第五十八話:戦力の拮抗と、戦況の拮抗は同義ではない<万全の体勢>
side:薫
俺の号令に誰よりも真っ先に応えた味方は、
――意外なことに、冒険者の誰かでは無かった。
「サア、ココカラㇵ全力デ行カセテモラウゾ! ウケテミロ、ワガヒッサツのコブシ! ソシテ、蹴リ! マダマダ終ワラセンゾ! ストンピング! ヒダリフック!! ミギストレート!」
「GGHOOOOOOOOOOOOOOOO!!?」
あ、案外ノリが良いな? あの土精霊。
目の前で始まった珍妙な怪獣決戦。
好事家が見れば手を叩いて絶賛したかもしれない対戦カードに、その手の趣味の無い俺は、ただただあっけにとられてしまった。
それまで空洞だった土製の巨人の目が、俺の号令を聞くや否や、キュピンと赤い光を放ったかと思うと、今まで抑え込みにしか使っていなかった四肢を存分に振り回して、竜型魔物を痛めつけ始めたのだ。
ユムナが指示を出したのか?
地精霊召喚は精霊召喚魔法の中では継続的魔力消費が少ない術式とはいえ、無理をさせて召喚時間を短くしてしまっては本末転倒だが……まあ、考えなしに張りきったという訳ではないだろう。無理をおしてでも、ここは攻撃しておくべき場面と判断しての行動のはずだ。
あいつは俺の「部下」ではなく、「相棒」だ。
その判断は信頼してやるべきだろう。
唸りを上げて竜に襲い掛かる、大質量の拳撃と蹴撃の連打。
巨人の黒い拳が、堅固な鱗の鎧を纏った竜の体に幾十と叩きこまれていく。
一撃の度に鈍い音が森上空に響き、竜モドキの体が仰け反る。
竜の側も前脚と翼でガードを試みてはいるが、そのガードの隙間から差し込まれた顎狙いのアッパーカットや後脚狙いのローキックが綺麗に突き刺さる。
反撃の噛みつき攻撃を首を捻って回避した巨人が、カウンターに膝蹴りを入れた。
逆鱗を貫かれて弱っているとはいえ、筋力や体重では敵わない相手のはず。よくもこれだけ一方的に攻撃できるものだ。
奮迅する大地の化身の姿に、感嘆の念を覚える。
――ただ、蹴りはともかく、拳が甘いな。狙いは良いが、もっと自身の体重を乗せた一撃を心がければ破壊力が数段増すはずだ。
そんなどうでもいいことを考えている内に、巨人による格闘ゲーム張りのラッシュコンボが終わった。
締めの回し蹴りを腹に受けた竜が、仰向けで吹き飛ぶ。
地上の木々を粉砕しながら着地し、地を転げる巨大竜。
その無防備な身体の上に、今度は冒険者達が群がって行く。
まるで、獲物にたかるグンタイアリのようだ。
誰よりも早くその腹に駆け上がった一人の男の姿に、俺の目線が釘づけになる。
何だ? あの妙な男は?
「さ~て、お待ちかねの反撃タイムが来たなァ! てめえのご自慢の鱗の鎧! 全部引っぺがしてやんよぉ!」
個性的な格好の多い冒険者達の中でも一際異彩を放っている丸眼鏡巨大リュックの青年が、手にジャラリと青い魔石を並べ、竜の体に振りまいた。
次の瞬間、
竜の体のあちこちでプシュリ!と何か気体が弾けるような音が炸裂する。
連鎖的に湧き起こったそれらの音から間をおかず、竜の強靭な体表、頑強な緑の鱗の幾らかが、「内側からはじけ飛んだ」。
装甲を解除する巨大ロボットさながらの絶景だが、今回の武装解除は、竜自身が望んでのことではない。
この段に至って、ようやく竜が違和感に気づいたようだが、もう遅い。
「ヒャハッハハッハハ! これで俺達の攻撃もてめえに効くだろ!? たっぷりプレゼントしてやるぜぇ! 血しぶき上げて、はじけ飛べ!」
男が、長剣を握った左手を大きく振るう。
鱗が失われて露わになった真皮を剣先で切り裂き、流れる手つきで取り出したパイナップル爆弾を傷口に投入した。
水魔法で氷を作り、きっちり真皮に張り付かせるのを忘れない。
方法は不明だが、男が点火させたそれらの爆弾が即座に炸裂。
竜の厚い脂肪ごと数多の血管を吹き飛ばした。男の宣言通り、血華が宙に咲く。
同様の光景は、そこかしこで起きている。
相棒の少女を背負った少年冒険者が刃渡り2m近い大剣を構えて突進し、真皮に剣を突き刺していた。強力な「魔刃」を発動していたのだろう、突き刺した地点を中心に、竜の体組織が弾け飛んだ。
何処かの冒険者パーティー所属らしい魔法使いが、長大な氷の槍を作成し、仲間に渡す。受け取った仲間の剣士が、大きく振りかぶったそれで竜の体を貫くと、氷の槍が一気に水蒸気に変異して竜の体を深く抉った。
調子に乗って気弾を連発しているソロ剣士の姿もあった。無色のエネルギー弾が竜の傷口に吸い込まれていき、その傷をどんどん広げていく。
攻撃に夢中になるあまり、上からやってきた翼の一撃を回避失敗しそうになった彼。しかし、彼の足元がはじけ飛び、強制的に後方に退避させられたことで九死に一生を得る。――あれは、後方の魔法使いの援護か?
顔への攻撃を試みて、危うく噛みつかれそうになっていたパーティーが、頭上から降ってきた土精霊の手の中に保護された。
所々危なっかしい場面は見られるが、冒険者達の攻撃が、目に見えて竜に被害を与え始めている。
「さっきまでの苦戦が嘘みたい。冒険者の方が圧倒的に優勢ですねっ!」
今回の戦いにおけるMVPの少女、その可愛らしい声が俺の耳に届いた。
竜の体内魔力が偏在する箇所たる、重要な血管や、肌に近い臓器。
それらの位置を俺に教示してくれたノエルが、土精霊を召喚したユムナと並ぶ、今回の最功労者であることは、疑いがないだろう。
その彼女は今、俺の横で、耳をぴょこぴょこさせながら戦いの推移を見守っている。
そして、その手は俺の袖をぎゅっと捕まえて離さない。
……そんなに強く掴まなくても、俺は勝手に飛び出したりはしないぞ。
ユムナの代わりに俺が無茶しないかを見張っている狐耳の少女に向けて、手持無沙汰だった俺は解説をしてやった。
「あれは、冒険者たちに鱗の防御を突破する方法が無かったからだな。さらに言うと、一撃でも食らったら即死するような踏みつぶしや振り払い、噛みつき攻撃の回避に神経をすり減らしていたからというのも大きな要因だろう」
今の竜は、冒険者たちが相対した当初と比較すると、大きく力が削がれている状態だ。
攻撃能力の殆どは、地精霊に抑え込まれることで封じられている。
防御の要たる鱗も剥がされた。
さらに、体を動かす魔力そのものが、逆鱗を砕かれたことで上手く回らなくなっている
小さなミス一つがミスを犯した冒険者の死に直結する状況は変わっていないが、今の冒険者たちにとってこの化け物は、もはや「倒せる敵」でしかない。
自らの目の前で仰向けになって隙を晒し、己の一太刀、一撃を当てる度に傷を増やし、痛みを訴える鳴き声を上げる存在は、「死を運んでくる脅威」から「ただの強い獲物」へとグレードダウンしているのだ。
――さて、これで……、
「んっ? どこに行く気ですか~? 隊長~。ユムナさんから言いつかってる身として、独断専行は見逃せませんね~」
「ユムナの真似か? 似てないぞ。あと、無駄にイラリとさせられるから、その口調はやめてくれ、ノエル」
「……/// ……そ、それで、どうしたんですかっ、隊長?」
恥ずかしいなら最初からやるなと言いたい。顔が真っ赤だぞ……耳も含めて。
目線を逸らしながら気まずそうに俺の袖を指でいじっている姿が可愛らしいが、戦場でその状態はどうかと思うぞ?
まあ、問いには答えておこう。――満足いく答えかは分からないが。
「ああ、ちょっと“仕上げ”をしたいんだ。ちょうど、好条件が重なったんでな、上手くいけばあの竜を早々に倒せるぞ」
「……はい?」
笑顔でそう告げた俺の声に、ノエルの困惑の声が重なった。




