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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第三章:竜の滅んだ世界
45/197

SS:地球の料理

 side:薫

「あ~、何よ、カオル。なんだか美味しそうなもの食べてるじゃな~い。分けて分けて~」

「パンに豚の腸詰めを挟んで、辛子をかけただけのものだ。大したものじゃないぞ?」

「へえ、腸詰にそんな食べ方あったんだな。なあ、俺にも一口くれないか?」

 

 おや? こんなものに興味があるのか? 

 ユムナに自分の食事を分けるのは何となく気が進まないのだが……リュウになら、まあいいだろう。


「ああ、いいぞ。もう一個作ったから、こっちを食べて見ろ」

「私も貰って、いいです、か?」

「ああ。おい、リュウ。ランにもそれを分けてやってくれ」

「あたしもあたしも~」

「お前は食べたければ自分で作れ。大して手間がかかるものじゃない」


 ぶすっと口を尖らせているユムナの横で、俺が渡した腸詰入りのパン――地球で言うホットドッグ――を、リュウとランが二分割して食べ始めた。

 指を咥えて羨ましそうにそれを眺めるユムナがあまりに憐れだったので、俺が先ほどまで食べていた残り半分をその口に突っ込んでやった。


「あら、美味し~い」「美味え!」「美味しい、です」


 喜んでくれて何よりだ。

 だが、「調理」とも呼べないレベルの加工しかしていないような代物であるし、俺が得意げにするのは何かが違う気がしたので、笑顔に笑顔で返すことで返事とした。


 俺達は今、次の町へ向かう道の途上だ。

 魔力地帯から離れ、適当に腰を下ろせそうな草原を見繕って馬車を留め、昼食の休憩を取っている。

 同行者である御者や護衛の冒険者の男たちは、現在席を外している。

 あの鬚むさい冒険者のオヤジにランがびくびくしていたから、気を効かせてくれたのだろう。今頃は馬の傍で、俺達とは別に昼食をとっているはずだ。


 ラナさんはまだ馬車の中だ。

 彼女は病気の影響か、時折不規則な眠気に襲われ、強制的に休眠状態に陥る。 今が、ちょうどその状態なのだ。

 彼女の体は現在、馬車内に用意した特製のクッションに身を横たわり、安静状態を維持している。


「なあ、カオル兄ちゃん。これって兄ちゃんの故郷の料理なんか?」

「ああ、そうだ。『ホットドッグ』という名前だな」

「腸詰ってパンと合わせるとこんなに美味しいのね~。添えられた辛子も、何だか凄く合ってる感じ」

「こっちでは別々に食すのが普通なんだったな。『ケチャップ』というトマトなどから作る調味料をかければ完成形で、さらに美味しくなるんだが」

「これで完成形じゃないん、です、か?」

「ああ。腸詰のジューシーな肉汁を、ケチャップの独特の酸味と辛子の適度な刺激と共に味わえるようパンに挟んで食べるのがこの『ホッドドッグ』だ。玉ねぎやチーズも良く合うぞ。今食べた腸詰は冷めていたと思うが、出来立ての熱い奴を、その場でパンに挟むとさらに良いな。パリッとした腸詰さえあれば、飲物を用意せずともパンに噎せることなく腹に入る」


 ジュルリ。

 気が付くと、ユムナ、リュウ、ランの三人の口元から涎が垂れていた。美味い食に対する興味はどんな世界でも共通か。思わず苦笑が漏れる。


 地球の料理。

 こことは別の世界で発達した独自の料理文化が長年かけて生み出してきた、無数の知的財産である。

 上手く立ち回れば、そのレシピだけでも莫大な金を稼げるであろう代物だ。

 未だその扱いには悩んでいたため、必要以上に他人に教えるつもりは無かったのだが……。


「よし。せっかくだから次の夕食は俺が作らせてもらおうか。仕込み時間はあまり取れないが、食材も揃っているし、作れる限り、俺の故郷の美味い料理を振舞おう」

「楽しみ、です」

「あら、意外~。カオルって料理できたのね。女にやらせて自分は動かないタイプかと思てたわ」

「料理スキルは高くないさ。ただ、自活経験があるから、最低限のものは作れる」

「俺なんて、母さんから調理場に立つなって言われてるぜ。あんま興味なかったけど、せっかくだから俺もこの機会にやってみようかなー」

「リュウちゃんはやらなくていいよ。私がやる、から」

「あらあらあら~? ランちゃん積極的ねえ。どう思う、カオル?」

「何故俺に振る。それとさっきも言ったが、俺の料理スキルは高くないぞ。あまり期待しすぎるなよ」


 さて、持ってきた食材があれば鳥の唐揚げもどきが作れるな。鶏肉をカットするのが面倒だが、氷箱に入れていても日持ちする食材ではない。ここで早めに使っておくのが正解だろう。

 旅先でもユムナさえ居れば高温の炎は簡単に確保できるから、色々な料理が作れそうだな。上級魔術とは便利なものだ。

 そういえば、ラナさんにも麦粥以外に栄養のある食事を作れないものか。米は用意してあることだし、リゾットもどきならば俺にも作れるだろうか? 

 

 地球の概念をこの世界に持ち込むというのは、軽々しく行って良いことではない。しかし、純粋にこの世界の個人の為であれば、少しくらいは構うまい。何か拙い事態になれば、その責任は俺が取ろう。

 まあ、多少は良いだろう。この世界の運命神の代理人を自称するユムナだって、特に何も言ってこないしな。


 ちらりと蒼髪女の方を見やると、リュウやランと、自分達の好物についての談義に花を咲かせていた。

 リュウは香辛料の効いた辛いもの、ランは果実などの甘いものが好きらしい。

 ユムナは味が濃いものなら何でも、とのたまっている。

 お前、もし日本に来たら、ジャンクフードを食べ過ぎて太るタイプか? 

 ダイエットに励むユムナの姿を想像しようとしてかぶりを振る。

 汗だくになったユムナの姿は意外と目に毒だという事が良く分かった。


 ――美味い飯は、万国共通、か。


 ふと、日本での紅との暮らしを思い出す。

 あの頃は、何だかんだで紅の手料理には良くお世話になっていたものだ。紅と離れ離れになる前は特にそうだが、「再会」した後も良く紅お手製の弁当を貰っていた。

 俺が紅の手の加わっていない食事を採らないのは、よっぽどASPの業務で忙しい日くらいのものだった。

 キッチンの方から聞こえてくる紅の鼻歌を聞き流しながら、ASPに提出する書類を作成し、資料の山と格闘していた思い出が蘇る。

 紅が二人分の食事の載ったお盆を両手に抱えてキッチンから出てくると、俺が仕事を切り上げる合図になるのだ。

 二人でいただきますの挨拶をする前に、長時間PCに向かっていたことで凝った俺の肩を、紅が揉み解してくれたことなどもあった。


 ――日常的に同じ食卓を囲み、食事をするというのは、その人が家族や特に親しい人であるという証だ。


 だから、そんな者達のために料理人が振舞う品は、美味しくなければならない。食卓を囲む時間が、皆にとっての憩いの時になることを願って、精一杯美味しいものを作るのだ。


 人間は、出会った人全てを好きになれる生き物ではない。

 例えば俺なら、パシルノ男爵のことなどは全く好きになれる気がしない。

 先日、留守中の彼の邸宅に侵入して破壊工作をしてきたことだし、彼も俺のことは大嫌いだろう。

 しかしだからこそ、自分にとって大切だと思える限られた人達に対しては、自分の出来る最善をすべきだ。それは、料理だけには限らない。


「まあ、それなりに楽しみにしておいてくれ。さて、そろそろ食事も終わったろう。馬車の中、ラナさんのところに戻るぞ」


 俺の料理がどんなものになるかの予想に話題を移し、楽しそうに食後の会話に勤しんでいた三人に声をかける。


 ――今度は、アリスやリーティスさんにも地球の味を知ってもらいたいところだな。俺が――いや、紅が既に振舞っているだろうか?


 全部片が付いたら、きっとまた、お前達とも同じ食卓を囲もう。


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