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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第三章:竜の滅んだ世界
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第三十七話:可愛いものへの形容表現って、結構色々あるわよね<妖精との出会い>

side:リーティス

「ん~。おはようございます。アリス、ベニさん」

「おはよ、リーティス。いい朝ね」

「お、オハヨウ、リーティス」


 寝袋から上半身を起こして伸びをしていた私は、アリスとベニさん二人の朝の挨拶に迎えられました。

 ベニさんは既に身支度を整え終え、まだ寝ぼけ眼ながらも寝間着を脱ぎ終えていたアリスはそのベニさんに髪を梳いて貰っていました。

 どうやら、この中では私が一番のお寝坊さんだったみたいです。

 ちょっと、情けないかもしれませんね。

 つい漏れそうになった欠伸を飲み込んだ私は、重い瞼をしばたかせながら寝袋を畳み、旅装の上着に袖を通します。


(あ、そう言えばベニさん。朝の挨拶の言葉を覚えたんですね)

『この旅には兄貴がいねえからな。他の言葉もこれから少しずつ覚えていくよ――っと、ほら。できたぜ、アリス』

「わあ。ありがと、ベニさま!」

 

 無邪気に顔をほころばせるアリスに癒されていると、チリン、チリン、と外から何やら不思議な音が聞こえてきました。

 余りに小さすぎて、聞き間違いかと思う程の音です。

 いったい何でしょう?

 その正体を確かめたい気持ちに駆られて歩みだそうとしましたが、上機嫌のアリスに声をかけられ、足を止めました。


「あ、リーティス。朝食だけど昨日の夜みたいに持ってきた食材で済ませる?」

「え? あ、そうですね。そうしましょうか」

『外の大天幕のほうは移動式の竈とかもあるっぽいし、さぞかし豪勢な朝食が出んだろうけど、周りを囲んでんのは男商人ばっかだもんな。昨日のこともあるし、やめた方が良いだろ――っと、「サンセイダ」』


 手元の「めもちょう」を見ながら同調を示したベニさん。

 アリスもベニさんも、特に外を気にしている様子はありません。

 う~ん、今のは私の聞き間違いだったんでしょうか?

 少しモヤモヤした気持ちを残しつつも、朝食をここで済ませることにした私たちは、荷物をごそごそと漁って黒パンを取り出しました。旅用の携帯食もありますけれど、余り保存の効かないこっちの方を先に食べておかないと。

 パン屑を落として汚したくは無かったので、寝床にしていたテントは丁寧に折り畳んで、収納しておきます。

 朝の風が心地よい芝の上にシートを広げ、三人並んで腰かけました。

 スライス済みのチーズや野菜を三人で分け合って黒パンに挟み、口に運びます。

 ふふ、こういう食事も悪くないですね。

 旅先の食事というよりは女友達とピクニックにでも来ている気分です。

 黒パンなんて数年ぶりだと言っていたアリスも、もそもそ口を動かして美味しそうに食べています。

 ベニさんも立てた膝に肘を載せる寛いだ格好で舌鼓を打ち、気を楽にしている様子。


 ……それにしても、今日は来ないみたいですね。

 きょろきょろと辺りを伺いますけれど、私たち以外の人影はみんな遠くの大天幕の方にあるみたいです。

 昨日の男性達がまた乱入して来るかもしれない、と身構えていたのですが、別にそんなことはありませんでした。有りがたいですけれど、肩透かしを受けた気分です。

 昨夜のあれは、添い寝相手欲しさからのみの行動だったのでしょうか?

 もしそうだとするなら、アリスではありませんけれど「男って……」とでも呟きたくなりますね。




 



「ほら! リーティス! おいてくわよ!」


 腹ごしらえを終えた私達は、馬車の出発する時間まで、腹ごなしに近くの林まで散歩に向かうことにしました。

 魔獣の危険がないわけではないんですけど、ベニさんの強さを信頼しているアリスがどうしてもとねだったので、押し切られちゃいました。


「へえ、人の手がそんなに入ってない割には歩きやすい場所ね。下草の背丈も低いし、散歩にはぴったりだわ」

(そうですね。ソルベニスの町から、材木や薬草の採取依頼を受けた冒険者の方なんかもいらっしゃるみたいですよ)

『秋場は紅葉狩りとかもできそうな場所だな。さぞかし綺麗なんだろうが、こんなとこに暢気にハイキングに来る奴なんていねえか』 


 木々の中を、アリスが嬉しそうにはしゃぎながら進んでいきます。その背中には旅行用の大きなバックパックが揺れていました。

 アリスがスキップするたびに彼女の金髪が舞い上がり、木漏れ日を受けて美しく輝きます。

 まるで、物語に出てくる妖精さんみたいで、本当に可愛いです。その後ろに付き従う私達は気の良い小人さん達でしょうか。


 はふう、とため息を吐いたところで、視界の端にちょっと気になるものを見つけて足が止まります。


(あ、待ってくださいアリス。薬草を見つけました。ちょっと採っていきませんか?)

「薬草? へえ、こんな森にはそんなものも落ちているのね」

『いや、落ちてはいねえよ。生えてんだよ。いや、RPG的には合ってんのか? あ、リーティス、あたしも手伝うぜ、どういうものを採ればいいんだ?』

(あ、手伝って貰えるんですか? ええと、それじゃあこんな形の――)


 そんなこんなでベニさんとアリスと一緒に数分の収集に勤しみ、結構な量の薬草が集まりました。

 一番楽しんで集めていたのはアリスですね。一本見つけるたびに「リーティス、見つけたー! 見つけたわよー!」と得意げに報告してきました。

 一番多く集めていたのはベニさんでした。

 勘が良いのかこういった探し物が得意なのか、切り株脇や木陰に自生する薬草を目敏く見つけ、次々と摘み取っていきました。

 自分の見つけた薬草の束を嬉しそうに見せびらかすアリスに気を遣ってか、こっそり私のポケットに「アリスより若干少ない収集成果」を除いた分の薬草を入れてきましたけど。

 ベニさんほどじゃないにせよ、アリスも初めてとは思えないくらいたくさん集めていました。

 ついついお花や虫さん達に目移りなんかして薬草探しに集中できなかった昔の私より、よっぽど上手に集めていたと思います。

 私の成果? え~と、……恥ずかしいので、言わないでも良いでしょうか?


 薬草採取という名の大草むしり大会を終えて、じゃあそろそろ馬車の方に戻ろうか、という流れになりました。

 戦利品で背中の鞄を膨らませて足取りの軽いアリスを先頭に、来た道を引き返し始めます。

 行きの道でベニさんが木の皮を削って記しておいた目印を見逃すまいと、じいっと木々の一つ一つをしっかり確認しながらアリスは歩いていきます。

 私とベニさんは、印探しゲームに勤しむアリスを鑑賞しながら、ゆっくりその後をついていきました。

 ふと、何かに気づいた風に首を巡らせたアリスが、足を止めてある一点を指さしました。


「あら? あれって、妖精さん……かしら?」


 唐突にそんな言葉を漏らします。

 私が確認のために視線をめぐらすより早く、地面を素早く駆け抜けたベニさんがアリスの前に立ちます。

 そして、「何か良く分からないもの」に不用意に近づこうとしたアリスを庇うようにして、その正体を誰何せんと近づいていきます。

 アリスは一体、何を見つけたんでしょう?


『え?』


 ベニさんが困惑の声を上げ、先ほどアリスが指で指し示した地点で立ち止まりました。


『本物の――妖精か? こいつ』


 ベニさんが両手を使って地面から抱え上げたのは、木の葉と見まごうような緑色の服に身を包んだ、身長15サントほどの小人の少年でした。



 ――side:紅――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『まだ目を覚まさないんですか?』

『んー。そうみたい。何でなのかしらね、お腹でも減ってて動けないのかしら?』


 アリスが見つけた妖精の少年は、体に外傷こそ見当たらなかったものの、土や草の切れ端で身に纏った服を汚していて、不法投棄された幼児向けドールの様な有様だった。

 あたしは往路で同じ道をマーキングしてたけど、こんな奴を見かけた覚えはない。

 一体いつからここに居やがったんだ?


「こんなにちっちぇえけど脈はあるのな。呼吸もしてるし、本当に小人……じゃねえのか、妖精、なんだな」


 この世界には、猫耳を頭に生やしたりそもそもか全体が牛の頭だったりといった、亜人と言われる種族が生活している。

 そのこと自体は知識としてリーティスから教わっていた。

 ただ、彼らはノワール王国には殆ど居住していないそうで、あたしが実際にお目にかかったことは無かった。

 こんな風に見るからにファンタジーな生命体を見るのは、これが初めてだ。


 妖精の少年の背中には、あたしが「妖精」と言われてイメージするような「翅」らしきものは見当たらない。

 リーティスによると、彼らはそんなものに頼らずとも宙を自在に舞う能力をもった希少種族なのだそうだ。舞空術常備とは便利なもんだ。某戦闘民族の主人公なんて、大魔王との戦いの末ようやく使えるようになったってのに。

 手に持った妖精少年の髪を、優しく親指で撫でてみる。


 ――ん?

 

 先ほどまで前髪で隠れていた少年の額が露わになり、何やら気になるものを見つけた。

 青い宝石のような何かが、まるで黒子ほくろか何かのように妖精少年の額に張り付いている。

 水魔石とはちょっと違うみてえだな、なんだろ?


『コレ、ナニ?』

(え? ……宝石、でしょうか? 綺麗ですね、でも一体何でしょう?)

『サファイア? 水晶? うーん、分からないわね』


 その輝きを指さしてリーティス達に正体を尋ねてみるが、二人して首を横に振る。

 むう、どっちも知らねえみたいだな。

 正体が分からないとあって好奇心が刺激され、あたしは軽い気持ちでその青いものに指を伸ばした。


 ゾゾゾッ!

 直ぐに後悔した。

 宝石に触れた人さし指から、急速に「何か」を吸い取られていく感触があったのだ。

 

 全身を襲う倦怠感に思わずふらつき、膝をつきそうになった辺りで、あたしの頭上でパチンと何かがはじけるような音が。

 その音が、あたしが頭につけていたカチューシャから発せられたものだと気づくと同時、体を襲っていた脱力感が霧散し、同時に宝石にくっついていた人さし指が手首ごと弾かれるような感覚があった。


 気付くと、慌てて駆け寄ってきたらしいアリスとリーティスの姿がすぐ近くにあった。体勢を崩しかけたあたしの体を支えてくれたみてえだ。

 

 ――いったい何なんだ、今のは?


 とにかく、今の感触の原因がこの妖精であることは間違いない。

 警戒心を呼び起こされ、手に抱えた妖精の体をそっと地面に下ろそうとした。 

 すると――、

 パチリ。

 妖精少年の目が開いた。

 ガラス玉のように小さな少年の目と、しばし見つめ合う。


 目を覚ました妖精は、すぐさま驚きと恐怖の色に顔を染め、あわあわと身を振ってあたしの手から抜け出した。

 そして、燕のごとく真っ直ぐ上空へと飛び上った。

 

「おい、待ちやがれ」

『ヒィッ!?』


 緊急発進してたちまち3mほどの高さまで舞い上がった妖精。

 あたしはそれを追って思い切り地面を蹴り、手を伸ばしていた。

 全力の跳躍は功を奏し、なんとか逃亡未遂の妖精を掴み取り、捕えることに成功。

 怯えてるとこ悪いが、逃がす訳にはいかねえな。


 今、あたしは何をされた? 

 その問いに答えられそうな奴が他にいない以上、この妖精に尋ねるしか手は無い。逃がしてたまるかってんだ。

 必死にあたしの手から逃れようともがいていた妖精だったが、数秒で動きを止め、萎れた生花のようにぐったりしてしまった。


「リーティス、お前の意思疎通魔法でこいつに話しかけられないか?」


 リーティスに身振りで魔法をリクエストする。

 口に手を当てたリーティスがコクリと頷き、膝立ちになって妖精のクタリと萎れた頭のあたりに目線を合わせた。


 ――さあて、どうなることやら


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