヴィアのことを信じられる。
誠実さをその身体で証明してくれたのだから。
「でも、平和になったんだよな」
「はい。ただいつ戦争が起きてもおかしくないように、私達『七罪剣』は剣の腕を磨いていました。というよりも、私達は剣以外の生き方を知らなかった。だけど、そんな日々が嫌になって私は逃げてきました。禁忌である『異世界転移システム』を使って、私はこうして日本に来たんです」
「禁忌? 禁止されているんだったら、どうしてそんなシステムがあるんだ?」
「遥か昔、異世界から勇者を召喚する時に使った古のシステムがまだ残っていたんですよ。今では使われていませんが、伝説となっているので捨てるに捨てられないみたいですね。私達にとってはとても神聖なものなので」
「伝説ねえ」
おとぎ話のファンタジー世界だな。
宮廷騎士とか、剣とかスキルとか、勇者とか。
もしも俺がそういう世界に勇者として異世界転移したらどうなるだろうか? 剣の世界だったら意外にうまくやれるかもしれない。むしろ今の窮屈な現代日本よりかはよっぽど。
「――ほんと、追手から逃げるのは大変でしたよ」
「ん?」
何か聞き逃せない呟きを拾った気がする。
「どうしたましたか?」
「今、追手って言った?」
「えっ、言いましたけど? 形骸化されたシステムとはいえ、『異世界転移システム』は神聖なもので、警備が厳重だったんです。私が使おうとした時にはすぐにばれて、数十人に囲まれましたが、何とか逃げられました。ああ、良かった、良かった」
「あの、まさか、まさかとは思うけど、この地球には来ないよね? 例えば、この家に大挙としてその宮廷騎士とやらが押し寄せてこないよね」
「…………大丈夫です、よ?」
「おい! なんで疑問形? なんで目逸らしたの?」
「ごほっ、ごほっ、すいません、体調がすぐれないのでそろそろ寝させてもらいますね」
「咳なんて一度もしてなかっただろ! 寝られなかったんじゃないのか! なあ! 本当に追手はこないのか!?」
「転移空間は魔力の乱気流が激しいので、魔力痕跡を辿るのは不可能に近いです。もしもここにたどり着けるとしたら奇跡以外の何物でもないか、それか、天才の中の天才しかいません! だから安心してください! 追手が来る可能性は少ないです!」
「さっさと出て行けええええええええええ!」