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世界を変えたくて

広大で豊かな大陸アトラスで最初に国を興したのはスンニ族だった。彼らの特徴は青い肌と刺青。スンニ族は成人になると男女で異なる刺青を入れる。男は力の象徴として両腕に剣の型を彫る。女性は命の母の象徴としてヘソから股にかけて蛇の型を彫る。彼らはスンニ族を統べる長を皇帝として大陸の半分を占めるスンニ帝国を築いた。そしてスンニ帝国初代皇帝の就任と共に、ウンマ暦が始まった。スンニ帝国はアトラス大陸に秩序を生み出すため他の民族の領土を侵し、自国の領土として大陸の全てを飲み込もうとした。しかし、シーア族が他の少数民族を束ねウンマ暦百四十年シーア共和国の樹立を宣言。スンニ帝国は大陸の秩序を乱す敵として宣戦布告。シーア共和国も各民族の生命を守るためにスンニ帝国に宣戦布告した。両国の戦争は終わりを見せず、開戦から百年目を迎えた。

 ウンマ暦二百四十年、シーア共和国領の東にある森林地帯でスンニ帝国の探索艇を発見したことをきっかけに、両軍の主力部隊は両国の国境線に集結した。国境付近まで森林で覆われているシーア共和国は地上部隊を姿は見えず、空中戦艦が森の上空を覆う。スンニ帝国は空中戦艦の射程外に地上部隊を置き、空にはシーア共和国と同じ空中戦艦を展開した。

攻めるスンニ帝国は巡航標準型戦艦七隻を三日月型に並べ、シーア共和国の戦艦に迫る。守るシーア共和国は一番大きく装甲の厚いアリー級空中戦艦を前に出し、その後ろにはウマイヤ級四艦、アッバース級四艦を置き紡錘陣でスンニ帝国を迎撃する。両艦隊は互いの射程距離に入るとその砲火を交えた。シーア共和国艦隊は敵を森側に誘い込もうと攻撃しては引き、攻撃しては引きを繰り返す。スンニ帝国艦隊はそれに乗ることなく、砲撃をアリー級に集中する。スンニ帝国艦隊のほとんどの砲撃を受けるアリー級は速度を犠牲にして、装甲板を何重にも重ねているため表面装甲に傷がつく程度であった。互いに牽制しながら一時間経過していた。艦隊には何百人もの人間で動かし、皆休む暇もなく砲弾の装填、敵艦の監視及び索敵、対空及び対中への砲撃を行う。またアリー級のような大型艦でもない限り補充乗員を多く乗せることができず、今回のように突発的に起きた戦闘では補充乗員を運ぶ輸送艦を用意することもできない。

攻めるスンニ帝国は戦闘が起きた以上なにか成果を残さなければならない。戦うにも人件費や弾薬費など国税を使わなければならないからだ。スンニ帝国艦隊は短期決戦に持ち込むため、三日月型の陣形のまま艦隊を前進させ接近戦に持ち込んだ。流石のアリー級も至近での砲撃をくらえば損害が出る。第二装甲が貫通され乗員に負傷者が出始めた。スンニ帝国もアリー級の砲撃はもちろん、その後ろで砲撃を行っているウマイヤ級、アッバース級の砲撃で被害が出ている。しかし、アリー級を落とせば盾となる艦隊がいなくなるためスンニ帝国艦隊の勝利が確定する。ウマイヤ級もアッバース級も射程と威力があるものの、速度を重視しているため、装甲は輸送艦より少し厚い程度である。それに比べスンニ帝国艦隊はアリー級の次に装甲が厚く、射程も威力もある。

 スンニ帝国艦隊は距離を更に縮めると、三日月型の陣形を徐々に縮小させアリー級に砲火を集中させた。シーア共和国艦隊は接近戦をしながらも、徐々に後退をしていた。国境線の戦闘から戦場は森林地帯に移動していた。シーア共和国艦隊は気づかれないように、少しずつ艦隊の高度を下げ、それに釣られるようにスンに帝国艦隊の高度も下がる。

 高度が下がりきった時、森林地帯からアンカーが放たれた。シーア共和国の狙いは森林地帯にスンニ帝国艦隊を誘い出し、アンカーで動きを止めることだった。中央の二艦がアンカーに捕まり動きが止まった。シーア共和国艦隊はその二艦に集中砲火を浴びせる。アリー級の砲撃で穴を開けると、その他の艦がそこだけに一点集中して砲撃する。二艦はあっという間に火を吹き、森にその姿を飲み込まれていった。勝敗は決した。二艦を失い戦力的に不利と理解した帝国艦隊は高度を上げながら撤退を始めた。この戦いをきっかけにスンニ帝国の穏健派が動き始め、この物語が始まる。


 長年の戦いにより両国は疲弊していた。当初優勢だったスンニ帝国も負け戦が続き穏健派の力も強くなった。その筆頭がレメイ・オルテガであった。レメイ・オルテガはフセペ・オルテガの娘であり、スンニ帝国皇帝の娘でもあった。フセペも国力の疲弊を憂い、好戦派に知られないことを条件に和平交渉を許可した。シーア共和国も内情は同じであったが総督のトリーノ・コルブッチは好戦派であったため、内務大臣のダニエレ・ガッティがトリーノの養子であるコルネーリオ・コルブッチに頼み、和平交渉の席についてもらった。場所はスンニ帝国最東端の港から五キロほど離れた場所にある庭園。周りはトピアリーで囲まれ、舗装された道の脇には赤を除く、色とりどりの花が庭園を彩っている。庭園の中心には東屋が設置されている。そこに黒のハイウエストドレスを着た女性と赤のダンブリットを着た男性が座っていた。

「和平交渉に応じてくれたこと感謝する。私は皇帝の代理としてきた、レメイ・オルテガだ」

 セミロングの髪をたなびかせながら、女性らしからぬ凛々しい声色でレメイは挨拶をした。

「シーア共和国穏健派代表としてきました。トリーノ・コルネーリオです」

青い瞳とまだ幼さの残るコルネーリオも挨拶をする。両者の周りには六人護衛がついており、何かあった時のために両国から三人ずつ護衛を連れて来ている。

「率直に聞こう。貴様の国はあと何年戦争できる?」

「彼我の戦力は五分五分でしょう。だから未だに戦争が続き、国は疲弊していく」

「質問を変えよう。八年前に国境線付近でドンパチをしたな? あれの影響は大きかった。故に私のような考えを持つ者もいる。共和国はなぜ和平交渉に応じた? あの戦いの勝利に酔うほどの酒がなかったのか?」

「運がなかったと言いましょう。勝ちが巡ってきても、国と民の限界が来た。そう考えれば、運が良かったのは帝国でしょう」

「互いに限界ということか。どうだ、国内の好戦派は纏まるか? 共和国は多民族国家だからな、主義主張が違いすぎて国内はまとまらないとか」

「帝国はスンニ族だけですから、和平交渉を勧めることで一致しておいでなのですね。そこまで疲弊しているということは、戦争を継続すれば共和国が勝ちますね。まだ我々は数年戦える」

「決裂か?」

「駆け引きです。共和国にまとまりがないと考えるように、私も帝国は皇帝に絶対服従をする残酷な国だと思っている。そんな国に本音を語れるはずがない」

「なるほど、我々は与えられた知識しか知らんというわけか。では改めて確認しよう。和平の意志を」

「そちらが望むならば」

「くどいぞ、共和国。帝国は和平を望んでいる」

「共和国も和平を望んでいます」

「では駆け引きはなしだ。互いの現状を知るところからはじめよう」

 ウンマ暦二百四十八年、レメイ・オルテガとコルネーリオ・コルブッチの会談は始まった。後の統一国家の建国者たちである。


             ☆☆


 スンニ帝国の行政のほとんどは、オルテガ宮殿で行われる。ここではフセペやレメイ、重臣が生活を営んでおり、大きさは小規模の都市一個ほどである。レメイは和平交渉を終え、その経緯をフセペに伝えるためにフセペの部屋に来た。フセペは齢七十ではあり、戦場で受けた傷が元でかすれ声になってしまった。だがその体は衰えることを知らず、今でも前線で指揮を取ることがある。レメイを椅子に座らせ、

「で、どうであった」

「話せる相手でした。向こうも我々と同じく、穏健派と好戦派で分かれているようです」

「そうか。レメイ、そいつは男であったか? それとも女か?」

「男でした。それが何か?」

 フセペは顔を近づけ、低く重い声で言う。

「気を許すなよ、相手はシーア族だ。戦争は続いているし、人間というやつは感情に囚われる。会って間もない故に見えぬ顔があることを覚えておくんだな」

「ええ、私は軍人の娘ですから」

 その言葉にフセペは頷き、話を続ける。

「それと、シーア族に聞いといてくれ。スンニ族のローラという女のことを」

「その方は?」

「儂の妹だ。十五の時に突如いなくなった。シーア共和国の男に誑かされ、男とともに姿を消してしまった。大事な妹だ。頼むぞ」

「わかりました」

 レメイは父親に労いの言葉も、家族としての言葉もかけられることなく退室した。レメイの母イサベル・オルテガは体が弱く、生まれたレメイの顔を見ると達成感に満ちた顔で息を引き取った。フセペは政務や戦争の傍らレメイの世話をし、皇帝の娘として立派な人間にするため厳しい教育を施した。だが、それは父娘の距離を生んだ。フセペは父親である前に皇帝であり、軍人であった。故に父親ではなく、常に前線指揮を執る皇帝フセペ・オルテガであった。フセペのことを立派な父親だと慕っているレメイも教育の影響で、女性らしさというものがなく唯一それを感じさせるものは、肉体とそれを包む服装だけであった。

 

報告を終えたレメイは疲れを癒すために、自室で一人の時間を過ごしていた。アミナ・アイラにハーブティーと蓄音機を持ってこさせ、自分がいなかった間のできごとを聞いていた。

「お嬢様も大変です。野蛮人と交渉するだなんて。私だったら見ただけでどうにかなっちゃいますわ」

「お前にも野蛮人に見えるか」

「そうではなかったのですか?」

「言葉だけでは理解できないだろうがな、いずれわかる日が来るだろう」

「お嬢様の言ってることってなんだか難しいわ。私の知らないところで、大人になると私は寂しいわ」

「立場故にだよ。良き話し相手を過去にしたりしないさ」

「ええ。私も早くお嬢様に追いつかなくちゃ」

 レメイと使用人が親しげに話をしているところに、一人の来客が来た。ドアをノックする音が聞こえ、アミナがドアを開けると金髪の青年がドアの前に立っていた。

「ブラウリオ・オルバネハ様! どうなさったのですか?」

 金髪の青年はアミナの後ろにレメイをいることを確認すると、アミナを手で払いのけレメイの手を取る。

「神が俺に祝福をくださった。君が無事に帰って来られるようにと僕が祈らなかった日はない。僕の天使よ、その羽をいつまでも大切にしてくれ」

「気持ちは嬉しい。だが気安く触れられたくはないぞ」

 そう言い、レメイは手を退けブラウリオと距離を取る。ブラウリオはその態度に残念そうな顔を見せながらも、レメイに寄せる好意を隠さなかった。

「すまない。うれしいだ。僕。君の事を愛しているし、心配していた。他のやつは君を女性扱いはしないが、僕だけは君を女性として愛することができる」

「女だから色恋にうつつを抜かすと思われているのだな。フセペ・オルテガの娘は女ではないよ。それを見抜けぬから貴様は七光なのだ」

「僕の瞳には女性しか映らない。君を女性にしてみせよう。例え七光だと辱めを受けようと、行き着く先に希望を見出す。今回は失礼するよ、レメイ。君の顔が見れて嬉しかった」

「ああ、私も久しぶりに愉快になったぞ」

ブラウリオはアミナに見送られながら、レメイの部屋を出て行った。宮廷の居住区と行政区を繋ぐ長い廊下から見える町並みを見ながら、レメイに思いを馳せている時、

 口を覆うほどの髭を有した男、ザビーノが行政区から歩いてきた。息子の顔に憂いを見たザビーノは、愛情を注げなかった過去を埋めるように、優しく話しかけた。

「ブラウリオ、何をしている。またレメイ皇女のところにでも行っていたのか?」

「父さん、レメイに僕の言葉は届かないらしい。どれほど愛の言葉を捧げても彼女から帰ってくる言葉は、酷い冷たいものだった」

「あれは男根のついてない男だからな。だが、それを女にするのはお前だ。大丈夫。焦ることはない。この国の実権は俺にある。後はわかるな、俺の息子は利口だからな。自慢をするな。その口はオルバネハ家を破滅の道へと誘う。時間がお前を呼ぶだろう。その時まで盛る肉欲を閉じ込めておけ」

 ザビーノ・オルバネハはスンニ帝国における内務長官である。軍事を司る軍務長官は皇帝のフセペが兼任している。ザビーノはフセペに長らく信頼され、軍事以外のほとんどの権力を委任されている。彼が野望を抱き始めたのはフセペが六十歳になった時だった。いくら肉体が衰えてないとはいえ、精神まで健在とは言えなかった。戦場で様々な奇策で活躍してきたその鬼才は、数十年前の骨董品と化した。冷静沈着な偉大な皇帝は激情の操り人形になり下がった。それでもフセペを慕うものは多いため、今の地位を維持している。また昨今の国力の疲弊もありフセペは穏健派になった。それが重臣の反感を買い、ザビーノの野望に火をつけた。権力も人望もあったザビーノは不満を持つ者に支持され、今ではスンニ帝国を裏から支配している。彼の野望が動き出すまで、それほど時間はいらなかった……。


             ☆☆


 シーア共和国は様々な種族が集まる国故に独自の文化の色が非常に薄い。例えばスンニ帝国では、死人を埋葬する時三つの手順を踏む。最初に三年間服を着せた状態で土に埋める。そして三年後に死人の骨を取り出し、処女の血で綺麗に洗う。死人の位が高ければ高いほど、血をかける処女は若い。最後に骨を砕き子宮を模したツボに入れ土に埋める。シーア共和国はこのようなことはせず、死人は全て火で燃やしている。建国当初は、シーア族が国内の九割を占めていたため、死人を入れた棺桶に親しい人の小指を入れ海に流していた。この習慣は五十年ほど続いたが、他部族が増えたことにより習慣の違いによる問題が起きた。この問題を解決するために、シーア族をリーダーとする六族会議が行われ、葬儀様式を火葬にした。

 シーア共和国では森林地帯の国境線起きた戦闘の無名戦士の弔いがなされていた。石の祭壇に折り重なるようにして置かれている遺体に、総督のトリーノが真っ赤な服を纏い弔いの言葉を唱える。

「シーアの英雄よ、国に仕え、愛した無名の戦士たちよ。眠れ、安らかに。そして我々は立ち上がろう。悲嘆にくれることはない。永遠の繁栄を得るために憎きスンニ帝国を滅亡させる。戦争を命じた私を恨んでくれるな。眠ってくれ、君たちは勤めを果たした」

 トリーノの言葉が終わると同時に、赤色のドレスを来た女が二人登壇した。女達はスギの皮を無名戦士に被せその周りにクヌギの木を均等に置く。それから女達は松明を手に取るとそれをスギの皮に向かって投げた。火は一瞬で燃え上がった。大きな砲弾が飛んで来る戦場で五体満足な遺体など、ほとんどない。首のない遺体、だるま状態の遺体、足だけの遺体。無名戦士の家族はそれが火に包まれるのを見ながら、涙を流すだけであった。

 一方シーア共和国の行政機関があるレッドハウスでは、ダニエレとコルネーリオが密かに話し合っていた。

「時間がない。森林地帯での戦いで勝ってしまったが故に総督も大臣も皆盲目になってしまった」

「僕だけではどうにもなりませんよ。大人ってやつは経験と歳に物を言わせて、僕たち若者の言うことを戯言としか思わない。だから、こうやって戦争に夢中になるんです」

「革命を、コルネーリオ様が中心となって革命を!」

「何を言うか! トリーノ・コルブッチは親に捨てられた僕をここまで育ててくれたのだぞ。僕を恩知らずの男にしたいのか」

「ならば、その捨てられたコルネーリオ様を保護し、友人であったトリーノにその身を預けた私の言葉に耳を傾けてくだされ」

「貴方に心はあるのですか」

「傷んでいるよ、コルネーリオ様が思っているよりも。しかし感情だけで動くようでは政治家にはなれん。国は疲弊している。国民はその影響を一番受けている。国のためとプロパガンダすれば、数年戦えようがその先がない。シーア共和国は滅んでしまう。そうなる前にコルネーリオ様が」

「そう簡単に割り切れるものではない。……考える時間がほしい。今はスンニ帝国との和平交渉に専念する。じゃないと、狂ってしまいそうだ」

 コルネーリオはそう言うと、一人の時間を得るために総督専用の官邸に行ってしまった。一人取り残されたダニエレは、レッドハウスから見える弔いの火を見ながら深い溜息をついた。


無名戦士の弔いを行った夜。レッドハウスでは総督と大臣が集まっていた。国民の質素な生活とは裏腹に彼らは盛大なパーティーを開いていた。パーティーでは森林地帯の勝利に酔いしれた人々で溢れ、話のネタもそれだけであった。しかし、ダニエレだけは料理にも酒にも手を付けずその光景に不満を抱いていた。それを察したのかトリーノは酒を片手にダニエレに話しかけた。

「何が不満か? ここには共和国の全てがある」

「国民は嘆いておりますぞ……腹も心も満たされぬようでは」

「俺も嘆いておる。戦う度に国民は死ぬ、長期戦になりろくに食べ物もない」

「それを理解しておいでなら、このような食事会を開くことはないでしょう。それに先の見えない戦争をすることもない」

「多くの犠牲が出たのだ。死んだ者のために勝たなければ、彼らの死が無駄になってしまう」

「私の前でも本音を隠すのですね。総督に就任された日に」

 ダニエレの言葉を遮るようにトリーノが叫んだ。

「お前の持論同様、俺も政治家だよ。エゴに囚われる軟な人間ではない」

「その言葉、忘れないでください」

 ダニエレはトリーノに聞こえない声で、

「でなければ貴方を殺さなければならなくなる」

 ダニエレは寂しそうにトリーノを見た。その背に記憶にある友人はいなかった。



 スンニ帝国とシーア共和国の和平交渉は五日おきに行われた。内密に行っているとはいえ、気づく者が出てきた。スンニ帝国内務長官ザビーノ・オルバネハだ。ザビーノは好戦派に支持されている以上、和平を許すことはできない。ザビーノは誰が和平交渉を主導しているのか探るために、ブラウリオにあった。

「父さん、どうしたんだい?」

「スンニ族の中に臆病風に吹かれた者が出た。どう思うブラウリオ」

「皇帝に知らせないと」

 ブラウリオは急いで、皇帝のもとに行こうとしたが、ザビーノはそれを止めた。そして誰にも聞こえないように耳元で、

「今の皇帝はこの戦いに乗り気ではない。あの御方が主導していないとも限らない」

「ええ、確かに……」

「ここ数ヶ月、皇女殿下が不在の日が多いな。何か知らんか?」

「会ってないんだ」

「そうか」

 そう言うと、ザビーノは興味が失せたようにブラウリオから離れていった。その態度にブラウリオは不安が感じた。内務長官の息子であるブラウリオは良い教育を受けてきたが、彼には父との思い出がない。幼い時から一人で時を過ごしてきた。ザビーノは内務長官としての仕事や戦争準備に忙しく、ブラウリオの顔を見る機会は少なかった。周りからはザビーノのお陰で甘やかされ、今のような性格になった。また他人の感情に敏感であった。父に愛されていることは知っているし、レメイからよく思われてないことも感じていた。それ故に父親から心を感じられなくなったブラウリオは数カ月前に聞いた父の言葉を信じられなくなってしまった。

ザビーノは直属の部下に秘匿の護衛という名目でフセペとレメイを見張らせた。情報は思ったよりも早く届いた。庭園で共和国の使者と合っていると事、誰が主導し、実行しているのかを知った。ザビーノの行動は早かった。次にある和平交渉に向けて信頼できる部下を集めていた。この事態を利用するために。


 数日後庭園では事態が悪い方向に向かっていることを知らずに、皇帝の娘、総督の養子は平和に向けて言葉を交わしていた。

「我が帝国は好戦派で占められている。内務長官のザビーノ・オルバネハを筆頭に、重臣や下士官は戦争を続ける気だ。国民は皇帝が戦争をしたいと思っているものだから、戦争を支持する」

「権力は皇帝に集中しているのではないのですか?」

「していたよ。皇帝も人間だ。歳をとった。だから内務長官が力を持ってしまったのだ。重臣の中にも少なからず穏健派はいる。だが、少数派とは常に淘汰される存在だ。彼らも表立って行動できまいよ」

「それをどうやって和平に持っていくのですか?」

「それがわかれば苦労をしていない。共和国は?」

「総督と大臣は勝てると思っている。私の養父であるトリーノ総督は帝国を滅ぼすことに固執し、大臣は政治的地位をより良くしようとイエスマンに成り下がっている。下士官や国民は戦争に疲れ果て食う物に困っているとも知らずに。しかし、これも教わったことです。実際の民の苦労など知ることはないのです」

「だから戦争ごっこできるのだよ。共和国も厳しい状況らしい。何か対策はあるか?」

 コルネーリオは少し間を置き、口から息を吐くとダニエレに進言されたことをレメイに伝えた。上が変わらないのであれば、革命を起こすしかないと。

「親を手にかけろと? ふざけているのか!」

「ふざけているのは我々の親とその取り巻きです! 戦争の中で育ち戦争に生きている人には、それ以外の道が見えないのです。それに、私たちが行動を起こさなければ国民が実行するでしょう」

「それでも、親を殺せる心を持てるものではない。たとえ殺さなくとも、幽閉しなければならない。それを貴様はできるのか?」

「しなければならないでしょう。私たちにはそれを行わなければならない責任があります。こうして会話にうつつを抜かしていられるもの、その責任あってのものだと私は思っています」

「感情を捨てろと言うのか……。今は答えられん。なんとか内務長官を言い包めなくてはな」

「ええ、早く答えを出してください」

「ところで、ローラ・オルテガという人間を知っているか?」

「いえ、知りません。共和国と関係でも?」

「気にしないでくれ。こちらの問題だ」

「お互い決断ができるといいですね」

「ああ、戦争を終わらせよう」

 二人が椅子から腰を上げた時、庭園を大きな影が覆った。

「小型武装艦がなんでここに!」

 六人の護衛はコルネーリオとレメイを守るように、小型武装艦と相対する。その様子をザビーノは艦の中から見ていた。

「皇女殿下と知らん男だな。降下!」

 全身を白の服で覆った小隊が小型武装艦から降りてきた。スンニ帝国、シーア共和国にはそれぞれ歴史と文化がある。色で言うならばスンニ帝国は黒で、シーア共和国は赤だ。だから、誰もスンニ帝国の小隊とはわからなかった。

「裏切ったか!」

「本心は告げたはず」

「だったら!」

「今は逃げることが先です。ここで死ねば全面戦争だ」

「わかった。お前たち、悪いが両国の未来の為に死んでくれ」

 そう言うと、コルネーリオとレメイを武装小型艦から離れるために駆けた。護衛はそれを援護するために、白の小隊に半自動小銃の引き金を引いた。人数で劣る護衛だが、机と椅子を使い小隊の銃撃を凌ぎ、小隊はトピアリーで姿を隠しながら応戦する。その隙にコルネーリオとレメイは庭園から脱出し、近くに止めてあった小型艇に乗り込んだ。

「どこに行けば?」

 エンジンを始動しながら、コルネーリオはレメイに問う。

「最東端にある港から貴様は着て来ているのだろう。船はいつ来る?」

「待機しています」

「なら行き先は決まった」

 コルネーリオは燃料を考えずに、港に急いだ。


 程なくして、最東端にある港が視認できる距離まで二人は近づいていた。

「もうすぐです」

「あれは! 帝国の戦艦」

 巨大な黒の戦艦が海から姿を現した。正面にはスンニ帝国の国章が大きく描かれている。戦艦は港上空に止まると、ロープを下ろし次々と人を降ろしていく。

「引き返します!」

「近くに小さな村がある。そこで身を潜めるのだ」

 三十分後、錆びれた村についた。ボロボロの家が十三軒あり、荒れた畑が雑草に覆い尽くされていた。小型艇の音に反応して、一軒の村から初老の女が出てきた。継ぎ接ぎだらけの服と縮れた髪。女はレメイの姿を見るや駆け寄り、ひれ伏した。

「顔を上げよ。ご婦人、すまんが数日私たちを匿ってもらいたい」

 女は顔を上げ、レメイを見ると

「恐れながら皇女殿下。私は日々の生活だけで精一杯なのです。お二人の世話をする余裕など私には」

「それでもよい。とりあえず身を隠したのだ」

「お隣の方はスンニ族ではないようにに思われますが」

「貴様が気にすることではない」

 女は眉を下げた顔をしながらもコルネーリオとレメイを家に案内した。家には囲炉裏と藁布団しかなく、壁の隙間から漏れる太陽の光でかすかに家の内部を把握できる程度だった。

「ここに住んでいるのか?」

 レメイにはここに人が住んでいるのが信じられなかった。もちろんコルネーリオもだ。彼らは裕福な暮らしを今までしており、貧しい生活というものを想像しかできなかった。しかし、今目の前で見ている光景は彼らの想像を超えていた。ベッドはあると思っていたし、少しは菓子を食べれる生活をしているものと思っていたのだ。彼らが思う貧困と実際の貧困は大いにかけ離れていた。女は二人の驚いた顔を見て、困ったような顔を見えないように俯き、

「はい」

 小さな声で答えた。

「一人でですか?」

「夫と息子は皇帝陛下のために軍へ、娘は看護学校の出だったために戦艦の衛生兵になりました」

レメイは女の言葉に何も返せなかった。戦争を止められない自分を酷く憎んだ。だから、女からの不満の言葉を欲した。だが、女は言い終えると囲炉裏に火をつけ藁布団に座るように促した。その好意がさらにレメイを苛立たせた。

「どうして私に優しくできる? どうして貴様から怒りを感じられんのだ!」

「レメイ殿」

 コルネーリオが止めようとするが、レメイは構わずに言葉を紡ぐ。

「貴様の男と息子は死んでいるはずだ。ここ五年徴兵も募兵も行っていないのだからな。娘も体を見知らぬ男に捧げ、穢れた体になっているだろうに。どうして貴様は私を責めない。それに共和国の人間もいるぞ? 憎くはないのか!」

女は囲炉裏の火を見ながら優しい声音で言う。

「私たちがこうして暮らしていけたのも、皇帝陛下が共和国から守ってくれるからです。夫も息子も娘も皇帝陛下のために戦ったのです。復讐などと大逸れたことは、老いた私には荷が重すぎます。それに子を失った気持ちを知っているので、このように若い殿方を目の敵には思えません」

 レメイは何も返さなかった。皇帝が崇められていることはアトラス大陸では周知の事実であるが、肉親を失って尚崇拝することを辞めない国民にレメイは寒気を感じた。

「平和に向けて互いの国が動いています。そうすれば、貴方にも恩恵が」

 コルネーリオは気を利かせたつもりで言葉を放ったが、女はそれを鼻で笑った。

「平和な世の中になるには遅すぎます。私は全てを失っているのですから」

 それ以降女と会話をすることはなかった。夜は港で配給している少ない食料を三人で分け合った。腹は満たせなかったが、コルネーリオもレメイも空腹を感じなかった。戦争の悲惨さ、自分たちの未熟さでいっぱいだった。

「なあ、私たちは何をしているのかわかるか?」

 レメイは横にいるコルネーリオに問う。

「戦争を終わらせようとしています」

「だが、今日襲撃があった。絶望した女に出会った。どう思うよ」

「それでも責務を果たせなければ」

「強い人だ」

「貴方も」

「強くあろうとしているのだ。父は私が嫌いだからな。女に生まれてしまって、舐められないように、父の望む人であるようにと己を奮い立たせてきたが、どうも私はまいってしまった」

「頼ることを知らないのですね」

「頼ってはそれこそ舐められよう」

「レメイ殿、我々はこれから手を取り合っていかなくてはなりません。私一人では平和を実現することは無理です。ですから、私が困ったとき貴方の立派な志で私を支えてください。」

「ありがとう。……貴殿はいい男だな」

 レメイと時間を共有しながら、コルネーリオは自身に疑問を感じていた。シーア共和国の実情はダニエレを通して理解している。戦争を続ければ、どうなるかも想像はつく。だが、彼がこうして動いているのはダニエレに頼まれたからだ。レメイのように己で考え実行したわけではない。ダニエレに教わり、ダニエレに頼まれたから、彼は己の立場と責任のために動いていた。しかし、レメイは違った。本当に国と国民を思い動いていた。そんなレメイに彼は嫉妬し、憧れた。それは恋とは違う、純粋で歪なものだった。


              ☆☆


 数日女の家で身を潜めるつもりだったが、居心地が悪くなったため二人は朝、女に挨拶をして村を後にした。彼らはもう一度港に行った時、港に戦艦の姿はなかった。コルネーリオはレメイが手配した船でシーア共和国に戻り、レメイは港にいる帝国警備隊にオルテガ宮殿まで送ってもらった。

 その頃、オルテガ宮殿はレメイの不在で大騒ぎになっていた。共和国の差金の可能性を考え、国境付近に全艦隊を配置、地上部隊は全ての都市と港、その近郊にある村でレメイの捜索に出た。レメイが港で帝国警備隊に送ってもらっているとき、情報は帝国全土に届いておらず、レメイは宮殿について事態が大事になっていたことを知った。レメイはフセペに急いで会うと事の次第を伝えた。

「お前を襲撃したのが、共和国の暗殺部隊だったとザビーノから聞いている。お前は気づかなかったか?」

「わかるものは何もありませんでした。暗殺部隊って共和国の使者が裏切ったということですか?」

「そうとしか考えられまい。和平交渉を知っているのは儂とお前と護衛のだけだ」

「あの男が……」

「上面で人を判断しているようでは死ぬぞ。それよりも戦争の準備だ。こちらがあの敗戦で弱気になっていると思い、調子に乗っている。烏合の衆、それも蛮族なんぞにコケにされては皇帝の名が泣く」

「父上、それでは元の木阿弥です!」

「和平の道を断ったのは共和国だ。向こうが戦を望むのであれば、戦い滅ぼすまで」

「父上!」

「貴様は失敗したのだ。女なんぞに生まれてしまったが故に。戦争が終わるまで、宮殿から出るな。貴様には警備をつける」

 そういうとフセペは自室から姿を消した。レメイはフセペの言葉に酷く傷ついた。涙が止めど無く溢れ凛凛しい顔が涙と共に流れ落ち、女性の顔へと変わる。父が望むように、自分を奮い立たせて今まで頑張ってきたつもりだった。女だと舐められないよう、同世代の女子のようにおしゃれや色恋に興じたかった。それでも、フセペの期待に応えるために己を律してきた。その努力を、誇りをフセペの一言が全て砕いた。レメイは魂が抜けたようにフセペの部屋を出て、白昼夢を見ているかのように宮殿内を歩き回っていた。その後ろにブラウリオがいることに気づかないで。


レメイの意識がはっきりとした時、辺りは薄暗かった。自分がどこにいるのかわからず、辺りを彷徨っていると、ブラウリオの姿が見えた。今は顔も見たくない。レメイはそう思い、気づかれないように離れようとしたが、ブラウリオは唐突に後ろを振り向きレメイに気づいた。

「これはこれは、レメイじゃあないか!」

久しぶりに主人に会う犬のようにブラウリオはレメイに駆け寄ってきた。レメイは不機嫌な顔を隠さず、いつものようにあしらおうとしたが、今日のブラウリオは強引だった。

「君に話があるんだ。どうだい、僕の部屋まで来てくれないか?」

「話ならここでもいいだろう。人に聞かれて拙い話ではないことはわかる」

 ブラウリオはレメイに見えないように顔を下げ口の端を吊り上げながら、

「僕の恋人になってくれ。君が共和国に命を狙われたのを聞いた。君は自分の尊さを理解できていない。誰かが君を守らないと、君を支えないといつか君は折れてしまう。だから、僕にその役目を与えておくれ」

 ブラウリオの言葉は真剣だった。もしレメイが彼の好意を受け入れたら、言葉通りの事をし、彼女のために身を捧げただろう。しかし、レメイは彼を嫌っていた。父親の七光で成り上がった男。なんの努力も苦労も知らない人間を、苦労を知っているレメイは許せなかった。だからブラウリオの想いにレメイは、

「七光にやる気持ちなどないよ」

 そう返した。ブラウリオは寂しそうに笑い、

「僕の父さんは内務長官だ。この国の実権を握っている。その人にこう言われた。レメイ皇女をお前の妻にしてやると。だけど、僕は父さんを信じられない。君を手に入れるためなら僕はどんなことだってしよう。例え、君に恨まれようとも。僕は君を」

 ブラウリオはレメイの両手を掴むとレメイのドレスを引き裂いた。驚いたレメイは抵抗したが、男の力には敵わなかった。床に押し倒され程よく実った乳房は顕になり、局部を覆うものは下着一枚となった。

「こんな事をしてただで済むと思うか?」

「こんなことをされて誰かに告げることを君のプライドは許さない。僕は君の事を全て知っている。バストのサイズも体重も、妊娠しやすい日も! 父親は僕だ。そすれば君は僕の妻となるしかなくなる」

「下衆が! 離せ、離せ」

「僕は君を愛している」

 そういうとブラウリオはレメイに覆いかぶさった。


             ☆☆


コルネーリオはレッドハウスに戻ると、トリーノに国民がどのような生活しているのか説いた。それを聞いたトリーノはこう答えた。

「国の存亡をかけた戦いをしているというのに、いちいち民など構えるものか」

「それではこの国は存在する意味をなくしてしまいます」

「残忍なスンニ帝国と戦うそれでは不満か?」

「共和国がそれに近いものとなっているのです。総督という地位は皇帝とは違います。民に選ばれた者が総督となる。民のために動かなければ!」

「投票なんぞしていては国は安定しない。だからシーア族が長となりこの国を仕切っている」

「戦争をやめてください」

「養子は他人だな。俺は断固として戦うと言っているのだ」

「そうですか……。気を悪くさせたのなら御無礼をお許し下さい。これ以上和平については語りません」

 コルネーリオは養父の言葉と態度に初めて、唾を吐きたくなった。国の現状を省みることなく、戦争に明け暮れる養父と国の現状を理解し、戦争終結に向けて動いているレメイ・オルテガ。レメイと比べるとトリーノは駄々を捏ねる子供のようだと、コルネーリオは思った。そして、生まれて初めて養父トリーノ・コルブッチを軽蔑した。あの男について行っても自身を変えることはできない、そう思った。コルネーリオは初めて自分の意志と目的のために、動く決意をした。

 次にコルネーリオは内務大臣のダニエレと会った。

「また総督とお話されていたようで」

「父はやめる気などない。死ぬまで戦争を続けるさ。僕はそれを止めなければならない。総督の養子として、和平交渉の第一責任者として」

「決断なさったか」

「ああ、総督は僕の言葉を理解できない。それに比べてレメイ皇女殿下は聡明だ。どちらを慕うか、明らかではないか」

「コルネーリオ様……?」

「私が総督となって戦争を終わらせる。異存はないな?」

「はい」

「殺しはしない。幽閉する。それでいいな?」

「もちろん。その前にコルネーリオ様は国境付近の都市に行かれてください」

「なぜだ? 善は急ぐべきだ」

「帝国の民の暮らしを知っても、自国民の暮らしを知りますまい。それもスンニ帝国におびえて暮らす国境付近の都市市民の気持ちを。国を統べるのなら民を知るところからです」

「わかった。戻ったら話をしよう」

 コルネーリオは一晩休むと早朝から輸送艦に乗ってレッドハウスから姿を消した。都市は外壁で囲まれ、外壁には高射砲が等間隔に設置され数は百近くあった。輸送艦を降りると、都市議員が出迎え一通りのもてなしを受けた。都市に着いて二日目、コルネーリオはやっと民の暮らしを見ることができた。

「都市議員との接待は断れなかったのか?」

 隣にいる護衛に愚痴をこぼしたが、

「彼らの仕事ですよ。それに付き合うのがコルネーリオ様の御役目です」

「僕は子供だな」

「まだ十八でしょう」

「もうだ」

都市市民の生活はスンニ帝国の村よりも豊かに思えた。継ぎ接ぎの服を着ているが、清潔感は有りみんな飢えに苦しんでいる様子もなかった。しかし都市市民の不満は募りに募っていた。都市のあちこちで戦争の集結を待ち望む声と、戦場から帰らない人を求める声が聞こえてきた。またある者はコルネーリオに対して夫を返せと石を投げ、ある者はツバを吐きかけ走り去った。コルネーリオはこれらの者に対してなんら処罰はせず、都市市民の限界と革命の必要を改めて実感した。ある程度散策を終え、引き返すと小さな川が目に入った。気になったコルネーリオは近くを通り過ぎた都市市民に、

「この川はどこから?」

 都市市民は侮蔑の眼差しをやると答えずにそのまま去って行った。しかたがないと思い川を辿って行くと一軒だけポツリと家が立っていた。シーア共和国の都市は区画整理されており、住宅区、商業区、行政区と明確にわかれている。今コルネーリオがいるのは商業区の外れであった。川は城壁の穴から入ってきており、都市市民の生活用水になっている。それを知らないコルネーリオは家の主人に事情を聞き出そうとドアをノックする。少ししてから年老いた小柄の女性が出てきた。女性はコルネーリオの顔を見ると驚いた顔をして、

「あんた……生きてたんだね」

「おい! こちらはコルネーリオ様だぞ」

 護衛が女性の無礼に声を荒げるが、コルネーリオは護衛を下がらせ問う。

「僕を知っているのですか?」

「ああ、知っているよ。私があんたを見つけたんだからね」

「詳しく聞かせてくれ」

「ああ、いいよ。ただ護衛の人はそこにいな。あんたは聞いちゃいけないよ」

 コルネーリオ・コルブッチは赤い川に流されながらこの都市にたどり着いた。果物を入れるような籠に入って流れていたのを見つけたのは、川の水門を管理するクレメンティナ・フェイだった。乳飲み子だったコルネーリオの肌は青かった。それを見た時、スンニ族だということはまだ二十歳だったクレメンティナにもわかった。彼女は見つけた時、殺そうと思ったが乳飲み子の泣き声を聞いて、涙が出た。罪のない子供を殺そうと思った自分を恥、心を改め育てることを決心した。シーア共和国でスンニ族を育てることは大変だった。同じシーア共和国民に知られないように、ひっそりと一人の子供を育てなければならなかったからだ。若く美しかったクレメンティナを知らない都市市民はいなかった。クレメンティナの家に来る男は跡を絶たず、また気さくで明るい人柄であり、都市市民の多くに好かれていた。彼女の人気に比例して嫉妬する女性も多くいた。コルネーリオのために粉ミルクを買っていると、子供を作ったのかと男が顔を見せ始めた。彼女はコルネーリオのためと思い、今までの印象を壊した。月に一度粉ミルク哺乳瓶に入れ、都市中を歩きながら狂ったように飲んだ。また清潔な服を着るのを辞め、小汚い服を着て周りを寄せ付けなかった。しかし彼女の努力はちょっとした不注意によって崩れさった。歩けるようになったコルネーリオを家に残し、粉ミルクを買って家に戻る途中青い肌をしたコルネーリオが住宅区を歩いていた。彼女は直ぐにコルネーリオを捕まえ、家の中に戻したが見た者の口は閉ざすことができなかった。情報は直ぐにレッドハウスまで届き、内務大臣と数人の兵士がクレメンティナのもとへやってきた。

「お願いします。子供の命は助けてやってください」

「これはスンニ族だ」

 兵士は冷たい声でそういうと、クレメンティナからコルネーリオを取り上げた。

「まだ子供なんです。たとえスンニ族だとしても、何も知らない子供なんですよ。殺すなんて、人のやることじゃないでしょう!」

 クレメンティナの言葉に誰も耳を傾けなかった。内務大臣はコルネーリオを回収すると、そのままレッドハウスに戻った。残されたクレメンティナはスンニ族と子供を作ったと、噂され迫害を受けるようになった。コルネーリオが奪われてから一年後、コルネーリオが流れてきた川から傷だらけのスンニ族をクレメンティナは見つけた。傷はたいしたことなかったが、体は細くやせ細り衰弱していた。

「何があったのですか?」

「子供を、子供は? 肌の青い、ルイジと私の子供を」

「私が見つけました」

「今、どこに?」

 本当のことを言おうとしたが、クレメンティナはやめた。女はもう助からないと思ったからだ。死ぬ間際にせめて希望を与えよう、そうクレメンティナは思った。

「元気に育ってますよ」

「私の天使、私が恋をした証……」

 そう言って女は事切れた。クレメンティナは誰にも知らせることなく、女を川の近くに埋葬した。

今では住宅区から追い出され商業区の外れで密かに暮らしている。全てを聞いたコルネーリオはこの話を信じられなかった。コルネーリオ自身はダニエレから保護され、トリーノから育てられたと思っていた。しかし、実際はクレメンティナが育て、ダニエレが奪い、トリーノに渡したことになる。国民のことを第一に考える誠実なダニエレが自分に嘘をついた。その事実がコルネーリオに傷を与えた。


            ☆☆


 その頃、レッドハウスではダニエレとトリーノが十数年ぶりに酒を酌み交わしていた。

「珍しいなお前から誘ってくるとは。内務大臣になってやめたのではないのか?」

「気分ですよ。一度ハマった沼から這い出ることは難しいものですな。ところで、覚えていますかな? あなたが総督に就任した日のことを」

 トリーノはあからさまに不機嫌な顔をすると、

「その話をするな!」

 ダニエレはトリーノの命令を聞くつもりはなかった。だから、昔話を続ける。

「ロッセラは聡明で凛々しい性格に似合わず、ともて可愛い女だった。今でもロッセラ以上の女を見つけたことはない」

「黙れと言っているのだぞ! ダニエレ。死んだ人間の話なんぞ聞きたくはない」

「死して尚忘れられないのは私も貴方も同じだ。結婚を約束していたのに、彼女は」

「うるさい!」

 トリーノは酒瓶をダニエレに投げつけ、殴りかかった。ダニエレは予想していたが、体が追いつかずマウントをとられてしまった。

「就任祝いで来たのはロッセラだ。そしてスンニ族の暗殺から勝手に俺を庇ったのもな。お前のことを愛していたのならば、俺を見捨てるべきだった」

「君が彼女の気持ちに答えなかったから、僕が彼女を君から奪った」

「俺には大義がある。女にうつつを抜かすようではこの国は滅ぶ」

「だから君はロッセラを二度も失ったんだ。愛していたんだろ。君が未だに結婚しないのは忘れられないからだ」

「その口を閉じろ!」

 トリーノは我を忘れ、ダニエレを殴った。何度も、何度も拳が潰れるほどに。ダニエレは口から血を出し、鼻は曲がった。友人のトリーノとロッセラと自分。三人の若き頃を思い出していた。士官学校で成績優秀者だった自分と素行の悪いトリーノ。偶然知り合った看護学校に通っていたロッセラ。あまりにも遠くなった過去をダニエレは、

「どうして……!」

 そう言い、ダニエレは事切れた。トリーノは疲れ動かなくなったダニエレを見て、

「お前は不用心にロッセラを一人にするから。あいつが自分のことを大事にしないとわかっていただろ。俺もお前も」

 昔を思い出し涙がトリーノの頬を濡らす。スンニ族に対する憎しみと自分に対する怒りでトリーノは叫んだ。その瞬間、彼の口から大量の血が吹き出た。それと同時に人形のように、力尽き動かなくなった。


             ☆☆


 この知らせはコルネーリオにすぐに届いた。内務大臣ダニエレ・ガッティと総督トリーノ・コルブッチがダニエレの自室で亡くなっていると。死因は撲殺と毒。ダニエレによる毒殺だと憲兵や他の大臣は結論づけた。戦時中に役職に穴を開けるわけにはいかず、内務大臣は軍務大臣が兼任。総督はトリーノ・コルブッチの養子であるコルネーリオ・コルブッチに任せられた。シーア共和国を和平に持っていくために大臣や官僚をまとめつつ、総督の仕事、業務の受け継ぎなど休む暇もなかった。こうした多忙の中で、戦争に生きた父の総督としての能力、和平に向けての努力を一人でやらなければならない孤独感はダニエレの存在が大きかったことを実感させられた。その一方で、彼の弾むような心持だった。自身の目的の為の自由を手に入れたからだ。それだけを喜び、ダニエレの死から目を背けた。

ようやく落ち着いた頃、国境警備艦から緊急情報が入った。帝国艦隊が国境に続々と集まっていたのだ。急ぎ、大臣を呼び集め国境付近に住む国民の避難、アリー級一艦、ウマイヤ級四艦、アッバース級六艦を臨時編成しいつでも発進できる状態にした。国境は憲兵を総員して地上を監視、空は国境警備隊に配備していた武装輸送艦を全艦発進させ、もしスンニ帝国が攻めてきたら本隊が到着するまでの時間稼ぎをすることになった。

 コルネーリオはスンニ帝国の狙いがわからなかった。彼我の戦力は五分五分であるものの、士気はこちらのほうが高く地の利もある。長期戦になればシーア共和国まで補給を行わなければならないが、スンニ帝国に後方支援に回せる艦隊など残っていなかった。それはシーア共和国も同じで、武装輸送艦も古い武装や壊れかけの装甲を商業用の輸送艦に取り付けただけであった。またアリー級、ウマイヤ級、アッバース級どれも傷を負っていない艦はなかった。この戦いはどちらにとっても益が出るものではないというのがコルネーリオの考えだった。だから、国内治安を管理するカラビニエリにあることを頼んだ。


              ☆☆


 レメイ・オルテガは暗い自室で一人佇んでいた。男根によって裂かれた局部は未だに痛み、目に焼き付いたブラウリオの顔と未だに匂う男の臭いにレメイは苦しんでいた。ブラウリオから開放されてすぐに体中を何度も何度も洗ったが、臭いは消えず、目を閉じてもブラウリオの顔が見えた。実際には臭いはしないし、ブラウリオもいなかったが、余りにもショックを受けたために彼女は精神に異常をきたした。そのような状態の彼女を付きっきりで看病したのはアミナ・アイラだった。彼女はレメイを励ましながら、服を着替えさせ、食事を与えた。事情を知らない彼女はどうしてこうなってしまったのかわからず、ただただ戸惑っていた。そんな彼女のもとに客人が訪れた。当然客人に会える状態ではなく、使用人のアミラが代わりに会った。濃い青い肌と服の上からでもわかる筋肉を有した男が客室で待っていた。アミラは座るように促すと、

「そのようなご用件で」

「レメイ皇女殿下に直接お話しを」

「今は無理です」

「ではこう伝えて下さい。平和の道を歩む同士へ花の咲く庭で待つと」

 そう言うと男は客室を出て行った。アミラは意味がわからず、受け取った言葉をそのままレメイに伝えた。

「コルネーリオ……?」

 レメイには意味がわかったのだろう。共和国の人間コルネーリオの名前を口にした。

「何かやるべきことがあるのではないのですか? ここ最近ずっとお忙しそうにしてましたから」

「ああ」

「だったら、いつまでもここにいてはいけません」

「私は女だった」

「男も女も関係ありません。何があったのか私には想像すらできませんが、レメイ様は確固たる意志を持っておいででしょう。それを捨てないでください」

「私は弱かったのだ」

「しっかりしてください!」

 余りにも覇気のないレメイにアミラはレメイの頬を打った。うろたえるレメイにアミラは、

「しっかり目をお開けなさい。皇帝の娘レメイ・オルテガがそんなことでどうするのですか!」

 少しの間を置いてレメイは顔を上げた。その瞳にははっきりとした意志が宿っていた。レメイはアミラの顔を両手で優しく掴むと、

「私にビンタをしたのだ。その報いは受けてもらえるか?」

「ええ。貴方が立ち上がるのであれば」

「私にお前の命をおくれ。この宮殿から抜けたい」

「どこに?」

「明日のために」

「……わかりました。私はレメイ皇女殿下の使用人ですから」

 レメイはシャワーを急いで浴びると、身支度をアミラに手伝わせて出発の準備を整えた。黒いドレスを着て、走りやすいように膝から下のドレス部分は全て切った。最後にアミラに用意させた銀を少量飲んだ。

「では、行ってきます」

 アミラが言う。その顔は優しかった。

「ああ、次は良き友人としてお前に会いたい」

「有難うございました」

 そう言って、アミラは駆けた。程なくして大きな銃声が一つ鳴った。アミラがレメイを監視していた警備隊を誘導しているのだ。そして、レメイも駆けた。警備の姿はなく楽に宮殿を出ることができたが、宮殿の外に一人の男が立っていた。

「ブラウリオか」

「どこに行く?」

「貴様が知ってどうする? 私の男になったつもりか!」

「君の腹には僕の子供が宿る。そうすれば」

「私は銀を飲んだ」

「なんだって……」

「銀を吞んだと言ったんだよ」

「死ぬつもりか!」

「構わんよ。貴様の子を宿すよりマシだ」

「だったらもう一度」

 ブラウリオはあの時の一件で完全に安心しきっていた。レメイは自分に力で勝てないと、だから不用心にレメイに近づいてきた。レメイは隠し持っていたナイフをブラウリオの腹めがけて突き刺した。重い手応えと後に泥を刺したような感触が手に広がる。刺されたブラウリオはレメイに喋り掛けたが、言葉になっていなかった。刺したナイフに力を込め、傷口を広げるように抜くとブラウリオは膝から崩れ、倒れた。

「言ったろ? ただでは済まないと。そこで誰にも見とられずに死ぬがいい」

 そう言って、レメイは庭園を目指した。シーアとスンニの間に産まれた男の下へ。


              ☆☆


コルネーリオは国内のことをすべて軍務大臣に任せて、庭園を訪れていた。銃撃戦の後も血痕も何一つ見つからなかった。まるで、あの日の出来事が夢であったかのように。待つこと三時間、レメイが姿を現した。コルネーリオは挨拶を省き、本題に入った。

「国境線にスンニ帝国艦隊が集まっています。皇帝は戦争に反対しているのではなかったのですか?」

 レメイはその問に答えなかった。代わりにコルネーリオに抱きついた。

「何を」

 戸惑うコルネーリオにレメイは、

「あの村で貴様は言ったな。頼れと」

「ええ、私も貴方を頼っています」

「なあ、私は一人ではどうも限界があるらしい。ある男にな、それを思い知らされたよ。私が女だと言うことを。友人は私に発破をかけてくれたが、もういない。私はお前の支えが必要だ」

 その言葉にコルネーリオの心は弾んだ。可能性が自ら彼を求めてきたからだ。そしてレメイ・オルテガから女を垣間見ることができたから。それ故に愛おしく思った。レメイの理想を叶えてあげようとコルネーリオは答える。

「支えましょう。」

「ああ、和平の代わりに私のそばにいろ」

「僕は甲斐性なしではありません」

 そう言うと、コルネーリオはレメイにくちづけをした。レメイもそれを拒まなかった。喜びに浸れる時間は限られていた。くちづけを終えると、コルネーリオはレメイにもう一度問う。

「もう一度聞きます。国境線にスンニ帝国艦隊が集まっています。皇帝の意志は和平だったのでは?」

「あの日私たちは襲撃されました」

「それを理由に! しかし皇帝は」

「内務長官のザビーノから聞いたと」

「内務長官は好戦派でしたね」

 そこでレメイは誰が自分たちを襲撃したのかわかった。

「止めてきます」

「無理です」

「どうしてそんなことが!」

「貴方を狙ったのは内務長官でしょう。そして国の実権を握っているのも内務長官です。戻った時貴方は殺されてしまいます」

「じゃあ、どうすれば」

「我が艦隊に来てください。そこで艦隊にある無線で皇帝を説得してください」

「そうするしかない、というわけか」

「事態は悪化しているが、我が国は総督が死んで和平の道を進む準備が整いつつある。後は帝国次第です」

「わかった」

 コルネーリオとレメイは輸送艦に乗りシーア共和国の国境を目指した。戦争を止めるために。


 数時間かけてコルネーリオとレメイは国境警備隊と合流した。レメイを見た国境警備隊は身構えたが、コルネーリオは、

「和平を結ぶために来てもらった。皇女殿下だ。無礼は私が許さない」

 この一言でレメイにあからさまな敵意を向けるものはいなくなった。コルネーリオとレメイは急いで武装輸送艦に乗り、上昇を始めた。武装輸送艦には白旗をつけ砲撃されないようにして、高度を上げ国境ぎりぎりまで近づいた。

「旗艦の周波数はわかりますね」

「ええ」

 無線の周波数合わせ、レメイは呼びかけた。

「皇帝陛下、皇帝陛下、聞こえますか?」

「誰だ?」

 旗艦の通信兵と思わしき人物が問う。

「レメイ・オルテガである。至急皇帝陛下をお連れしろ」

 通信兵は驚き素っ頓狂な声音で返事をした。程なくしてフセペの声が聞こえてきた。

「レメイよ、今どこにいる! アミラがお前を連れ去ったと聞いたぞ」

「アミラはどうなりましたか?」

「死んだよ。で、どこにいる?」

「共和国です。戦争を止めるために来ています。父上、よくお聞きください。共和国は戦争を望んでいません。和平を望んでいます。父上もそうだったはずです。内務長官に踊らされているのです」

「共和国にいるだと! 男か、あの男に誑かされたのか」

「私の意志です」

「なぜだ!」

「父上は私の話を聞かなかったではありませんか。私を否定した。だが、彼は私を支えてくれる。愛してくれた」

「お前もか、お前もなのか。妹のローラ、そして娘のレメイまでも」

 その言葉を最後に通信は切れた。そして帝国艦隊は動き始めた。


 旗艦に乗っているフセペは全艦隊にシーア共和国への進撃を命令した妹と娘を寝取られ、欲した男は生まれず、弱く情に動く女が生まれてしまった。何もかもが上手く行かなかった。冷たくあたってきたが、娘を大事に思っていた。娘でもわが子だった。いずれは結婚させるつもりで、だから男のように育てても服装だけは女にさせた。しかしその娘までもシーア族に心を奪われ、彼を裏切った。フセペの気持ちを理解するものは一人もいない。復讐という個人のエゴによって決戦の火蓋は開かれた。


 予備戦力を含む十隻の艦隊がスンニ帝国東側国境地帯に集結。横三列、縦三列の陣を敷き、残りの四隻は後方待機。その中には巡航標準型戦艦より一回り大きな戦艦はフセペとザビーノが乗っている旗艦がいる。地上部隊も後方待機を命じられ、艦隊戦に勝利すれば共和国に攻め込む手筈となっている。共和国本隊はレッドハウスを出て、戦場へと向かっているが、帝国は待ってはすれなかった。帝国艦隊は艦列を乱すことなく共和国に攻め込んできた。その様子をコルネーリオとレメイは武装輸送艦隊後方で見ていた。

「父上は血迷っている」

「命の保障はできない。こちらも危ういのですから」

「腹は決まっているよ。手は?」

「武装輸送艦が時間を稼ぎ、本隊と合流後攻めに転じます」

「それでは!」

「わかっていますよ」

武装輸送艦は狙われないように、動きながら帝国艦隊に砲撃を入れるが、装甲に傷しかつかない。帝国艦隊は共和国領内に入ると、武装輸送艦への砲撃をやめ共和国の都市へ砲撃を始めた。外壁も家も瓦礫と化し、都市は砲撃によってその姿を消した。国境付近にある都市が三つ落ちたところで、共和国艦隊が到着した。それをフセペは己の目で確認した。

「来たかシーア族。我らも出る出撃」

 後方待機していた四隻も前進を始めた。共和国艦隊はアリー級を前に、その後方にウマイヤ級、アッバース級を配置し帝国艦隊とあたった。

「アリー級だけを狙え。共和国の心臓はそこだ!」

 フセペが後方で大まかな指揮を取り、ザビーノはフセペの指示に基づき、全体の指揮を取った。

「距離をとるな。肉薄してアリー級を叩け!」

 帝国艦隊はウマイヤ級、アッバース級の砲撃を受けないように陣形を小さくして、共和国側から見て艦隊が被さる様に動く。共和国艦隊はそれを包囲するように、ウマイヤ級、アッバース級が前に出る。

「構うな! アリー級だけを落とせ」

 横からの砲撃を恐れずに、帝国艦隊はアリー級に肉薄し砲撃をする。装甲の厚いアリー級から黒の煙が上がる。高度は下がっているが何とか堪えている状態だった。帝国艦隊も無傷ではなく前線にいる六隻はすでに傷ついていた。速度は落ち始め、側面装甲は薄いため負傷者は共和国よりも多く出ていた。その為砲撃速度は落ちていた。

「このままではジリ貧です」

 ザビーノが事態の打開を要求する。が、フセペは既に動いていた。一番負傷者の多い艦隊は砲撃をやめると、全身速度を上げた。艦列から飛び出した艦は集中砲火を浴びるが、構うことなくそのままアリー級に突撃した。艦の三分の一がアリー級にのめり込んだ。その衝撃でアリー級内部にある爆薬庫が爆発。アリー級は一度膨れ上がり、傷ついた部分から火を噴いた。帝国艦もその影響で誘爆。二隻は大きな音をたてながら地上に落ちた。勝敗は決した。アリー級を失った共和国艦隊は急ぎ帝国艦隊から距離を取り、牽制の砲撃を放つ。しかし、有効射撃にはならず帝国艦隊は傷つきながらも前進する。

「残存艦隊だけでどうにかならないのか?」

 後方で見守っていたレメイがコルネーリオに問う。

「無理です。ウマイヤ級、アッバース級は帝国艦隊のように丈夫にはできていません。アリー級いてこその存在です」

「貴殿はここにいろ。私は帝国艦隊を止める」

「無茶です。無線に応答しないのですから」

「だから直接行くのだ」

「旗艦に!」

「それ以外に方法はない」

「危険です」

「これは私の責務だ」

「あなただけに背負わせない。あなたが行くというのならば、僕も行く」

 その言葉にレメイはコルネーリオという存在に感謝した。コルネーリオは急ぎ強襲艦を用意させ、レメイとコルネーリオ、急遽編成した強襲部隊を乗せた。小型輸送艦に紛れながら旗艦側面に張り付き侵入。思わぬ侵入者に対処を仕切れなかった。旗艦は通信室、火薬庫を制圧された。通信室が制圧されたことにより、指揮系統は乱れ帝国艦隊の攻勢は動きを鈍らせた。それを逃さずに共和国艦隊は距離を詰め、二隻を行動不能にした。

「侵入者だと! 対処するんだ」

 スセペは迅速な対処を要求したが、それを制止する声が艦内放送から流れた。

「父上、お止めください」

 その声に艦内にいる全員は驚いた。レメイは行方不明とされており、フセペとザビーノ以外共和国にいることを知らなかった。

「父上、通信室まで来て下さい。終わらせたいのです。この戦争を」

 レメイは意志を伝えると、通信を切った。それから間も無く、護衛とザビーノを連れ、フセペが通信室に姿を見せた。

「初めてのベッドはその男か」

 レメイの横に立つコルネーリオを見たフセペは毒を吐く。

「お止めください。共和国に戦う意志はないのです」

「砲撃は鳴った。もう止められはせん。これもシーア族が招いたことだ」

「庭園での襲撃と共和国は無関係です。父上はそこまで衰えたか。全ては内務長官の企みです」

 この言葉にザビーノは反論する。

「何を訳のわからないことを。皇女殿下こそ、国を裏切っているではありませんか」

「裏切ったのではない」

「同じこと。男に誑かされるだけの女が」

「貴様!」

 余りにも馬鹿にした言葉にレメイは己を抑えられなかった。ブラウリオを刺したナイフを懐から取り出し、ザビーノ目掛けて投げた。ザビーノもただの人間はない。軍人としての経験があった。ナイフを間一髪のところで避け、自衛用の銃を取り出し、それをレメイに向けた。後ろに控えていた強襲部隊はレメイとコルネーリオを庇うように前に出るが、ザビーノの銃がレメイを捉える方が早かった。ザビーノは引き金にかけた指を引いた。耳を劈くほどの音が響き、その場にいた全員は動きを止めた。それは音に驚いたからではなかった。ザビーノの放った弾は奇跡的に外れ、代わりに彼の頭には穴が開いていた。ザビーノは崩れ落ち、その横にいたフセペは煙をあげる銃を握る腕を下ろした。

「父上……?」

「儂の目は節穴ではないよ。伊達に歳はとっていない。気づいていたさ、奴が好戦派をまとめていたことも、お前を襲撃したこともな」

「だったら!」

「お前が宮殿を抜け出すまでは演技だった。ザビーノが尻尾を出すまで道化を演じるつもりだった。だがな、お前は私を裏切った。よりにもよって、シーア族と」

「これからはシーアもスンニもありません」

「娘を奪われた親の気持ちなんぞ、わかるわけない。お前を解放してやろう。儂も自由になりたい」

 そういうと、フセペは己の銃を自分の頭に当てた。

「父上!」

 レメイ、コルネーリオ、護衛は止めようと動いたが、重く鈍い音はその行為を嘲笑うように鳴り響いた。


              ☆☆


 その後はレメイの指示により、帝国艦隊は撤退した。レメイは正式にスンニ初の女性皇帝となり好戦派の重臣を幽閉。新しい体制を整えると、シーア共和国とスンニ帝国は正式な形で和平交渉を始めた。共和国民は戦時中戦争に意欲的ではなかったが、和平の話を聞くと手の平を返した。民兵団体を結成し、スンニ族への徹底抗戦を叫んだ。主に動いていたのは、十代の若者だった。何の為に皆死んだのかわからない。と和平を拒んだ。帝国は一部重臣が残存兵を集め亡命。帝国の北側を占領し、新しい国の樹立を宣言した。シーア共和国とスンニ帝国の和平交渉は中止となり、コルネーリオとレメイは自分の国の治安維持に努めた。会えない中、レメイは自分を殺し皇帝として新政府軍の対処に勤めた。コルネーリオは自身を変えてくれるかもしれないと思っていた女性と会えなくなったが、責任感が強かったが故に、自身の責務を果たしていった。その責務を果たしていく中で、レメイのようになろうとし、高官にもレメイのような人間を求めた。

 ウンマ暦三百年、国内治安を安定させた両国は和平交渉を再開。二人は五十二年ぶりに再会し、統一国家の父と母になった。戦争は終結し、アトラス大陸に平和が訪れた。


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