栞を挟む
初めまして。謎人といいます。久しぶりに書いた小説です。ちょっとエッセイなのか小説なのか、わからない形式になっております。
音にするとストンだろうか?
指ではさんだ栞を素早くページとページの間に入れる音というのは。
とにかく、自分はこの音が好きだ。心地が良いし、何より一つの区切りを
心の中に覚えさせてくれる。
「あれ、読み終わったの?」
「ん?」
僅かな読後感に浸っていたからか、呼びかけに思わず返事をする。
振り返ると、そこには夕食を作ってくれていた彼女がいた。
「あ、ご飯出来たの?」
「うん、それで呼びに来たんだけど、本、読み終わったの?」
「いや、なんかキリの良い所だったんで、読むのをやめた。
良いタイミングだったかな」
「そうだね。さ、冷めないうちに食べちゃおうよ」
彼女に言われるまま、ダイニングに向かい、夕食をとる。
食は進んだ。感じてはいなかったが、自分は空腹だったらしい。
それとも、彼女の料理の腕が良いからだろうか?
ここは後者という事にしておこう。
なにせ、今日の夕食は美味だ。しばらくは忘れないだろう。
そう考えた時、ふと思い、食事を止める。
「なぁ?」
「何?」
「ん、いやふと思ったけどさ」
「またぁ?」
彼女が呆れの混じった声を出す。
それに、苦笑を返す。
「そう、まただよ」
「もう夕食食べ終わるまで待ってよ」
「うん、そうだね」
返事を返し、食事を再開する。
そして、食事を終え、手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした。それでさ食事中に何を思ったの」
彼女の切り出しに嬉しく思う。自分のこの癖に進んで付き合ってくれる所が、彼女の良い所だ。
「ああ、記憶するっていうのはさ、栞を挟む事と一緒だよなって」
「ふむ、その心は?」
顎に手をやる彼女に続ける。
「いやさ、人間、生きている限り、脳に情報が入ってくるでしょ。
それって脳の中に一つの本を作っているわけじゃないか」
「んーそうだね」
「それでさ、その中でも忘れたくない事や覚えたい事を思い出すようにするっていうの はさ、その部分 に目印をつけるっていうのかな。とにかく、本に例えるとそのページを何時でも開けるようにすること だからさ。それって栞を挟むのと一緒だと思ってさ」
「なるほど」
彼女はそう言って腕を組む。
「私からも一つ良い?」
「何かな?」
「なんで、食事中にそんなことを思ったの?ひょっとして記憶に残っちゃうほどまずかった?」
彼女の言葉に慌てて否定する。
「いやいや、逆逆、きょうの料理は美味しかったよ。それこそ思い出にするくらいに」
「そう言われるとなにげに恥ずかしいなー」
そう言って頭を掻く彼女。照れる彼女も可愛い。
「で、思ったんだよ。普通に食事をしたら思い出さない。でも美味しいって思ったりとにかくその瞬間を 大事に思えば、そこに目印がつくんだ。それが栞を挟むのと同じだなって」
「ははー」
彼女は感心するように声を上げて、天井を見上げる。
「食事中そんな事考えたのかー」
「うん、まぁ食事の前に本に栞を挟んだからかな。そんな事考えちゃって」
「ふーむ、私だったら栞じゃなくて写真で例えるけどねー」
「写真かー。その考え方もありかもね」
「へへ、ありがと」
自分の考えが褒められた事に嬉しさを表す。ここも彼女の魅力だ。
「さてと、じゃあ、片付けちゃいますか」
「そうだね」
「じゃ、洗うのお願いねー」
「うん、わかった」
「あ」
彼女は唐突に声をだした。
「どうしたの?」
「ん、いやさー。さっきの話だけどさ」
「栞のこと?」
「うん、例えば、皿洗い中にお皿を割るとするじゃん」
「いやいや、ちゃんと注意してやりますから」
「そこは信頼してますよ。で、話戻すとさ。そうやって皿を割るって結構ショックじゃん?」
「ん、まぁ、そうだね」
「記憶に残るよね」
「ああ・・・あ」
彼女の言いたいことをなんとなく察する。
「それも栞を挟むってことになる?」
「そうそう、けどさ、それってなんかさっき言った事と違うなーって」
「違う?」
「んー、さっき聞いてる限りじゃさ。なんか栞を挟むって自分で望んで記憶してるって
ことでしょー。でも悪い事とかって自分が望んでなくても記憶に残っちゃうじゃん。
それって、栞を挟むってことになるのかなーって」
「あー」
言われて、その通りだと内心思う。確かに記憶というのは自分で望んで得たものだけで構成されたものではない。中には忘れたいもの、嫌なものもあるのだ。
自分の栞に関する発言はそこが抜けていたようにも思える。
そして、同時にそこに気づかせてくれた彼女はすごいなと、感心する。
「ふむ」
少しばかり考える。そして、何となく思いついた事があり、口を開く。
「それってちょっと折り目が付いちゃったようなものじゃないかな」
「折り目?」
「気付かないうちに、自分の不注意で折り目がつく事ってあるでしょ。
悪い事ってそういう物じゃないかな」
「ふむふむ、悪いことは栞じゃなくて、折り目か」
「他にも汚れとかも、そうかも。でもさ、本を長いこと大事にしてるとさ。そういう事も段々と思い出に なっていって、自分の本としての個性になるんじゃないかな?」
「なるほどねー」
彼女はそう言うと朗らかに笑った。
「じゃ、お皿を割ったとしても、そこは長い目で見て怒らないでおいてあげよう」
「いやいや、そこは信頼してくださいよ」
苦笑して返し、そして、こう思う。
こういった日常にも自分は栞を挟んでいるのだろうか。
恐らく気づかないうちに挟んでいるのだ。
それは自分で気づかぬうちに付けた折り目でもあるのだろう。
そして、長い時間が経ったときふと思い出すのだろう。
この何気ない瞬間とはそういう物なのかもしれない。
さて、黙考はここまでだ。
皿を洗うのは自分の役目、それは彼女との共同生活をすると決めた日に決めた決まりごとで、ちゃんと自分が栞を挟んだ所だからだ。
如何でしたか。個人的には恋愛かエッセイかどうか迷いました。まぁ小説といえるかどうかも分からないのですが(汗)。楽しんでいただけたなら嬉しいと思っております。それでは。