第八十一話:……暗いとこ、大好きな人だって、いる<鬼さん見っけ♪>
遅刻すいません。
一人称ヤバい……、どうしよう。
side:リーティス
『RPGに出て来るような洞窟とかなら、こんな洞窟の中も原因不明の明かりで満たされてんだろうけどなあ。明り苔だとか古代人が作成した不朽の灯りだとか、そういった感じのご都合アイテムはねえのか。不便で困るぜ』
ベニさんの声が、暗く、狭い洞窟の通路内に響いて反響します。
先ほど気付いたのですが、ベニさんは常に何かしらの言葉を口に出し、静寂の時間が生まれないようにしれてくれていたみたいです。私達がこの暗闇に怯えないための配慮なんでしょう。
すごくありがたい心遣いです。
何を言っているのかは分からないものの、彼女の良く芯の通った声が常に私の鼓膜と肌を震わせてくれているという状態そのものに、安心感を得られました。
こんな場所でもし、ちらりとでも孤独や恐怖を覚えてしまったら、
それはすぐに、胸の中を覆いつくす化け物のような感情へと成長してしまうでしょうから。
私達の歩む先には、手元の小さな灯りに照らされ、天井や床から氷柱のように映えている鍾乳石の林が、ぼんやりと浮かび上がっています。
けれど、その光の届かない場所には濃密な暗闇の帳が降り、先を見通させてくれません。
突然聞こえてくる生き物達の蠢く音や、謎の擦過音の出所をその内に隠す暗闇が充満しているのです。
殆ど一本道の、けれど、人の通れる隙間をわざわざ親切に用意してくれてはいない、自然の地下洞窟。
私とベニさんが両手を広げれば、その手が壁に触れる程度の狭い通路です。
その中を、握りしめたベニさんの手だけを頼りに進む道のり。
時に自然の段差を乗り越え、時に頭上すれすれの鍾乳石に頭をぶつけないよう腰を屈めながら行く私達は、まるで炭鉱夫か冒険家のようです。
そうやって慎重に進んでいくうちに、ふと、ある音に気づきました。
私達が洞窟に入った時からから聞こえていた、けれどもその正体が分からなかった小さな音は、水の流れる音でした。それも、結構な量の水流の音です。
水源が近いんでしょうか?
確認しようと手の持ったランプを高く掲げますけれど、まだまだ先は見通せません。
残念。視覚だけじゃ足りないみたいです。
こんどは兎になりきってすうっと耳を澄ませて水音を探っていると、斜め後ろからアリスの呟き声が聞こえてきました。
「幽霊とか、出てこないわよね……?」
ゾクリ。
「やめてください、アリス。冗談でも、今は本当に……洒落になりませんから」
アリスがポツリと漏らした言葉に、心臓がドキリと跳ねました。
――水場には幽霊がいるなんて、ただの迷信です! きっと、そうなんです!
必死に自分に言い聞かせますけど、胸の中で膨らんだ不安感は消えてくれません。
うぅ、町を抜ける道って本当にこんなところしかなかったんですか? ユーノ……。
このルートを紹介してくれた友人にむけてちょっとだけ恨みがましい言葉を呟いてしまいます。
せめてもの抵抗としてベニさんの手をぎゅっと掴みますけれど、それでアリスの言った言葉が消える訳でもなく、むしろ意識の中でどんどん存在感が増していくような気さえしてきます。
そうして心中の不安と戦いながら、つるつると滑る足場の悪い道をさらに進むこと数十分。
耳に届く水音が、さらに大きくなってきました。
小さな滝から水が流れ落ちているような音だと、今でははっきり分かります。
ちょうど、私達の進行方向から聞こえてくるみたいですね。
そしてそちらには、何やらぼんやりと灯る、灯り(あかり)らしきものまで見えてきました。
――こんなところに、灯り?
「あれは、何でしょうか?」
『……見た感じ、松明とかの人工灯っぽいな。誰か人が来てんのか? ……えーっと「ヒト イル カモ」』
「普通の入口から入ってきた人ってことかしら。でも、誰が?」
アリスと顔を見合わせ、一緒に首を傾げます。
本当に、あそこにいるのは誰なんでしょうか。
でも、幽霊さんではないんですよね?
それなら、問題は有りません。
生きた人間さんなら、私としては誰でも大歓迎です。
――良かった。こんな暗闇の世界にも、ちゃんと私たち以外の人がいたんですね。
少しだけ、安堵の息を漏らします。
肺に溜まっていた、冷たく濁った地下の空気が、外へと排出されていきました。
足音を洞窟内に反響させながら、私達は光の方向へと歩を進めていきます。
そして、それまでの狭い通路と比べて少しひらけた空間にまでたどり着きました。
ちょうど、見知らぬ廊下を歩いていたら突き当たりに大部屋を見つけた時のような感覚ですね。
ええと、灯りが漏れてきたのはこの空間の何処かからのはず……。
光の源は、どこにあるんでしょう?
ずっと気になっていた光源の所在を求めて、視線を地に這わせます。
――? あれは、何?
すると、私の視界の端に何やら細い二本の棒のようなものが。
良く見るとそれは、うつ伏せに横たわった人間の足で――
「ひぅっ!」
『落ち着け、リーティス。ありゃ、生きた人間だ。……寝てんのか?』
――生きて……る? ええと、じゃあ、こんなところで寝転がっていたってことなんでしょうか、この人?
人影を死体か何かかと見間違え、思わずビクリと立ち止まってしまった私の前に歩み出た、ベニさん。
私は、彼女の背中に掴まるアリスの、そのさらに後ろから、怖々とその”足”を覗き込みます。
そのタイミングで――私の後ろから、何やら聞き慣れない囁き声が。
「……ごめんね。暫く眠ってて」
え? この声、誰ですか? ――ムグゥッ!?
急に背後から声が聞こえてきたかと思うと、何か柔らかいものが口元に押し付けられました。
反射的に息を吸いこむと、鼻腔から何やら甘い臭いが広がってきて――
――何? 何ですか、これ? 嗅いでいるとなんだか、意識が……遠、く…………。
「……おやすみ、良い夢を見ていられること、祈ってる」
全身から力が抜け、背後の”誰か”に優しく受け止められます。
――だ……れ? 私を、一体……どう、する……
『おいてめえ! リーティスをっ! 離しやがれぇ!』
咄嗟に後ろを振り返って、"彼女"に向かって鋭い回し蹴りを放ったベニさん。
彼女がいなければ、私はきっとそのまま倒れこんでいたはずです。
力の入らない全身を、ベニさんに抱え上げられたのが分かりました。
「おいおい、本当にこの道を通るとはねえ。正直半信半疑だったんだけど――ま、結果オーライという奴か。……さあて君たち、状況は分かっているね? つうか、聞いてるよね? 俺達はアリス捜索隊のメンバー。アリスお嬢様を、こっちに渡してくれや」
――もう一人、いるん、ですか……?
先ほど私に何かを成した少女とは、別人の声みたいです。
丁寧な話し方のはずなのに、どこかいやらしい響きを持った、男性の声。
ひょっとして、さっき地面に寝転んでいた人……?
ユーノの嘘つき……。このルートを、通れば……私達、見つから、ないって……
『ちっ。しっかり掴まってろよ、アリス、リーティス。ちょっくら……強行突破させてもらうからよ』
薄れゆく意識の中で、ベニさんの力強い声だけは、しっかりと耳元に届いてきました。




