第三十一話:吐かぬなら 吐かせてみよう 潜入者(スパイ)さん<尋問>
今回より、見易さを優先してカオルの異世界語表記が「」になります。
side:薫
「ユムナ、これから俺が問うことに即座に答えろ、回答以外の言葉を挟めば、後で罰を与える」
「え~? いやん、こわ~い。いったい、どんな……」
「一つ目だ。お前がガーリス盗賊団に入ったのは何時からだ?」
いつまでもいつまでもこいつのペースには乗ってやらない。
苦手な相手なればこそ、自分のペースに引き込んでやるべきだ。
そう決め、俺は視線をうろうろと彷徨わせながら韜晦するユムナの顎に手をかけ、手元に引き寄せた。
バランスを崩したユムナがたたらを踏む。
困惑に揺れるその両目をしっかりと覗き込みながら、俺は問いかけを続行する。
嘘の気配、その欠片も見逃してやるものか。
リーティスさんに紅達の後を追わせた後、俺はランの母に断わって、彼女の家を一旦出ていた。
その後、人気のない空き家を見繕って忍び入り、ユムナの尋問に取り掛かったのだ。
この家の主は芸術家志望か何かなのだろう。
防音優先で壁の厚い家を選んだのだが、複数の部屋のあちこちに木くずが散乱し、家主の作品と思わしき木像がいくつも置いてあった。
小鳥をモチーフにしたと思わしき懐中時計大の小像から部屋の半分を埋め尽くさんばかりに広がる木彫りの川など、千差万別だ。
最も今は尋問の痕跡を残さないため、それら木造や足跡の残る木屑の無い部屋――小さな寝室を使用させて貰っている。
不法侵入者として目撃されるリスクはあったが、緊急時である。この尋問の結果次第ではその様な事、木端ほどにも気にならないような事実がごろりと出てくるかもしれない。
「え~と、3年前ね。前も言ったはずだけ……」
「前回は2年前と言っていなかったか?」
「え~? 言ってないわよ~? 勘違いじゃない?」
ユムナの、笑顔という名の鉄面皮が揺らぐ気配はない。
この程度の揺さぶりは効かないか。
だが、わずかに、毛筋ほどに速くなったユムナの脈拍を、俺はしっかりと捉えていた。
「そうか、ところでパシルノ男爵は上手くやったもんだな」
「え?」
「既に捕まって極刑が決まっている盗賊団を手駒にしていたとは。それなら仮に民間人から目撃報告が出ても『そのような盗賊は既に捕まっている。亡霊か何かじゃないか? あるいはお前が嘘を言っているかだ』と言って誤魔化せるからな」
ユムナの反応は無い。
瞬きした彼女の茶色の瞳は相変わらず、俺の姿のみを映し出している。
「俺が冒険者ギルドで見た『盗賊手配書集』にユムナの様な女性構成員の記載は無かった」
「ああ、あたしはその時手配されてなかったから~。全員が全員……」
「ダウトだ。ユムナ」
まだ釣り針の用意はあったが、案外早く食いついてくれたな。これなら本当に「入って間もなかった」可能性も高くなってきた……。
ユムナの喉が鳴る。
ここに至って表情を崩さないのはさすがだが、心臓は正直だった。
バクンと一つ、それこそ宙返りでも打ったかのように拍動してくれて、大助かりだ。
掌に感じる脈拍の変化もまた、何よりも雄弁に彼女の動揺を俺に教えてくれている。
「『その時』とは何時だ? 俺がギルドで読んでいたのは魔物・魔獣関連の書籍だけだよ。ガーリス盗賊団は過去に一網打尽にされたことでもあるのか?」
にこりと笑顔を向けて、さらに問い詰めさせてもらう。
ユムナが沈黙する。
――更なる揺さぶりをかけるなら、今しかない。
唇を舌で湿らせ、問答を続行する。
「もう一つ質問だ。お前の目的は俺か? 紅か?」
「や、やあねえ。目的ってなあに? あたしがいったいどんな目的を持ってるように見えるって言うのかしら?」
目的……ね。
「否定するのはそこだけか?」
「っ! そもそもあたしは……」
「言わなくて良い。お前は『俺達に捕まって』今ここにいるはずだろう。目的も何も、今ここにいること自体が不本意じゃないのか?」
「そうよ。だからそもそも目的なんて……」
ユムナの言が尻すぼみに消えていく。
彼女の顔が下を向き、肩がプルプルと震えだした。
「ああもう、ちょっと~。あたしの華麗な計画が台無しじゃな~い」
「やはり、そうだったか」
ユムナが両手で頭を抱え、髪を振り乱して喚き始めた。「うが~」だとか、「くぬぬ」といった鳴き声が混じる。
どうやら俺の勘は当たっていたらしい。
捕まった盗賊にしてはやたらと余裕のある態度、
時折俺や紅のことをじいっと観察していたこと、
一構成員にしてはやたらと詳細に盗賊達の巡回ルートを知っていたこと。
怪しむべき要素は多かった。
何のつもりでそんなことをしていたのかは分からなかったが、「ただの盗賊」ではないだろうと考えるには十分だ。何故もっと早く気付かなかったのか。
「本当だったら、あなたたちがピンチに陥った時に、ズパンっと華麗に加勢して、『この私こそあなた方の真なる導き手なのです』とか言って信頼を得るつもりだったのに~」
「やはり、意図的に俺達に捕まるよう仕組んだのか? お前の言うとおり俺達に信頼されるのが目的なら、盗賊と疑われる立場は逆効果だったと思うが」
「貴方に『選ばれて』同行するっていうのが大事だったの。人の運命への干渉は中々気を遣うものなのよ? まあ、こんなこと言っても訳分からないでしょうけど。何で自力で見抜いてくれちゃったかな~。これじゃああたしに全幅の信頼を寄せてくれないじゃない。あたしの言葉を信じてくれないじゃな~い」
ユムナが色々と訳の分からないことを喚き出した。
気になる単語もいくつか混じっていたが、今は一番聞きたいことが別にある。
「それで、お前は俺達の敵なのか? 味方なのか?」
「味方よ、味方~。こう言っても完全には信じてくれないんでしょうけど。ああ、もう」
「お前の正体は?」
この調子なら、あっさり色々と喋っては貰えそうだと思い水を向けると、ユムナは予想外の行動を取ってきた。
ニヤ~ッと意味深な笑みを見せた後、目を瞑り、胸の前で組んだ両手を顎の高さまで上げた。
ちょうどリーティスさんが立位で祈祷をする時の様な姿勢を取り、ユムナは一つ、重々しい咳払いを放った。
「ええ、コホン。よくぞ私を見出しました。異世界の者よ。ここまでそなたを導いた運命神様のお導きに……」
「前置きは結構だ。まず結論を言え、結論を」
長話の予感がしたので、ひとまずすっぱり話を切らせてもらうことにした。
「ううっ。聞いてくれたっていいじゃない。結構憧れてたのよ、こういう宣言~」
脱力し、膝を折って両手を地面に突くユムナ。
そのまま、コンビニ脇で不良たちがたむろしている時のような体勢になっていじけだした。
それにしても「異世界の者」とはな。
紅の身に起きた精霊魔法でも俺達の『力』でも説明し難い事態に大きな勢力の香りは感じ取っていたが、想像以上に大物だったのかもしれない。
こいつ程度の相手が尖兵で、あるいは幸いだったかもしれないな。
この様子なら、そこまで大した立場のある存在ではないだろう。
そんな俺の予想は、何かをあきらめた風な顔でふっ、と息を漏らしたユムナが投げやりな調子で呟いた次の一言で粉みじんになった。
「あたしは、運命神アリアンロッドさまの最高司教。この場合は運命神の代理人と受け取ってくれて構わないわよ」
聞き間違いだと信じたかった。
一章設定資料集に、夜桜シルク様より頂きました、今作ヒロイン、リーティスさんのイラストを載せております。是非一度、ご照覧ください。




