第六十話:懸命にあがき、何かを成そうとすれば、きっと誰かが応えてくれる。そう信じられることそのものが、私の希望なのさ<雷の雨>
side:ノエル→薫
「雷、ですか?」
「そうだ。さっき、俺があの竜モドキの背に仕込んだものは――、」
どうしようどうしようどうしよう。
え? 私ってもうお払い箱なの?
カオルお兄さんが空でゴロゴロと鳴り出した稲光を指さしながら何か説明してるけど、頭に入ってこないよぉ。
先ほどの「お前はもう俺の部下じゃない」発言がショックで、お兄さんの説明に適当な相槌を打ちながらも、どうしてもそっちの方に意識が行ってしまう。
いやいやいや、そうじゃないよっ!
頭をぶんぶんと横に振る。
別に、「役立たず」とか言われたわけじゃない。
いきなりすぎてショックを受けたけど、良く考えたらそれって私達が「教会で会ったばかりの時の関係に戻る」ってことだよね?
その前の「ため口でいい」発言だってそういうことのはず。
――あれ?
「おい。どうした、ノエル? いきなり首を振ったり、盛大にため息を吐いたりなんかして」
「ごめんなさい……。何だか色々と、勘違いしてたみたい」
「勘違い? ――おっと、ノエル。もう竜の攻撃範囲内だ。危なそうな気配があったら教えてくれ」
「はいっ!」
頭を切り替えないと! 今は竜の攻撃からお兄さんを守ることに集中っ!
その間にお兄さんが雷を――どうにかして、それで竜を倒すはず!
お兄さんに見えるように腕をまっすぐ上に突き出して、やる気をアピールする。
ちらりとそれを確認したお兄さんが、真剣な表情になって竜の体を見据えた。
――それにしても私、またやっちゃったなあ。思考が先走って、説明をちゃんと聞いて無かった。
どうにかして、この悪い癖直さないとね。
この戦いが終わったら、またカオルお兄さんに叱って貰って反省しようかな。
~~side:薫~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
黒雲が空を覆い、いよいよポツリ、ポツリと雨の滴が落ち始めた。
頬に触れた冷たい水滴で、雨の訪れを実感する。
狙ったかのように耳に命中した水滴を受け、俺の手の中のノエルが、ぶるりと体を震わせた。
――もし本格的な土砂降りになれば、文字通り戦いが泥沼化してしまう。さっさと決着をつけなければな。
ぬかるむ地上での戦いは冒険者たちにとって不利にしかなるまい。
味方の戦力低下などという馬鹿な事態が生じる前に、早急にあの竜モドキを倒すことにしよう。
「まだ気づかれてないみたい! 今なら好きに接近できるよ!」
「ありがとう、ノエル」
耳をピンと立てて魔力感知を始めたノエルが、アドバイスをくれた。
慎重に行く必要はないか。なら、全力で行かせてもらおう。
俺の脚力は、既に神聖魔法で可能な限界まで強化されている。
ノエルを抱え直して前傾姿勢を取り、そのままトップスピードに乗った。
文字通り風となって駆け抜けた俺は、攻撃を受けることも発見されることもないまま地を進み、無事に竜の体にまで近づくことに成功。
竜の体は現在、力強い土精霊に組み伏せられ、弱々しくもがいている状態だ。四肢と尾、そして飛行能力のない飾り羽の挙動にさえ注意を払っていれば、不意打ちを受ける心配は無い。
それに、弱っていく一方である今の竜稚拙な攻撃では、ノエルを有する俺達はおろか、熟練の冒険者達にさえ攻撃を当てることは不可能だろう。
先ほどから見ていて思ったが、この場に集った冒険者達は皆、強い。
剣の扱いや魔法の威力といった、戦闘能力だけの話ではない。
心が、強いのだ。
一山いくらの凡庸な者達とは、目の輝きが明らかに違う。
先ほど見た少年冒険者は、「お前なんかに、町の皆を殺させはしない!」と言い放ちながら竜の攻撃を躱し、剣を振るっていた。
他者のために命を張れる勇敢な者なのだろう。
狂った笑いを上げながら爆薬を投げ散らかしている男は、実に楽しそうに命がけの戦いを満喫している。
自身の生を誰よりも謳歌し、何ごとにも屈しない自由人なのだろう。
戦いの場にあって、自らを貫き通す強さを持つ者達。
これが、この世界の冒険者という存在なのだろうか。
冷静に指揮を執り、今は土魔法で前線のサポートをしているアシュリーという女がいる。
前線の者達を決して死なせてなるものかという、強い覚悟と信念が感じられた。
仲間と励まし合いながら、絶妙な連携で土巨人と共に竜の注意を引きつけている4人組のパーティーがいる。
一歩間違えば死が待っている状況にあって尚、仲間への深い信頼と自分たちが鍛え上げた力を恃んで、奮戦していた。
――まったく。冒険者という奴らは、どいつもこいつも見ていて飽きないな。
命がけで戦う者達に抱く感情としては不謹慎かもしれないが、異邦人たる俺の身をして、感心させられるだけのものを彼らは見せてくれた。
こんなものを見せられてしまえば、誰だって、全力で応援したくもなるというもの。
突然に始まった今回の戦いだが、戦いを通じてこの世界で全力で生きる者達を見ることができた事は、他の何事にも代えがたい、大きな収穫だった。
素晴らしい心意気を見せてくれて、ありがとう。
俺がそんな彼らに返せるお礼は、今のところ一つだけ。
少しでも早く、この竜を倒す手伝いをすることだ。
「おい、お前達。直ぐに退避の準備をしてくれ。少々大きめの攻撃が今からここに届くぞ」
「あ、貴方はさっきの……。了解です!」
「今度は何が起こるの? ま、了解したわ」
俺達の進路上でちょうど竜の傷口を広げる作業をしていた男女の二人組に、声をかける。
二人とも、竜の返り血を浴びた上で雨に濡れており、酷い格好をしているが、その目に活力が満ち溢れていた。
まだまだ戦う気力満タンのようだな。――ただ、幸か不幸か、もう君たちの戦いは終わりだよ。君たちのバトンは、俺が受け取る。
ただ、ついでに一つ、仕事を任せることにしようか。
「そちらの君。風魔法が使えるみたいだな。他の冒険者達に、もう一度この竜の体から離れるよう伝えて欲しい。アシュリー経由の方が確実か?」
「了解。じゃあ、隊長さんに伝えさせてもらうわね」
「頼んだ。――ノエル、駆け登るから先導をお願いしてもいいか?」
「任せてっ!」
冒険者の二人組を残し、大分ボロボロになってきた竜の外皮を駆け登り始める俺達。
雨で手足が滑るが、動きの鈍くなった今の竜の体なら、多少踏み外した程度ならリカバリーが効く。大した問題は無い。
――さあ、この戦いを終わらせに行こう。
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「なるほど、了解だよ。直ぐに前線の奴らに伝えることに……ん? まだ何かあるのかい? ――おや、君は……。……ふん。礼はまだ早いぞ、勝って全員生き残ったらその場で聞いてやるさ。君達も、さっさと退避して来ると良い」
「どにゃた……どなたからの連絡ですか?」
「ん? ……一人の、屑じゃない冒険者からさ。生き残れそうで何よりだ。それより、また風魔法の“拡声”をお願いしていいかい? 雨が降ってきたからね、全力でやってくれ」
「あたしがやってもいいわよ~?」
「待って待って! 貴女の魔力を、この程度のことに浪費するのはもったいないです!」
「どっちでもいいから早くして欲しいね。急がないと、皆を彼の攻撃に“巻き込ませて”しまうらしいよ?」
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「あった」
俺の両目が、緑の鱗の中にポツンと存在する小さな穴の姿を捕えた。
かつて、この竜モドキの弱点である逆鱗が存在した箇所。
今は、とある変態的戦術兵器が埋め込まれている所だ。
「あれ? あの場所が目当てじゃないんですか?」
その穴を目前にして、突然しゃがみこんで竜の背に手をつけた俺に、ノエルが訝しむ眼を向けてきた。
「すまん、説明不足だったか。あの“装置”はもう起動している。俺が今からやるのは、この竜の背中にオリジナルの神聖魔法をかけることだけだ」
「ちょっと待って! それ、危ないことなんじゃないのっ!?」
「いいや、全く。まあ、見ててくれ」
ノエルの、不安にパタパタと揺れる耳を眺め、ウィンクを一つ返す。
――って、ウィンク?
ヤバい、アシュリーの女こまし菌に感染してしまったのかもしれない。
俺にしては珍しく、妙な茶目っ気を出してしまった。ノエルが無反応なのがせめてもの救いか……。
さて、それはともかく、俺が今回“仕上げ”に使う兵器。
それは、雨雲を人工的に発生させ、雷雲として成長したそれらから放たれる雷の雨を一点、即ち“装置”のある地点に落とさせるというものだ。
俺がこの世界に持ち込んでいた、唯一兵器らしい兵器であり、これ以上の破壊力を持つ武器はさすがの俺も他には携帯していなかった。
「一本につき」1.5ギガジュールという破格のエネルギーを持つ雷を無数に、しかも一点に向けて落とすという、戦術級――使い方によっては戦略級の超兵器だ。
ちなみに1.5ギガジュールというエネルギーだが、40ℓ超のガソリンタンク一つと同等程度と言えばイメージしやすいだろうか。
ただ、使用の際、雨雲を作りやすい環境であることが必須条件である他、雷そのものを誘発させる効果は無いため、雷雲の形成には運が必要になること等、兵器として使用するには穴も多い。
製作者が兵器としての使用に拘らなければ、世界最高の避雷針として平和利用されていたかもしれない。……製作者が一つしか作っていない上、素材の都合で量産もできないらしいのだが。
今、俺が行っている作業は、神聖魔法を用いて、竜の体表の電位を高くするというもの。
これで、この兵器の欠陥の一つ、“雷の誘発不可”を解消することができる。
「――よし、終わった。さあ、ノエル。逃げるぞ」
「え! もう!?」
ノエルの手を取って、竜の背から離れる。
――さて、俺の計算によると最初の一本が届くのが今から20秒後か。
ちょうどよいタイミングで土巨人が腕を伸ばしてくれたので、その手の中に飛び移り、地上まで運んで貰う。
随分気の利いたエレベーターだ。
「ありがとう! 精霊さん!」
「ナアニ。オ安イゴヨウダ」
片手片足で竜を地上に抑えつけながらサムズアップで、手を振るノエルに応える土巨人。
相変わらずノリの良い精霊だ。
地上に着いた俺は、先ほどまで竜の体に取り付いていた冒険者たちが避難を終えたことを見て取った。
これで、巻き込まれる奴は居ない。
――さて、もうそろそろか。落雷開始まで残り5秒、4秒、3、2,1……。
地上と雲の電位差が絶縁体たる大気の限界を超えた時、
その破局は、「雷」という形で姿を現す。
心中でのカウントダウンが終わると同時、カッと、俺の目の前が白く染め抜かれた。
幾本、幾十本もの白い線が、天と地を結ぶように引かれる。
雷が、雨のごとく地に降り注いでいるのだ。
それらは全て竜の背に吸い込まれ、その体を電流の槍で貫いていく。
通常の生物なら、電流が体表面を流れていくことで、体内の重要器官への被害を抑えられる。
しかし、傷だらけの上に、自らの血に塗れた姿をした今の竜に、体内への高圧電流の侵入を防ぐ手立てなどありはしない。
冒険者たちの戦果の印たる竜の血を伝って電流が走り、その傷口から入った莫大なエネルギーが、その体内を蹂躙していく。
体内を高圧電流で焼かれる竜の断末魔の叫びを掻き消すように、幾十の雷鳴が重なり合い、轟き渡る。
空気が震えた。白く染まった世界だけが目に焼き付き、大音量の雷鳴で、耳鳴りが止まない。
雷の雨は、竜の体が痙攣を止め、ピクリとも動かなくなった後も、しばらく続いた。
実時間で言えば一分にも満たない雷の世界がようやく過ぎ去り、――視界が元に戻った。
結局、読みにくい部分を削ったら大した分量にはなりませんでした。期待していた方はすいません。




