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SS:アリスとリーティス④

10万字達成!

ここまで読み続けて下さった方、新たにお気に入り登録をして下さった方、本当にありがとうございます。

 コツコツ


 木の扉を叩くドアノッカーの音が、閑静な通りに、思わぬ大音として響き渡りました。


「む? どちら様かな」


 ゴルブレッド司祭のくぐもった誰何の声が、扉の奥から聞こえてきました。


「修道女のリーティスです。夜分遅くにすいません。少々お話したいことがあって伺いました。」

「おお、君か! こんな遅くにどうしたね? もう寮の方でも室外に出てはいけない時間なんじゃないのか」


 ぎぎぎと錆びついた蝶番の軋む音を響かせながら扉が開き、司祭の顔が覗きます。

 顔が少し赤らんでいるところを見るに、ひとりで晩酌にでも興じていたのでしょうか。

 禁欲を美徳とする教会の教えに背く行為ですが、今晩の出来事を多少なり記憶から消す一助になるかもしれないと思えば、私にとっては喜ばしいことなのかもしれません。


 家の中に招き入れられた私は、居間を素通りしてそのまま寝室まで案内されました。

 司教のベッドが視界に入り、自分の動悸が激しくなるのを感じましたが、脇の酒瓶を見るに、先ほどまで居間の代わりにこの自室代わりの寝室でくつろいでいただけで、深い意図はないのでしょうと見当をつけます。

 渇く唇を何とか動かし、まずは説得を試みようとしました。


 ――ゴルブレッド司祭だって運命神アリアンロッド様の司教様です。上手く説得して口裏を合わせてもらえれば……


 唇に言葉をのせようとした、その瞬間、


 突然、伸ばした両手で私のローブ袖を掴んだ司祭が、そのまま私の体を後ろに突き飛ばしました。


 ――えっ?


 困惑する間もなく背中からベッドに着地した私の体の上に、ゴルブレッド司祭が馬乗りになってきました。大人の男性一人の体重で、私の体は完全に拘束されてしまいます。

 

「いやいや。最初聞いたときは半信半疑だったが、実際に君の方から来てくれるとはね。欲を言えばもう少し大人っぽい子が良かったんだが、顔は及第点だ。良しとしよう。ああ、そろそろ出てきていいよ、君たちも。」


 状況についていけず、恐怖するより前に混乱する私をよそに、司祭が窓際の壁のあるあたりを振り返り、声をかけます。


「だから言ったっしょ。この神殿の生徒でロゼッタ様のいうことに逆らえる奴なんていないんだってば。」


 壁際の暗がりの風景が突然歪んだかと思うと、3人の女子生徒が姿を現しました。

 それまで光魔法を用いて姿を隠していたその三人は、見覚えのある、ロゼッタさんの取り巻きの女の子達でした。あの時ロゼッタさんに耳打ちをしていた少女が、司教に対して言葉を返しています。

 驚愕に目を見開いた私の方に意味深なにやけ顔を見せながら、マジシャンが自慢の手品のタネを丁寧に語るかのように、ゴルブレッド司教が説明を始めました。


「うん? 困惑しているようだね、リーティス君。一応説明しようか。私はロゼッタ君達に授業の内容を変えるよう頼まれたんだが、私の授業はこれ以上ないほど神の素晴らしさを良く伝えるものだ。自分の一存で勝手に変えて良いものではない。まあ、相応の対価と引き換えになら、理解の悪い生徒たちにも分かるようレベルを落としてやるぞと言ったら、君の体を好きにして良いと言われたんだ。もっとも、その行為の一部始終を何人かに鑑賞させてくれというよくわからん条件付きだったがね。たまにはこういう趣向も悪くない。最近は商売女相手ばかりで少々飽きが来ていたところだったしね」

「ロゼッタ様はこんな家畜の交尾みたいなもん見たくないって、パスしてんだけどね~。ま、精々うちらを楽しませて下さんなっ」


 ようやく状況が呑み込めました。そして、ロゼッタさんが私に逃げ道などという甘いものを残してくれなかったのだということを知り、背筋に冷や水をかけられたかのような錯覚をします。

 顔を寄せてきた司教の、酒臭い息が鼻腔をくぐり抜け、私の脳を忌避感で震わせました。


「いや、嫌、こんなのいや!!」


 必死に体を揺すり、足をばたつかせ、拘束から逃れようと試みましたが、突然金縛りにあったかのように体が動かなくなりました。


「うん。そうやって激しく拒絶してくるのもそそるけど、ラウンドワンはすんなりやりたいんだ。少しおとなしくしててくれ」

「へえ。先生、いい趣味してんじゃん。抵抗すら許さないとかさっ。トラウマになっちゃうかもね」


 見ると、ゴルブレッド司教の右手が淡い輝きを放っていました。神聖魔法、身体麻痺(パラライズ)を無詠唱で使われたのだと悟ります。


 ――神の恩寵たる神聖魔法をこんなことに使うなんて!


 憤怒の気持ちが沸き上がりましたが、私のローブの裾に手をかけ、今にも舌なめずりを始めそうなおぞましい笑顔を見せている司教を見て、それ以上の恐怖の感情が私の胸中を支配します。

 歪んだ笑みを浮かべながら盛んに囃し立ててくる少女たちの姿と、鼻息荒く迫ってくる司教の顔がぼやけます。

 自分が涙を流しているのだと気づいたときには、自分の中の反骨心と呼べそうなものはすっかり砕け散り、全身から力を奪われてしまっていました。


 私のローブが取り払われ、野獣と化した司教のギラついた目の下に、私の肢体が晒されようという、


その、寸前、


 派手な音をまき散らしながら、部屋の窓が破砕されました。窓の近くにいた少女たちが悲鳴を上げ、慌てて飛びのきます。

 ぎょっとして後ろを振り返った際に集中力が途切れたのか、司教の魔法、私の体を縛る力が弱まります。

 必死に逃れようと暴れ出した私の首を、伸ばした右手で押さえつけた司教はしかし、顔をこちらに向けてはいませんでした。


「私の友達に何してくれてんのよ!!」


 部屋に集う者達全ての視線をその身に集めながら、手に持った儀礼用長剣で残った窓枠を吹き飛ばし、長く美しい金髪を舞わせながら部屋の中に飛び込んできたのは、見間違えようのない私のお友達、アリスでした。



次回でSSは終了。その後は2章最後のエピソードに入り、いよいよ3章を迎えます。


これからも完結に向けて書き続けていきますので、どうぞよろしくお願いします。

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