第五話:レッスンは朝食の前に<祭司さんが見てる>
この世界の魔法について説明が入りますが、読み飛ばしても大きな問題はない仕様です。
side:リーティス
その日は気持ちの良い朝でした。
「おはよう。リーティスさん」
「おはようございます、カオルさん。お早いですね」
朝の挨拶が言える相手がいるってやっぱり良いものですね。
それが例え、昨日初めて会ったばかりの方だったとしても。
「私が一番お寝坊しちゃいましたね。すみません。すぐ朝食をご馳走しますから、待っていてください」
私が目を覚ますと、昨晩お泊り頂いた旅人さん達はもう目を覚ましていらっしゃいました。
カオルさんは昨晩お貸しした作り物語の書物を広げて部屋の中央に。
ベニさんもその横で、カオルさんの手元を覗き込むようにしていました。
お二人に貸したお布団は、二枚とも部屋の隅に畳まれて小山になっています。
私も早く寝床を片付けて、朝の準備をしちゃいましょう。
今日はこの国の言葉がわからないお二人に、村を案内する予定ですしね。
ぐずぐずしてたら、呆れられちゃいます。
「そうですか、こちらに何かお手伝いできることがあれば言ってください」
と、あたふたと窓に掛布を垂らしていたところでそんな声が聞こえて来て。
ピタリと腕が止まりました。
今、何かあり得ないものを聞いたような……。
「寝床も食事も世話して頂いてばかりでは申し訳ありませんからね。ああ、水は紅が汲んできてくれています。薪は下の教会裏手のものを持ってきても良いのでしょうか。それでしたら今すぐにでも取ってきましょう」
立ち上がったカオルさんの口からは、流れるように言葉が湧き出てきます。
とても、つい昨日までこちらの言葉を知らないと言っていた人の言葉とは思えません。
呆気にとられる私を見てふふっと小さく笑うカオルさん。
「こちらの国の文字が表音語で助かりましたよ。そこは二ホン語と同じのようですね。文字種60弱、丁寧表現は同意単語の使い分け。本一冊で何とかここまで言葉を習得できて、本当に良かった」
「ええと、覚えちゃったんですか? 一日で?」
信じられないことですが、カオルさんの口ぶりからすると、そういうことのはずです。
知啓の神ゲールノトス様の神聖魔法でも使われたのでしょうか?
「はい。まあ、こういった暗記は自分の特技のようなものです。ただ、まだ完全ではありませんので、もう少し手伝って頂きたいです」
なんとも凄いお話です。
考えてみれば、お二人は魔力の濃いこの南大陸で旅人なんてしている方々です。
戦力以外の面でも、世渡りに役立つ力の一つや二つ持っていらしてもおかしくありませんでした。
「凄いですね。さすが旅人さんです。あ、それはそれとして朝食ができるまではどうぞお二人ともそちらに座って居てください。寝坊したような者が家主ですみませんけど、お二人ともお客様として招いたつもりですから」
「分かりました。ではお言葉に甘えて」
そうして、ベニさんと一緒にさっと頭を下げるカオルさん。
たぶんもう、この村でカオルさんより綺麗に言葉がつかえる人は数えるほどしかいないでしょう。
『やっぱりお前も直接リーティスさんと話せるようになるべきだな。少しは自分でも言葉を覚えてくれ。リーティスさんの魔法も、一日中好き放題使っていられる訳じゃないようだからな』
『げ。あ~、そりゃあさ、あたしも少しは覚えてえとは思ってるぜ? 挨拶くらいは自分でしたいしな。でも、せっかく専属の二か国語翻訳者が居るんだから、それくらいで充分だろ?』
『俺を便利屋扱いするんじゃない』
『金払ってねえから便利屋扱いじゃねえし。え~と。つか、ほら、あれだ。こんなとこでもあたしに頼られて嬉しいだろ? 嬉しくないとは言わせねえぞ』
『……それとこれとは話が別だ』
『お、よし。認めたな? 認めやがったな? ふはははは、兄貴なら兄貴らしく、あたしのために骨身を砕いてくれよ。代わりに、兄貴が困ったときはあたしが助けてやるからさ。主に戦力面とかで』
炊事場でいつものように炊事の準備をしていると、静かないつもの朝とは違うとても賑やかな声が聞こえてきました。
会話の意味は分かりません。
でも、お二人の気安くて楽しそうな雰囲気は良く伝わってきます。
『ふむ。ならいっそ、上官として命令してやろうか』
『隊長! それは職権乱用反対ではないでしょうか!? 私、紅は権力の不当な行使には反対です! っつーか、そういうのはあんま無しで行こうぜって昨日決めたろ!』
『甘いぞ紅。お前のためを思うなら、俺はお前と決めた規則を破ることも厭わない』
『なら、何のための規則なんだよ!』
それにしても本当に仲の良いご兄妹ですね。
気軽に肩に触れていたり、相手のおでこをぺしりと叩いていたり。
お二人には秘密ですけど、この家に案内するまでの間、私はお二人のことをご夫婦か恋人かと勘違いしていました。
並んで座る時の体の距離も、見ていて分かる心の距離も、とてもとても近いものでしたから。
うっかり昨日「お布団は一緒のほうが良いですか?」なんて言わなくて、本当に良かったです。
もしカオルさんに言葉を教える時、村長の弟さんのことをちらと思い出して、親族を示す言葉もお教えした方が良いでしょうと思い至っていなければ……とんでもなく恥ずかしい思いをするところでした。
「ふう」
まあともあれ、今は昨日の反省より目の前の朝食ですね。
お客様に変なものをお出しするわけにはいきません。
家にある食材の許す限り、美味しいものを用意しなくちゃ。
ベニさんに頂いた水を容器に移して、いつもの木箱から取り出した火の魔石と薪を竈にくべて、よし。これでだいじょうぶですね
「ザイト・ノ―トェル・イグナ……игнитион-点火-」
短く呪文を唱え、薪の上の紅い魔石を点灯させます。
その光は魔石全体に広がり、やがて魔石は小さな炎に姿を変じます。
「спруд。тхенер,тхенерел,Инф」
魔力で炎を操作しながらぱたぱたと団扇で仰ぎ、炎を竈に定着させます。
いい具合に煙が上がりはじめて、これで一段落。
さて、お鍋が温まる前に、穀類を準備しちゃいましょうかと振り向いた矢先。
「リーティスさん、少し良いでしょうか?」
目の前に立っていたカオルさんに驚いて、危うく手に持っていた容器を取り落しそうになりました。
いつの間に移動されていたんでしょう。
『馬鹿兄貴……』
興味深そうに竈の中を覗き込んでいるカオルさんの向こうでは、ベニさんが心底すまなそうな目で私を見ていました。
カオルさんという人間のことと、ベニさんの心労の一端が、それで分かったような気がします。
「リーティスさん。今、何をしたんですか?」
私のこともベニさんのことも見ずに、竈の中に興味津々です。
「ええと……竈に火を入れたところですね」
「ああいえ、そちらではなく、その赤い石についてお伺いしたかったんですよ」
眼鏡をかけ直したカオルさんがしげしげと見つめている興味の対象は、私が使った小さな火の魔石のご様子でした。
「火の魔石です。ノワール王国内では日用品ですけれど、ご存じありませんでしたか? 火の魔法の補助に使う最下級の魔道具です」
「生憎と。すみませんがこの"魔石"という魔道具の詳細とこの国の魔法についてお聞かせ願えませんか?」
そういえば、カオルさん達は山向こうよりずっと先、遠い遠い外国の方からいらしたとか。
もしかして、あまり魔法が盛んでない国からいらしたんでしょうか?
南大陸は世界でも有数の魔力溜まりだったはずですし、もっと外からいらしたのならそういうこともあるのでしょう。
魔石のある生活が当たりまえの私にはちょっと想像がつきませんけれど、どんなところなんでしょう、お二人の生まれた国は。
(はい分かりました。調理しながらでもできるお話ですから、どうぞお席に戻ってベニさんと一緒に聞いてください)
魔石と魔法の説明くらいでしたら村の子供たち相手にした経験もありますし、大丈夫でしょう。
後方のベニさんも何やら聞きたそうにしていらしたので、意思疎通魔法を発動して手短に説明を済ませることにします。
肌に慣れたこの魔法なら、下手な考え事をする時より料理の邪魔になりませんしね。
(では、魔石の説明の前に魔法の説明から失礼します)
まず、この国の魔法は大きく分けて二つ。
分け方は単純で、精霊魔法とそれ以外の魔法、という区分になります。
それ以外の魔法については大抵「非精霊魔法」なんて呼び方をされますね。要するにこの国の魔法の主流は精霊魔法ということです。
精霊魔法は文字通り、精霊の力が宿る自然の元素を魔力を用いて操る技術のこと。
精霊魔法で操れる自然の属性は「火」「水」「土」「風」「光」の五種類。
「風」属性の魔法は風のみならず世界の大気そのものに広く干渉するものであるから「気」属性とするのが相当であると唱えた学者さんがいるそうですが、一般に浸透している名前ではありませんね。
修練を積んだ精霊魔法の術者は、行使した精霊魔法の属性に関するあらゆる事象を自分の思い通りに操ることができます。
例えば火属性なら火を出すといった簡単な事象から、火事をおこして燃え上がった建物の火を一か所に集めたり完全に消し去ったり、炎の性質を変化させて水の上を滑らせたり、なんてこともできるそうです。
さらに高レベルの術者なら、属性の元素そのものに等しい上位存在――"精霊"を呼び出すことさえ可能にするそうです。
そしてこの国の精霊魔法を語る上で、切っても切り離せない存在が「魔石」です。
魔力の塊とも言われる魔石はどれも磨かれた氷のように透き通っていて、火属性は赤っぽく、水属性は青っぽく、風はおおよそ緑っぽく、光はやや黄みがかった色合いをしています。土属性の魔石だけは例外で、何を材料に魔石を作ったかによって全く異なる色の魔石となります。
なので、見たことのない色の魔石を見つけたと思ったら、それは土の魔石と思えば大体まちがいありません。
火の魔石は炎から。
水の魔石は水から。
風の魔石は大気から。
土の魔石は、あらゆる均質な固体から。
光の魔石は、太陽のように強い光から作ることができます。
ノワール王国では、魔石をその魔石の元になった元素に戻す「解放」の魔法を使えるようになればその属性魔法の初級術者、逆に原料から魔石を作り出す「魔石生成」の魔法が使えるようになれば中級術者と見なされますけれど、土属性以外で中級以上という方は少ないと思います。
え? 私ですか?
私は一応、精霊魔法を体系的に学ぶ場所に居たこともありますので、水と土の魔石を作れます。
あ、でもお店に出てるようなちゃんとしたものは無理ですし、慣れないものですと、一個作るのに何日もかかっちゃいますね。
村にお二人、上手な水魔法使いの方がいらっしゃいますから、もし話を聞きたいのでしたら紹介します。
ええと、魔石の説明に戻りますね。
魔石は元素を魔力で濃縮して作るものなので、強力な術者ほど色濃く、小さく、軽いものを作ることができます。
そして肝心な魔石の使い方ですけれど、自分の魔力の代わりに消費することで、その属性の魔法を使う事が出来ます。細かい操作は自分の魔力を使わなくちゃいけませんけれど、炎を燃え上がらせるだけだったり、水を打ち上げるだけだったりの簡単な魔法なら、魔石だけで十分できます。
日常生活で使うだけでしたら、魔石だけで使える有名どころの魔法を押さえておけば充分ですしね。
え? ぴーしーあぷりとぷろぐらみんぐ言語? ……すみません。例えが良く分かりませんでした。
私は干物魚の焼き加減を確かめつつ、調理用の火の魔石をエプロンのポケットから取り出しました、
そのままカオルさん達に見えるよう掲げ持ちます。
握りこぶしくらいのサイズでわずかに赤みのかかった、最低限の「着火」魔法に耐え得るだけの火の魔石です。
(これがおおよそ使用に耐えうる最低レベルの魔石ですね。これ以下になってしまうと、火種としても使えなくなっちゃいます)
「……魔石の話からは外れますが、最上級――精霊魔法で出せる最大の破壊力はどれくらいでしょう?」
(破壊力、ですか? 詳しくは分からないですけど……一人で制御できる火魔法だと、家一つが粉々になるくらいじゃないでしょうか)
「その魔法の連射性能は?」
(詠唱後、もう一度同じ魔法を使えるまでの時間という事でしょうか? それなりに集中して、……30秒を切れるかどうか)
「なるほど、良く分かりました。ありがとうございます」
魔石に関する商業的な扱い、資源としての価値等諸々の説明については魔法の説明としては脇道にそれる内容なので、ここでは省略させてもらいますね。
精霊魔法以外の魔法についても話しておかなくちゃいけませんから。
とはいっても、どれも大体精霊魔法みたいに系統立ったものではありませんので、一口に説明ですけれど。
基本的に体内魔力を使うというのは、魔石を使わない場合の精霊魔法と同じですね。
系統立った非精霊魔法ですと、私の知っている限りでは、生き物の体にだったり、何かの"表面"にだったり、武器にだったり、特定の何かに作用するものが多い気がします。
特定の種族や血縁の者しか使えないような珍しい魔法もあるそうです。
「……長距離を一瞬で移動できる魔法なんてあったりしないか?」
(転移魔法とか、空間魔法とか呼ばれる魔法があるみたいですけど、普通の人には使えないものだとか。一応、私の意思疎通魔法と治癒魔法も非精霊魔法の一種ですね。治癒魔術は神聖魔法と呼ばれる特殊な系統魔術の一つなんですが……、)
私の説明が中盤に差し掛かった頃。
魚も焼きあがり、火を落としてお皿の準備を始めたあたりで、何やら扉をたたく音が。
「どちら様ですか?」
「青年団団長。ザックだ。村長を連れてきた。リーティス、昨日の客人はそこにおるか?」
「朝からすまんの。じゃけど、リーティスも今朝はいつもの礼拝があるんじゃろ? 青年団がなるべく早う村会議を開けとせっつくもんでのう。その前にちょいと話をさせてくれ」
『おーい、リーティスさんよ、ドア開けちまっていいか?』
「紅がドアを開けていいかと言っています」
(すみません、ベニさん、お願いします)
誰よりも先にドア前に立ったベニさんが扉を開くと、そこには私の見知った厳めしい顔と皺くちゃの明るい顔が。
『おお、開けてくれてありがとう旅人のお嬢さん。名前は何といったかの?」
「彼女はベニ、自分はカオルと言います。お見知りおきを」
「む? お主、昨日は全然の片言じゃあなかったかの。それが一体全体どうして――」
(ベニさんすみません、その籠の中に敷き物が有りますので村長さん達に――)
『あいよー。あ、リーティス。良かったら飯の支度代わろうか? あと盛り付けだけだろ?』
千客万来とはこのことでしょうか。
直ぐに去るからと腰を下ろすのを拒否した村長さんを「ジジイもそんな若くはねえだろうが」と主張するザックさんが強引に席につかせます。
応対に回った家主の私に変わってベニさんが厨房に入り、家主として上座に座った私の前で、腕を組んだザックさんと村長さん、それに対面する形でカオルさんが対面を果たしました。
「まずは旅人どの。カオル殿と言いましたな。わしはこの村の村長をやっておるカードルという者じゃ。ああ、名前は覚えて貰わんで結構。こっちのごついのはザック。挨拶する気はないつうとったが、顔だけでも覚えてやっとくれ。それでまずは昨日の件について謝罪させて欲しい。本当に失礼した。まーた懲りずにパシルノ方の連中がやってきたかと勘違いしてのう」
「いえ、こちらこそ申し訳ない。村に不要な混乱を村に与えてしまったこと、お詫び申し上げます」
「ほ。これまた随分と丁寧にすまぬのう。しかし見事な言葉遣いじゃ。村の若いのに見習わせたいわい」
「言葉を習った先が良かったものでして」
「リーティスに習ったなら確かじゃろうな」
「ええ。本当にお世話になっております」
腕を組んだままじっと成り行きを見守るザックさんを他所に、村長のカードルさんとカオルさんが挨拶を交わします。
言の葉接ぎの枕とは分かっていますが、こうも持ち上げられると、少々恥ずかしいです。
「ではあらためまして、私の名前はカオル、あちらは妹のベニと言います。どうぞよろしくお願いします」
『兄貴ー、今呼んだかー?』
『呼んでない、気にせず料理と食器と格闘しててくれ』
『りょーかい。食器洗いは得意だ、まかせとけ。まあ、油取りはこの村のやり方分からねえし、後でリーティスにお願いするけどな』
「ふぅむ。聴き慣れん言葉じゃのう。異国人というのは嘘じゃないと。うむ。それで昨日今日でここまで話せるようになったとなると……もしや、リーティスのように独自の非精霊魔法が使えるのかの?」
「まあ、そのようなものです」
どういえばカオルさんは、自分は一時的に人並み外れた記憶力のようなものを行使できるから未知の言語でも単語も発音もすぐに覚えられる、というようなことをおっしゃっていましたね。
「ほほう。なるほどそいつは興味深い。後々ゆっくり効かせて貰いたいもんじゃ。まあ、それはそれとしてカオル殿。実は今、お主らにに聞いておきたいことが一つあっての」
「何でもどうぞ」
「うむ。それでは聞くが……お主らは何故この村に来たのかの? 辺鄙で何もない所じゃろうて。物見遊山かの? それとも稀少な魔物か資源の調査にでも?」
先ほどまでの流れで、さも世間話といった雰囲気でカオルさんに語りかけるカードル村長。
けれど、その目の奥は決して笑っていませんでいた。
質問の裏に「偶然通りかかった、などという可能性は考えておらん。このココロ村に何用で来た?」と問い詰めるような意図を感じます。
カオルさんを疑ってかかる質問とも取れます。
「少し失礼。リーティスさん、『辺鄙』という単語の意味を教えてください」
難語の注釈を入れながらカオルさんの顔を伺うと、気なしかその横顔が緊張の色で曇っているようでした。
これはいけません。
「すみません、カードルさん」
「む? 何かの、リーティス」
「お二人の身については私が責任を持つことになりました。そうでしたよね?」
昨日、突然現れた見知らぬ旅人二人との直接対話役を買って出た時に、そういう約束をしました。
彼らがパシルノ男爵の手のものでないと思われる場合、私に二人を任せてくださいと。
そうである以上、今のお二人は私の客人です。
彼らがどういう経緯で村に来ていたにせよ、それは変わりません。
それに昨日、いきなり「村を救って欲しい」と言われて深く考え込んでいたカオルさんの姿も純粋に義憤に駆られていた風だったベニさんの姿も、邪な目的をもってこの村に入り込もうとしていた方のものには見えませんでした。
「……リーティスに信頼されとるようですな。年若いとはいえ、国家の主教、運命神の神官の言葉。儂も信じさせてもらおう。厭らしい質問をしてすまんの。謝罪させてくれ」
「いえ。そんな――」
「謝る必要はねえ」
これまでむっつりと黙り込んでいたザックさんの発言で、まとまりかけていた空気が霧散します。
「どう考えてもこいつらは怪しいぞ。そうだろう、村長? こんな|図ったようなタイミング(・・・・・・・・)で村に来やがって」
「図ったようなタイミングというと、直訴状の件ですか? そろそろ無理にでも誰かをという話になっているそうでしたね。その件でしたら実は昨晩カオルさん達にお話を通してあります。快く請け負ってくれるそうですよ」
「話したのか!? リーティス! こんな奴らに!? おい、まさかお前、この男に誑かされてるんじゃ――」
さすがにザックさんのこの物言いには私もむっとなりました。
幾らなんでも失礼に過ぎると思います。
「私は当たり前の判断をしただけです。ザックさんこそ、疑心暗鬼になりすぎていませんか? 村を思う気持ちはわかりますけれども、信頼できる相手は何も村の皆だけじゃないと思います。運命神アリアンロッド様もおっしゃっています。『刻みし時の轍は確かな標なれど――」
「魔獣の駆除とか、税の運搬護送の次元じゃねえんだ! この依頼にかかっているのは村の命運そのものだぞ!? それを、こんなどこの馬の骨とも知れない奴に預けるなんて――」
「二人とも! そこまでにせい!」
両手を上げた村長の仲裁で、私もザックさんも言葉を飲み込みました。
確かに少し、熱くなりすぎていた気がします。
気まずく頭を下げると、ザックさんも同じく申し訳なさそうに顎を引いて見せました。
「まあ、リーティスの判断は確かに少々性急じゃった気がせんでもないが、確かにこのタイミングでの旅人の来訪は渡りに船。ほっといても村の誰かが突撃しにいったじゃろうて。糸にも藁にもすがるような思いでいる奴らは多いからの。ザック、お主も慎重なのはいいが、そろそろ博打でも何でも打たねばいかんことくらい分かっておろう。……そうじゃの、これが運命なのかの」
カードル村長は眉間に刻まれた皺を深くし、改めてカオルさんに向き直りました。
「儂からも依頼しよう。旅人カオル殿。そしてベニ殿。我々の村を救ってはもらえんか?」
「やらせてください」
カオルさんの返答は短く一言でした。
「俺達の旅の目的――探しているものも、人や知識が集まる場所、つまり王都のような場所にある可能性が高い。目的地・終着地は一緒という訳です」
「参考までに聞きたいのだが、その探しているものとは?」
「……移動手段です。千里、万里を越えて、幾億、幾万里を一瞬で移動できるような移動手段。俺達が行きたい場所に移動できるような代物を探しています」
「ふむ。――伝説で語られる転移魔法かの。確かにこの国でそのあたりの知識を探るなら学術都市"アルケミの街"か王都ノワールが良かろうて」
「待て!」
ザックさんが立ち上がり、声を荒げます。
この場の誰よりも大きい、身の丈180メルトルの彼が立ち上がったことで、見上げるカオルさんに大きな影が落ちました。
「それでも俺はまだ納得がいかん! 確かに俺達に残された選択肢は少ない。だが! そもそもお前達にこんな大役が果たせるのか? 盗賊達が張り巡らせた警戒網を突破し、パシルノ男爵領を抜けて、遠い王都まで! 魔獣も! 魔物も! 野盗も! 危険が至る所にある旅路を越えられるのか!?」
ザックさんは最後までカオルさん達に村の命運を託すのは反対するつもりなのでしょうか。
威嚇するように問いを投げられたカオルさんは静かに答えを返しました。
「降りかかる危険を払う力は十分にあると自負しています。そして俺達は望んで死地に踏み込むほど物好きでもありません。最小限の危険選んで潜り、最大限の力でもって踏み越えてみせましょう」
「その力はどれほどだというのだ、少年! 俺達に――例えばこの俺に勝てると言うなら――!」
村長がぱん、ぱんと手を叩いてザックさんを諌めました。
「ほれほれ、ザック。またいつものように水掛け論にするつもりかの? お主の主張はようするに、この者らの実力が信用しきれぬということのようじゃ。なら、実際に戦って確かめれば良いじゃろうて。そうじゃ、模擬戦をやればよい。お主、いやお主ら青年団がこの旅人殿たちと直接戦って、それだけの力があると誰もが認めれば、文句はつけられまい。その時は依頼を、ということで良いな?」
「は? いや、まあ、そういうことになる、のか?」
「では、すまんの、カオル殿。こういうことになったんじゃが、頼まれてくれんか。模擬戦の報酬は別途出そう」
「構いません。この国の戦い方がどんなものかは見ておきたいところでしたから、渡りに船です。それに、この依頼に際しては必要な過程かと。戦闘能力も量っていない兵を戦闘任務に投入なんてありえない話ですからね」
「村長! 俺はまだッ――」
「ザック。お主はもう取りあえず黙っとれ。話は後で聞いてやるわい」
そして話がまとまりました。
カオルさん、ベニさんとココロ村青年団の模擬仕合開催が決定。
開始は二日後、太陽が天頂に至った時。