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第二十八話:重要な転換点は、いつも唐突だ<表出>

side:???

「何で駄目なんだ!Gランクの登録料だって持ってきた、剣だってある!俺だって魔獣を倒せるんだ!」


 冒険者ギルドという字面からは想像できないほど綺麗な建物の中。家具の配置は整い、家具の陰からランプの周りまで、あらゆる場所に清掃が行き届いている。 

 そんな清潔な空間を裂き、入り口付近のたまり場で談笑していた冒険者達が思わず会話を中断して振り返ってしまうほどの大声が、奥のカウンターから聞こえてきた。

 受付の女性を現在進行形で困らせているその大声の主は、焦れた風に言葉を続ける。


「俺が八歳だからか?! 剣士でも魔法使いでもないからか! ギルドの規定にそんな制限なんてねえってことは知ってんだよ!」

「もうやめようよ、リュウちゃん。ほら、皆に見られてるよ。あきらめよ」

「あきらめられっか!さっきDランクで登録されてたあいつらだって、剣士でも魔法使いでも無いって言ってたじゃねえか。何で俺だけ駄目なんだよ」


 脇にいる少女に窘められるも、落ち着く様子はなく、逆に今度はその少女にくってかかり、さらにはこちらに対してまで無遠慮に指をむけてきた。

 相変わらず大声でわめき散らすことを止めないその少年に対し、「私」は口を出すことに決めた。


「少年」


 思いのほか冷たい声が出た。まさかと思われる人物が口を開いたことに驚いたのか、カオルがギョッとした目でこちらを振り返っていた。

 その目線をひとまず意識から除外し、生意気そうな目でこちらを見上げる少年に一言。


「貴方じゃ魔力地帯に足を踏み入れた時点で即死よ。……命を無駄にしたくないというのなら、早くお母さんの居るお家に帰るのがお利口でしょうねえ」

「何だよてめえ、お前だって冒険者になったばっかりだろうが!冒険者の経験も碌にねえ奴が何言ってやがる!?」

「あらぁ? 私は冒険者じゃあなかったけど、戦いの経験はそれなりにあるつもりよ。もっとも、戦いというよりは虐殺と言った方が近いかもしれないけど」


 スッと少年の前で膝をつき、下から目線を合わせて、その顎を片手で掴む。


「そうねえ。君くらいの年の少年を手にかけたこともあるわ。あの時はお腹の肉を爪で千切りとってあげたんだったかしら。良い声で鳴いていたわねえ。懐かしいわ」


 自分の唇がニイッと邪悪な笑みの形を作ったのを感じる。

 ここまで来て、ようやく自分がどんな存在に喧嘩を売ろうとしていたか悟ったらしい少年が唇を青ざめさせ、膝を震わせ始めた。

 神の下僕ごときがこの私に口答えしようだなんて、失笑ものだわね。


『おい、何をやってる紅!』


 カオルが私を羽交い絞めにして少年から引きはがした。もう、つれないことするわねえ。

 少年は足の力を失ってその場に崩れ落ち、慌てて駆け寄った連れの少女がその背中を支えていた。


『いや、紅じゃないな、お前。紅がこの世界の言葉を習得しているはずが無い。答えろ、お前は誰だ、紅をどこにやった?!』

「やあねえ、『薫』。私が紅よ?血のつながった実の妹の顔を忘れてしまったのかしら?」


 私の言葉にカオルが絶句する。ふふふ、本当に表情が分かりやすい人だこと。

 見ると、リーティスとアリスの二人も驚愕の表情を浮かべていた。あらあら、お兄様とおそろいじゃあありませんか。

 くすくすと笑い声を漏らしてしまう。


 おや?カオルの後ろに立っているユムナが妙な目でこちらを見ているわね。あの目の中の感情は……、敵意かしら? 展開しかけている魔法は空間魔法かしらね。

 はて、そういえば何やらあの髪色には見覚えがある気が……いけないわね、この年で健忘症?


 ぐるりと首を巡らせ、険しい目で私を睨む者達をゆっくりと観察していると、何だか全身に妙なだるさを感じた。


 何かしら?


 改めて意識をすると、筋力だけでなく、魔力も思うように体を通っていないことに気づく。

 あら、通っていないどころか、少し外に漏れ出しちゃっているじゃないの。

 私の足元を中心に広がっていく白いものを確認して、思わず嘆息する。


 そんなことを考えている内に、ふと自分の意識が遠のいていく感覚を覚えた。ふらりと後ろに倒れかけた私を、カオルが慌てて支える。


 あらぁ?もう「今回」はおしまいなのね。

 まあ、いいわ。「使命」を果たすまではきっと長いお付き合いになるのですもの。

 またお会いしましょう、私の最愛のお兄様――――――……







「おい、紅、紅、大丈夫か!」


 何だ? 誰かに頬を叩かれているのか、あたしは。


「んー……って何だ、兄貴かよ。ってあれ、どうしたんだよ皆その顔は」


 兄貴にリーティスにアリス、ついでにユミナもあたしの顔を不安と安堵の入り混じったような奇妙な顔で覗き込んでいた。

 あたしは清潔に保たれているギルドの床に横たわり、リーティスに膝枕をしてもらってたみたいだ。後頭部にあたる柔らかい肌が実に心地よい。


 ――ん? なんか、やけに寒いな?


 起こした上半身がぶるりと震え、寒さを訴えた。

 不自然な寒気を訝しんであたりを見回すと、ギルドの床に霜が降りていた。

 何があったんだ?

 そういえば、やけに頭がすーすーするなと思ったら、いつの間にか帽子が外されていて少し焦る。

 だが、思わず手を伸ばした頭上に、あのいつもの妙な感触はない。

 およ? 耳は消えてるみてえだな。

 今回は消えるのがやけに早いな。まあ、そのおかげで周囲の人間に見られずに済んだわけだが。


 安堵に胸をなでおろしていると、座り込んでいたあたしの前に、兄貴が膝をついて、良く意図の掴めねえことを質問し始めた。


「お前、紅だよな?」

「あたしが他の誰に見えるっつーんだよ」

「5歳のころ、お菓子の城に住みたいって野望を語っていたあの紅か?」

「ああ、そのあたしだ。よく覚えてやがんな、そんなこと」

「16にもなって未だにピーマンが食べられない紅か?」

「ああ、そうだけど」

「ASPの同僚に、一向に膨らむ気配のない胸のサイズについて相談していた……」

「おい!なんで知ってやがんだ!っつーか、皆の前で言うんじゃねーよ。日本語だから良いものの……ってよくねえよ、今すぐ忘れろクソ兄貴!」


 とんでもないことを言い出しやがった兄貴のセリフを叫び声でかき消す。

 

 あれ、そういやあたしはどうして今こんな体勢なんだ?


 すいません、ご迷惑をおかけしましたと冒険者ギルドにいた人達に謝る兄貴とリーティスの後姿を見ながら、あたしはどうやっても思い出せないこの体勢に至るまでの過去の記憶と苦闘していた。





 ――この時のあたしは、知らなかった。


 あたしの身に、何が起こっていたのか。

 兄貴が、あたしのことをどれだけ大切に思っていたのか。

 そして、兄貴がこの時、どんな決意を固めていたのかを。


 そのことに気づいていれば、ひょっとしたら、これから先のあたしの運命は、もう少し違ったものになっていたのかもしれない。



二章終了です。明日の朝辺りに設定資料集を投下し、夜には三章の一話目を投下します。

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