プロローグ
後から挿入しました、すみません…
ああ、また始まってしまった…
僅かな光石で照らしただけの、薄暗い地下室。いつもは気が狂いそうになる程暗いここに、今は六色の光が点滅している。
響き渡るいくつかの嘲笑、罵声、そして一つの悲鳴。
私は、部屋を区切る鉄格子の中に、身を潜めていた。ただ、身を守るように丸くなって、耳を塞いで、目を固く閉じていた。
悲鳴をあげるこの牢獄の住人は、毎日、理不尽な暴力に心身を苛まれている。
赤い光が、彼の頭皮を融かす…
青い光が、彼の右手に穴を開ける…
緑の光が、彼の右脚を切り刻む…
黄色い光が、彼の目を焼く…
茶色い光が、彼の腹を殴打する…
黒い光が、彼の精神を弄ぶ…
何度も何度も、繰り返された光景。そのたびに私は、こうして隠れることしかできない。
だって彼が私を庇うから。
だって彼が大丈夫だよと言うから。
私はいつもここでこの地獄の果てを待つ。
本当は知っている。
優しい彼が傷つく姿を私に知られたくないと、
強い彼が惨めな姿を私に見せたくないと、
そう心から思っているのは。
それでも甘い彼は私を拒絶しない。
何の役にも立たない私を、この地獄を長引かせるしか能のない私を、彼は親友呼ぶ。
彼を心配するだけの、偽善者の私はそうしてこの場にいることを許されているのだ。
小さな悪魔たちが、何かを囀りながら、帰っていく。
足音が聞こえなくなってから、やっと私は寝具の影から這い出し、彼に駆け寄った。痛みと貧血で意識が朦朧としているのはいつものことだが、特に激しかった今日は欠損もあるのだ。
慌てて覚えたばかりの修復魔法を魔力切れになるまでかけていく。白い光に包まれた彼の体は、みるみるうちに修復されていった。
両目に戻った瞳は、ぼんやりと焦点の合わなずに虚空を見つめる。
最近、こうしていることが長くなった。
彼の心は、もう長くは持たないだろう。
私はこの時間、いつも無力感に苛まれる。
私の魔法であれば、彼の命は救えるだろう。いずれ、何も感じぬ木偶になっても生かすことはできるだろう。
しかし、親友たる私は、壊れゆく彼自身を救うことはできない。
それでは意味が無いのだ。
長い、長い無音の後、やっと彼の目が光を宿した。
胸にかけた時計を見ると、丁度0時を指していた。あれから、2時間も経っていたらしい。
彼の顔を覗き込むと、私の目から、溜めに溜めた涙が溢れた。彼は一瞬私の胸元に目を向けて、弱々しく笑い、掠れた声で囁いた。
「誕生日、おめでとう。」
頭の中で、何かが弾けた。
記憶が濁流のように流れていく。
黒い制服、黒い髪、黒い目…
自分でない自分を知覚すると言う体験は、正しく“追憶”と言うのだろう。それと同時に、疲れ切っていた体に、力が漲るのを感じた。そして理解する。
“枷”が、外れた。
無力感が万能感に、悲しみが喜びに、闇に太陽が出現したかのようにそれらは転じていった。
衝動に突き動かされるまま、私も笑いかえす。
「ありがとう」
さあ、物語を始めようか。
彼のための、光溢れる物語を。