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03.夜のフリータイム

 ドアアアアアアッ!! と、滝のような雨が降り注いでいる。ホテルで飯を食べ終えたぐらいのタイミングで、いきなり降り出したのだ。あいにく、俺は傘を持ち合わせていない。こんなことなら、朝の天気予報を確認しておけばよかった。

「ど、どうする?」

「とりあえず、雨宿りしましょう!」

「分かった!」

 愛音が折り畳み傘を持っていたからまだ助かったが、相合傘には小さすぎる。ホテルから出ていたら予兆もなくいきなり大雨が降りだしたせいで、肩やら腰がもう濡れまくっている。このまま家に帰るのはしんどすぎる。愛音の言うとおりどこでもいいから雨宿りするしかない。

「あれ? ここって……?」

「ええ。ここなら長時間いても、そんなにお金はとられないですよね?」

 尻込みする俺の腕をぐいっと引っ張って、愛音はカラオケ店に入店する。

 確かにここなら千円と少しほどで深夜帯のフリータイム、ドリンクバー付きでいられる。しかも、ここで働いている人間なら割引クーポンまでついている。だけど、愛音と一緒にここには来たくなかった。

「いらっしゃ――なっ、なんだあ、後輩! そ、そこの可愛らしい美少女は!」

 店員さんが気さくに話しかけてくる。

 それは、そうだ。

 このカラオケ店『ふくわらい』は、俺のバイト先なのだから。

 俺のことを後輩と呼んだカラオケ店員の名前は、水沢万智みずさわ まち

 大学生で二十歳。俺みたいな高校生のガキからすれば、立派な大人の女性だ。バイトリーダーとして店長の代わりにシフトを作ったり、新人の面接までできたりする、俺が憧れている先輩だ。

 ポニテを揺らしながら元気そうに話しかける先輩は、ムードメーカー。他人とズレた発言が多く天然が入っているが、それも笑いになっていつも輪の中心にいるような人。俺とは真逆の性格なのだが、何故か目をかけてもらっている。

「やっぱり、いますよね、この時間帯なら……。万智先輩、こいつは――」

「妹です。義理の、ギリギリ妹ですっ! つまり、賢兄様とは結婚できる愛音です。どうか短い間ですが賢兄様のことをよろしくおねがいします」

 エンジン全開の挨拶ですね、愛音さん……。他の奴だったらドン引きするだろうが、万智先輩はきっとどんな相手だろうと適応するし、応対できる。クレーマー処理の時は店長よりも頼りになるのだ。

「おおおう! おう! 元気だねえ! 後輩妹! あたしの名前は、水沢万智。友達からは万智って呼ばれているから、そう呼んでくれていいんだぜっ!」

「あはっ! 気が向いたらそう呼びたいと思います、水沢先輩!」

「ありゃりゃ、嫌われちゃっているかな? おいおい、後輩! あたしのことをどんな風に言っているんだよ!」

「普通なことを普通に言っているだけなんですけどね」

 だけど、明らかに愛音は先輩のことを嫌っている。

 そしてそれを隠そうともしない。

 何が気に障ったかは知らないが、無愛想な愛音にもちゃんと対応できるあたり、やっぱり先輩は大人だ。

「そうかい、そうかい。……うん、まっ、ある程度は別にいいんだよ、私だって後輩妹よりかは年上なんだ。だけどな、ちょいとだけ訂正して欲しいことがあるなあ」

「なんですか?」

「後輩と短い付き合いってところだよ。あたしと後輩はこれから長い付き合いになると思うんだよなあ。そこだけは、ちょっと聞き捨てならないねえ」

「えっ、なんでですか?」

「へえ、言わないと分からないんだ……」

「あはは、分かってますよ。あなたの考えている妄想のことぐらい。ただちょっと聞いてみただけです」

「…………」

「…………」

 あれ? なんか二人とも、いつもの二人じゃない。どっちも優しい性格のはずなのに、どうしてこうも火花をバチバチさせているのか。全然原因が分からない。

 やれやれ、どうして仲良くできないのか。

 二人の橋渡しができるのは俺しかいない。

 ここは強引にでも流れを変えてやろう! 空気が読める俺がたまには珍しく二人の役に立って見せよう!

「せ、先輩! タオル貸してもらっていいですか? あと、雨がやむまで、そうだな、二、三時間ぐらいカラオケを――」

「夜のフリータイムコースでお願いします」

「はあ? お、お前、朝までカラオケするつもりか?」

「明日は土曜日ですから、何もおかしくないと思いますけど? 賢兄様?」

「いや、それは……」

 カラオケのマットは固いから寝づらいし、個室に二人きりで朝までいるって……。色々と問題がありすぎるだろ。仮に相手が義理の妹であっても限りなくアウトに近い気がするんですけど。

「金曜日は、月曜から木曜に比べてお高くなっておりますが――」

「構いません。お金はありますので」

「……後輩」

「いやいや! 決めているの俺じゃないですよね! おい! 愛音! そこまでいると、その、色々とまずいんじゃないのか?」

「大丈夫ですよ、賢兄様。それとも何か間違いでも起こすつもりですか? それならそれで私は大歓迎なんですが」

「いや、ないから! 全然ないから!」

「――なら、大丈夫ですよね?」

 先輩の目が据わって他人行儀というか、店員モードになっている。しかもこっちをずっと責めるように見てくる。愛音も先輩と眼を合わせようとせずにこっちを見てくる。え? 何? 俺が全ての元凶みたいな感じになっているけど、俺、無関係だよね? 俺なりに気遣っているのに、これ以上どうしろと?

「…………分かりました。カードをお持ちですか? アプリのご登録はされているでしょうか? 機種のご希望はあるでしょうか?」

「カードは持っていませんけど、アプリはあります。機種は最新の、はい、それで――」

 黙々と作業のように二人が部屋やら料金プランを選んでくれる。俺はということ、これ以上口出しするのが怖かったので、スマホを取り出してアプリ画面を見せることぐらいしかやっていない。

 所在なさ気にドリンクバー用のコップを受け取ってジュースを注いで来ようとすると、ギュッ、と万智先輩に手を握られる。

「え?」

「後輩、無料のコスプレ服着たらどうだ? 濡れた服のままだと風邪引くだろ?」

「ああ、ありますね、確かに服は濡れていますけど……。あの、なんで手を握っているんですかね?」

「うん、それはだな、きっと後輩が寒い想いをしていると思って温めているんだ。できることなら温まるまで私が握っておこうか?」

「いやいや、いいです! いいです! 仕事できませんよねえ!」

 先輩は優しい。相変わらず天然のところがあって行動がとんちんかんだが、俺に優しくしようとしてくるのは伝わってくる。でも、こんな風に普通に俺の手を握ってくるってことは異性として意識していないからできること。なんだかちょっとショックだった。

 内心落ち込んでいると、愛音に腕を引っ張られる。

「着ましょうよ! せっかくなので、賢兄様の好みの服を着て悩殺してさしあげます!」

「ちょ、ちょっと! そこまで急がなくていいだろ! 愛音ならどんな服でも似合うから!」

「いやーん! そうですか! 超絶可愛いですか! 天使ですか! 他の有象無象だんせいに褒められてもどうでもいいと普段から思っていますが、賢兄様に言われると天にも昇る気持ちです!」

「そ、そうか、よかったな」

 まるでわざと当てているような薄い胸の感触が肘に伝わってくる。先輩もジト目でこちらを見てくるんだけど、離せない。意外に愛音の力が強いのだ。決して俺がもう少しでいいから、この幸福なる感触を味わいたいから力が出ない訳じゃない!

「エロいことはするなよ、後輩。ちゃんと定期的に見張りに行くからな」

「エ、エロいことなんてしませんよ!」

「うん、ならよし。兄妹は健全な関係じゃないとな! あっ、そうだ! 他のスタッフには内緒でポテトとかお好み焼きとか持って行ってやるよ!」

「えっ? いいんですか?」

「いいんだよ。どうせうちはまかない自由なんだ。仕事中じゃなくても後輩はここのバイト生なんだから食べていいって!」

「あっ、ありがとうございます!」

 断ろうとも思ったが、ありがたくもらっておこう。

 カラオケのメニューはボリ過ぎなほどに高い。

「…………というかさ、愛音、カラオケ店だったら別に他の店でもよかったんじゃないか?」

 ドリンクバーからオレンジジュースを選びながら、小声で愛音に呟く。

「ご挨拶したかったんです。賢兄様がよく口にされている『先輩』とやらに」

「そうか……」

 挨拶というよりはケンカを売っていただけに見えたけどな……。

 それから俺達は五時間ぐらいぶっ続けでカラオケを楽しんだ。コスプレもお互いに楽しんで、俺はアニメキャラの制服やら執事服やら着せられ、愛音はアイドルの服やら、メイド服やらファッションショーみたいに着替えまくった。

 ちょくちょく頼んでもいないのにタンバリンやら、マイクの交換、ポテトのサービスやらを先輩が持ってきて、その度に愛音が不機嫌な面を隠さずに唇の端をピクピクさせてはいたが、それらも含めて充実していた。

 何か大切なことを忘れた気がしながらも、俺達はカラオケオールを満喫したのだった。



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