15.決別の日
スローンの家は先祖代々王家に仕える一族だった。
私も生まれた時から王宮の中にいて、自由に闊歩できたのは両親が優秀な兵士だったおかげだ。王宮に住むことができた私達は何不自由ない生活を送ることができた。だが、裕福な生活の代わりに熾烈な王の後継者争いに巻き込まれていた。
王宮の中は、誰もが誰かを蹴落とそうとする陰険な雰囲気で包まれているのは子どもながらに気がついていた。うちの家系は王家の血を引いているとはいっても後継者争いの二十三代目ぐらいなもので、末席も末席。油断しているとすぐにでも王宮から追い出されるような位だった。もしも王宮から追い出されれば私達は路頭に迷うことになっていただろう。王宮以外の生活を私達は知らないのだから。
だが、その心配は杞憂だった。
私には二つ上の姉がいたが、その姉がスローン家、いや、王宮の中でも歴代最強クラスの剣とスキルの使い手だったのだ。
圧倒的姉の強さで、私達の家系は一気に王宮の中でも上位のものとなった。
だが、そのせいで私は多くの人間から疎まれるようになった。
訓練用の剣を隠されたり、道を塞がれたり、小さな嫌がらせが続いた。
姉はいい。力も強ければ心も強い。仮に誰かに陰口を叩かれたところで、気にも留めないだろう。暗殺者に不意を突かれようが、剣で打ちのめすことができるだろう。強さこそが正義な価値観である姉には、誰一人として強く意見が言えるものがいなかった。
嫉妬の矛先は必然的に私へと向かった。
私はそれに対して何もできなかった。強くなれば認めてもらえると思って、歴史の勉強や剣の道を極めようとした。
だが、そうはならなかった。
世間一般からすれば平均以上の力を手に入れていた。日々の弛まぬ努力によって、私はそれなりに強くなれた。だが、誰も認めてくれなかった。誰もが怠惰であると揶揄した。
何故なら、私には才能がないから。
姉のように誰もが一発で分かる強烈な輝きを持っていなかったから。
だから、誰からも私は認められることはなかった。血の繋がった両親でさえも。
「ねえ、どうしてもっとあなたは姉さんのようになれないの?」
「おい、やめないか……」
「だって、この子いつまでたっても姉に一度も勝てていないのよ! はあ……。もっと頑張りなさいよ。どうして姉はあんなに才能があるのに、こんなに差があるのかしら」
「そういうなって。かわいそうなのはオリヴィアの方だ。どうしてこいつは何の才能もないんだろうな。お前に期待した私たちが悪いんだよ。いいか、オリヴィア。お前もへらへらいつも笑っているのが悪いんだぞ。もっともっと努力しろ。我が家の娘として認められたかったら結果を出せ、結果を」
剣の腕も、学問も、とっくに両親を越していた。
それなのに、私を口汚く罵るのはどうしてだったんだろう。
私がずっと笑っていたのは、それしかできなかったからだ。本当は泣きたかったけど、笑うことで気が楽になると思ったから。そうしていれば、幸せな気持ちになれると思ったから。
だけど、何も変わらなかった。
私があの最強の姉の妹でなければ、私がスローンの家に生まれてこなければ、もっと正当な評価を受けていたかもしれない。だけど、そうはならなかった。生まれてきた時から、運命で決まっていたのだ。才能も、境遇も何もかも。
私は何も持っていなかった。
何も持っていないから、私は気を遣った。丁寧な口調になっているのも、そうしなければならなかったからだ。調子に乗っているとか思われるからだ。
本当は姉のように不遜な態度で、荒々しい口調で喋りたかった。でも、私は両親にさえも敬語を使って、常に顔色を窺っていた。本音を話せる友人なんて一人もいなかった。
だから。
私の視界には姉しかなかった。
傍にいるだけで辛くなるのは分かりきっていても、私はいつも姉の背中を見続けた。
その姉から全てを否定された時でさえも、私は尊敬していた。
だけど、そんな姉にも私は見放された。
「もう、騎士団を辞めたらどうだ? 生き方は他にもあるだろ?」
「辞めません! わ、私は、絶対に! だって、私は――」
姉のようになりたかった。
強くて、綺麗で、堂々としていた。
私の憧れそのものだった。
孤高にして最強だった。
そんな風になれたのなら、きっと、家族に慕われ、自分の居場所を作ることだってできるはずだから。
「そうか……。勝手にしろ。だがな、弱者には何も守れない。何もできない。それだけは忘れるなよ」
私には何も期待していない姉をただひたすらに追いかけた。
私と少しでもまともに話しをしてくれるのは姉だけだった。いつも後ろを追いかけた。それが、最も辛い選択でも、より比較されて惨めな思いをすることになろうとも、真似し続けた。何もない私には模倣しかできなかったから。一緒にいたかったから。
そして、私は騎士になった。
幾多の戦場で屍の山を築いても、私はただ姉の傍にいたかった。でも、駄目だった。私はいつまでたっても弱いままだった。『七罪剣』の中でも最弱だった。弱い者に居場所はなかった。だから、私は逃げ出した。だから異世界へ行けばいい。
異世界転移は古い慣習で、使われていない。
もしも許可なく異世界転移をすれば、処罰される。
それでも、今よりかはずっとましだった。処刑されるにしても、どうせ私は死んでも生きていても同じだった。生きながらに死んでいた。誰にも存在を認められないということは、きっとそういうことなのだ。
私は孤独になれても、孤高にはなれなかった。
誰からも。家族からも必要とされなかった。
異世界転移。
それが私の人生で初めての挑戦だった。私は異世界転移するための魔法陣に乗って、最後に振り返った。そして、ただ一言だけ呟いた。
「ごめんなさい、インフィア姉様」




