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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第四章:未だ遠き再会の日
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第五十一話:生きたいように生きるためなら、遠慮など無用の長物だぞ<努力>

 ううう……遅れてしまって申し訳ありません。


side:リュウ

 ――くそっ、(いって)え!


 幾度も転ばされ、ざらつく地面を転がってできた膝の傷が、ジクジク痛い。

 木剣で強かに打たれた胴が、鈍い痛みを訴えている。

 目の粗い麻布を握りに巻いた木剣を杖代わりに、俺は荒い息を吐きながら立ち上がった。

 ひょっとすると俺自身の身体よりぼろぼろなになった木剣を、疲労と痛みで震える両手で持ち上げる。

 噛みしめた口の中で血の味がする。さっき切っちまった唇の血かな。

 前髪を伝って垂れてきた汗が目に入ってきてこちらもまた、至極痛い。

 

 でも、汗を拭っている余裕はない。

 剣から片手を離したら、その隙をついて、またあの重い一撃が飛んでくるに決まってるから。

 だから俺は、目の前の相手――“先生”に隙を見せないよう、目だけはしっかり見開いた。


 そうすると、肩を自分の木剣で叩いて俺のことを見下ろしていた“先生”以外にも、色々なものが視界に入ってきた。

 芝に引いたシートの上で、ランが膝を抱えながら俺のことを心配そうな目で見てる。

 両手を胸の前で組んでる。このままほっといたら今にも俺の勝利を神に祈り出しそうだ。


 ――よせやい。そんなんで勝っても、俺の力の証明にはなんないだろうが。


 と、俺が微かな安らぎを覚えた瞬間を見計らったかのように“先生”が少しだけ動いた。

 笑みを浮かべる“先生”が正面に構えた木剣の剣先がくくっと下を向く。

 防御に長け、相手の攻撃に合わせたカウンターがやりやすいって言われる下段の構えだ。“先生”のお気に入りの構えで、さっきから良く突進技と合わせて使って来る。


 ――くっそー。何であんな低い位置から俺の攻撃を全部跳ね飛ばせんだよ。


 さっきから、あの「待ち」の構えに入った“先生”に切り込んでいるのだけど、どんな工夫を込めた一撃だって、先生の体を掠めやしない。 

 渾身の突き技も、不意を狙った蹴り技も、「ふうん」、「へえ」、「ほら」、「なるほど」、「まあまあかな」なんて言葉を投げながら、いとも容易く捌かれちまった。

 

「――えいっ」

「ぃいっ!?」

「リュウくんっ!」


 なんて考えてる内に、また打ち込みをかけられた。

 するりと踏み込んで来た先生の剣が俺の掲げた剣の隙間をいともたやすく掻い潜り、俺の胸の中心をどついてきた。


「う~ん、応じ技の練習はこれくらいにしておこうか。次は迫撃だ。さあ、リュウ君、来ると良い」

「くそッ!」 

「はは、良いね。悪くない」


 俺が必死に突き出した剣先は“先生”の右脇を虚しく抉り、下から伸びあがってきた“先生”の剣が無防備な俺の頬を叩いた。

 今度こそ捉えたと思ったのに……!

 攻撃だけに集中して、最高のタイミングで打ち込んだはずなのに……!、

 立ち上がると、“先生”はまた、余裕のあるニコニコ笑顔でゆったりと俺の攻撃を待ち構えていた。

 あの甘いマスクに浮かべる包容力の有りそうな笑みの実、俺の攻撃に痛烈なカウンターを合わせてくるあたり、本性はドSな性格に違いねえや。

 

「おや、来ないのかい、リュウ君? 君は男だろう。可愛い幼馴染の前で、ちょっとくらい格好いいところを見せたいとは思わないのか?」

「“先生”みたいに色んな女の人からモテモテになりたいなんて野望、俺にはねえさ」

「じゃあ、私がランちゃんを貰っちゃってもいいのかい?」

「良いわけねえだろ、同性愛者ドへんたい!」


 ランに首をぶんぶんと横に振られて拒否の気持ちをぶつけられた“先生”が、おやおやそれは残念だね、とでも言いたげに肩を竦める。

 くそっ、絶対にあのすかした面に一撃入れてやる!

  

 激昂した俺の前で、わざとらしく両手を広げて隙を見せながらランにウインクを投げてみせてる男女おとこおんな――カオル兄ちゃん曰く、男装の麗人。

 絹みたいに滑らかで鉛みたいに頑丈そうな黒い革のコートに身を包んでて、肩の長さに切りそろえた髪はサラサラの銀色。

 身長は、150サントあるはずの俺よりさらに20サント以上は高い。

 そんな風体の奴が、これまた嫌になるほど良く整った中性的な顔に笑みを浮かべているのだからたまらない。

 性別が女だとは分かっていても、何とも言えないイラッとした感情を覚えずにはいられないんだ、これが。


 ――落ち着け、俺。カオル兄ちゃんにも言われたじゃん。格上相手の時こそ冷静になれって。

 とは言っても、この障害物も何もない原っぱじゃあなあ……工夫のくの字も出しようがない。

 せめて俺も魔法が使えれば良かったのに。


「リュウ君。君、今『自分が魔法を使えればよかったのに』とか思っていないかい?」


 俺の心を読まれた!?


「別に、心を読んだわけじゃないよ。剣技で相手に敵わない素人がまず考えることだからね。良くある初心者の思想って奴さ。まあ、君が『正々堂々の剣の勝負』でちらりとでもズルをしようと考えたことはひとまず置いておいて、だ」


 うぐっ。痛いところをつかれた。

 “先生”は、剣を構えたまま肩を竦めるという器用な真似をしつつ、言葉を続ける。


「一つ、言わせてもらって良いかい? この三日間、君の指導をしてきて感じたのだけれど、どうも君には強くなるための意思というものが欠けているように思うんだ」

「何言ってんだよ。強くなりたくなきゃ、あんたなんかに指導を頼まねえよ」


 思わず反発すると、おや?、と言った具合に首を捻った先生は、突然ジロリと蛇みたいに鋭い眼光で睨み付けてきた。

 思わず背筋がぞぞぞっと泡立つ。


 ――うおっ、怖え! 

 

 蛇睨みを見せた一瞬後には元の爽やかそうな笑みに戻ったのが逆に怖い。

 この人、A級冒険者って言ってたっけ?

 絶対、魔物だけじゃなくて人の一人や二人、殺してんだろ!

 そう思いたくなるくらいに、底冷えのする目をしてたように思う。


「やれやれ、君みたいなへっぴり腰で、経験不足で、肉体はおろか精神さえ未熟なんていう素人剣士、普通なら私が相手してやるなんてこと無いんだよ? あのカオル君……だったかな? 彼との賭けに負けたからこそ、こうして見てやってはいるけどね」


 笑顔を取り戻した“先生”がサラリと毒を吐く。

 カオル兄ちゃんには色々とお世話になってるけど、おれの鍛錬役としてこの人を選んだことに対しては、さすがに文句を言ってやりたい。

 今日“古都”ってとこから帰ってきたら、絶対に愚痴を言ってやろうと心に決める。


「君の剣の鍛錬はね、鍛錬ではあるけど“努力”になっていないんだ。努力ってのは目標に向けて必要なものを自力で身に着けることだ。例えば私なら『多くの人に私の強さを知らしめ、認めさせたい』という願いが有り、それを実現させるべく剣と魔法の腕を磨いて、様々な町でクエストを請け負っている。でも君に今、そんな『目標』があるかい?」


 目標?

 そういや、言われてみると――。

 今の俺に、そんなものはないんじゃないか?

 冒険者になりたいって願いはあったけど、それはその内に叶う夢だったし……、何となく「強くなりたい」とは思ってたけど、それ以上の目標は無かったや。

 思わず、黙り込んでしまうと、先生はつまらなそうに呟いた。


「やれやれ、どうやら無いようだね、君には。夢も持たない人生なんて生きててもつまらないだろう。生きる気が無いなら死んでくれ。生きたくて生きている私のためにある空気と魔力を、君みたいな虫以下の存在に奪われたくはない」

「……“先生”って俺に対してはやたらときついですね」

「それをいうなら『男には』、かな。私は差別はしない主義だ。男女それぞれに対して公平に接しているつもりだよ?」


 ちなみにここまでの間、“先生”はそれだけなら人好きのする笑顔を一切崩していなかった。

 何故そんな穏やかな顔でこれほどの毒舌をかませるのか、冒険者ギルドの七不思議の一つじゃねえかな。


「さて、それで? まだ続けるつもりかい?」

「当たり前だ!」


 確かに、俺にはまだ“先生”の言うような「目標」は無い。

 でも、俺が強くなれば、ランやラナさん、それにもしかしたらカオル兄ちゃんやユムナさんだって守れるかもしれないんだ。

 少しでも強くなろうって気持ちはきっと間違っちゃいないはず。いや、誰にも間違っているなんて言わせない!


 剣を通して魔力を体中に循環させ、力を蓄えた右足で思い切って前に跳ねた。

 風を肩に受けながら、一直線に駆ける。

 相変わらず人畜無害な笑顔の裏で虎視眈々と俺を痛めつけようと狙っている風の“先生”。

 絶対に、一太刀浴びせてやる!





「ふむ。これまでにしようか。ランちゃん、そのぼろ雑巾を運んでやって」

「ちくしょう……」

「リュウちゃん、動かないで。ほら、私の背中に」


 結局、“先生”に俺の剣は届かなかった。今日、カオル兄ちゃん達神聖魔法使いが帰ってくるのを良いことに、俺の体は青痣と擦り傷だらけにされちまったんだ。

 俺の突き技ごと腕を絡めとって投げ飛ばされたり、強烈な小手狙いの一撃で持ってた剣を吹き飛ばされたり……。

 俺の、青痣がついた首筋の同じ個所を執拗に狙われたり、なんて場面もあった。


「ふうん? 同い年の女の子におぶわれて、情けないとは思わないのかい? 乳飲み子だってはいはいして自力で行きたいところに向かおうとする気概を見せるぞ」

「てめえが指示したんだろ! いいよ、俺、歩くよ、ラン」

「あ、リュウちゃん。無理、しないで」

「無理なんかしてねえよ」

「くくく――ん?」


 帰り支度を終えて町に戻ろうと歩き出した矢先、ふと“先生”が立ち止まって後ろを振り返った。

 その注視の先にあるのは森林、そのもっと奥には、カオル兄ちゃんたちが入って行った魔力地帯があるんだったっけか? 

 何でそんなところを見てるんだろ?


「? どうしたん、ですか? ええっと、“先生”」


 俺と同様、先生の行動に怪訝に思ったらしいランが尋ねた。

 けど、その問いに対する返答は無い。


「お前達、ちょっとここで待ってるんだ」


 返答の代わりにそんな良く分からないことを言った先生。

 その足元が突如、弾けた。


「きゃ!?」「ラン!」


 先生のいた場所から飛んできた土砂からランを庇った俺の目線の先。

 先生が、空高く跳びあがっていた。

 すぐ傍に生えていた森の木二本分、いや、それよりずっと高くに先生の体が合った。

 口をぽかんと開けてそれを見守る。

 数秒の滞空。その後、俺達の前方10メルトルほどの場所に風のクッションを作って着地した“先生”が、厳しい顔を作って俺達を見た。

 次の瞬間、再び先ほどのように先生の足元が弾け、瞬く間に距離を詰めてきた。

 驚く俺とランを小脇に抱え上げ、先生はそのまま走り出した。


「何すんだよ!」

「舌を噛みたくなければ黙ってろ。飛ぶぞ!」


 突然の暴挙に文句を言った俺の声を遮った先生の足元が「膨れ上がった」。

 え!? 何だ?

 良く見ると、それは土を隆起させたものっぽかった。

 “先生”は先ほどから、足元の土を魔法で弾けさせ、隆起させることで通常の疾走や跳躍では不可能な動きを可能にしていたらしい。

 こんな技術は見たことないけど、もしかして土魔法か?


「あの、“先生”! 何か、あったんです、か?」


 大跳躍による滞空と滑空の時間。

 顔に衝突する風の妨害に負けぬよう声を張り上げたランが“先生”に問いをかけた。

 ここ三日間いつも余裕の笑みを崩さないでいた先生が、信じられないほど強張った顔をしているんだ。気になったんだろう。

 でも、その問いに対する返答もすぐには返ってこなかった。


「ああ、畜生。最悪も最悪だ。何で私が居る時にあんなヤバそうなのが来るんだ。運命神の糞野郎。これで私の経歴に傷がついたらどうしてくれるんだ」


 ひとしきり誰に向けたものでもない愚痴を言い終えた“先生”が、ちらりと俺達の顔を見回して、続けた。


「お前達、さっさとこの町から逃げるんだ。特級のヤバそうな魔物がこの町に向かってる。私の見立てじゃ、この町の冒険者が束になっても敵わないだろうね。馬車の取り合いになる前に、早くこの町を出るんだ」


 またまた濃いキャラが出てきましたが、ゲストです。

 リュウの一人称は初……ですが、これ以降当分、彼の一人称は無いでしょう。

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