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Sky Bridge ~珈琲紅茶、時々幽霊~  作者: 柚琉
プロローグ
2/3

プロローグ2

地図を片手に住宅街をさ迷い、ようやく見つけた一軒の店。

ログハウス調の木造の店の軒先は、冬の入りしなだというのに色とりどりの花で溢れ、ファンシーな様相を醸し出している。

俺みたいな男がひとりで訪れるには少々気後れしてしまうが、見つけたからには噂の真偽を確かめるためにも入らなければならない。

覚悟を決め、深呼吸してから店の入り口に歩み寄り、ドアの把手に手を掛ける。

しかし、押しても引いても、扉は開かない。

なんじゃこりゃ、と手元に目を落とし、すりガラスの向こうに掛けられたプレートに気づく。

曰く、「CLOSE」

「ーーはぁあああ!?」

よもやここまで来ておいて、店が閉まっていたなんてオチが許されるのか。

ほんの数秒前の、覚悟は一体何だったのか。

「いや、つーかなんで閉まってんの!?」

今どきホームページもSNSのページも存在しない、存在の有無すら怪しい店の営業日など調べようもないのだから仕方ないのかもしれないが、これはあんまりである。

何せ、遠路はるばる、片道2時間もかけて電車に揺られ、さらに見ず知らずの街をさ迷った果てに、ようやく見つけたのだから。

「マジかよ……」

引けど押せど動かない扉に縋り付き、盛大にため息をこぼす。

「ま、店の存在が確かめられただけでも一歩前進か……」

諦めて帰ろう。

そして後日また来ればいい。

そう思って扉から手を離した瞬間だった。

「こんにちは」

突然背後から声をかけられ、俺は文字通り飛び上がった。

慌てて振り向くと、濃紺のブレザーを纏った少年がひとり、立っている。背格好からして高校生だろう。

「あ、えっ、と……こんにちは?」

真面目な高校生然とした爽やかな彼は、にこにこと俺を見ている。彼が挨拶をしたのは俺で間違いはないらしい。

どことなく童顔でもあるので、少女趣味と言っても良いファンシーな店の前にいても違和感はない。

対して、俺は金髪に右眉上の三連ピアス。違和感どころか通報されてもおかしくない取り合わせにも関わらず、彼は表情を崩すことなく笑顔で挨拶を寄越したわけである。

「お待たせしてすみません。いらっしゃいませ」

「……へ?」

彼の言葉の意味を飲み込む前に、少年はポケットから取り出した鍵で、俺がさっきまですがり付いていた扉を開けた。

「どうぞ」

どうやら、この店のバイトか何からしいと判断して、会釈をしてから彼の開けてくれた扉をくぐる。

チリン、とドアベルが鳴った。

俺に続いて店内に入ってきた彼は、カウンターの裏に回り、そこにあったスイッチで明かりを点けた。

「お好きな席にどうぞ」

少年はそう言うと、更に奥に入っていってしまっう。取り残された俺はどうするべきか悩み、とりあえず店内を見回した。

喫茶店特有の、コーヒーの香りが漂う店内は、外観と同じく内装もそれなりにファンシーで、カウンター席が三つに、4人がけのテーブルが三つ。広くはないがご近所のオバサン連中が井戸端会議をするにはもってこいの店といった感じだった。

キョロキョロと落ち着きなく視線を巡らせていると、奥から少年が戻ってくる。ブレザーを脱ぎ、腰だけを覆ういわゆるギャルソンエプロンを身につけている。

立ち尽くす俺を見た彼は、良かったらこちらへ、とカウンター席を示してくれた。

言われるがままに席についた俺に、メニューを渡すと少年はニコリと笑った。

「何になさいますか?」

「あー、えっと、じゃあコーヒーで」

飲みなれているコーヒーならば失敗はないだろうと答えると、彼は頷いて手早くコーヒーの準備を始める。

すぐに漂い始めたコーヒーの濃い香りは、緊張で凝り固まっていた俺の体を程よくリラックスさせてくれた。

「どうぞ」

数分と経たず差し出されたのは、店の雰囲気にピッタリの華奢なカップ。

「ミルクとシュガーはどうされますか?」

「あ、いや。ブラックで大丈夫」

彼の差し出すシュガーポットをやんわりと断り、コーヒーに口をつける。

「……うまい」

普段は缶コーヒーやインスタントばかりだが、本格的なコーヒーは香りが濃厚で、癖になりそうな味わいだった。

思わずこぼれたつぶやきに、彼は微笑んでありがとうございます、と言った。

「良かったらこれも。お待たせしてしまったようなので、サービスです」

と、可愛らしい小鉢に小さく盛られたクッキーを差し出される。

「あ、いや……俺、甘いものは」

断ろうとする俺に、少年は騙されたと思って一つ、と勧める。

仕方なく一つつまんで口に入れると、ふわりと紅茶の香りが口に広がり、甘さを感じさせず美味しい。

コーヒーを飲んでいるというのに、全く負けていない香りに驚くばかりだ。

「うまいね」

「でしょ?」

どうだと言わんばかりの表情に頷いて、改めてコーヒーを口にする。

思わず和んでしまったが、俺の本来の目的はコーヒーではない。まして、甘い物の苦手な俺が美味いと感じるクッキーでも無い。

ちらりと少年を見上げると、彼はにこにこと楽しげに働いている。

バイトだけに店を任せるとも思えないし、店主はそのうち帰ってくるのだろうか。

意を決して、カップを置く。

「ところで、ここの店長? は何時くらいに来るのかな」

その言葉に、彼は洗い物をしていた手を止めて首を傾げ、それから小さく微笑んだ。

「すみません、そうは見えないと思いますけど、俺が店主の若尾です」

「……は?」

数秒思考停止したのち、掲示板の情報がガセだという結論に至る。もしくは、彼が俺をからかっているか。

「ちょっと待て。だってお前、高校生だろう」

「そうですね、2年生です」

若尾少年は事も無げにそう答え、洗い物を再開する。そう量がある訳でもなく、すぐにそれは終わる。

「なんで高校生が喫茶店?」

「うーん、趣味ですかね? 俺、紅茶好きなんで」

「趣味って」

「本格的に店開けようと思ったら、学校辞めなきゃいけなくなるんで、基本的に放課後と土日祝日しか開けてないんです。だから、今はまだ趣味です」

淀みのない答えは、嘘をついているとも思えない。だとすれば、やはりガセネタを掴まされたことになる。

藁にもすがる思いで遠路はるばるやってきたわけだが、これで振り出し、完全に手詰まりである。

「別に喫茶店じゃなくても良かったんですけどね。あなたみたいなお客さんの橋渡しができる店なら」

「……え?」

「お待ちしてましたよ、近藤さん」

彼はニコリと、名乗ってもいない俺の名を、呼んだ。


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