2,そして貴族の令嬢に
主人公の記憶が戻るまでは第三者視点でいきます。
ここはユーリトス王国。
その要たる7つの名家、通称七大貴族の一角を担うシャイラの屋敷は、重い、しかしどこか落ち着かない緊張に包まれていた。
屋敷の主たるその男も例に漏れず、寧ろ率先してそわそわしている。それもそのはず。隣の部屋で、今まさに、自身の血を引く新しい生命が産まれようとしているのだから。
この男、妻の様子にあまりに過剰反応するものだから、お産の邪魔だ、と、部屋から追い出されてしまったのだ。2回目なのだから大人しくできないのかと、妻からも鬱陶しがられて仕舞えば立つ瀬もない。
気分を落ち着かせるためのハーブティーをがぶ飲みしながら、一晩明かし、柔らかな朝日が場違いに暗い雰囲気の部屋に差した頃、やっとその時が来た。慌ただしく廊下をかける足音。この場にそれを無作法と、止めることができる者はいなかった。その勢いのまま、当主の待つ部屋へ、一人のメイドが興奮した様子で頬を紅潮させて乗り込んでくる。
「御生まれになりました!…あれ?」
声をかけた時には、もう男はその場に居なかった。一刻も早く、妻の、子供の元へ。全身に【身体強化】を施し、件の部屋へ静かに、だが激しく扉を開く。中の人物への配慮は忘れていなかったようだ。
「ナタリー!」
妻は夫に気がつくと、疲労がうかがえる顔で顔でこれ以上ないほど美しく微笑む。
「元気な女の子よ。」
その腕の中では、小さな赤ん坊が産声をあげていた。
*
5年後、同邸にて。
白亜の魔石回廊を軽快な音をたてて俊敏に走り回る少女は、ふと足を止めた。齢五つながら、強い光を湛えた水色の瞳が忙しなく動き回り、“それ”を捉える。小さく見えた唇が信じられないほどくっぱりと開かれると、静かな空間にはおよそ似合わない声が響き渡った。
「グランみーっけ!」
幼少期特有の甲高い声。屋敷中の使用人が何事かと様子を見る中で木霊するそれにつられるように、巨木の中から軽々と“それ”が飛び降りた。
「また見つかった…」
“それ”の正体、グランと呼ばれた少年はいささか不満そうに厳かな金眼を翳らせる。かくいう彼も、自身が鬼だと絶対に少女を見つけるのだが。
集まった使用人も、いつものことかと去っていく。大切なお嬢様と客人に何かあってはと、暫くはハラハラと見守っていたが、一年もすれば、その五歳離れした二人に諦めがついたようだ。始めの頃は悲鳴をあげていたメイドも、今では多少気にする程度で、既に自分の仕事に戻っている。
廊下を時速30キロで駆け抜ける令嬢も高度10メートルから飛び降りる子息も心配するだけ無駄というものだ。しかも二人とも魔力を使っていないときた。将来が楽しみなようなそうでないような二人は周りのそんな行動を気にも留めずに遊び続けるものだから、そのやんちゃっぷりはいうまでもないだろう。
「次は何する?」
「木登り?」
「昨日やった。屋根でお昼寝は?」
「3日前にやった。隠し部屋探しは?」
「一昨日見つけたので全部だって。本でも読む?」
「もう読みきったよ。また家宝でも見せてもらう?」
「それだ!!」
「父様に頼まなきゃ!」
大抵の遊びは網羅し尽くし、屋敷内の危険は全て経験済み。さらに困ったことに、それらを全て魔法を使わず自分たちで解決しているのだから、下手な注意もできない。そんな見ているだけで胃がキリキリする二人の小さな権力者は今日も屋敷を激震させる。
令嬢は新雪色、子息は深天色、それぞれの髪を振り乱して走り出した。
「行こうグラン!」
「待ってよルミナ!」
光の七大貴族長女、ルミナ=レン=シャイラ。
筆頭上級貴族次男、グラン=トリスター。
これから彼らが激震させる世界がこの物語の舞台となる。
前世では外で遊べなかった系主人公が全力で健康体を謳歌しているぞ!