表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第五章:そして役者が揃い出す
87/197

第七十四話:<金髪少女に狂った男:上>

 遅刻すいません。

 久々の三人称回です。


 

 その少年は、ノワール王国男爵家の次男として生を受けた。

 王国ではさほど珍しくない茶色の髪に、没個性な鳶色の瞳。

 右腕に刻まれた貴族の紋章が無ければ、町を歩いていても平民と間違われてしまうような、ごく凡庸な容姿と、平凡な個性を持つ子供であった。

 唯一、他者とは異なる点があるとするならば、彼が暮らす町にあった孤児院の子供達に良く懐かれ、彼らの下に足繁く通う子であったことだろうか。

 

「ほうら皆様、ご覧あれ! 本日この世に生み出されたばかりの、この、魔法装置!」


 その少年は、今日もまた自作の魔法装置を携えて、孤児院へとやってきていた。

 少年が得意げにばさりと覆いを取っ払い、空気に晒したのは、一抱えは有りそうな、ごちゃごちゃとした突起物の生えた奇妙な構造物だった。


「んー、今日のやつ、なんかいつもより見た目イケてないんじゃね? モリー兄ちゃん」

「ノンノン。見た目で中身を推し量っちゃいけないって院の先生から教わらなかったかい?」


 エア片眼鏡モノクルを指で押さえる子供の一人に己の発明品の不格好さを指摘されるも、少年はめげることはなかった。

 陽気に、そして実に楽しげに己の製作物を誇りながら、袖から取り出した杖を大仰な動作で一振りしてみせる。

 その途端、”装置”が起動した。

 ガタガタと唸りを上げたかと思うと、前進を覆う突起から幾十、幾百もの色の洪水があふれ出す。

 赤、青、緑、黄、紫、色とりどりのシャボン玉の群れだった。


「わあ。綺麗……」

「おお! やべー! やべーってこれ!」


 先ほどまで”装置”の無骨な外見に文句をつけていた子供もあっという間に手のひらを返した。

 目の前で繰り広げられる色彩の共演に、手を叩いて大はしゃぎしている。

 水魔法単体では作れないと言われているこのシャボン玉は、この地域では中々お目にかかれない代物である。

 町の廃材や廃棄寸前だった自宅の使用済み石鹸水を利用してこの光景を作り出した当人は、観客達の好感触な反応に笑みをこぼした。


 少年が杖を一振りするたびに大小さまざまなサイズの球体が次から次へと姿を現し、宙を漂い始める。

 子供たちが指でつつくたびにぱちんと弾ける儚い球体がその場のすべてを満たし、やがて幻想的なシャボン玉の世界が完成した。


「あはははっ! いかがかな? この僕の今回の発明品は!?」


 パチパチパチパチ。

 周囲のシャボン玉を振り上げた手や乱暴に振り回した足で追い回していた子供たちが、素晴らしい”魔法”を見せてくれた少年に、惜しみの無い称賛の拍手を送る。

 少年の恭しい一礼で、本日のメインイベントは幕を閉じた。


 メインイベントが終わっても少年と孤児達の時間はまだ終わらない。

 今日は、少年と年が近い者達と組んで、年少組達に影絵劇を見せることになった。

 幕一枚隔てた奥で、少年たちが人形を繰り、物語の登場人物に声をあて、お芝居を披露する。

 

 脚本無しで始まった影絵劇は、最終的に主人公の浮気相手と正妻の女にスポットが移り、親子三代に渡る復讐劇となった。阿鼻叫喚ながらもどこかコミカルな話運びに、観客たちは大いに盛り上がった。

 少年達役者共も、舞台裏で笑みを交わし、成功の喜びを分かち合っていた。

 

「待たねー! モリーにーちゃーん!」

「またねー!」


 

 見送りの子供達に笑顔で手を振り返して、少年が帰路に着いたのは、日が西に大きく傾き、山に沈もうかとする時間帯だった。

 まずいな。もうそろそろ夜じゃないか。


 本日の主役となったシャボン玉装置を入れた袋を背負い、少年は息を切らせながら走り続けた。

 何とか、周囲が暗くなるより前に自宅前にたどり着き、門番に会釈をして門をくぐる。


「良く飽きもせず、毎日毎日へんちくりんなものばかり作るのね、モリガン」


 何とか門限までに玄関を潜り、ほっと息をついて二階の自宅に向かおうとした少年が足を止めた。

 耳に、カツンと杖で床を叩くような音と、あまり良い感情の籠っていなさそうな何者かの声が届いたからだ。

 少年が、声の聞こえてきた階段の上を振り仰ぐ 。そこには、一人の少女が立っていた。

 赤絨毯の上に外行きの革靴を載せ、大きく広がったスカートの上に、少年と同じ10代とは思えぬ豪奢なプロポーションを備えた金髪の少女が、そこに立っていた。

 綺麗なラインを描く二重の瞼を半ばまで閉じ、階下の少年を睨んでいる。


「ラターシャか。今日僕がやってたことを見てたのか? 別にいいだろ。だいたい、何でいつもいつも突っかかって来るんだよ。僕が何をやったって、僕の勝手だろ?」

「……ちょっと、通りかかっただけよ。貴方があまりにも情けないことをやってたもんだから、言わずにはいられなかったの」


 少女のあんまりな言いように、少年の眉が顰められる。

 少女は、少年から目線を外し、独り言でも言うかのような調子で、少年に問いかけた。


「……ねえ、貴方。自分の生き方、それでいいって思ってる? あの”装置”、貴方のオリジナルでもなんでもないじゃない。自分より遥かに立場が下だって思う人達から尊敬されるのが貴方の生きがいなの?」

「そんな穿った見方するなよ! 僕はただ純粋に、あの子たちを楽しませたいだけさ! 装置についてだって、そもそも”僕の自作”だなんて一言も言ってない!」

「今までの"発明品"は自作だったけど、さすがにネタが尽きてきたから、学校の本から引っ張ってきたのよね? ……確か、半年くらい前から。”尊敬されるお兄さん”も大変ね」


 うっ、と少年の息がつまる。

 少年は確かに、少女に言われた通りのことをやっていた。

 孤児たちに受けの良かった”自作魔法装置の披露”を定期的に行う約束をし、それを続けるために、やや後ろ暗い行いに手を染めた。


「貴方が自分のお小遣いを彼らにあげる物資に変えたり、一緒に遊んであげたりしてるのは、良いと思うわ。でも、│そっち(・・)を続けているのは、あくまで貴方の見栄の為よね? 皆から尊敬される目で見られる自分が気持ちいいって、そう思っているからよね?」


 少年がもう少し狡すっからい人間であれば、少女の言葉を一笑に付し、「何をふざけたことを」と言い返せたかもしれない。

 だが、良くも悪くも素直で純朴な少年は、少女のその言葉で、むっつりと押し黙ってしまった。少女の語った内容を、否定しきることができなかったが故に。


「反論する気はないの? ……そう」


 足を次の段にかけた体勢で固まり、一言も言い返せずに唇を噛みしめていた少年の下から、少女の足音が遠ざかって行った。





 貴族の子弟が通う学校では、通常教科に加えて魔法や錬金術、倫理学や宗教学等、様々な教科を選択し、学ぶことができる。

 この教育体制で最も恩恵を得ているのは、爵位の低い貴族諸侯の庶子達だろう。

 「長男以外は家を継げない」という王国の法の存在がその理由だ。

 貴族の位を直接は得られず、将来が限られている彼らのためにその親達は幅広い勉学の場を与えるのが通例となっていた。

 家督を継げない彼らが、15で成人を迎えた時に選べる道は大きく分けて四つ。

 

 一つ目は、他のいずこかの貴族に家臣として招聘されること。

 この場合、彼らは準貴族とでもいうべき地位を得ることになる。

 実家より格上の、或いは位が上の貴族の重臣ともなれば、その身分は家督を継いだ長男にも引けをとらない。

 

 二つ目は、政略結婚にて、他家の者に嫁ぐこと。

 一つ目が己の力で成り上がる道とするならば、この二つ目は、家の力を最大限活かす道と言えるかもしれない。

 「長男」が家を継ぐのが王国貴族の定めであるため、その正妻に他貴族の息女を、と望む家は多い。

 

 三つ目は、実家の家臣の家族と親類関係を結ぶこと。これも主に、婚姻だ。

 貴族家の家臣の位は世襲ではないが、半世襲制として、代々同じ姓を持つ者達を重用している貴族は多い。

 その場合、主家の者と血縁を結ぶことで、関係性を強めるという事は頻繁に行われる。

 貴族の子弟が「実家の家臣」として仕える場合にも良く使われる手法である。


 四つめは、完全に貴族であることを止め、平民として身を立てること。

 この四つめの道を選ぶ者は実のところ、それなりの割合で存在する。

 武術や魔法を学んでいた者であれば、度胸さえあれば冒険者になることはそう難しくはない。

 また、実家と縁のある商人や職人の預かりになるという例もある。

 

 その他、中央の役人になる等の道を選び、「貴族」と同等の扱いを受け続けるような者もいる。


 いずれにせよ、二番目と四番目の道を選べるようにしておければ、将来の保険になる。

 将来の可能性を広げるため、貴族の子息たちの多くは、学校で積極的に様々なことを学ぶ。


「ええと、この二つの魔法薬を混ぜればいいんだろ。ねえ、これでどうなると思う?」

「爆発するんじゃないかしら?」

「しないよ!」


 ここは、王国貴族の子弟たちが通う学校。

 少年の親たる現男爵の領内にある、小規模ながら設備の整った学校だ。

 ここに通うのは、周辺に領を持つ貴族の子弟たちや、一部の家臣の子供達。

 少年の向かいに座り、机上の試験管をいじっている彼に向けてとぼけた一言を告げた少女もまた、隣接する別の男爵家、その四女だった。


「よおし、じゃあ見てろよ、ラターシャ。こっちにこれを入れると……ってどうして教科書で顔を隠してんのさ?」

「……爆発するから」

「だからしないって――って、うおぁ!?」


 ヒュポンッ! と冗談のような爆発音を轟かせ、少年の握っていた真鍮製の試験管が炸裂した。


「――貴方、碌に教科書の内容覚えてないのに、『この試験管に入ってるのはこれのはずだから――』とか言って、魔法薬を当てずっぽうで棚から取ってきてたわよね。見栄を張るのは時と場合を選んでちょうだい。想像力が足りなさすぎるわ」


 魔法薬学の先生が爆発音を聞き、間食中だったパンの欠片を唇に貼り付けたまま慌ててすっとんでくる。

 パタパタと響く先生の靴音と幼馴染の呆れた風の声を聞きながら、爆発の衝撃を受けとめた少年の視界は次第に暗転していった。

 机に突っ伏す体勢で伸びてしまった少年を前にして、少女が呆れた風に呟いた。


 「ホント……、残念な奴」






 病弱ながらも、領民たちも皆知るところである優秀な知性と知能を発揮して、次期男爵として帝王学、領地経営の術を学んでいる兄。

 騎士学校で非凡な才能を発揮し、若くして騎士に取り立てられて中央の憲兵となった優秀な弟。


 そんな二人に挟まれて育ってきた少年は、良くも悪くも両親から持て余され、自分の好きなように生きて行けばそれでよいと言われてきた。

 ゆくゆくは他の男爵家の令嬢と婚姻し、その家で家臣として働くことが内定していたことも大きかったのだろう。

 少年は、明確な「将来の展望」などというものを持たないまま歳を重ねていった。

 学校に通い、孤児院に遊びに行き、時折幼馴染の少女に絡まれつつ平和な日々を過ごす。

 そのこと自体に、特別何か問題がある訳では無い。

 幼馴染の少女以外に、彼の生き方に文句をつける者がいるわけでもなかったのだ。

 それならば、ゆっくり自身を見つめ直して、生き方を模索して行けば良い。その時間は、まだ残されているはずだったのだから。


 少なくとも――その時までは。








「お姉ちゃん、誰?」

「モリガンの代理人よ。ごめんなさい。今日はモリガンが来られないそうなの」

「「「えー!?」」」


 「偶然通りかかった」ことは数あれど、中に入ったことは一度も無かった施設。

 ラターシャは今日、その場を訪れていた。


 孤児院入口にどこぞの修行僧の群れのごとくずらりと座って待機していた子供たちから、不平の声が上がった。

 久方ぶりに会いにいけるぞ、と連絡のあったモリガンが、その当日になっていきなり来られなくなったなどと知らされたのだ。至極当然の反応である。


「ごめんなさいね……。今日は私がモリガンの代わりになるわ。良かったら、中に案内してもらえるかしら?」

「おー、いいぜ。な、あんたもモリガン兄ちゃんみたく影絵芝居ってできんのか?」

「ごめんなさい、私にはちょっと無理ね……」


 ラターシャは院の子供たちに手を引かれ、あまり大きくはない施設の中に通された。

 寝る場所と食事をする場所の区分すら明確に仕切られていない、狭い室内。

 それでも、ラターシャと一緒に入ってきた子供達には「それぞれの定位置」とでもいうべきものが有るらしい。

 部屋の奥、それだけはそこそこ立派な拵えの木椅子に通されたラターシャの目の前で、藁や木のござを広げた子供たちが、三人から六人くらいの規模で固まって座り込んでいった。


 普段なかなかお目にかからない光景をもの珍しそうに見回したラターシャの目に、変わった物品が目に入ってきた。


「ねえ、あれは何かしら?」

「ああ、あれはモリガンお兄ちゃんが作った”影絵芝居”の道具一式ですよ。私達が凄く喜んだものだから、一式全部くれたんです。あんな珍しくて凄いもの、そう簡単にもらえないって言ったんですけど『なあに! 次来るときはまた新しいお手製の”魔道具”を持って来てやるさ! 遠慮はいらんよ、諸君』なあんて言っちゃって」

「格好つけだよね、兄ちゃん」「ねー」


 その後も数ヶ月おきに、幾度も幾度も新しい「魔道具」を手に遊びに来てくれているのだと、それを皆がとても楽しみにしているのだと、院の少女が熱っぽく語る。

 その言葉を嬉しそうに相槌を打ちながら聞きながら、ラターシャは時折、施設内のあちこちを見回していた。

 煉瓦の天井に見かけた真新しい漆喰の痕に目を止めると、少年の一人が俺の出番だとばかりに元気よく説明を始める。


「ああ、あの屋根な! モリガン兄ちゃんと一緒に補修した跡なんだぜ、あれ。そういや思い出した、兄ちゃんって結構運動音痴なのな。材料を用意したのは兄ちゃんだけど、結局俺達が殆どやったんだんだよなー」

「そうそう」「懐かしいねー」「ほんと」


 どことなく得意そうな、そして楽しげな笑顔で語った少年を見ながら、ラターシャは思う。


 ――まったく、「自分の見栄のため」だけで、こんなことができる訳ないでしょ。こんなに皆に懐かれてるのだって、それはきっとあなた・・・が本心から……。ホント、残念な奴。


 ここにはいない、一人の少年のことを思い浮かべながら。


「んー、姉ちゃんは、影絵芝居ができない、ね……。何をやろっかな……って、あ、そうだ、姉ちゃんってモリガン兄ちゃんとはどういう関係なの?」


 ふと、孤児の一人が、ラターシャに疑問を投げてきた。

 一部の早熟な子供や、成人間近の者達が、何かを期待する風な表情でラターシャの回答を待つ。

 苦笑を浮かべたラターシャが、彼らの期待からは少し外れた回答を口にしようとしたその時、


「あたし、知ってる! この人はねー、モリガン兄ちゃんの「すとーかー」さんなんだよー」


 ぽわぽわと、何が嬉しいのかなんとも幸せそうな顔をした女の子が、衝撃的な一言を放った。

 

「えー!?」「すとーかーってなあにー?」「愛の奴隷、とかいういみじゃなかったっけ」


 がやがやと、ラターシャが瞬間危惧したのとは別の方向に騒ぎ出した子供達を恐る恐る見渡しながら、ラターシャは先ほどの発言をした女の子に恐る恐る問いかけた。


「あの、貴女、誰か……いえ、何かと勘違いしてないかしら? 私はそんな――」

「えー。でもお姉ちゃん、この前もずうっと前も、何回か遠くからモリガン兄ちゃんのことを見てたよね」

「へー」「ヒューヒュー」「お熱いねえ」


 あたし、目は良いんだー、とにこにこ笑顔で告げる少女に、ラターシャは肩を落とした。

 こんなことになるのなら、下手に隠したりせず、今まで何度か孤児院を訪れるモリガンの様子を遠視の光魔法を使って覗き見ていたことを素直に明かすべきだったと後悔するが、そのおかげでこの子供達と早くも打ち解けられたらしいことを考えれば、そう悪いものでもなかったかと思い直す。

 そして、えへん、と咳払いを放ち、赤く染まった頬を誤魔化すように顔を振るって、先ほど言いそびれた自身とモリガンの関係性を述べる。


「『元』・婚約者よ。今日をもって、あいつとの縁は切れたわ。あいつのお兄さんが亡くなって……、あいつが王国法上の『長男』として、次期男爵になっちゃったから」


 そう告げる少女の声は、どこか寂しげな響きを伴っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ