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04.朝帰りと朝風呂

 早朝七時。

 久しぶりのカラオケで疲れきってしまった。

 結局、ほとんど寝ることなくカラオケ店を出ると愛音とは解散した。

 途中で疲れ果てた俺とは違って、愛音は終始テンションがあがっていたのがすごい。これが陽キャと陰キャとの違いなのか?

 俺は途中でオリヴィアのことを思い出した。

 スマホで連絡取ろうと思ったが、全裸のあいつは手ぶらだった。取れるはずもない。よくよく考えれば、なんで俺はあいつを置いてけぼりにしてしまったのか。

 心配だ。

 何故なら、通帳置きっぱなしで出てきてしまった。

 オリヴィアの心配なんて一切していない。

 金品を盗まれる可能性だってあるはずだ。……だけど俺はその可能性を考えなかった。考えたくなかった。久しぶりに家族以外の他人とあんなに話したせいか、信頼したかったのかもしれない。

 まだ、あいついるかな?

 一日中待ちぼうけにさせたから、流石に俺も悪いよな。無理やり押しかけてきたあいつも悪いが、謝っておこう。

「おっ」

 マンションの鍵を開けると、パタパタとカーテンの音がする。戸締りぐらいはするだろうから、もしかしたらまだ家にいるかもしれない。しょうがないな。我が主とか中二病みたいなことを言っていたし、まだ居座っているのだろう。今日こそどこかへ行ってもらおう。

「え?」

 弛緩しきった空気でいると、そこには倒れ伏しているオリヴィアがいた。びしょびしょに濡れたオリヴィアが、呼吸すら苦しそうに喘でいた。

「お、おい……? オリヴィア!」

「あっ……。剣聖様、おかえりなさい。遅かったですね……」

「遅かったって、お前、熱あるじゃないか! 何やってんだよ!」

 オリヴィアの額は確実に三十八度以上の高熱を帯びていた。

 抱えるとやはり全身が濡れていた。

 カーテンやカーペットが雨で濡れている。

 まさか、ずっと窓を開けっ放しだった? 

 昨日から一晩中豪雨だった。

 その雨をずっと身体で受け止めていた? 馬鹿か、こいつ? そのせいで風邪を引いたのか? 常識があるとかないとか、それ以前の問題だ。

「だって、剣聖様言っていたじゃないですか……」

「言っていたって、何を……?」


「『そこから一歩も動くな』って……」


「なっ――」

 そんなことで?

 そんな、俺の適当に放った一言を守ったいせいで、倒れるまで待っていたのか? 俺を? どうしてそこまで盲目的に俺に従うんだ。

 これが、文化の違い?

 一度主と決めたらとことん従う? 本当にそれだけのために、一晩中雨に打たれることなんてできるのか?

「私、頼れる人がいないから。帰る場所なんてどこにもないから、だから……そうするしかなくて……。どうすればいいのか分からなくて……。でも、嬉しかったんです。剣聖様は、ここにいてもいいって言ってくれたから」

「それは……」

 そういう意味で言ったんじゃない。

 俺はずっとこいつのことを疎ましく思っていた。

 家に居場所がなくなった俺がようやく作った俺の居場所なんだ。空っぽで、いつも家に帰ると、シン、と何の音もしない。テレビと話してしまうことだってある孤独さを味わう、何もない部屋。

 そこにこいつは、こいつは俺の薄っぺらな言葉を信じて待っていたのか?

「帰る場所がないって、元の世界に戻れないのか?」

「戻ろうと思えば戻る方法はあります。だけど、元の世界に私の居場所はありません。だから、新天地に行けば何かが変わるかも知れないって思って……。でも、だめですね。場所が変わっても、私は変わらない。どこへ逃げても、私は私から逃げられない。ごめんなさい。利用するようなことばかり言ってしまって。私、最悪ですね。それに、どうして、逃げられないってことに、転移する前に気がつかなかったんでしょう? 怠惰ですね、私って……」

「――怠惰なんかじゃないさ。俺なんかより、ずっとな……」

「え?」

 怠惰なのは俺の方だ。こいつは一歩を踏み出したんだな。

 俺はまだどこにも行けていない。ただ、空虚な部屋に引きこもっていただけだ。本当はまだ俺は自分のいてもいい居場所をみつけられていないのだ。

 そこに降ってわいてきた異物。

 さあこいつをどうしてくれようか?

「とにかく、風呂! 風呂に入れ! 濡れた服のままじゃ余計に風邪を引く! いや、入れるか?」

「は、はい、入ります……」

 起き上がったオリヴィアはよろける。

「くっ――」

「無理すんな。服、脱がせるぞ」

「えっ」

「安心しろ。妹の裸なら見慣れている。だから、こんなのなんでもない!」

 と、思うしかない。

 女の裸なんて抵抗しかないが、息も絶え絶え。ぶっ倒れそうで、蛇口の捻り方も満足に知っているか怪しいオリヴィア一人にさせられるわけがない。

 こいつとは、もう裸の関係なんだ。

 初めて出会った時から、こいつの全裸は網膜に焼き付いて、脳内メモリーにしっかり保存されている。だから、こんなことどうってことないんだ。

 肩を貸しながら風呂場までゆっくりと行く。歩く度に肩に触れるふくよかな胸が押し付けられて潰れる。ハアハア、と荒い息遣いが耳元で囁かれながら、胸の感触を味わっていると邪な感情が生まれそうになるがなんとか振り切る。もっとやばいことをしないといけないんだ。今からこんなんじゃ持たない!

「妹? 妹って昨日来ていた人ですか?」

「――いいや、死んだ妹だよ。俺の両親と妹は死んだんだ。交通事故でな……」


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