第三十六話:正面からぶつかりあうことを戦術とは呼ばない<屋内戦闘>
side:薫
「いいか、侵入者のクソッタレどもが扉を開けやがったら、そこで集中砲火だ! 残弾を惜しむんじゃねえぞ、たっぷりがっつりおみまいして、蜂の巣にしてやれ!」
「「「うっしゃぁぁああああ!」」」
物騒な指示を出す大きなだみ声に、歓声のように沸き上がった男達の声が答えた。
壁越しにもはっきり聞こえる大雑把すぎる作戦指示に、俺はやれやれと頭を振って呆れを示した。
――室外にまで届くような大声で作戦指示をするとはな。威嚇のつもりかもしれないが、いくらなんでも馬鹿すぎる。減点1だな。
拠点への侵入者対処に慣れていないことがまるわかりの雑な指示だった。
攻める側である俺達からすれば有りがたいことではあるのだが。
俺がピタリと耳をつけて伺っている壁の向こうの室内では、盗賊の一味達が、やがてやってくる俺達相手にいかに強烈な攻撃の洗礼を浴びせてやろうかと息巻き、喧しく騒いでいた。
敗走に敗走を重ね、とうとうこの一室に立てこもるまでに追い込まれたというのに、随分と元気なことだ。
盗賊達がアジトにしていたこの屋敷で、制圧済みでない場所は、既にこの部屋意外に存在しない。
緊急脱出口だった井戸は勿論、武器倉庫から金庫蔵に至るまでを物理的に閉鎖し、鉢合わせた構成員達はすべて処理を終えている。
唾を飛ばして部下達を叱咤している盗賊の頭も、そのことは既に理解しているだろうに。
俺は、未だ騒がしい部屋の壁から身を離し、盗賊達の手による美的センスの欠片もないごちゃごちゃとしたな装飾と調度品に塗れた廊下にて、最後の突入準備と確認を行う。
さっと手を回して確認した腰元には、微かに重い拳銃と切り札の特製ナイフ。
装備、OK。
くるりと後方に目をやり、確かめた先には開け放たれた一階の窓。その窓の先には、人払いの済んだ街角の道路。
緊急時の逃走ルート確保、OK。
そして俺は今作戦における大事な「相棒」に声をかけ、作戦開始の合図とする。
「ユムナ。行くぞ」
「オッケ~」
振り返ると直ぐ近くに、その大切な相棒が親指と人さし指で○を作り、頭上でひらひらと振って支障無しの報告を示していた。
相棒の準備、OK。
不備無し、準備完了だった。
事前に打ち合わせた通り屈んで待機していたユムナの肩に足をかけ、俺は高く跳躍した。
それから殆ど時をおかず立ち上がったユムナが、えいやっと実に軽い仕草で腕を振り下ろす。
その瞬間、盗賊達の籠っていた扉が突如巻き起こった爆炎に呑まれた。
前もって扉に設置していた火の魔石を、ユムナが無詠唱で起爆させたのだ。
部屋に通じる木製の大扉が激しい爆圧に吹き飛び、盗賊の下っ端達が汗水たらして積み上げた、その向こうのバリケードに突っ込んでで崩壊させる様子が、視界の端にちらりと映った。
壁や床一面、そして扉そのものに執拗に施された魔力結界の影響だろう。
魔法で生じた爆圧と炎熱そのものは部屋の内部に影響を及ぼせなかったようだ。
しかしこれで、部屋への唯一の入口は完全に吹き抜けの大穴に変じた。
手筈通りなら今頃、もうもうと沸き立つ煙に溢れたその大穴の前に一人立つ「俺」の姿を、緊張に体を硬くした盗賊達が視認しているはずである。
「来たぞ! ぶっ殺せ!」
頭が放った号令の下、その「俺」に向け、魔法の存在するこの世界ならではの種々の弾丸が一斉に撃ち放たれる。
突然の爆風にも怯まず、真っ先に反応を示した男盗賊の手からは、空気を焦がして突き進む炎の弾丸が、
頭の陰に隠れて爆音と衝撃を耐えた短髪の女盗賊が振るった杖からは、回転音轟かしながら前方へ飛んでいく長大な土の槍が、
他にも、床を切り裂いて進む空気の刃、扉を潜り抜けられるかも怪しいサイズの岩塊、果てはそれを構成する物理法則を問い質したくなるような真っ白な光の塊まで。
それらが壮絶な弾幕となって、一斉に「俺」に襲い掛かる。
数秒前まで部屋と廊下を仕切る扉であったはずの場所に降り注いだ破壊の雨は、大音響と共に派手な光を撒き散らして炸裂した。
それを見届けた盗賊達は、「やったか?」とばかりに煙立ち昇る入口を一斉に注目する。
それはもう、見事なまでに俺の狙い通りに。
何もない廊下の奥を見通そうと固唾を飲んで目を凝らす盗賊達を見下ろしながら、俺は単純な囮作戦に綺麗に引っかかってくれた盗賊達に心中で賞賛の声を送った。
俺は今、予め開けておいた穴を潜リ抜け、先ほどいた階の上階までやってきていた。
場所で言えばちょうど、盗賊達の立てこもり部屋の、その真上にだ。
盗賊達が攻撃を叩きこんだのは、ユムナが魔法で作った俺の幻影だ。
「大抵の魔法なら人並み以上に使えるわよ~」と豪語したユムナに光の屈折を利用して作らせた、俺の虚像である。
急造の魔法製案山子はしかし、盗賊達の目を引き付ける役割を十二分に果たしてくれた。
足元の揺れに階下で生じる壮絶な爆裂を感じ取りながら、俺は抜き放ったダガーを床面に滑らせ、足元に大きく円を描いた。
そして、描いた円の中心を力の限り蹴りとばす。
一階部屋、その天井の一部だったものが、盗賊達の足元に轟音と共に叩きつけられた。
浮足立った盗賊達を尻目に、丸く開いた穴の縁を蹴った俺は、先ほどから指示を飛ばしていた、一際大柄な盗賊の男の頭上に身を躍らせた。
突然「先ほどまで扉付近にいたはずの男」が天から降ってきたことに動揺しているのだろうか。
こちらに魔法の狙いを定めている者は皆無だ。
――減点、もう1点だ。
とうとうご対面を果たした強面の「頭」の首を両足で極め、そのまま後ろに倒れこむ。
部屋に飛び降りてきた勢いを載せて体をひねり、両手で床を掴んだままその巨体を足で背後へと投げ飛ばした。
ゴキリ。
投げる瞬間、首の骨が折れる嫌な音が耳に届いた。
人二人分の高さの三点倒立から繰り出した投げ技を受け、受け身もままならずに壁に衝突した頭の体が崩れ落ちる。
その手に握られていた巨大な戦斧が床に投げ出された。
この段階になってようやく、下っ端の盗賊達が反応を示した。
慌てて俺に向かって構えを取り、侵入者たる俺に攻撃を仕掛けよとして、うっと息を飲む。
部屋の中心に飛び込んだ俺に向けて魔法を放てば、対面にいる味方にも被害が及ぶ。迂闊な攻撃は放てなかった。
杖の代わりに剣を構えた盗賊も、魔法使いの仲間達の攻撃に巻き込まれることを恐れ、飛び込むことができないでいる。
そして、盗賊皆の視線が俺に集中したまま、一瞬の沈黙が生まれた。
これまた、呆気ないくらいこちらの計画通りに。
―― 一人くらい別方向にも注意を払え。対応が場当たり的すぎる。予想外の事態が起きたくらいで、こうも狼狽えるのは錬度が低すぎると言わざるを得ないな。減点、さらに1。
盗賊達の隙を見計らって、ユムナが大穴と化した部屋の入り口に姿を現していた。
「それっ!」
あっと口を開ける間の抜けた盗賊達を尻目に、ユムナは手に持つ透明な物体を悠々と投擲し、部屋に投げ入れた。
放物線を描いて飛ぶ石礫が、天井付近に差し掛かる。
次の瞬間。
視界が白一色に染まった。
ASP製サングラスで目を覆った俺さえも目に痛みを覚える強烈な光。
強烈な光を食らった盗賊達は、たまらず体を抱え込んで海老のごとく体を丸める。
投擲した光の魔石を媒介にユムナが発動した「過剰光」という名の魔法をまともに食らい、盗賊達は一人残らず床を転げる虫となった。
――視界を奪われた際の対策も無し、さらに減点1だ。もう赤点か?
芋虫同然の格好で床を転げ始めた盗賊達。
俺は先ほど魔法を使っていた盗賊達を中心にその顎や側頭部に掌底を加えて脳を揺らし、次々と意識を狩りとっていった。
ユムナも土魔法で呼び出した縄で盗賊達の拘束を始め、手際の拙さは否めなかったものの、なんとか三人を無力化し終えた。
やがて、部屋に立てこもっていた15名の盗賊団員は完全に沈黙した。
戦闘終了である。
「相変わらず目的の相手以外は殺そうとしないのね~。面倒じゃあないの?」
廊下に置いた荷物を回収してきたユムナが、腕を頭上に上げて伸びをしながら首を傾げて尋ねてきた。
確かに、これだけ派手に暴れまわっておきながら、俺が命を奪ったのは正式に「討伐依頼」の出ていた「頭」のみ。
後の面子は、抵抗力を奪う拘束を施しただけである。
「言っただろう? 俺は自身の勝手な判断で人は殺さない」
「え~、あたしのことは本気で殺そうとしたくせに何言ってるのよ~。だいたい『殺してもいい』って他人が言ってるのに従うのは良くて、自分で決めるのは駄目って、訳分からない」
確かに、ユムナの言う通りかもしれない。
だが、本来この世界の住人でない俺がこの世界の人間に大きく干渉すること自体、過ぎた行いではないのだろうか。
少なくとも、そう軽々しく行っていいこととは思えない。
村を出た時――とある、大切な少女に諭された時から、ずっと考えてきた。
俺の偏見をもって俺が力を振るうならば、それはどんなに言い繕ったところできっと俺の独善だ。社会のため、世界のため、皆のため、どんなおためごかしをしても意味はない。
俺は、独善で人を殺すのを良しとしない。
少なくとも俺自身が本気でその人間の死を心から望む理由がない限りは。
それに、それだけじゃない。
「俺は、まだ自分の『力』がどれほどのものか想像することすらできていない。それほどまでに社会も世界も知らない人間なんだ。だから俺が俺の意思で人を殺すのは、俺が自分自身というものを全て把握し、その責任を負うことができるようになってからだ」
「あ~あ~、気持ちの悪い理論ね~。大人ぶりたいのか子供ぶりたいのかどっちかにしてよね、もう」
ユムナが呆れた風に言いつつ、睨んで来る。
俺はあくまで笑顔でそれに応じた。
「あ~。こりゃ駄目ね~。まあ、いいわ。それよりカオル、実は今朝、宿の前にこの町の武器屋の看板娘ちゃんが――」
何を言っても無駄と悟ったのか、ユムナはこの話題をそこで打ち切った。
語り出したどうでも良い雑談に相槌を返しながら、俺は密かに胸を撫で下ろしていた。
ユムナに気づかれない様、密かに安堵の気持ちを噛みしめる。
今回、俺はきちんと「殺す」ことができた。
守りたい者を守る時に、殺人は躊躇しないつもりでいたが、あのココロ村での「決意」の日から、自分の根本に甘さが根づいてしまっているのでは、という不安感が常に付きまとっていたのだ。
肝心な時に守りたい人間を守れないようなら、そんな甘さは必要ない。
誰かを護るための殺人なら、俺は喜んで手を汚す。
だからこその安堵だった。
ユムナと軽口をたたき合いながら廊下を進み、俺達は盗賊アジトの入口までたどり着いた。
酒や血の臭いが漂い、鬱屈したものが溜まって居そうな屋内から、喧騒の届く、明るい街路に出る。
「確認させて頂けますか? 中の盗賊達は倒し終えた、と認識して構わないのですな?」
家から出てきた俺達に、白髪頭を撫でつけながら進み出てきた、身なりの良い男が声をかけてきた。
その声が若干胡乱気だったのは、怪我らしい怪我をしていない俺達に疑問を抱いたからだろうか。
「ええ」「ふふん。当たり前でしょ~。あたし達を舐めないでちょうだいな。余裕ね。余裕」
「そうですか。それなら結構。……お前達、確認を頼むぞ」
俺達の応答に満足し、背後に控えていた街の警備隊に指示を出したこの男は、冒険者ギルドにこの盗賊団の討伐依頼を出した町長だ。
こういった依頼というのは、冒険者ギルドに稀に良く舞い込んで来るものなのだそうだ。
警備兵でなく冒険者に依頼するのは、貴重な警備兵力にして街の市民でもある彼らを減耗させないためらしい。彼らの本分は街の治安維持や公務執行中の代官達のボディーガード、それも多くは町外の魔物・魔獣対策という話だから、盗賊団壊滅などという危険度の高そうな仕事は確かに向かないだろう。
肝心の冒険者も中々引き受けてくれなかったらしいこの依頼は依頼料、成功評価共に悪くなく、話を聞いた俺達が即決で請け負ったのだ。
因みに、俺達が先ほど壊滅させた盗賊団は、盗賊行為以外にも詐欺行為などに手を染めていた総合犯罪組織だそうで、以前から目の上のたん瘤のような存在だったらしい。
依頼成功の謝礼金と礼の言葉を受け取って、俺達は町長たちと別れた。
ユムナと並んで人払いの行われていた狭い通りを抜け、街の大通りまで出た。
道行く町の住人達は、先ほどまで自分たちの傍で戦闘が行われていたなどとは思ってもみないのだろう。
俺達の周りを歩く買い物袋を下げた女性や、仕事帰りと思わしき男性達は、その足取りも軽い。これから家路につくところのようだ。
そんな人の群れに混じり、俺達も宿に向かう。
「あ、おかえり、です。カオルさん、ユムナさん」
「ただいま~、ランちゃん。ラナさんの容態はどう?」
「うん。大丈夫みたい、です。これなら明日の馬車に乗ってもよさそうだってお母さん、言ってた」
宿に戻った俺達は、安静にしているラナさんの横に座っていたランに帰宅の挨拶を告げた。
「リュウはどうした?」
「リュウ君はまた「剣士」? の練習だって言ってお外に出て行っちゃった」
俺達は結局、ラナさんをアルケミの町まで運ぶという依頼に、同行を強く希望したリュウとランも一緒に連れて来ていた。
本人達の希望もあるが、彼らの父親達もまた、それを望んだのである。雑用などに好きに使って構わないから、道中彼らの面倒を見てやってくれないか、と。
思えばソルベニスの町も「あの」パシルノ男爵の自治領だ。ココロ村程ではなくとも、まともな社会保障が期待できる訳がなく、生活に困窮していたらしい。リュウの両親には、可能な限りリュウのことを鍛えてやってくれないかとも頼まれた。
俺では「剣士」の技術は教えられないため、今は町の冒険者ギルドで教官を求める依頼を出して、その冒険者に指導させている。中々筋がいいと褒められているようだ。
俺が彼らの希望をできる限り叶えているのには、訳がある。
もし俺が道中リーティスさんに"呼ばれる"ようなことがあれば、彼ら道中にをほっぽりだすことになってしまう。
先方もそれは了承済みで、後払いの謝礼金をリスク分削ることで契約が成立しているのだが、こちらが我儘を言う分程度は、可能な限り便宜を図ってやるということでバランスを取ったのだ。
移動の間は馬車と共に他の冒険者にも護衛を依頼しているため、俺達が居なくなってしまって即、危機的状況に陥る、などといったことは無いだろう。とはいえ、リュウ本人が強くなれるのならば、それに越したことは無い。
「そうか。なら、ユムナ。リュウを連れて来い」
「女にやらせる仕事~? そんなの自分でやりなさいよ~。まあ、行ってあげるけど」
億劫そうな物言いで顔を顰めつも、椅子に下ろしかけていた腰を上げて、素直に部屋を出ていった。
……立ち上がる際の「どっこいしょ」というオヤジみたいな掛け声は、どうかと思うぞ。
ユムナを見届けた俺は、ランの横に腰かけて腕まくりをした。
俺が何をするか分かったらしいランが、すっと立ち上がって俺の後ろに立った。
――術式起動。形態、白の1。魔力回路方式、A-27。3、2、1……発動。
ベッドに横たわるラナさんの額に手を載せ、俺は集中に入った。
自身の心臓の拍を意図的にズラしてリズムを刻み、脳裏に幾重もの複雑な構造線を思い浮かべ回路のような構造体をイメージする。
リーティスさんやユムナのような一部の人種なら無意識のうちにこなせる、とある特殊な方式による魔法を俺は力技で発動させていた。
知覚はできないが、今頃俺が脳内で形成した仮想回路に魔力が流れ込んできているはずだ。
やがて、回路を通った魔力は世界に影響をもたらす実体となる。
俺の右手が発動体となり、神聖魔法の「治癒」が無事発動した。
医者も匙を投げたラナさんの病気を治すほどの効果は無いが、体の不調を取り除き、健康体に近づけることで患者の抵抗力を高める程度の効果はある。
アルケミの町の治療院につくまでは、こうして俺が毎日治癒魔法をかけることになっているのだ。
「神聖魔法」は、生物の肉体に作用する特殊な魔法だ。この世界では神聖魔法といえば治癒魔法こそが基本、と考えられているようだが、その原理的には自身の身体能力強化のような使い方の方がより根っこに近い。
「剣士」の技術の存在からあまり研究されてこなかった分野である「肉体強化」の神聖魔法だが、今の俺には非常に重宝している。戦いに使える技が増え、魔物狩りが格段に楽になった。
「いつもありがとう、です。カオルお兄さん」
お礼を言ってくるランの笑顔に、幼いころの紅の顔が重なった。あいつも、子供の頃はこうして無邪気に笑う奴だった。
――今頃、紅達はどうしているのだろうか
ランに笑顔を返しながら、現在俺と同じ空の下にいるであろうこと以外何もわからない、三人の少女達に思いを馳せる。
――次の町、あそこからようやく「古都」に赴ける。紅、待っていてくれ。直ぐに用事を終えてお前達に合流するからな。




