第四十九話:魔改造は男のロマン? そんな言葉、誰が言った<VS.大魔怪鳥>
side:ユムナ→薫
(――かもの! 何故――の言う通りにしなかった! お主――の――官じゃろうが!)
(……申し訳ありません。暫く“祈祷”の回線を切らせて頂きます)
(おい、待――! おぬし、あの紅という――……)
――何故、私はあの時、あのようなことを言ってしまったのでしょうね。
『あたしは貴方に一つ、“嘘”を吐いている』
教える必要のない事実。アリアンロッド様にも、教えるなと口を酸っぱくして言い含められた事柄。
敬虔なる神の僕にあるまじき行いだったことは、分かっているわ。
それでも自分は、カオルの言葉に――その言葉の裏側にあった、「信頼させてくれ」という願いに、どうしても応えたいと思ってしまった。
必要以上に彼と仲良くなったところで、自分の使命を果たす上では邪魔にしかならないと分かっていたというのに、それでも――
「おい、ユムナ! 何ぼさっとしている! 早く気球の何処かに掴まれ!」
「え? ――! ひぃゃああああ!?」
考え事をしていた自分の背後から、突風が襲ってきた。
自慢の碧髪が乱れ舞い、私の体勢が崩――れ――?
「嘘!?」
気づくと、何も体を支えるもののない空中に、私は投げ出されていた。
耳元でヒュウヒュウと風切り音が鳴る。
一瞬遅れて襲い掛かってきた浮遊感。血の気が引いていく。
眼下に広がるのは、上空数百メルトルから俯瞰される深い森林。
このままだと、――地面までまっさかさま!?
「掴まれ、ユムナ!」
パニックになりそうだった私の耳に、聞き慣れた少年の声が届いた。
声のする方へと、慌てて手を伸ばす。
力強い手が、私の腕をがっしりと捉えてくれた。
視線をやるとそこには、苦々しい表情を浮かべながら私の腕を掴んでいるカオルの姿が。
そのカオル自身も、今は中空に体を投げ出し、私を捕まえている手の逆側で、気球搭乗部の縁に必死にしがみついている様子。
浮遊ガスの溜まった球体を起点に、気球の搭乗部がブランコのように激しく揺れていた。
「お姉さん! 大丈夫!?」
大揺れする搭乗部の縁からこちらを覗き込むノエルちゃん。
彼女の耳が不安そうにチョンチョンと跳ねている。
「大丈夫」と返答を返そうとしたけれど、私の背後の“何か”を見て焦った風に叫んだカオルの声で阻まれてしまった。
「ユムナ! 空間魔法で防壁を張れ! 防衛対象は、俺達とこの気球全て!」
急な指示だったけれど、疑問を差し挟むような真似はしない。
いつものように、受けた命令を即座に実行に移す。
カオルが顔を向けている方向に、体から絞り出した魔力の糸を何百と伸ばす。
最速で空間隔離結界の術式を編み上げ、障壁を展開。
――くうぅ! さすがに、空間魔法は消費が激しいわね……。
久々の空間魔法で、自分の魔力がごっそりと持っていかれてしまった。
何とか障壁は完成させられたものの、これで自分に残された魔力はごくわずか。
クタリと力が抜けそうになった体がカオルの手によって引き上げられ、そのまま気球の搭乗部に投げ込まれる。
ノエルちゃんの小さな体に正面から抱き留められ、床にそっと寝かされたのが分かった。
ごめんなさい、ちょっと今は、お礼の言葉を言う余裕もなさそう。
「羽の一枚一枚を魔力で固めてマシンガンの弾丸にするなんて、どういうファンタジー攻撃だ……。いくらなんでも、無茶苦茶だ」
「あの空間の歪みみたいなのも、『結界』なんですか? 何百もの黒羽の弾丸がぶつかってもびくともしてないなんて、凄いですね」
――空間結界に“何か”がぶつかってるみたいね。せめてこれを防ぎきるまでは魔法を維持しないと……。
猛烈な圧力が障壁にかかり、その維持に集中を余儀なくされる。
カオル達の会話は、木の床に顔をつけて伏せった体勢のまま、聞き流す。
魔力の限界が近いことを知らせる、独特の倦怠感に体を縛られ、起き上がることができない。
瞼が重い……本能が、疲労の溜まった私に強制的な睡眠を押し付けてきているみたいね。
私の異常を感じたとったらしいカオルがこちらを振り返り、取り出した縄で気球と私の体をしっかりと結び付けながら、優しい労いの言葉をかけてきた。
「良くやってくれた。ユムナ。後の対処は俺達に任せてくれ」
空間結界の維持でどんどん奪われていく魔力と精神力に耐えかね、自分の意識がどんどん薄れていくのを感じる。
障壁にぶつかる“何か”の手ごたえがようやく無くなった頃には、私は自分の脳の指令では指一本たりとも動かすことができなくなっていた。
――ああ、今目を開けていたら、凄く優しい笑顔のカオルが目の前にいたんだろうなあ。ちょっともったいないことしちゃったわね。
そんな小さな後悔の念を感じながら、自分の体の安全を信頼できる人たちに託し、意識を完全に手放した。
――side:薫――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
黒羽の暴風雨が収まった。
恐ろしい攻撃範囲と質量の技だった。
俺達めがけて何百発と打ち出された黒羽の矢は、ユムナが空間魔法で完全に弾いてくれたが、もしユムナが居なかったら、気球ごと打ち抜かれていた可能性が高い。
魔力を使い果たしたユムナが気を失うと同時、気球を覆っていた空間の歪みが消え、俺達めがけて先ほどの凶悪な攻撃を仕掛けてきた巨大な存在の姿が、露わになった。
「PHHYYYYYYYIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!」
こちらの鼓膜を割かんとばかりに大きく威嚇の鳴き声を放つ超巨大怪鳥。
ハゲタカをそのまま巨大にしたような、威圧感と気持ち悪さの両方を感じさせる姿だ。
――先ほどまでより、だいぶこちらに近づいてきている。
「隊長っ! このままじゃ追いつかれちゃいます! ど、どうしましょう!?」
「森の中に不時着しよう。ノエル、風魔法で、この“気球”の球内にある気体を断続的に抜いていってくれ」
「は、はいっ! 間に合うでしょうか!?」
「このままでは確実に間に合わない。だから、俺がその時間を稼ぐ」
「了解っ!」
浮足立つノエルに指示を出す。
ピシリと命令受領のポーズを取ったノエルが、あわただしくポケットをひっくり返し、緑色の風の魔石を取り出し始めた。
内心焦りを感じているのは俺も同じだが、表に出してノエルを不安がらせるのは避けたい。
俺を睨み付ける、猛禽の鋭い眼光を真っ向から受け止めた。
怪鳥が一つ羽ばたくごとに、巨大な翼が空気を凪ぐ重い音が鳴る。
あんな奴に体当たりでもされたら、これほど小さな気球、ひとたまりもあるまい。
「高度、下がります! これでいいですか!?」
「ああ。その調子で頼む」
俺は手元の「拳銃」の安全装置を取り外しながら、ノエルの質問に答えた。
ガシャリと音を立てて弾倉をセッティング。
これで、後はもう一工程。
久々の日本語発声の時間だ。
『申請。仮想形態変化、モード“ライフル”』
『声紋確認。申請承認だよ、薫君♪』
俺の脳内に、久しく聞いていなかった、とある技術馬鹿のボーイソプラノが響く。
こっちの世界で初めて聞く、紅以外の奴からの日本語が、まさかこいつのものとはな。思わず苦笑いをしてしまった。
俺の銃は外見こそ単なる38口径拳銃だが、その実態はというと、件のボーイソプラノの持ち主たる変態的異能者の手で魔改造が施された、ゲテモノ拳銃だったりする。
実用性を度外視した「浪漫」道具を己の異能で作り出すことに命を捧げた少年。そいつが作成した訳の分からない道具たちを現実で使う手段を模索するのが、俺の仕事の一つだった。
この拳銃は、どうしても俺以外に使える奴が見つからず、結局俺が引き取ったものだ。
「仮想形態変化」を終えた拳銃は、見た目上特に変化は無い。ただし、弾速、有効射程、照準精度、それらすべてが、最先端ライフル銃のそれを遥かに凌駕するスペックに変化している。
それだけ聞くと、素晴らしい武器じゃないかと感心させられるかもしれないが、そんな単純に事が運べば、あの技術屋がASPにおいて、“才能ばかりの大問題児”と言われることは無かっただろう。
この武器の問題点は、「見えないライフル銃身」とでも呼ぶべき実体のない領域が拳銃の形を包むように存在していることにある。
あの馬鹿少年は、その見えない銃身の座標指定として「その見えない銃身に添えた手」を必要な設定にしていたらしく、俺のように1/10ミリ単位で手の位置を調節できる者でなければ、弾丸をまっすぐ飛ばす銃身を形成することすらできない。
更なる問題点として、通常の拳銃とは桁違いの速度で飛んでいく弾丸のためにその反動もまた凄まじいことになっており……もうやめよう、これ以上愚痴を言っても何も生まない。
そこまでの苦労を乗り越えてやっと使えるようになる武器が、「普通のライフル」と比較した場合の利点として、携帯性以外何も持たないというのだから泣けてくる。
――まあ、今回ばかりはその携帯性のおかげでこっちの世界に持ち込めたわけだがな。
見えないライフルの銃口を、巨大怪鳥に向ける。
眼鏡を外し、裸眼で照準を絞る。神聖魔法で視力強化した俺の目は、スコープ無しでも相手の翼の羽の一本一本に至るまでを確認できているのだ。
「隊長っ! 来てます! 来てますって!!」
迫りくる大怪鳥のプレッシャーに圧されたノエルが俺を急かす。
その声を背後に聞き流しつつ――俺は第一射の引き金を引いた。
ここに来てようやくユムナの一人称が入りました。
三章完結までもう少しです。




