生死判別
家に帰ると親が驚いた顔で僕を見る。眼を丸くするとはこのことか。とにかく、鏡を見てこいと言われた。
顔面蒼白。その一言に限る。・・・わかっていたことだが、これは凄い。(酷いというのは通り越している)
肌は女優の様に白く、血が通っているのか疑ってしまう。 眼はまさに黒い真珠、そう呼ぶのが一番わかりやすく馴染む。
「どう驚いた?今の自分の状態に」アリアが後ろからそう尋ねた。鏡越しに眼が合う。
「・・・ああ、色んな意味でね。顔はまあ、想像以上だったけど思っていた通りだ。問題は、脳の方かな?」
「脳?」
「親の顔がわからないんだ。顔の部分に黒い靄がかかっている。僕のフィルターは親の顔さえ拒絶をしているんだ。しっかりとわかるのはアリアと・・・。」
「西之江真里亜、二人だけだと?」
「ああ、おそらくそうだろう。肉親が駄目で、他人が大丈夫なんて、それこそ壊れている。そうだろ?」
「まあ、そうでしょうね」軽く相槌をする。
鏡のある洗面台を出て、居間に行くと両親から質問の嵐が飛び交う。何があった?具合が悪いのか?病院に行こう!?
「大丈夫、心配はいらない。」単調に返すが納得してはくれないだろう。すると・・・
「彼が大丈夫だと言っているんです、少し様子を見てもいいのでは?」アリアが横から言葉を入れる。
アリアを見ても、何のリアクションも起こさないということは既に記憶を弄っているのだろう。
アリアの軽い助言で、両親は渋々納得したようだ。アリアさんがそう言うなら・・・。そんな感じだった。どうやらアリアはかなりの発言力を持っているようだ、只の親戚って設定の筈だが・・・。
明日は学校を休んでいいから早く寝なさい。もし体調が悪かったら病院に行こう。そう言われて解放となった。
「アリア、あなたは僕の親戚って設定にしたのか?親のリアクションが気になった。」
自室に戻り、ベットに腰を下ろし尋ねた。
「ええ、お金持ちの遠い親戚ってことにしといたわ。私に頭が上がらないくらいのね」
「だからか・・・ものわかりが大分よかったからな。」
「それと・・・恋仲って事にしといたわ」
「・・・サラッと言うね、驚く内容だ。」
「それにしては驚いている様子はないようだけど?」
アリアは微笑を浮かべ、勉強机の椅子を引いて、足を組んで座る。
「何故そのようにしたんだ?」
「暫くはあなたの傍にいることが多いでしょ?そのほうが楽だと思ってね。部屋も同じの方が話もスムーズだと感じない?」
「たしかに。かなりサポートしてくれるんだね、助かるよ。」
「いいのよ、こんな経験中々体験できないしね。それに嬉しいじゃない」
「嬉しい?楽しいじゃなくて?」
「ああ、そっか。間違えたわ、日本語は難しいわね」
「外国からしたらそうみたいだね、TVでやってた気がする。まあ、どうでもいい事だけど。」
「淡泊ね」少し不貞腐れた様に言葉を放す。悪魔の考えは僕にはわからない。
「さて、ご両親の言葉通り今日は休んだら?」
「そうだね。まあ、眠くはないんだけど。」
「体の方は疲れている筈よ、精神力で支えている所は大きいと思う。お風呂にでも入って、ベットで眼を瞑ればすぐにぐっすり夢の中よ」
「・・・夢なら有り難いんだけどね。アリアの言う通りにするかな。」僕は着替えやタオルを持ってお風呂場に向かった。アリアは長い髪を弄っていた。
「・・・ふぅ。」言われた通りだ。湯船に浸かった瞬間、疲れがどっと溢れ出した。心地よいお湯が精神だけで支えていた身体の荷を下ろしてくれている、そんな気分だ。
思い返してみれば、湯船に浸かって一息ついているのが、可笑しいくらいな体験をしていたんだと気づかせる。
同級生が目の前で死んで、悪魔と出会い、契約をして、自分の家に招くばかりか暮らすときた。荒唐無稽の模範解答をしているようだ。
全身の血の巡りが良くなっていくのを感じる。
「・・・生きているんだよね、僕。」改めて口に出す。
「当たり前じゃない、今更な」
「!アリア・・・。」アリアがお風呂場に普通に入ってきた。当然裸だ。どこも隠さず、さながら昔の欧州の彫刻の様に。
「思ったより広いわね。二人で入っても問題ないわね」
「悪魔も風呂に入るんだな。」
「あら?あなたが入っているのを知っていながら、堂々と入ってきた事はスルーなの?」クスッと笑いながら、シャワーで全身を流す。
「言っても軽く流されると思ったからね。」
「フフッ、そうね。」アリアは慣れた手つきでシャンプーを使い、体を洗い流し、そして湯船に入ってきた。僕は何も言わず少し身を縮めてアリアが入れるようにした。
「・・・ん~、気持ちいいものね」
「僕の質問に答えてくれるのか?」
「ん?ああ、人間の身体になっているからね、この世界の瘴気にあたっているから汚れるのよ。」
「そんなものなのか。食事やトイレとかも同じように?」
「いいえ、そういったものは特にないわね。食べれるけど、私の胃袋はブラックホールだからどこかにいってしまうだけ」
「大食いドラマの主人公みたいな台詞だ。」
「それよりも、眼の前に美人な異性が全裸で一緒のお風呂に入っているのに、リアクションの一つもないの?」
「慌てふためいたり、興奮したりする所なんだろうけどね、そういう気持ちにならないんだ。友達同士で温泉に入った時と同じ感覚かな。あ、隠さないんだなってくらいの感想を抱くくらいで。」
「つまらないわね、別にいいけどね。・・・あ、ベットも一緒のつもりだけどいいかしら?」
「好きにしてくれ。」
自分が壊れていることを今くらいは悔しがるところではあるな。彼女の綺麗な肌をみてそう感じた。魅了させる力があるというのは怖いことだな、こんな僕でもそう思ってしまうんだ。昔の人達が命を懸けて彼女に縋るのも無理はないだろう。
「先に上がるよ、風呂場が広くても脱衣所は狭いからね。」
「私は構わないけど?密着しながら体を拭けばいいじゃない」
「ベッドだけで十分だよ、ごゆっくり。」
そう言い残し、僕は風呂場から退散した。彼女をあしらうのも慣れてきたのか、洋画の様な台詞で会話を占めた。
・・・あしらうのに慣れたと思っていたが、その考えはベッドで寝ているときに無くなった。というか、前言撤回しよう。
「ふふっ、もう一回お風呂に入ろうかしら?」
そう彼女は耳元で囁いた。
「・・・好きにしてくれ。」僕は汗をタオルで拭い、目を閉じた。心臓がバイクのアイドリングみたいになっていることに驚いている自分がいた。ああ、僕は生きているのだなと。
眠りについたのは体感で30分ぐらい後だったと思う。