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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第四章:未だ遠き再会の日
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第五十二話:君が今そうしているのは誰の為かい? 自分の為? それとも、大切な誰かの為?<冒険者たちの覚悟>

 すいません……書いたことの無い種類の話に大分苦戦して、何度も書き直していました。遅れてしまってすいません。

 普段の今作の雰囲気からは大分外れた話ですので、敢えて三人称を使わせて頂きました。ご了承ください。

 木々を踏みつぶし、咆哮を上げながら疾駆する影があった。

 小山ほどもあるその巨体が一つ足を地に下ろす度に地面にはクレーターが刻まれ、木々の先端より高くまで土ぼこりが舞い上がる。

 湧きおこる地響きの音と振動に追い立てられ、森の生き物達は逃げ惑っていた。

 鹿が、鳥が、昆虫達が、鳴き声を上げ、仲間と散り散りになりつつも破壊を齎す巨大な存在から逃れようと走り、跳び回る。


 しかし、自身の移動のためだけに森の木々を踏みつけ、そこに住む生き物達の平和を乱す怪物は、己の行軍の結果として起こった事象など気に掛ける様子を見せない。

 ただひたすら前を見据え、目的の場所を目指して愚直な程まっすぐに爆走し続けていた。

 自己の存在を顕示する咆哮を放って木々を揺らし、道中ぶつかった(いばら)の森を踏み越え、立ち塞がった蜂の群れを尻尾の一振りで薙ぎ払う。

 そうして、平和な森にあらんかぎりの破壊の雨を降らせる、竜の驀進(ばくしん)は続いていた。



 そして、その魔物が破壊を齎そうとしていたのは、森に対してだけではなかった。

 魔物が向かう先には、一つの街があった。

 商業的に有用な特産物が有る訳でもなく、行く価値が有ると目されるような観光名所がある訳でもない。

 商人はおろか、旅人達にさえ、通過地、宿だけの町などと揶揄される、そんなちっぽけな町。


 その町で唯一、住民旅人を問わず人の出入りが盛んな場所、冒険者ギルドの支部にて。

 町の入口にほど近い、それなりの規模の商店や宿の並んだ区域の中心に、うらびれた木の扉を構えた小さい建物にて、何かが行われようとしていた。

 建物の中に入ると、あまり清潔とは言えない酒場のような――否、酒場そのものといった内装が冒険者達を迎える。

 常ならば昼間から酒を入れ、短い生を全力で謳歌せんと陽気に騒ぐ荒くれ者たちの声で中々に喧しい場所だ。

 小さな村の集会場並みの広さを持つギルド支部の中には、どこぞの飲み屋から引っ張ってきたかのような安物の木製テーブルがぞろぞろと並んでいた。


 そしてその中には今、多くの人影がある。

 それだけ見れば大盛況と言っていいだろう。


 形も高さもばらばらのテーブルをぐるりと囲み、

 静かに周りの者達と声を交わして、粛々と情報交換に励む者達、

 運ばれてきた料理を、音を立てず黙々と口元に運んでいる者達、

 同じテーブルに着いているにもかかわらず、実に統一性無く、好き勝手なことをしている者が多かった。

 燦々と照る太陽の光が窓を通って差し込み、その室内を明るく照らしている。 

 農家にとって神の恵みともいえる太陽光に照らされるこの空間の空気はしかし、とても明るいと言えるものでは無かった。


 自分の体より大きな板金鎧を着こみ、苛立ちをあらわにしてギルドの受付嬢にくどくどと文句を並べ立てている大男。

 軽装の革鎧に矢の筒を携え、まどろみに身を委ねる細身の男性、

 奇抜な紋様の入った高級そうなローブを纏い、蛇をかたどった木杖を握りしめながら、神へ祈りを捧げている中年の女性。

 キョロキョロと落ち着かないように周りを見回し、隣にいた同年代の少女に窘められている、10代後半程と見える少年。

 一人、皆から離れた位置にあった席に陣取り、煙草をくゆらせながら自作の魔導機構の整備に余念がないぼさぼさ頭の青年。

 その他、種々個性的な格好に身を包んだ老若男女の者達。

 それらは、各々が最高と思える戦闘装束に身を包む、この町を訪れていた冒険者達の姿であったが、皆表情にどこか緊張の色を浮かべている。

 固い空気に居心地悪そうにしながら、彼らは「ある人物」の到着を待っていた。


 小さなざわつきを見せる冒険者ギルドの木扉が、キイと蝶番の音を軋ませながらゆっくりと開いた。

 そして、禿頭、鬚面の巨漢――この冒険者ギルド支部の支部長の男が姿を現す。

 待ち人が到着したことを受け、ギルド内の喧騒が収まった。

 ギルド内の者達の注目が、一か所に集まっていく。

 支部内の者達の視線が自分に向けられたことを確認した支部長の男が、重々しく口を開いた。


「てめえら、今ここに集められた理由は分かってんな?」


 返答を返す者は無い。

 ぶつけられた質問の答えを知らないからではない。

 むしろその逆、誰一人として答えを知らぬ者がここにはいないと誰もが確信しているからである。


「6年ぶりの“非常招集”がかかった。冒険者として登録され、今この町にいる者どもは全員この“招集”に応じる義務を負うぜ。てめえらの自由を保障してきた“冒険者の資格”に科せられた、ただ一つの鎖にして、絶対の命令だ」


 集まった冒険者たちの顔を見回した支部長の男が、ゆっくりと、噛みしめるようにそう告げた。

 そこから一拍置き、背後を振り返る。

 開きっぱなしの扉から、ゴトン、ゴトン、と重く硬い足音を響かせながら背の高い一人の人物が歩み出てきた。

 それは、短い銀髪を揺らす美青年――のようにに見える、一人の女性。


 いつもの彼女なら、見かけるや否や必ず口説きにかかったであろうチャーミングな女性を視界の端に捉えて眉をピクリと動かした女だったが、今日ばかりはそれ以上の反応を示さず、自分を呼んだ支部長の方へと歩み寄って行った。

 扉から吹き込む風を受けても一切揺れることのない彼女の黒コートが、その緊張を表しているかのようだった。


「そして――もう知ってる奴もいるだろうな。今回の“災厄級魔物”の第一発見者、A級冒険者のアシュリー……じゃねえ、A級冒険者の『アル』だ。時間はあまりねえが、今から今回の“敵”がどんな奴かを話してもらう! 貴重な情報だ! 死にたくなけりゃ死ぬ気で覚えな!」


 促された女性がコクリと一つ頷いて、口を開く。

 冒険者たちの注目が、一気に集まった。


「まず、言う事が一つ。敵は、私達が死ぬ気であがいても、恐らく勝てない相手だ……まずはそれを認識して欲しい」


 一瞬、沈黙の時間が生じる。

 冒険者達は近隣の者達と顔を見合わせ、「今、聞こえてきた言葉が聞き間違いでない」ことを互いの表情で確認し合っていた。

 その沈黙は、女性の横手から上がった下品な笑い声にて破られた。


「ははっ! いつもの大言壮語はどうしたよ、アシュリーちゃん! その言い方だとてめえも殺されるってことじゃねえか。お前は、誰にも殺されねえとか、前言ってなかったか?」


 傭兵のような、型の古い王国装備に身を固めた男が女性の言葉を笑い飛ばしたのだ。

 自身の報告を鼻で笑い飛ばしてきた男をギロリと睨みつける銀髪の女性。

 しかし、その男はふんと一つ鼻を鳴らし、ニヤニヤと薄い笑いを顔に張り付けたままだ。

 それに眉をひくりと動かした女性は、続いてまるで幼い子供を励ますような綺麗な笑顔を浮かべ――その表情とは真反対の毒々色の言葉を投げつけた。


「現実逃避は結構だけどね。私はこれでも過去に数度の“緊急招集”に応じた身なんだ。君の、その鼠の心臓よりもちっぽけな想像力では思いもつかないような経験だって積んできている。その経験を踏まえて言わせてもらおう。あれは、倒せない」


 頭上を振り仰ぎ、一つ一つ自分が見たものを思い出すかのようにして説明の言葉を続ける女性。


「巨大だった。鯨型魔物ホエルファンの数倍はある。硬そうだった。鉄鎧を貫く魔棘イビル・ソーンに体を覆われても出血一つしていない頑強な鱗の外皮を持っていた。最硬植物リガーム・ビィタの林を踏みつぶしながら疾駆している姿を見た時には、何の冗談かと思ったよ」


 女性の言葉を聞いた冒険者の顔色が変わる。

 彼らは、やってくる“敵”がそこまでの脅威だとは予想していなかったのだ。

 せいぜいが巨大魔走犀ジャイアント・ライノ程度――B級以上の冒険者10人がいれば危なげなく倒せる程度の相手を予想していた者が殆どだった。

 冒険者たちが女性を見る瞳に、恐怖の色と、もう一つ。女性の言葉を疑う色が混じりはじめる。


「フカシじゃないのよね?」


 “自分の武勇伝を大きくするためにわざと話を盛っている”のではないか? 

 その疑念を抱いたローブ姿の若い女性が腕を組みつつ、尋ねた。

 目の前の女性ならそんなことをやってもおかしくないという疑惑の心から、いや、むしろ自身のそうであってほしいという願いから出た問いかけだ。

 その問いに、切なそうに眉を落とした銀髪女性がオーバーアクション気味に両手を広げながら回答を返した。


「そうであったらどんなによかったろうね。私としては、君みたいに美しく、そして魅力的な女性には今すぐ早々にこの町から逃げて欲しいくらいさ」

「ゴホン」


 女性の背に向け、咳払いが放たれた。 


「嫌ですねえ、支部長。自分は少し場を和まそうとしただけですよ? 勿論皆には危機感を持ってもらわなくちゃいけませんけど、押しつぶされちゃいけませんから。特にほら、そこの少年とか」


 女性がウインクを飛ばした先に居た軽鎧姿の年若い少年が、肩を震わせて目線をそらし、俯いた。

 そんな少年を見た女性が、しかし笑顔になって言葉を続けた。

 

「絶望しているかい? 希望が見えないかい? 君たち。そう、今の私達はまさに、闘技場コロッセウムに投げ込まれた剣闘士さ! 自由が欲しければ、戦うしかない! けれどもその先に見えるのは大鎌を振り上げた死神! 自分ではない誰かに背を押され、死地に足を踏み入れねばならぬ愚者こそが今の我々だ!」


 その言葉の真意を推定できたものは、女性自身を除いて、その場にはいなかった。

 少なくとも、重苦しい雰囲気を漂わせ始めた今の冒険者達を鼓舞するような良性のものではなかった。

 くくく、と上品な笑顔で下品な笑い声を漏らしながら女性が続ける。


「諸君らに、この町への愛着はあるかい? 殆ど無いだろうさ! 冒険者ってのは自由こそが至上。多くの町を練り歩き、好きなように生きてきた君たちに、この町の人間を護りたいなんて気持ち、欠片も湧かないだろう! そんな人のために死ねと言われて従おうなんて、よほど被虐趣味の糞M野郎じゃないと無理だ!」


 ギルド内の視線を一身に集めながら、女性が語る。

 至福の時間だ。

 女性はそう思っていた。

 有象無象の、死の覚悟も碌に決められず、うじうじとしている男どもを見下せるこの瞬間が。

 彼女にとって最も心地よい瞬間だった。


「けれどそれでも――、私は戦う。何故だか分かる者はいるかい?」


 女が言葉を繋ぐ。

 最高の笑顔に――しかし、歓喜の色を微塵も映さない瞳を載せながら。

 恍惚と、厭世、二つの一見相反する感情を心に宿しながら。


「分からないなら、言ってやろう! 己のためさ! 戦って、戦って、戦って、死ぬまで戦いぬいてこそ! 己の矜持を見せられると思うからさ! ああ、私の自由を奪ったギルドが憎い! こんなタイミングでやってきた“敵”が憎い! だが、そんな奴らから逃げ出すのは死ぬ以上の、最大の屈辱だ! そう、逃げ出しても戦っても死だというのなら、お前たちも、戦いの先に自由を掴むぐらいの意地を見せてみるが良い!」


 女の言葉に対する反応は様々だ、笑みを浮かべる者、白けたような顔でプイと顔を背ける者、死の実感に体を竦ませている者、未だ自分が死地の近くにいることを理解しようとせず、現実逃避に明け暮れている者。

 やはり、この世界の人間は弱い者――屑の割合が多すぎる。

 女性は、冒険者達の反応を見て、そう独り言ちた。

 先ほどからの女性の言葉は、それを再確認するためのものでもあった。


 女なら、それでも良い。女は守られるべき存在だから。現実についていけない弱い者は、他の者が守ってやれば良い。強ければそれに越したことは無いのだが。

 しかし、男がそうであることを、自分は許せない――そう、女は考える。

 

 自分より、はるかに下劣な存在が、性別が違うという理由だけで自分を貶めることが許せない。

 何故、女性が女性を好きになってはいけないなどという決まりがある? 

 自分から「あの子」を奪っていったあの男に、完全に「男である」という以外に私より優れた点が一つでもあったというのか。

 何故、自分が親からも、村の者からも蔑まれるような思いをせねばならなかった?

 何故、精神も、肉体も、全く強くない、強くなろうとする“努力”さえ中途半端な者共に異端者として見下されねばならなかったんだ。

 

 そして何故目の前の者達は、先ほどの私の問いかけに反発してこない? この町に生きる者達と、お前達は多少なりとも交友を結んできたのだろう?

 私は知っているぞ、街角のパン屋の娘の笑顔を、そこを訪れる粉ひきの少年が少ない給金をはたいて母親に花を贈る、母親想いの良い子供だという事を。

 今、私に抗議の視線を向けてきている者に、男性の何と少ないことか。

 そこまで「お前達」は、自分の身が大事だとでもいうのか? そんな、屑みたいな自分の身が……。


 弱者たちを見下す快感と目の前にいる者達の殆どがその弱者であることへの苛立ち。

 ごちゃまぜになった双方の感覚を同時に味わう女の耳にガタンと誰かが立ち上がる音が届き、そちらに目を向けさせられた。


「違うよ! 僕だって戦う! でもそれは、自分のためじゃない! この町の人達を守るためだ!」


 そういいながら立ち上がったのは、先ほどまで恐怖に震えていた少年――先ほど女性のウインクを受けて俯いてしまった少年だった。

 震える指を女性に突きつけ、笑顔に載ったその冷たい目線を正面から受け止めながら、言葉を続ける。


貴女あんたみたいに、何だかんだで自分が一番大事なんて言ってる人、本当にこの町を守れるのかよ! 僕は知ってるんだ。短い間しか滞在しなかったけど、この町の人がどんなに優しかったか。宿の女将さんは、僕の皮鎧の修繕を無償で手伝ってくれたし、道に迷っていた僕を、小さな子供たちが案内してくれたりもした! それにそんなことが無かったとしても、同じ人間を見捨てるなんてこと、間違ってるだろう!」

「ご高説ご苦労様、居るところに入るもんだね、ドМ君。そんなことを言っても、この世は結果こそが全てさ。恐らくこの戦いで君は何の成果も残せず犬死にし、私も幾分かの時間稼ぎをした後、命を落とすだろうね。万一の奇跡が起きれば私は生き残るかもしれないが、君は死ぬだろうさ。蜘蛛の巣にかかった羽虫よりあっけなく、簡単に」


 この世は、理不尽なんだよ。

 女は心中で呟いた。

 生きるに足るものは早死にし、結局生きている価値もないような屑だけがこの世に残るんだからね。


 少年の純粋に過ぎる心が、女性には眩しかった。

 己の矜持――酷くちっぽけな、「せめて誰からも蔑まれないように生きたい、そして、せめて自分の求める者達からは認められるようになりたい」という生き方を選択した彼女ににとっては。


「良く言ったぜ、坊主。俺もお前と一緒だ。この町の皆を逃がすために戦おうぜ」


 立ち上がった少年に同調する声がそこかしこで挙がり始めた。

 重苦しかったギルドの部屋がにわかにわっと盛り上がり、目に見えて士気が高まっている。


 ――いつもと同じ光景だ。 


 女性は思った。

 ただ今回は「士気高揚のパフォーマンス」の相手役が仕込みサクラでなく、本物の馬鹿だったというだけで。

 本来なら皆を導く勇者役を演じるはずだったB級冒険者の男が、腰を浮かせたまま何とも気まずそうにこちらを眺めている。

 そして、少年に同調することも私の主張に眉を顰めることもしない屑どもは、相変わらず屑どもで。


 ――そして、今回「も」何だかんだで私は生き残るんだろうね。


 女性は、そう思っていた。

 元より死ぬ気は無く、それでも死地から逃げる真似はしてこなかった自身。

 それでも自分は、まるでそれが呪いか何かであるかのように、どんな絶望的な状況でも生き延びてきた。

 そんな事実を積み重ね、漠然と「どうやら自分が死ぬことは許してもらえないらしい」と普段から感じていたのだ。


 ――そしてやはり、彼は……死ぬんだろう。


 周りを囲む冒険者たちに頭をはたかれながら、照れくさそうに笑っている先ほどの少年をちらりと見る。

 この確信もまた、彼女の経験則から導かれた、絶対の原則だ。

 原則とは、破られるためにある。しかし……女性はその例外をその目で見たことが無い。

 誰かを庇って英雄的な死を見せるか、無謀に敵に突っ込み、愚かに命を散らすか。

 そのいずれかの道を辿るであろう若き少年から目を外した女性は、細く息を吐き、呟いた。


「ま、我々は死ぬ気で戦うしかないさ。あの四足歩行の巨大蜥蜴を、何か奇跡でも起こって倒せる可能性に賭けながら、必死でね」


 せっかく高まった高揚ムードに水を差すかのようなその呟きに、少年の取り巻きの一人が、険しい顔になって女に詰め寄ろうと歩み出した。

 すると突然、その男の進路脇で、それまで席に座ってプルプルと体を震わせていた男が卓を両手で殴りつけ、けたましい音を立てて立ち上がる。


「ふざけんな! 死ぬと分かってる闘いなんてできっかよ! おれはここで降りるぜ。指名手配なりなんなり好きにしやがれ、今ある命の方が大事………………」

「そこまでにしときな」


 憤怒の叫びを上げながら立ち上がった男の声が、支部長の言葉で遮られる。

 ギロリと「女性」を睨み付けた支部長の目線の先で、つまらなそうに「鉛の杭」の発射を取りやめた女性がかぶりを振る。

 “逃走者の確保は死体も可デッド・オア・アライブ”というギルドの規律から辛くも護られる形となった男の肩を掴み、強引に席に着かせる支部長。

 「フォローに回る俺の身にもなれ」と言う思いをのせて再度女を睨み付けるが、睨まれた女はどこ吹く風だ。

 ため息を吐いた支部長が、ギルド内に集まった者達に向け、告げる。


「……そろそろ時間だ、てめえら。戦場に行くぞ。戦う理由は各自、用意しておけ」


 支部長がギルドの扉を出ていき、近くの席に座っていた鎧の男がそれに従う。

 ガタガタと席を立ち、ぞろぞろと列をなして歩み出す冒険者達。

 去り際に銀髪女性に向け、キッと睨み付けていく少年。

 女性は、にこりと常の仮面えがおを顔に張り付けてそれに対抗する。


 ――さて、行こうか、私も。新しい死地へ。今度の戦場では一体どれだけ多くの「人間」が死に、どれだけ多くの「屑」が生き残るのだろうね……。


 女性が閉めたギルドのドアの内側、その中にはもう、誰一人残ってはいなかった。


 このアシュリーさんが「あの子」とやらに振られたわけ……たぶん、女だったからというだけでは無かったんじゃないだろうか。

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