第六話:魔法? いえ、摩訶不思議です<ココロ村の平穏>
今回は若干短めです。
side:薫
『『ごちそうさまでした』』
(はい。お粗末様でした)
短いながら濃密な会談を終えた俺達は、今日の予定を決めることにした。
リーティスさんが好意で用意してくれた冷えたお茶でのどを潤しながら、あれをしよう、これをしようと案を出し合う。
やらなければいけないほどは山ほどあった。
言語の習得に、この国の生活文化の把握。
リーティスさんなら当たり前と思っているような世界の禁忌や常識を仕入れることも必要だ。
この世界に魔法以外の道の法則や不思議が無いか、魔法込での技術レベルはいかほどか。
魔物の強さ、旅の危険といった、俺達が既に「知っていると思われている」だろう情報もさり気なく仕入れなければならない。
さらに世界の情勢図、国の成り立ち、権力構造、人の流れに商業に経済。例を上げればきりがない。
まあ、これらの情報の大半は本を読んで俺の記憶に貯蔵しておけばいいだけなので、村にあるという図書庫の使用許可をリーティスさんにお願いして取って貰えれば解決するのだが。
それにしても、知りたい情報は多く、村に留まれる時間はそう多くない。
明日の模擬戦前に調べておきたいこともある。
俺としては、今日中に済ませたい用事に優先度を割り振り、可能な限り効率の良いプランを組もうとしたかったのだが、中々そう上手くは進まなかった。
「そうだ、行けるならでいいんだけどよ、あたし、リーティスの教会に行ってみたい」
その原因は、やたらとキラキラした目で手を上げる、俺の妹にあった。
紅はどうやら、今日一日確保できた自由時間を文字通りの自由な時間にしたくてたまらないらしい。
「リーティスさんの教会か。俺も興味はあるが、好き勝手に入れるものなのか?」
「教会なんて言う名前なんだから、神父のおっちゃんが懺悔聴いたり、説法したりしてんじゃねーのか?」
「『教会』は俺の意訳だ。定期的に村人を集めて聖典の教えを伝えるような催しをしているそうだからそう呼んでいるが、日本の教会と同じものじゃない。まあ、聞いてみるだけ聞いてみるか」
まあ、調べごとも大事だが、雇い主との交流も大事だ。
ともあれ、駄目もとでリーティスさんに教会への訪問の可否を尋ねてみる。
(教会ですか? 構いませんよ。是非いらしてください。今日は週に一度の礼拝の日ですし、来て下されば私も嬉しいです)
「うっし。決まりだな! 兄貴も、リーティスに言葉を教えてもらうのと図書館? の鍵開けてもらえんのは午後、リーティスの仕事が終わってからなんだろ? ちょうどいいじゃねえか。本物の魔法の有る世界の神様なんて、そうそう拝めねえぞ」
半ば紅に強引に押し切られる形だったが、午前の予定は埋まった。
それにしても、今は期待に目を輝かせている紅だが、礼拝が始まったら「なんか思ってたのと違う」とか言い出さないか少し心配だ。
リーティスさんが用意している分厚い書籍やインク瓶、そして俺の記憶している一般的「宗教礼拝」の形から予想される礼拝の風景は、集まった敬虔な信徒たちの前、壇上で粛々と神の言葉を述べ上げるリーティスさんという、厳かな神前の場だ。
それは部外者にとっては退屈な、聖書の朗読と神の言葉の勲等、聴き慣れない聖歌の唱和の続く退屈なものになるのではないかと。
そんな風に考えている時期が俺にもありました。
『運命神の書 第一七節。とうとう来ましたね! 今日はいよいよ一輪の花姫と白銀の騎士様の再会のお話です!』
『『『きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』』』
なんだろう、この黄色い歓声は。
『いやああああああああ! この日を待ってたのぉぉおおおおおおおお!」
『私なんて、もう先週から、今日が楽しみで楽しみでしょうがなくて。おかげで旦那の服繕う手が全然進まなくて困っちゃったわ』『私もですよ。自分で聖書が読めたらって、何度思ったことやら』
『騎士様はどうなったの!? 悪竜の呪いはちゃんと消えたんでしょうね!?』
『ついにっ……、ついにあの二人が再会を……っ! ああっ! 私、メリエスはこの世に生まれたことをアリアンロッド様にっ! 深くッ! 感謝いたしますッ!』『ままー、どうして泣いてるの? どこかいたいの?』
『ついに二人の運命の道が!』『約束の一本に、辿りついたのね!』
『おい、何でお前ここにいるんだよ。さっきザックさんに呼ばれてたろ』『いやあ、こっちが楽しみすぎてねえ……さぼっちゃったんだよ』
「うおおおおおおおぉぉおお! 盛り上がってきたああああああああああああああ! ……なあ。ところで兄貴」
「何だ、紅?」
「これって、なんの騒ぎ? ライブ? 俳優の握手会?」
「聖書朗読だと思うが」
良く分からないが、教会は大盛況だった。
子連れの母親が多いが、年若い少年少女の姿もある。
数は少ないが男性の姿も見え、腰か足を壊したと思しき老人が先頭に並べられた椅子に座り、元気に腕を振り上げていた。
『はいはい。みなさん、落ち着いてください。運命神アリアンロッド様の足跡は逃げません。神のお言葉はこの聖書の中に。――では今日も私が読み上げさせていただきますね』
誰も彼も、リーティスの朗読を心待ちにしている。
壇上でステンドグラスから降りる光を浴びるリーティスがとん、と杖を振り下ろすと荒れだけ喧しかった喧騒が一瞬で静まった。
まるで魔法がかかったかのように訪れた静けさが教会を包む。
にこりと笑って本を開くリーティスさんは、何だかとてもとても神々しいものに見えた。
『――姫は自らの意思で、かの運命を選んだのだ。貴き主は私にそうおっしゃらられた。主は続けた。お前がもし望むのであれば、お前の道もまた変えられる。運命は神が定めし物なれど、選択するのはお前達人の子なのだと――』
朝の礼拝の時間。その内半分以上の長さを占める朗読の時間は、驚くほどにすぐに終わった。
「いやあ、面白かった。兄貴の通訳で聞いても面白かったけど、リーティスのも直聴きしてみてえなあ」
『――と、言っている』
(それはありがとうございます。ベニさん。うふふ。村の外の方に私の朗読を聞いていただいたのは初めてなので、褒められて凄く嬉しいです)
献金を集め、神の奇跡(リーティスの治癒魔法は礼拝日の今日のみ無償提供されるそうだ)の行使を終えたリーティスを迎えた俺達は、村の中心に向かって歩いていた。
相当疲れているだろうに少しもそんなそぶりを見せずしゃんと歩くリーティスに、今日何度目になるのかわからない感心の感情を抱く。
『あら、リーティスさん。先ほどはどうも。もう来週が待ち遠しくてしょうがないわ』
『ありがとうございます、ケレシアおばさま。モリスおばさまもお疲れ様です』
『そっちの二人が例の?』
『はい。あちらの眼鏡の方がカオルさん、隣の格好いい女性がベニさんです』
目指していた集会所に着くと、そこには既に何人もの村人達が集まっていた。
農作業の合間に体を休めに来たと思しき、道具を担いだ体格の良い鬚男。
昼の休みを貰い、仲の良い友人と遊びに来たと思われる小さな子供達。
先ほどまで教会に来ていた奥様のグループに挨拶を終え、リーティスさんが戻ってくる。
俺達がこの場所に来たのは、こちらの言葉の習得のためだった。
俺の特技には『思考分割』という力がある。
二つ以上に分けた自分の意識同士で相談ができる――という程に便利な力ではないのだが、こと知識のインプットに関しては他の特技、例えば『完全記憶』や『聴力強化』と合わせることで最高の働きをしてくれる。
要は、村で一番賑やかな場所で、村人の日常会話をできる限り多く聞かせてもらおうとしているのだ。
リーティスさんに通常の言語講義をしてもらいつつ、それと並行して生の表現を学ばせて貰おうという欲張りな戦法だ。
彼女の家に置いてあった書籍では学べなかったような砕けた表現もここでなら多く学べる。
耳に入ってきた意味の分からない言葉の意味を尋ねれば、リーティスさんが即座に(えっと、その言葉の意味はですね……)と答えてくれるのも良い。
開始してすぐ、脳内の単語シートはかなりの数に膨れ上がった。
そしてそれらの単語を組み立てる文法解説についても、俺が独自に組み立てた仮説を一旦脇に置いて、リーティスさんに一から説明をしてもらう。
リーティスさんは自身が普段使っている言語がどのような構造に分解できるのか、どのようにして複雑な表現を作れるのかを良く理解していた。
その説明も簡潔で、それでいて明確だった。
この少女は、人にものを教えるという事を良く分かっているらしい。
教会で借りてきた書物を教科書に、リーティスさんの指がなぞる文を追い、その説明を咀嚼する。
言語理解、単語習熟に必要なことを聞き終えた頃には、俺とリーティスさんのやり取りはかなり気安いものになっていた。
気付くといつの間にやら、勉強とは何の関係もない雑談の内容もまじってきた。
『そこで友達が言ってたんです。もしここに使いきれないほどのお金があったら、物欲しそうな目で見るあいつらの前でドロドロに溶かしてやったのにって』
『随分と刺激的な友達がいたんだな』
そんな俺達の横を時折、紅が高速のでんぐり返しで通り過ぎて行ったり、四足獣のような姿勢で駆けて行ったりしていた。
その後を、6~8歳程度と思われる少年少女達がわーわー騒ぎながら追っていく。
どうやら特殊ハンデキャップ付きの鬼ごっこに興じているらしい。
元気いっぱいに跳ねまわる紅は、何だかとても生き生きとしていた。
それこそ、一緒に騒ぐ子供達と変わらないくらい、今この瞬間を楽しんでいるように見えた。
『元気ですなあ』『ああ、ああ。子供は元気なのが一番だ』
それにしても、遊びまわる子供たちとは対照的に、集会所で休む大人たち、特に老人は皆元気がない。
鍬の柄に体をもたせ掛け、置物のようにじっとしている者や、寄って来る子供達の話し相手を努めつつも、時折大きなため息を見せる者など。
恐らく村の稼ぎの大半を子供たちのために回している弊害だろう。
子供に蓄えをまわせるのはまだ余裕のある証拠ともいえるが、このままではそうも言っていられなくなる。
地球の歴史を振り返れば、子供を売り払って生を繋ぐ人々の話、他にも食い詰めた一つの村がそのまま盗賊団になって他の村を襲いに行くなんて例は珍しくなかった。
この村にそうなっては欲しくない。
『どうしました? なんだかぼうっとしてますよ?』
いつの間にか、リーティスさんの顔が直ぐ近くに迫っていた、
こちらにむけて掌を振り、気づかわしそうに首をかしげている。
おっと、いけない。
リーティスさんとの会話、言語収集、紅の身の安全確認、考え事と、並列思考をバランスよく、完璧にこなしていたつもりだったのだが、余計な考えに割く部分が大きくなりすぎてしまったのだろう。
『すまん、リーティスさん。子供たちを見ていたらちょっと故郷のことを思い出したんだ』
失礼を詫びる。
それにしても、今では随分俺にとってだいぶしっくりくる喋り方ができるようになったものだ。
俗語表現を学んだ成果が出てきたらしい。
『魔法が無い代わりに錬金術……カガク技術がもの凄く進んだ国でしたっけ?』
リーティスさんも、今日一日でだいぶ打ち解けてくれた。出会った当初に比べて、ずっと砕けた口調で話してくれている。
昼食を一緒するクラスメイトくらいの距離感にはなれたように思う。
『ああ、そうだ。俺達が住んでいたところの技術は凄いぞ。魔法も無しに空を飛ぶ船や、馬よりも早く走る乗り物を作り出した。金さえあれば地上を離れて月に降り立つことだって夢物語じゃない』
『へえ。ふふ、それは凄いですね』
敢えて、少々冗談めかす形で言ってみた。
全部本当のことで、何一つ嘘を喋っていないが、証拠も何も示さずにこのようなことを言っても、頭の残念な人扱いされるのが落ちだろう。
リーティスさんは、俺の語る地球については「架空のファンタジー世界」と捉えて納得しているようだ。
話半分に聞いて、魔法以外の技術が発達していた国なんだろうとだけ思っているはずだ。
俺が「正直に故郷の話をしてくれない」ことを残念に思っているようにも見えたが、俺の語る"科学の世界"の話をとても楽しんでくれていたように思う。
『魔物や、魔獣もいないんですか?』
『いないな。とはいっても“害獣”や“害虫”レベルの危険な動物は存在するし、……先ほど言った移動手段、"鉄の獣"に殺される人が後を絶たないのも俺達の国の特徴だ。危険という点では、人間もだ。人が犯罪を犯し、時に他人を殺すのは俺達の国も同じ。ただ、犯罪を抑制する国家の機構は相当発達しているな。例えば――』
聞いている限りでは、彼女の地頭は相当優秀な部類に入る。
初めて聞いたという「信託機関」の概念とそれが成り立つために必要な国家機関の高い信頼性を、俺が説明する前にさらりと分析して見せたし、生活の在り方についてなどは、既に一家言持っているらしい。
日本の平均的な学生よりずっと理解度は高いだろう。
もしかすると、具体的な「科学技術」に関する説明をすれば話、ついてきてくれるのではないかと思う程度に。
しかし、地球の科学技術はこの世界にとっては劇薬に等しい代物だ。
産業革命、価値観の大変革、人口爆発。地球の歴史を振り返るまでもない。
電流と磁界から三次元的な力を取り出すモーターの技術は人類に、数式での制御が可能な巨大な力・そしてその力の貯蔵する方法を与えた。
通信技術の発達は、それまで徒歩の速度だった情報の概念を別物へと変貌させた。
下手をうてば、世界全体が混乱の坩堝になってしまうものを安易に教えて良いのだろうか。
そしてもう一つ、気になることがある。
運命神の書第三章、第五節。
先ほど文字の勉強のために目を通した聖書に書かれた記述が、いやに頭に残っている。
――主はこれらの絡繰りを眺め、悪しき哉と告げた。そしてその寸分違わぬ双子のような二体の人形を男の手から取り上げ、遠き海の彼方へ放ったのだ。異なる姿が異なる魂を宿すことを主は望んでおられた。替えの無き、一つのものをこそ美しいと。
まるで大量生産社会へのアンチテーゼとも取れる言葉がまるで頑固な染みのように記憶から離れない。
そう。この世界に暮らす「人間」は俺達の世界と同質の「人間」なのかもしれないが、その常識までも俺達と同じであるとは限らない。
天動説に抗えなかったガリレオ=ガリレイ。
彼と同じ破滅の運命が俺達に忍び寄る可能性は0ではないのだ。
『――だからあと数年もすれば、鉄の塊が人のように喋って踊って、俺達の代わりに仕事をしているかもしれない。ふふっ。そうなれば俺達はのんびり昼寝でもしながら好きな趣味に興じる生活に没頭できるという訳だ』
『駄目です、それは良くないです。何かをしない人にご飯を上げても、その人のためにはなりません』
『流石。手厳しいな、リーティスさんは』
そこまで考え、取りあえず今回は自重しておくことにした。
俺達の国の話は決して口から出さず、とどめておくのだ。
俺達の抱えているもう一つの秘密についても……ここでは話すまい。
『――でも素敵な場所ですね。私も一度行ってみたいです。よろしければ一度招待してください』
『上手く行き来できる手段を見つけられれば、な。その時には俺たちの住む町を心行くまで案内してやるさ。なんなら、俺が専属ガイドになっても良い』
『うふふ、楽しみにしてますね』
こうして言葉を交わし、笑い合えるのならばそれで良いのだ。
秘密の存在は、必ずしも人と人の距離を遠ざけるものではない。
本当にもっと近しい存在になりたいのであれば、あるいは変わって来るのかもしれないが。
『ははは……ん?』
そうして平和な談笑を続けていた俺たちを、唐突な飛来物が襲った。
黒い、砲丸のような物体が直ぐ近くまで接近していることに気づき、俺は手を伸ばした。
風を切り、一直線に飛んできた黒い物体を素早く広げた右手で掴み取る。
ゴムチューブを床に叩きつけたような景気の良い音が鳴り、向かいのリーティスさんがびくりと肩を上げた。
「おおっと手が滑っちまったぜー。いやー。悪い悪いー」
呆れるくらい棒読み口調な謝罪文が物体の飛んできた方向からかけられた。
確認するまでもない。
犯人は紅だ。
ただ、加害者は分かったものの動機が分からない。
自分だけ言葉が喋れず会話に加われないからいじけているのだろうか。
最低限の言葉は学んでいけといった俺の言葉に「めんどいからいい。兄貴が通訳してくれるし」とのたまったのは、こいつ自身だというのに。
「暴投もほどほどにな。俺じゃなければ危なかったぞ」
何が気に入らないのか肩を怒らせてフ―、フー、と唸る紅の背後に、何とも居たたまれなさそうな顔でこちらを眺める子供たちの顔があった。
子供たちの私物であるボールをどこかにやってしまうわけにも行かない。
右手を振るい、掴み取ったボールを視界の端にいた少年に投げてやる。
『ん? そういえばあのボールは何でできているんだ? 空気が詰まっているようだが"ゴム"じゃないのか?』
『ゴム、ですか? あのボールは南山脈の非魔力地帯に生息するバムバルーンという魔獣の皮を用いて作られた遊び道具ですよ。バルバルーンの皮は便利なのでああいったなボール以外でも、いろんな形で使われています』
魔物や魔獣の体を素材として利用することがあるとは聞いていたが、鎧兜を硬く仕上げる甲殻や丈夫な体皮だけでなく、ゴムレベルの柔軟性を持つ品まであるとは。
ん、待てよ? この世界の魔獣という魔獣から素材を集めれば、俺が長年求めていたあれが作れるかもしれないのか。
そう、俺がずっと欲していた――究極の安眠枕の素材が、この世界にあるかもしれないのだ。
それさえあれば"力"無しでも睡眠不足に悩まされる必要はない。
朝慌てて家を出て、寝癖を直し忘れて仲間達に笑われるようなこともきっとなくなる。
『なあ、リーティスさん! そういった素材の中にこういうものは無いか!? 高い弾力性と保湿性、保温性通気性を持って――』
俺にとって重要な疑問の回答を求め、机に身を乗り出した矢先、再び紅のいる辺りから、今度は木刀が飛んできた。
飛行方向には俺以外誰もいなかったが、避ける訳にもいかず受け止める。
いい加減紅を叱りつけようと首を巡らすと、大勢の子供達に囲まれ、肩をポンポンと叩かれているアルマジロのように丸く屈みこんでいる姿がそこにあった。
やり過ぎたと反省しているのだろうか。
なら、いいか。
受け止めた木刀を片手に俺は諦めの息を吐いた。
結局、紅の妨害以外に特に波乱はないまま村での一日は平和に終わった。
夕方になると、紅が随分と気合の入った型稽古をやっていた。
明日の模擬戦に備えてなのだろう。酷く真剣な面構えで想像上の敵を滅多打ちに打ちのめしていた。
何故だか声をかけてはいけない気がしたのでその場はスルーし、紅が戻ってくるまで俺はリーティスさんの日課であるという教会掃除を手伝わせてもらった。
まあ、紅も慣れない暮らしに戸惑っているだけだろう。
リーティスさんに聖具の清め方を手とり足とりで丁寧に教わりつつ、紅の変化をそう結論付けた。
きっと、その内落ち着いてくるだろう。
その晩、紅の機嫌はすこぶる悪いままだった。