開演Ⅱ
目を奪われた。
――見える。
――解る。
おぼろげだったあの日の光景。その情景と重なる目の前の人外同士の戦い。だが今はそれがはっきりとくっきりと映っている。
狂留三佐の背には八本の剣が翼を描いている。それぞれ形状が違い、上から対になるよう大剣、長剣、薙刀、ハルバード。双剣。レイピア、ダガー。数多の血を啜ったのか赤黒く変色しているが、切れ味は微細も奪われていない。且、名鍛冶師が打ったものなのか、芸術的美しさも兼ね備えている。
恐怖を植え付けるには十二分過ぎるそれをパーカーの男はいとも容易く躱し、反撃を与える。その宙に浮く幾千のメスで。
両者は武器が酷似しているために、攻撃手段が似たり寄ったりするが、使用者の動きはまるで違う。その機動力を生かした堅実で確実な狩猟方法で敵を仕留めに行く男と、その三次元的戦法を受け流しカウンターを入れる防御型の戦術の狂留三佐。互いに掠りはするものの決定打には到底及ばない。
「なんて、綺麗なんだ」
目の前の殺し合いが舞踏会での一幕に思える。
「おい、早く消えろ。さっきの『イデア』の奔流を受けるだけじゃ済まないんだぞ」
そう言いつつ、狂留三佐が器用に穂稀へとメスが飛ばない様にいなし、弾き、受け流している。
そのせいで立ち回りづらく、防戦になってしまっているのだろう。目を離したくはない。しかし迷惑が掛かり、彼女が死ぬという現実は避けたい。
つまるところ葛藤は無駄。そもそも葛藤にすらならない。ここから足を離せばいいそれだけだ。
未練がましさを振り払い、穂希は戦場から脱出した。
成果はあった。それでも結局、参加権止まり。まだまだ物語は進む気配がない。それでも確実に進んでいる。歩みが遅かろうとも、歩幅が短くとも、距離が長かろうとも目的地ははっきりしている。見えている。
ならばまずは生き残ろう。生き残れば、先が、未来がある。
――この可能性を手放しはしないよ……。
穂希は学校を出て、人通りの多い道を選ぶ。移り行く景色に入り込む雑踏を犠牲にしてでも生を掴む。その信念、むしろもう執着とも言える意思で街中を疾走する。
焦りも恐れもない。ただひたすら、この新しい玩具が奪われることが嫌なのだ。
どのくらい走っただろう。オフィス街を縫うように、息が切れるまで身体に鞭を打った。
学校からは遠く離れた彼は、市内の大きな公園へと着いた。その頃には噴水近くにある時計が一八時を示したところだった。
「ハァハァ……ここまで来れば」
沈み落ちる太陽と薄く輝く月。昼と夜の境界線。闇と光が混濁した時間帯。
不気味が跋扈する今。
どうして穂希は見通しの良い公園を選択したのだろう?
どうしてこの公園には穂希以外誰も居ないのだろう?
穂希は嵌められたことに気付いた瞬間。
黒幕が劇場へと降りた。