第二十七話:職業とは、現代における身分である<冒険者ギルド>
side:薫
紅の様子がおかしい。
「おはよう、紅。分かっていると思うが、今日はギルドに行ったらすぐに町を出るぞ。準備は良いな?」
「……ああ、おはよう、兄貴」
紅は今朝起きた時から何やらボーッとしているのだ。低血圧というわけでもないはずだが、頭が上手く働いていない様子。
直接の原因は分からないが、一つだけ察せられることがある。どうやら紅は、昨日俺が寝ている間に外をほっつき歩いていたらしい。
紅がちょくちょく夜の町に繰り出していたということはASPでもそれなりに知られている事実だった。
アルツハイマーの徘徊癖のようなものではないらしく、日本でも自重するよう言われた時は自重していた。さらにこちらの世界に来てからしばらくは自粛していたようだったため、気にしていなかったが、寝不足で翌日の行動に響くようなら言い含めて無理にでも辞めさせるべきか……。
(おはようございます、ベニさん、カオルさん)
『ベニさま!おはようございます』
妹の教育方針に頭を悩ませている間に、リーティスさんとアリスが俺達の部屋にやってきていた。
『記録が終わったぞ。カオル、ベニ、リーティス、以上の三人をそれぞれD、D、Eランクの冒険者として認める。冒険者証の受け取りと代金の支払いは、あっちでやってくれ。パーティー申請はさらに向こうの部署だ』
俺達はソルベニスの冒険者ギルド支部で冒険者としての登録を行っていた。受付の筋骨隆々な男性に必要な申請用紙を提出し終え、登録料を支払う。これで俺達は晴れてこの世界での身分を手に入れたわけだ。
『あのう、私Eランクなんて高ランクで登録しちゃって良かったんでしょうか。私だけGランクからスタートでも良かったと思うんですが……』
「そのあたりは一度話し合ったじゃねえか。登録しちまったもんはしょうがねえ。今から取り消すのは時間の無駄だぜ?」
何やら恐縮しているリーティスさんの肩を、ようやくいつもの調子を取り戻した紅がバシバシと叩いている。
おいおい、リーティスさんが噎せてしまったじゃないか、もう少し手加減してやれ。
ランクというのは、冒険者ギルドが、所属冒険者の腕前を対外的に分かりやすく示すためのものだ。G~Sの8段階が存在し、戦闘力や信頼度が高いとギルドに判断された者ほど高ランクになる。
ただ、ギルドに認可された正式なパーティーを組むには、パーティーリーダーと同ランクか一つ下のランクの者まででメンバーを構成しなければならない、という妙な決まりがあった。そのため、リーティスさんにもそこそこ高ランクで登録して貰ったのだ。まあ、リーティスさんとアリスの身の安全は、俺達が全力で保障しよう。
『そうよリーティス、恥じるべきはベニさまの手柄をさも自分の手柄でもあるかのように語って、ちゃっかり自分も高ランクになってるあの男の方だわ。しかもベニ様を差し置いてリーダーになっているし』
『しーっ!アリス、大声出しちゃダメです。どこに追手の目があるか分からないんですよ?』
『いやあ、それにしてもあのヒュドラを倒したのがこんなに細っこいお嬢さんだとはねえ』
『俺も驚きだ。是非とも近いうちに一手指南してもらいたい。』
「あー、悪りい。あたし達、今日中にこの町出ちまうんだ。ギルド登録では世話になったし、また今度機会があればな」
紅に話しかけているのは、先日ヒュドラに追われながら俺達の所までやってきた、例の冒険者のパーティーだ。
俺達がこのソルベニスの町にたどり着いたときに見たのは、「自分たちが旅人に危険なモンスターをなすり付けました」と言い出せず、「とにかく今すぐ門を閉めてください。あと兵も増やして!」「ええい、貴様ら、まるで意味が分からんぞ!そうして欲しいなら理由をいえ、理由を!」と言い争う彼らパーティーと門番の兵士たちだった。
無傷で眼前に現れた俺達のことを見て、彼らの目が点になっていたのを覚えている。
その後彼らと交渉をした俺達は、俺達があのような経緯でヒュドラに襲われた事実を「無かったこと」にする代わりに、この冒険者ギルドへの推薦を頼んだのだ。
普通に冒険者ギルドに所属すれば最低のGランクからのスタートだったところを、Cランクパーティーだった彼らの推薦で入団することで、可能な限りの高ランクスタート+手続き短縮を図ったのである。
その分登録料が嵩んだが、必要経費だと割り切る。
高ランクの方が社会的信用も高いし、受けられる仕事も多いのだ。
俺達が冒険者ギルドに所属することにしたのは、いくつか理由がある。
まず一つに身分の確保。俺と紅は特に必要性が高い事柄だ。侯爵に会う際にも、「盗賊達からアリスを奪還した」のが「名もない旅人」か「そこそこのランクの冒険者」かでは説得力が違うだろう。
因みにこの世界の「根なし草」というのは社会的地位が低い。まあ、日本におけるニートの様な扱いだと考えておおよそ間違いない。
別に「俺、高ランクなんだぜ?」などと見栄を張りたい訳では無い。「一応社会に出て働いている」程度の身分はどの世界でもあった方が良いのだ。実に世知辛い話である。
次に、資金の確保。紅がヒュドラから勝ち取ってきた魔核は、売ればそこそこの金になるのだが、商人ギルドか冒険者ギルドの窓口でも通さない限りは、相当安く買いたたかれてしまうとのことだった。窓口を用意しておけば、これからも魔獣や魔物を倒して有用な部位を持ちこんで換金することが可能になる。
これには、想定外に同行者の数が膨らみ、路銀が心許なくなってしまったという切羽詰まった事情もある。その増えた出費をリーティスさんに賄わせるのは忍びない。
俺は、女の財布に頼って生活するヒモのような男にはなりたくないのだ。
村を出る時にカードルさんに頂いた旅費以外で、収入のアテができたのはありがたい。
「よし、そろそろ行こう」
内容を丸暗記した「魔獣大全」「魔物大辞典」をギルド受付のお姉さんに返却した俺は、三々五々ギルド内のあちこちに散っていた皆に、出発を促す声をかけた。
俺の声を受けた三人+紅に拘束されているユムナがこちらを振り返ろうとしたその時、
『おい、何でだよ!何で俺達が冒険者になっちゃいけねえんだ!』
何やら受付のあたりで騒ぎが起こり始めていた。
次回で二章が完結します。「起」→「承」と続いてきたこの物語もいよいよ「転」に突入し、本格的に動き出します。




