壊れる数時間前
記憶が曖昧なのだが、たった数時間前の事だったと思う。
「東地くん。この後暇?」
ゼミの講習が終わり、帰り支度がしている時に西之江真里亜が話しかけてきた。
珍しい事でもない。
同じ『オカルト研究部』の部長であり、自分を無理やり入部させた張本人でもある。故に少し苦手だった。
「ごめん、家に帰って今日の復習をやりたいから暇ではないかな。」やんわりと断りを入れる。
「お願い!今回だけ!」彼女は手を合わせてお願いをしてきた。この言葉を聞くのは何度目だろうか。
「わかった。で、今日はどこに行くの?」簡単に引き下がってくれる人ではないのは知っている。だから、素直に従う事にしている。
前に断った時、とても悲しい顔をされたのが今でも記憶に残っている。
「本当?良かった~、今回行くスポットは人数が揃っていないと駄目らしいのよね。」
「人数?」気になる言い方だった。迷信めいたゲームでもやるつもりなのだろうか。
「うん。今回は『悪魔を呼び出す儀式陣』を調査して、実際にやってみようと思ってね。儀式ってある程度の人数が必要なのはよく聞くしね。」
彼女の眼が輝いていた、好きなんだなオカルトっぽいこと。
「へえ、今回はかなりオカルトっぽい事をするんだね。」
「今回はって何よ~?いつもでしょ。」少し怒り気味に言われる。
いつもはお化け屋敷やホラースポット巡りなどの、怖いものが好きな人達がやるような事がメインだから。と言いたいが、他の部員はそういうのが好きな人達ばかりだから仕方ないのかもしれない。
「ごめん、今回はかなり本格的だねって意味で言った。」訂正をしておく。
「・・・まあ、いっか。じゃあ行こうか?ここから割と近いって話なんだよね。」機嫌が元に戻ったのか、嬉しそうに喋りだす。
数分後、他の部員が集まり目的地に向かう。
みんな講義を受けていたので、集まるのは早かった。
今は高校2年の秋頃だから、受験へ向けての意識が高まるのと同時に、勉強漬けになっていく。
彼女の突拍子もない企画は丁度いいガス抜きになっているようだ。
自分にとってはどうでもいい事なのだが。怖いものは好きでも嫌いでもない。
「あ!家の人には遅くなるって言うくらいにしてね、ばれたら怒られるかもだから。」彼女は忠告をする。
なんでも今回行く場所は使われていない古い廃ビルだと言う。
確かにばれたら怒られるかもしれないな。
ここのみんなはお金持ちが入る私立の進学校に通っているので、親達の面子もある。
自分の親は結構寛大だが、他の家は分からない。
歩いて、約10分くらいで目的地に到着した。
誰がどう見ても廃ビルだ。3階建てのコンクリート構造で、いたる所にひびが入っていた。
人通りも少ない場所にあり、明かりも道路の薄い街灯のみ。ビルの入り口には『関係者以外立ち入り禁止』の看板がドアに貼られていた。
当然だろう。
他の部員を見ると、不安そうな顔をしている人はいない。楽しそうだった。みんなで入れば怖くないって事なのだろうか。
部長の西之江真里亜を中心に入って行く。
彼女は懐中電灯を3つも用意していた。人数は全員で7人。女子が4人、男子が3人の構成だから、二人組で歩いていく。自分はスマホのアプリの懐中電灯を使うから1人で歩くよと伝えたら、「度胸あるな」と言われた。やはり、中に入ると怖いのか。
怖いなら入らなければいいのに。
中は学校のように部屋が分けられていて、選択教室の様に若干狭い印象だった。
部屋の外には掃除用具を収納する縦長ロッカーまである。学習塾だったのか?
「あった。」彼女は小さな声でみんなに伝える。1階の奥の一室に懐中電灯を照らす。全員が部屋に明かりを集める。
異様な光景だった。
他の部屋より若干広めだが、中は閑散としている。
部屋の中央に漫画などで見る魔法陣の様なものが床に描いてあり、それを囲むように蝋燭が立てられていた。
「・・・」みんな絶句していた。悪戯でやったには凝り過ぎている。
これが儀式陣か。床の赤い何かで描かれている陣を眺める。血でないことを祈る。
恐る恐る陣に近づい行く。中央にはマッチと一冊のノートが円状の机に置かれていた。
彼女はマッチに火を点け、蝋燭に灯していく。
やけに手馴れている気分がした。
彼女の動作に周りは少し落ち着いたのか、興味深そうに眺めていた。蝋燭の火が辺りを灯すが、その火が余計に怖かった。
「・・・へえ~、面白いね。『悪魔の簡単な呼び方』だって。」ノートをめくり彼女は楽しそうに言う。
みんなも気になり、ノートをのぞき見する。
それを見て安堵の表情を浮かべる。
自分も周りが見終わった後に見させてもらう。・・・成程、そういうことか。
ノートには女性の字だろうか、丸みががった字体で儀式陣の書き方、悪魔の召喚方法などが綺麗に記載されており、ページの終わりに『オカルト好きな貴方へ広まりますように』と書かれていた。
みんなが笑顔になるのもわかる。
これはよく作られた悪戯だなと。
女性の可愛らしい字が決めてだろう、これがおどろおどろしい字体なら話は別だろう。
しかし、自分の中には変な違和感が感じられてならなかった。
「折角だし、やってみようか?」彼女は笑顔でそう言った。