第八十五話:仮面は、便利だね どんな感情も、その内側に隠してくれる<紅の竜>
遅れました。
そして、一話でまとめきれませんでした……。すいません。
三人称回
「ユーノォ……」
二人の少女が対峙する。
「ユーノォ……!」
つい数時間前までは、笑顔で楽しく語らい合う仲だった、紛れもなく「友人」であった二人の少女達が。
「ヨクモウラギッタナ、ユーノォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」
完全に、敵同士の立場となって。
紅が、ユーノの裏切りを糾弾する怒りの咆哮を上げた。
声に込められた憤激の感情の強さゆえか、或いは声帯までも強化する”獣化”の効果ゆえか。
その声は洞窟内をびりびりと振動させ、崩壊寸前の岩盤を音波振動のみで砕く。
威嚇されたユーノは、まるで台風の風を正面から受けたような猛烈な圧力を感じた。
けれど、それでもユーノは動じない。
表情を隠す仮面を被り、友人の喉に黒い短剣の刃を向けながら、紅の激情の迸りを、正面から受け止める。
不動で佇み、紅との睨み合いを続けながら、ポツリと言葉を漏らした。
「……やっぱり、今のベニは私の知ってるベニの方なんだ。でも、こっちの言葉をしゃべってるし、今の姿は竜そのものだし……。どういうことなんだろうね?」
あくまで飄々と、韜晦してみせるつもりか。
その態度を見たベニが、敵意の炎を両の眼に燃やし始める。
理性の薄れた今の彼女に、人質に人質で対抗するなどという考えは浮かばない。
今の彼女が求め、選び取るのは、もっと単純な暴力。
翼で抱えた仮面の蝙蝠少女、腕に抱えた蝙蝠男を地に放り出し、この場の誰よりも憎むべき敵を威嚇する体勢を取る。
「兎」の変化の場合は真上に二本突き出ていたはずの赤光は、今では鬼の角のごとく凶悪な太さを備え、斜め後ろに突き出していた。
目は爛々と輝き、破壊を求める獣のそれと化している。
口からは荒々しい息が漏れ、今にも噛みつかんばかりの形相だ。
赤き翼に赤き爪を備え、鱗らしき紋様を全身に描き出す今の彼女の姿。
その姿を、もし一言で言い表すとするならば、
それはまさに、
“紅の竜”
「ガァァァァァァァァァ!!」
血走った目をくわりと見開いた紅が、凶暴な吼え声を放ちながらユーノに向けて突進する。
鉤爪つきの足で地に巨大な粉砕痕を作り出しながら、放たれた徹甲弾がごとき猛烈な勢いでユーノに迫る。
二人の視線が、交わる。
紅が右の鉤爪を振るってユーノの顔面を狙い、
ユーノが盾を構えてそれに対抗した。
紅の右腕が、リーティスの顔の手前で急停止する。
紅の足が地を掴み、体をその場に押しとどめた。
突進の勢いで舞い上がった粉塵と氷粒とが、停止した二人の周囲を彩る。
「ぐぎぃっ! ぐぅ、痛いなあ……でも、やっぱり理性を失いきってはいないみたいじゃん。少し、安心したよ」
右の凶爪と共に放たれた尾の一撃はユーノの背を強かに打ち据えていたが、眠り姫の盾の存在を思い出した紅の動きが止まったことで、それ以上の追撃は行われなかった。
躊躇なく友人を盾にしたユーノだったが、その体を抱える右手は、先ほどより強く、そして優しく少女の体を掴んでいた。
まるで、その少女の無事を、安堵するかのように。
けれど、彼女を盾にしたというその事実は変えられない。
「何デダ、ユーノ! リーティスはオ前ノ大切ナ友人ジャ無カッタノカ!? 何デソレを盾ニデキル! 何デオ前はアタシ達ヲ裏切ッタ!?」
口角から泡を飛ばし、食い掛からんばかりに問い詰める紅。
口の端から血を垂らしたユーノが、仮面で隠した口元を複雑な感情で歪めつつ、その問いに答え始めた。
「……そもそも、この町に私が来た目的は二つあったんだ。この町に来たばかりの時に一つ。そして、ベニを見た時に――ベニが”宿主”だって分かった時にもう一つ、その目的ができた。私達の最大の目標を達成するために、果たさなくちゃいけない、目的がね」
眼前の、赤光に包まれた凶相の少女と目を合わせるユーノ。
「一つは言わずもがな、アリスを連れ戻すこと。ま、当然だよねー?」
冗談めかした、いつもの軽薄そうな口調で言葉を繰り出し、
「もう一つはベニを、というより、ベニごとその体に宿した”竜の仔”を運ぶこと。私達――神に抗う使命を帯びた者達にとっての最大にして、最後の希望をね」
続けて、震える声で紅の問いかけに対する間接的な回答を示した。
その震えは、いかなる感情から来たものだったのだろう。
畏敬か、恐怖か、歓喜か、悲嘆か。
ユーノ自身も、それは分かっていなかった。
予期せず飛び込んで来た思わぬ出会いに対し、どのような思いを抱いていたのかを。
「だから、ベニたちを、この場所に来させた。その兄妹なら、皆を穏便な方法で倒せると思ってたんだー。”とにかくここに来た奴はアリスお嬢様以外も全員眠らせておいて”ってだけ伝えといたんだけど……今思えば、ベニのことも詳しく言っておくべきだったかなー。やー、失敗したよー」
仮面の下で自虐的な笑い声を放ったユーノに、紅は無言で応えた。
その笑い声は、つい数日前、店員の口車に乗って要りもしないペンダントを買ってしまったユーノが紅達の前で放ったものによく似ていた。
けれど、紅があの時のように気安く肩を叩いて慰めの言葉をかけるようなことは無かった。
関係性を変えてしまった今の二人の間に、そのようなやり取りが生まれる余地などない。
「もしその兄妹が成功してたら、アリスを領に返して、紅を運んで、リーティスには”大怪我した紅は治療のためにヴェルティ侯爵領に運ぶから、私が代わりにアルケミの街まで付いて行ってあげる”って言うつもりだったんだよ? そうなってたら、私も、ベニもこんな思いはしなくて済んだのかな?」
運命のままならさを嘆くように、厭うように、ユーノはそう語る。
「そういう……ことだったんですね」
ふと、紅もユーノも予想だにしなかったところから、声が響いた。
「「リーティス!?」」
図らずも、リーティスを挟んで向かい合っていた敵同士の二人の声が重なる。
ユーノの腕の中で、首筋に刃を向けられていた少女が、目を開いた。
蝙蝠系亜人の少女から覚めない眠りを与えられていたはずの、その少女が。
悲しげな笑みを、その顔に浮かべて。
リーティスの一人称はそれそのものが展開のネタバレになってしまうため、この一話はこのラストのために無理矢理三人称にさせて頂きました。ご了承ください。




