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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第三章:竜の滅んだ世界
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SS:ゴブリン退治のすゝめ カオル教官の指導

 すいません、本編投稿が間に合わなそうでしたので、大分前に書いたSSを代わりに投稿させてください。

 

 森の中を、息を切らした少年が駆けていた。時折背後を振り返りつつ、懸命に足を動かしている。


 その少年の背後には、彼を追いかけている存在があった。

 緑の肌を持ち、汚らしい布の服を纏った二足歩行の生物。それが、手に持った木の棍棒を振り回しながら追走していた。

 その数、4体。

 爬虫類的な黄色い目を爛々と輝かせ、短い脚をつまずかせることなく器用に動かし、一塊になって獲物を追い続けている。


 追いかけられている幼い少年の顔は、緊張と恐怖で引き攣っていた。

 しかし、その目はしっかりとした意思の輝きを示し、口は一文字に引き結ばれている。

 彼の右手に握られた長剣の柄が、時折彼の簡素な皮鎧にぶつかっているが、固く握り込まれた彼の手が、愛剣の柄を離すようなことは決して無い。

 時に足を縺れさせ、体勢を崩すも、手をついて即座に体勢を立て直し、走り続けた。


 茂みをかき分け、木々の枝の下を身を屈めて潜り抜けつつ駆け続けるも、少年と緑の生き物――ゴブリン達との距離が開くことはない。否、開かないように少年が間を調整しているのだ。


 ――ここだ!


 逃走を続けていた少年が足を止め、背後に迫るゴブリンたちの足元に黄色の(つぶて)を投げつけた。

 突然、ゴブリンたちの足元が崩れ去り、地面にぽっかりと大きな穴が開く。その穴は、足場を失って必死で掴むものを求めて手足を振り回す哀れな獲物達を飲み込む、大口となった。


 ゴブリンたちの空中遊泳の時間はすぐに終わる。穴底に溜まった液体に音を立てて着水していき、四本の水柱が上がった。

 ゴブリン達が液面に顔を出すのを待たず、穴上から、赤い煌きを尾に引いて、炎の魔石が降ってきた。


 穴底が、突然沸き上がった炎で満たされる。

 火炎地獄と化した地の底で、全身を燃やされる痛みにゴブリン達が悲鳴を上げた。

 狂ったように転げまわり、仲間同士で衝突し、壁面に頭をぶつける。

 やがて、皮膚という皮膚を焼かれ、体を炭化させたゴブリン達の骸が穴底に転がった。


 その一部始終を穴上から見ていた少年が、口元を抑え、近くの木の根元まで走り寄る。ゲーゲーと胃の内容物をぶちまけだした少年の背に、影が落ちる。少年の背後に忍び寄った存在が、少年の肩にポンと手を置いた。

 たちまち金切り声をあげて地を転げる少年。自分の装いが、先ほどぶちまけた自身の吐瀉物に塗れてしまったことに気づく余裕は無かった。


「おめでとう。お前の初戦闘はこれで終了だ。減点事項はいくつかあるが、ビギナーとしては良くやったな」


 無様に足を震えさせ、戦闘の興奮と先ほどの不意打ちのショックで尻を地面に置いたまま立ち上がれなくなっていた少年は、自分を見下ろしている人物が、敵ではなく、良く知る相手であったことに気づき、長い安堵の溜息をもらした。


「カオルったら趣味悪~い。そこは優しく『よくやったな、さすが俺の自慢の弟子だ』とでも言っておくべきでしょ~? 貴方が優しさを見せるのは妹さんとリーティスに対してだけなのかしら?」


 少年の前に姿を現した男の、その後ろにあった大木の陰から、何とも鼻につく喋り方をする蒼髪の女性が意地の悪い笑みを口元に浮かべながら歩み出してきた。


「おめでとう、リュウ君。これで君も魔物狩り童貞卒業よ♪」


 少年には優しい(?)声をかけたその女性は、足腰立たないでいるその少年を抱え上げ、カオルと呼ばれた男を振り向いた。


「さ、早いとこ出ましょうよ、こんな辛気臭いとこ。反省会は帰り道でいいでしょ?」


 女性の、細い見た目からは想像できないほど力強い腕に抱かれた少年は、ようやく全身を包んでいた緊張感から解放され、強張った筋肉から力を抜くことができた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「さてと、リュウ。先ほどの戦闘の感想を聞かせてくれ」

「練習とは全然違った……。あいつら、本気で俺を殺そうとしてるんだってことがはっきり分かったんだ。あいつらと相対していたら、正直一対一でも勝てたかどうか分かんねえ」

「正直で良いな。そうだ、十分に戦い慣れして自分の力に確かに自信を持った人間でも、いきなり殺すか殺されるかなんて場面に遭遇すれば、碌に動けないなんてことはザラにある。人型相手なら尚更だ。ましてや剣の稽古すら中途半端なお前だ。重い脚を動かして、あれだけ走ることができれば上出来だろう。」


 ユムナの背におぶわれたリュウは、先ほどの戦闘の興奮からは何とか抜け出せたようで、張りの戻ってきた声を出して俺の問いに答えてきた。知らず知らずのうちに俺の口元に笑みが浮かぶ。

 

 先ほどの戦闘は、突然リュウが言い出した、身に着けた「剣士」の力を試したい、初心者向けの敵であるという「ゴブリン」を倒して自信を身につけたい、という申し出を受けて、俺がセッティングしたものだ。

 リュウの先生役であるギルドの剣士の男はまだ早いと諌め、ランやラナも心配だからとそれを止めていたのだが、俺が強引に押し切った。

 確かにリュウがゴブリンと正面からぶつかれば、経験の浅い彼がまともに勝てる確率は低かったろう。だから俺は、一計を案じた。

 俺という味方を得て調子に乗っていたリュウに「今のお前でも少なくともゴブリン3匹以上を倒せる策がある」と囁いて、正面戦闘でないことに不満を持つリュウに何とか策を教え込んだ。

 リュウ本人はそんな策に頼らずとも直接相対して倒せばいいとでも思っていたんだろう。俺の策の説明を一応きちんとと聞きつつも、頭の中は自分がゴブリンを華麗に切り伏せる様でもイメージしていたに違いない。


 自信満々で、俺とユムナが見つけたゴブリンと相対したリュウは、凶暴な声を上げて棍棒を振り回すゴブリンに面食らい、「俺の指示通りに」逃走を開始した。その後、ユムナの助けを借りて上手く野生のゴブリンを追加で3匹ほどリュウを追い回す役にしてやった。

 リュウはそれでも、自分の命を奪おうと追ってくるゴブリン4匹の群れから必死に逃れ、パニック寸前の頭で何とか俺の指示した通りの場所まで足を動かし、練習通り罠に嵌めることに成功したのだ。


 少々の戦闘能力をつけて浮かれている初心者を、いきなり戦場に叩き出して鍛え上げる。ASPでも良く使用していた手法だ。リュウはその洗礼を乗り越えたのである。


「『殺す』という事も分かったか?」

「うん。一歩間違えれば、あんな風に断末魔の声を上げていたのは俺の方かもしれなかったんだってことが分かった。そして、確かに俺がこの手であいつらの命を奪ったんだなって」

「ゴブリンは初心者向けとはよく言ったものだな。お前はあいつらとの戦闘で多くのことを学んだはずだ。ただ逃げ回っていただけではそんな感想は出てこない。お前はあいつらと本気で『戦って』いたんだ」

「そうなんだね……。あんな戦い方、最初はせこくて嫌だって思ってたけど、今ならわかるや」

「初心者向けってさ~、多分そういうことだけじゃないと思うんだけど~。っていうか、さっきのって相当イレギュラーじゃない? 結局穴掘って油用意したのあたしだし」


 先ほどの落とし穴は、ユムナが土魔法を駆使して制作したものだ。大穴を空け、その内側を掴みどころのないような硬質の物質に変えて、さらに底には可燃性の油を用意した。そしてその穴をただ上を通っただけでは崩れないような土で覆い、リュウが土魔法でその覆いを崩して初めて罠として働くようにした。


「罠くらいは基本だろう? それに落とし穴はあらゆる罠の基本にして、応用すれば人間相手にも相当効果的な代物だぞ」

「何か、ただの落とし穴についてそこまで熱を入れて語っていると、凄く阿保っぽいわよ~?」


 「落とし穴」を舐めるなよ?地球では、人類が作り出した、世界最古かもしれないとされる由緒正しい罠なんだ。その先駆者ともいわれる日本人である俺が使って何が悪い?

 ユムナを無視してリュウに向けて講義を続ける。


「ただし、これだけは覚えておけ。今の戦い方は『邪道』だ。『正道』だけでは敵わない相手と対峙するには有効だが、そればかりに頼るな。お前が学んでいる剣は『正道』だ。本当に強くなりたいなら、その力を磨くことをまず考えるんだ。」

「うん」


 正道を磨いて手に入るのは、自分の力に対する自信。自分を恃めるようになるだけの力をつけるには、正道の鍛錬が一番だと思っている。

 もっとも、「俺達」はその真逆。基本的にその邪道を駆使して戦うような存在だったのだが……。そんな余計なことまでリュウに言う必要はあるまい。

 お前は、俺にはできなかった「剣士」の技術の習得を、わずか数日の訓練で成功させたんだ。きっと強くなれるさ。

 ……俺が「剣士」になれないのは体の造りが違うからだよな? まあ、神聖魔法の身体強化とは併用できないらしいから、別に「剣士」になる必要はないんだが……。


「騎士にでもなりたいのならひたすら正道を磨け。冒険者になって戦う術を欲するなら正道を第一に、その次に邪道を磨け。生き残ることを何より優先したいのなら、最低限の正道と、あらゆる邪道の技を磨き上げろ。俺に言えるのはそれくらいだ」

「分かった。俺、頑張るよ」


 力強く返答したリュウが、ユムナの背中から降りる。もうその足に震えは無い。しっかりと大地を踏みしめ、自分の足で歩き始めた。

 頑張れよ、リュウ。




「ねえ、カオル兄ちゃん。兄ちゃんなら、どんなことがあっても切り抜けられる力が有ったりするの?」


 唐突な質問だな。


「いや、ないさ。だが、俺は自分がどんな目に遭った時でも、自力でそれをくぐり抜けるだけの力があると信じている。こう信じておけば、どんな絶望的な状況でも生き延び、チャンスを伺うだけの余裕が持てる。最後の最後まであがけば、突破口は見つかるものだ」


 一人の力でできることなどには限りがある。他の人間の力を借りなければ解決できないことなど珍しくもなんともない。


 けれど、それは人の口から聞くべきで事柄はない。己の力の限界を本気で見定め、その後に自ら悟るべきだ。


 諦めは甘美な麻薬だ。自分の力の上限を「この程度か」と定めてしまえば容易に堕落してしまう。それ以上の努力と、向上を求めなくなる。そう、

 

 ――かつての俺のように、な。


 リュウ、お前は俺と同じ失敗はするなよ?


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