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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第三章:竜の滅んだ世界
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第四十三話:人生には、思わぬ出会いが多く転がっているものだよねっ<結晶ハンター>

 また投稿が遅れてしまいました……。

 その分内容はしっかりつまっているので、許してください!


side:薫

 牛歩の歩みでユムナを追った俺だが、それでも十数秒もしないうちに目当ての場所にたどり着いてしまった。

 こちらに背を向けているユムナの姿が確認できる。

 そして、そのユムナの背丈の数倍はありそうな、大きい建物も。


 ――これが、“竜の教会”なのか?


 かつて、神の被造物でありながら、神と同格の崇拝対象であった「竜」。それを祀るための建物。

 大理石によって建造されたその施設は、小学校の体育館程度の大きさはあろうか。この町の建物としての例外に漏れず、全体を黒色植物の蔓に覆われ、一部は壁を突き破られて内部にまで侵入されているようだった。

 しかしそれでも、その外形はしっかりと保たれ、建造当初からの風格は揺らいでいない。

 美麗な装飾こそないものの、周囲の建物を圧倒するだけの重厚な存在感を放つ“教会”が、そこに鎮座していた。

 と、ふとそこで違和感に気づく。

 その教会の出入り口――人の身の丈二つ分ほどある背の高い大扉は今、左右に大きく開かれていた。

 そしてユムナはその大扉に背をつけ、内部の様子を緊張の表情でこっそりと伺っているようでもある。


 ――教会内部に何かいるのか?


 教会の魔物避け結界が破られているとすれば、内部が危険な魔物の巣になっていることは十分考えられる。

 そうであったとしたら、非常に面倒だな。


「おい、ユムナ。中に何があるんだ?」


 猫のように足音を忍ばせてユムナの背後に近づき、その耳元に質問を囁いた。

 自分の目で確かめる前にまずはユムナが確認した情報を聞こうと思ったのだが――


「ふやぁ!」


 お前はばね仕掛けの人形かと突っ込みたくなる速度で俺の方をぐりんと振り向いたユムナが、奇天烈な叫び声を上げながら盛大に尻餅をついた。

 しまった、さっきのショックから抜け切れていなかったか。

 どこか暢気に赤面して尻を抑えるユムナの姿を見下ろす自分と、今はそれどころじゃない! 、とけたたましく警報を鳴らす自分とが心中に産まれ、


「誰!!」


 “教会”内部からぴりりと引き締まった声で誰何の声が上がったことで、俺の精神は完全警戒体制へと移行した。


 ――人の声か?


 しかし、その正体も目的も今は分からない。

 だとすると、ひとまずはこちらの正体を知られないよう気を配りながら、相手の情報を集めさせて貰うのが良いだろうか。

 しかし、そんな俺の思惑は、すぐに破られた。

 扉前の空間に体を投げ出してしまったユムナが、盛大に打ち付けた尻をさすりながら立ち上がり、“中の者”の方を見て気まずそうな苦笑いを浮かべながらひょこひょこと歩み寄って行ったのだ。


「ごめんなさ~い。怪しいものじゃないの。あたしたちもこの建物にちょっと用があってね~」


 両手を頭の上に挙げ、敵意のないことを示しながら、中の者に呼びかけるユムナ。

 しかも、ご丁寧に「あたしたち」と、俺達が複数人であるという情報まで添えて。

 ぶち壊しだった。

 眼鏡を抑えて嘆息したが、言ってしまったものはしょうがない。

 開き直り、俺もユムナの隣に歩み出て教会内の人物と相対しようと構えると、ユムナが不審な動きを見せた。

 すすすっ。横滑りに移動し、俺から距離を取ろうとする。 

 一体、何故そんなに頑なに俺から距離を置こうとするんだろうか。

 視線で抗議を入れようとユムナに顔を向け、しかし、何か硬いものに柔らかいものがぶつかる音を聞き、それが出来なくなったことを知る。

 後方を確かめず後ずさりしたユムナが、逆側の扉にしたたかに頭を打ち付けたらしい。涙目で後頭部を抱え、蹲ってしまった。


 ユムナ、お前はなぜそうも色々と……抜けているんだ?

 先ほど誰何の声が飛んできた辺りからも、何やら呆気にとられたような空気を感じる。

 若干の共感シンパシーを感じつつその気配の主に向き直ると、その人物は慌てたように声を上げた。


「だ、誰っ? 冒険者の人なの?」


 人影が、こちらを警戒するように剣先を上げて臨戦の構えを取る。

 泥と埃の香り漂う暗い建物の石床が、鋭い刀身が反射する太陽光に染め抜かれた。

 俺はゆっくり隠密に目元に集めた魔力で闇を見通す視力を強化し、剣を構える相手の存在を伺った。


 それは、綺麗な少女だった。

 今は少しの緊張に引き結ばれている口元の上に、力強く開かれ、爛々(らんらん)と輝く赤い目がこちらを真っ直ぐ見通していた。

 剣の構えは実に堂にいったもので、剣先の揺らぎは糸ほども見えない。長い修練の末身に着けたのであろうことが良く伝わって来る。

 緊張はあるようだが、不安を感じている訳ではなさそうだ。それなりに腕に覚えはあるのだろう。 

 しかし、充分な戦闘能力を感じさせる佇まいに反し、年齢はまだ若い。俺の肩に届くかという背丈を見る限り、10代半ばに届いているかどうかも怪しいだろう。


「俺はA級冒険者のカオルという者だ。さっきそっちの女も言ったと思うが、怪しいものじゃない。剣を収めてくれ」

「冒険者、さん?」

 

 俺も先ほどのユムナに倣ってホールドアップし、敵意の無さをアピールした。

 少女はどこかほっとしたような息を漏らすと、剣先を膝元の高さに下げる「休め」の姿勢でこちらに歩いてきた。

 剣を収める気は無いようだが、まあそれは仕方ないだろう。

 少なくともこちらには俺とユムナ、相手の倍の戦力があるのだ。万一のことを考えるなら、警戒を解くべきじゃあない。


「え?」

「――あっ……!」


 入口付近にまで足を進め、ようやくはっきりと全身の姿形が分かるようになった俺はつい、驚き声を漏らしてしまった。 

 少女の頭には、暗闇で尚存在感を放つ金色の髪があった。

 アリスのような美しい人形めいた美しさではなく、生命力あふれる麦穂の畑を連想させる。

 しかし、俺が驚き、少女が自身の失敗を悔やむように身を硬くしたのは、その金髪が原因ではない。そのさらに上、少女の頭上についているものを三田からだった。


 狐の――耳か? 


 俺の視線が頭上を不躾に横切ったのを理解したのだろう。予想以上に幼い容姿であった少女が、むっとした、そしてどこか悲しげな顔になる。

 どうやら、本物の獣人らしい。なるほど。話には聞いていたが、服を着ていると、殆ど人間と区別がつかないな。骨格も肉体も獣よりは人間に近い存在なんだろう。

 そう。つまり、獣化した時の紅と変わらないんだ。

 そう思うと、緊張と不安の眼差しを向けてきている目の前の少女が、一つ間違えれば敵になりかねない相手ではなく、幼気な保護対象であるという認識のほうが強くなってきた。

 失礼な目線を向けてしまったことを詫びる意味も含めてにこりと微笑み、親愛の意を示す。

 すると、意外そうな顔をした少女が、首を傾げながら問いかけてきた。


「驚かないの?」

「ああ、ちょっとびっくりしたがな。お前と同じような奴を一人知っているんだ」


 嘘は言っていない。

 そしてどうやら俺の対応は正解であったようで、緊張に引き締まっていた少女の顔が、それでほろんと柔らかくなった。

 先ほどまで、剣先を床に向けながらもしっかり柄を握り込んでいたのだが、その握りを若干ではあるが緩めてくれた。


「へえ、お兄さん、獣人の友達がいるんだ。ノワール王国では珍しいね」

「ん? そうなのか、ユムナ?」

「ええ、そうよ~」


 ふらふらと起き上がってきたユムナに問いを投げると、回答が返ってきた。扉に打ち付けた頭がまだ痛むのか、さすさすと両の手でさすっている。

 筋肉痛と違って外傷なのだから治癒魔法で治せばいいだろうに。思い至らないのだろうか?

 ふむ。この怪我の原因の一つは俺だ。代わりに治してやろう。

 そう思ってユムナの頭に手を載せたる。

 またびくりと体を震わせたが、先ほどのように飛び退ったりはしなかったので、そのまま治療を続ける。

 

「――あ、ありがと。え、ええとね。このノワール王国では亜人種の人権を認める規定が無いのよ。お隣の帝国程じゃないけど~、人間こそ万物の霊長であり、支配者であるって主張する差別主義者レイシストもいるから、あまり住みよい所ではないのよね~。だからこの国は、亜人の人口そのものが少ないし、その友人となるとほんの一握りってわけ」

「お前はどうなんだ?」


 ちらり、とユムナに視線を向けられた少女が、若干姿勢を硬くする。


「大丈夫よ~。リーティスちゃんから聞いて無い? あたし達運命神アリアンロッド様の信徒は、万人平等主義。亜人だからって例外にはしないわ」

「なるほど、そうか」


 ほっと胸をなでおろす。

 それにしても、ユムナの言うことが真実なら、リーティスさんも獣人への偏見はないということか。

 それならもし仮にリーティスさんが紅の「耳」を見てしまうようなことがあっても、紅に接する態度を変えたりはすまい。

 良いニュースだ。


「そっちのお兄さんは外国の人?」

「ん~、何て言えばいいのかしらね~?」

「外国の人間だ。ところで、君はここで何をやっていたんだ?」


 余計なことを聞かれる前に、こちらから質問をかける。先ほどから気になっていたことだ。

 すると少女が、にこりと実に輝かしい笑みを浮かべた。

 やだ、この子可愛い。ユムナのそんな声がすぐ傍から漏れてきた。


 うずうずと、彼女に尻尾があれば振っていたんじゃないかと思うくらい嬉しそうにいそいそと背中の背負子を外し始める。


「えへへっ実は私、結晶ハンターなんだっ。ほらこれ、今日の戦果!」

「結晶ハンター?」

「うんっ、そう! 見てみる、お兄さん?」 


 少女が背負子の口を開け、中身を見せてくれた。

 バックパックにぎっしりと詰まっていた黒曜石に良く似た黒い結晶体を見て、俺は思わず目を見張った。

 その結晶は俺も良く見覚えがある。魔物の体内に存在する、魔物の存在核、魔結晶だ。

 ただ、俺が今まで見たことのある魔結晶などより、はるかに大きいものが多かった。中には、一抱えもありそうな大岩サイズまである。大きさもそうだが、純度も非常に高そうだ。


 ――いったいどれだけ多くの魔物を狩ったらこれほどの魔結晶が手に入るんだ? 

 

 魔結晶を得る手段について魔物狩りしか思い浮かばなかった俺は、この魔結晶の山を少女の戦闘の結果と認識し、素直に感心した。

 それに、これほど大量の魔結晶を持ち運べること自体が凄い。

 魔結晶は同サイズの金属塊程度の重さはあるのだ。この少女は軽く見積もって120kg程度の重しを背負って移動を続けていることになる。

 彼女がこの世界の「剣士」であることは疑いようもないが、その筋力は獣人独特の身体能力なども関係あるのだろう。

 巨大な魔結晶と、それらを嬉しそうに自慢してくる少女の顔を眺め、そこでふと気になったことを軽い気持ちで聞いた。


「そういえば、さっき言ってた結晶ハンターというのは、魔物ハンターの別名か何かなのか?」

「ん~? 違うわよ? 結晶ハンターってのは、魔力を体で感知できる一部の亜人種だけがなれる職業ね~。魔物になり損ねて魔力地帯に転がっている高純度の「魔結晶」を回収するっていう特殊な仕事。この魔結晶は“観測”されないと姿を現さない性質があって、普通の人間には見つけることすらできないの」

 

 いつの間にか俺の肩から身を乗り出そうとしてきていたユムナが、少女の代わりに答えた。魔結晶ではなく、何やらこいつの琴線に触れたらしい少女の姿をもっと近くで、そして俺という安全盾を挟んで鑑賞する狙いだろう。

 しかし。少女を見るという目的意識に支配された今のユムナは特に意識していないのだろうが、この体勢は色々拙い。

 傍から見たら今のユムナの体勢は、背嚢を下ろした俺の背中に抱き付いているようにしか見えない。

 気づくと、俺達二人の関係性を誤解したらしい少女が、興味深げに瞳を輝かせてこちらのことを見てきていた。

 俺の内心の焦りに気づく様子もなく、様々な意味で世間一般からかなりずれた感性とリズムを持つユムナが言葉を続ける。


「結晶ハンター自体、なることが凄く難しい職業だそうね~。まず、魔力の流れを相当細かに探る術を身に着けて、“どの魔結晶ならとっても大丈夫か”を見分ける必要があるんだとか。うっかり変なところにある魔結晶を取ったりすると、魔力の流れが変わって、その魔力地帯全域の魔物たちを刺激しちゃうそうよ~?」


 ――へえ、この幼い少女はこの年齢でそんな高度な技術を身に着けていたのか。


 ユムナの上半身を押しやりながら、感心の眼差しで少女の方を振り返ると、

 冷や汗をだらだらと流し続ける挙動不審な少女と目が合った。


 ――おい、まさか……


 自分が少女と同様に嫌な汗をかき始めたことを実感する。

 そんな俺達を他所に、何故だか不満げなに口を尖らせたユムナが言葉を締めくくる。


「熟練の結晶ハンターでも、人の頭サイズ以上の魔結晶を取ることは控えるそうよ~。一回のハントの成果もせいぜい子供が片手で持てるくらいの……量しか…………」


 片目を開けて、少女の鞄の中身を一瞥したユムナが絶句する。

 その鞄の中身は、俺でも身体能力の増幅無しで背負うには厳しいと思えるほどの量の黒い塊がゴロゴロとうなっていた。


 ――これは、相当に拙い事態なんじゃないだろうか?


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。ピシリ、ピシリ……。

 唐突に、俺達の足元から何かがせりあがってくるような音と、何かがひび割れ、砕けていくような音が聞こえてきた。

 渇いた笑いを浮かべる俺達三人が、互いの顔を見合わせる。


 ――大ピンチ、かもしれない……。


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