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開演Ⅲ

ガキンッ。

 金属同士が交わり甲高い悲鳴を上げる。

「おいおい、どうしたどうしたっ! 〝狂留家〟は、猟犬はその程度か、アァッ!?」

 パーカーの男が怒涛の連撃――いやそんな甘いものではない。最早、津波か嵐か。そのくらいの質と量を内包した攻撃。

 出されたメインディッシュを奪われたせいなのか、はたまた戦闘を好む狂人としての本能か。

 豪雨のようなメスの濁流が狂留三佐を飲み込まんと襲い掛かる。

――世界中を探してもここまで強力な〝規格外(イレギュラー)〟が集中する地域は存在しないぞ。

「クソがッ」

 煮えたぎる怒りを一振りに乗せ暴風を持って豪雨を吹き飛ばす。

「ケッ、やればできるじゃねぇか。んじゃ――序詩、序幕、序章、序曲、プロローグ、とにもかくにも本番を始めようじゃねぇか。〝ケニング〟の〝ヘル〟よぉおおおおおおッッ」

「……ヘル(その名)で狂留三佐(わたし)を呼んだ事は解った上で喧嘩を売ったということだな」

〝ケニング〟の〝ヘル〟

国が秘密裏に組織した部隊、それが〝ケニング〟だ。その一隊を任せられ、国内で目覚めた

〝規格外〟を捉え、斃すのが〝狂留家〟の定めであり生まれた意味。世界の壊れ狂った歯車を壊し留める役目。故の狂留。その組織において、さらに隠された存在であり、最も〝規格外〟を葬った者の称号、それが〝ヘル〟。国内で政府が首輪をつけている〝規格外〟で最強という証なのだ。

「行くぞ」

 烈々した熱が豪雪にうたれたかのように一瞬で鎮まる。しかし、戦意が散ったわけでもない。名刀のような鋭さを露わにしただけだ。

「再『権限対象(リ・アクセス)』――武蔵坊、弁慶」

「再『権限対象(リ・アクセス)』――ジャッックザリッッッパッァアアア」

 両者の声に呼応する形で『イデア』が激しさを増す。そうしてさらに色づく『イデア』が、彼我の武器へと纏わりつき、更なる権限(ちから)が付与される。

「フー」

 狂留三佐は背に生えた長剣を抜き取ると、短く息を吐き外敵へと向かって投擲する。神速の槍と化した一撃を男が身を捻り躱すと反撃の一手を撃ち込む。

「奏でろ、悲劇を!」

面だったメスが互いに離れ、一本一本の孤立砲台となる。

「『Oresteia(オレステイア) Agamemnon(アガメムノーン)』――ッ!」

形容するならば金属の鳥籠。それが収縮するように、彼女を串刺しにするため動き出す。

 隙間など何処にもない。蝶だろうが蜂だろうが穿つほどの密集。ダイヤモンドだろうがカルビンだろうが貫く威力をその一五センチに有している。

 常人なら躱すことなど不可能。

 その攻撃が狂留三佐の白磁のような肌を、月光のような銀髪を――。

「第二翼――転移の長剣」

 淡々とした台詞は、男の後方から発せられた。狂留三佐の身体には傷一つもない。髪の毛一本すら奪われていないのだ。それは高速移動でも縮地でもない。座標と座標の置き換え――空間転移。絶対的な回避技であり、最高最大の一撃を加えるための奇襲技。

「何!?」

 一度放したはずの長剣の柄から、再度、手を解いて双翼を掴む。

「第五・六翼――重奏の双剣」

 がら空きのその背中に絶対的な二撃――いや何重もの刀傷を刻み込んだ。

「グァアアアア」

 夥しい血を流しながら振り返りざまに幾千のメスを放つが、狂留三佐は既に離脱していた。

「知っていたとしてもきついぜ、これは」

 失血した量からみれば立っていられるはずがない。それは人であればの話。狂留三佐を含む〝規格外〟の肉体は人を越えたモノであり、斬撃を受けた程度ではすぐさまその傷は塞がっていく。流れ出た血も補填されていく。

「〝規格外〟の能力は『権限対象』に準ずるとはいってもおめぇのそれは、逸脱しすぎてねぇか」

「逸脱? それは解釈の違いだぞ。狂人(ジャック)

「名無し(ジャック)って、おいおい。ま、今さら名乗るってのもおせぇから良いが。てめぇの領域は〝魔人〟だろ?」

「そういうお前は〝超人〟枠か」

「ご明察」

 肩を竦めて殺し合いの最中だというのに名無しはリラックスしているよう見えた。

「まあ〝超人(俺ら)〟は、〝規格外〟の中じゃまともな部類の人間が多い。現実主義者や合理主義者が落ちやすい。それ故に『権限対象』も実在した人物に傾倒するのは知ってるだろう?」

 確かに〝規格外〟の知識としては既知。だが狂留三佐には少なからずの違和感が生じていた。

『ジャックザリッパー』

 実際にあった事件ではあるが、未解決事件。犯人の予測は立っているが今ではただの死人。真相は闇の中。だからこそ劇や小説で扱いやす題材。

〝規格外〟という物語においても枠組み〝超人〟よりも〝魔人〟それかもっと上、妄信者や狂信者――異質な神経をした者がなり果てる〝神人〟の『権限対象』となるのが大体だろう。

「簡単に言えばそれだけだが、そもそもとして特異な力――魔法や神秘と言われる類のこれらの力をまず理解し認識するという行動がある中で、溺れることなく自分を保ち続ける精神を持っている。人として人外に堕ちる。その強さ故に明確にこの社会に姿形、精神、功績を遺した人物や物に力を借り受ける――教科書通りに言えばこれだ。んでも、俺はてめぇからみりゃ、とち狂った野郎なんだろう」

 戦闘狂。〝魔人〟か〝神人〟それが最初に抱いた彼の印象だが、本質は何かが違うのだろう。その一端にここに来るまでにつまみ食いをしなかったのが語っている。

「んでも、俺だって、意味があって殺す。俺の殺しは演劇だ、ドラマだ。ただの殺戮に何の意味がある。死闘を演じ、勝つ。大根役者なんて要らねぇ。本物と本物だけが並び立って競い合う。それが俺の〝矜持〟だ」

 ――なるほど。

 倫理観はともかく。

『ジャックザリッパー』に対して彼が抱くのは不可解な神秘性ではなく、犯行が常に公共の場もしくはそれに近い場所で行われ、特定の臓器を摘出する。繰り返されるそれを芸術と捉えているのだろう。

 そしてそれを〝矜持(キー)〟として彼は〝超人〟の領域になった。

「人を楽しませる手段として殺しを選んだわけか」

 ホラーやサスペンスというジャンルが必ず一定層の顧客が着くのには一つ、人が死ぬからとも言える。それが密室殺人、猟奇的殺人ともなれば殊更。

「ああ、そうだ。俺は演出家で役者だからな――ここで恐怖劇(グラン・ギニョール)を開演する」

「……お前が〝超人〟で良かったぞ」

「なんだ、唐突に? 変な技がねぇからか? 〝規格外〟で最も弱いからか?」

「いや。お前に〝矜持〟が備わっているかどうか知れた」

 兵としての身構えは解かず、しかし、小さく口角を上げた。

「私は――敬意を持ってお前と戦う。〝ケニング〟第零席、〝ヘル〟。ジャックザリッパー、ここで切り伏せるッ」

「ククク、カハハハッッ! ああ、来い! 共に演劇を飾ろうじゃないか」 

 

そこから彼我に言葉など要らなかった。互いの武器が相手を傷つける度に自身の主張をぶつける。その信念を塗り替え、己の色で上書きするように反撃する。

「『Oresteia(オレステイア) Choephoroe(コエーポロイ)』ィイイイイッッ!」

「第一翼――速度の大剣!」

 女丈夫、〝規格外〟とは言ってもその体格に見合わない鉄塊を、さもバトンで踊るように軽やかに揮う。加えて、死角から降り注ぐメスを視認した瞬間に対応している。反射速度が尋常ではない――それとも体感速度が上がっているのか? それこそ予測の領域に片足を突っ込んでいるような。

 名無し(ジャック)の表情は苦悩に満ちていた。

 一本一本が〝規格外〟の専用武装と並ぶほどの威力、火力、能力を有している。まるで、一対七の構図。ただの気概だけでどうこう出来る相手ではない。〝超人〟は人という枠組みに最も近い。故に身に宿る能力は総じて普通と形容出来てしまう。演出家である彼の能力は派手ではあるが、『無限のメスを形成する』程度。劇においての必須小道具を供給するだけ。そんなことは、金を積めばいくらでも手に入る。

 後は、〝規格外〟として得た身体能力。その最低数の武器を持って立ち回り、これまで何人も仕留めてきた。それは相手の慢心から手に入れた勝利。

 強者が慢心を持たず挑んでくる怖さ。

 努力を怠らない天才。

「ああ、クソが。良い役者(おんな)じゃねぇかッ!」

「そうれは、どう――もッ!」

 一の大剣と千のメスがぶつかり合う。

 耳を劈く音が鼓膜を叩きにくる。

 眼前の女は、舐めた素振りが一切ない。それが喜ばしくもあり、顔を背けたい事実でもある。なにせ歯が立たないのだ。高々と聳える城壁に攻撃をしているような感覚。無限に湧く剣を手にただ無心になって殴りつければいつかは壊れるだろうが、相手は自動修復機能を備えている。そのいつか、はいつ訪れるのだろうか。

 しかしそれでも、名無しは歯向う。

 この役者とこの舞台で共演できていることに心が極まっている。どう痛めれば、どう斬ればどう殺せば、彼女は魅惑の演技を甘美な声を出してくれるのだろう。

――俺はこんなにも痛い(えんじている)のにッ!

 怒りや嫉妬ではない。演出家として自分に技量が備わっていないだけだ。それが心苦しい。

 彼女の底を見たい、知りたい。けれどそれを引き出すほどの(ぶたい)を用意できていない自分が苛立たしい。

「貫けぇえええええええええ『Oresteia(オレステイア) Choephoroe(コエーポロイ)』ィイイイイイッッ!」

 無慈悲な剣の群れが彼女を襲う。

 しかし、一本すら掠りもしない。

 右手に握った大剣とは別に左手を背後へと伸ばし厄介な長剣を握ったかと思うとすぐさま、校内と公道を遮る壁へと投げつけた。

 それが深々と刺さるや否や、その場から消え失せ壁に張り付くように立っている。

「――クソが。逃げろって言ったのが裏目に出たか……」

 悪態をつく彼女だが即座に頭を振り名無しへと特攻をかける。

 左手の長剣を、紙飛行機を飛ばすように軽やかに投げてくるが、そこに乗った圧は紙などとは比べ物にならない。明確な殺意。

 躱せば背後を突かれ、弾けば長剣の背後から静かに牙を光らせるハンターが襲い掛かってくる。もしくは弾いた傍から転移してくる可能性だって否定できない。

 詰まる所、有効な手立てが皆無というわけだ。

「これで終わりにする――お前で言う終幕だ」

 長剣(ダーツ)が名無し(ボード)の心臓(ブル)に刺さるかのように吸い込まれていく。

 メスを豪雨の如く自身の目の前に降らせて、触れれば切り刻まれるカーテンを形成する。

 長剣がほんの少し侵入に成功するが名無しの元にまではたどり着かなかった。

 ――どう来る?

 相手の一手を読もうと周囲に気を配る。

「ガハッ!?」

 横っ腹に第三者が攻撃してきたとしか思えないハルバードが深々と身を抉っているではないか。しかし、その武器は見間違うことなく狂留三佐の物だ。

 いったい、いつそれを抜いたのだろう。そもそもどうやって刺したのか。

 疑問が脳裏を埋め尽くしていくが、意識が掠れていくのに合わせてそれらも霞が掛かるように虚ろになっていく。

 如何に常人を逸脱した〝規格外〟とは言っても限度がある。イデアが消費されている身体では、自己修復能力も落ちてしまう。

 決して不死者ではないのだ。首を刎ねられれば息途絶え、心臓を穿たれれば意識は闇へと浸かる。

 特殊な能力を有していない限り〝規格外〟の肉体は老いて死する。

「第四翼――必中のハルバード。そのまま闇へと溺れろ……ジャックザリッパー」

 その声を最後に名も無い役者の幕は下りた。


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