第二十五話:予定は予定、思い通りに進むとは限らない<ソルベニスの町>
もうアリスの視点は当分なさそうでしたので、ここにぶち込みました。
side:アリス
ベニさまとリーティスに手を引かれて入ったソルベニスの町の宿は、見るからにボロッちい木造の小家だった。
私が以前この町で泊まった宿は、町中央の森林公園内部にあった、妖精さんが住んでいそうなとっても素敵なおうちだったわ。
白塗りの内装もテラスから見渡せた公園の全景も素晴らしくて、こんな小さな町でも良い宿はあるものなのねって思ったの。
それに比べてこの宿は、寝る場所さえあればいいんだろ?とでも言いたげな、調度品も碌に置かれていない狭い部屋しかないっていうの。
馬鹿にしてると思わない?
私はもっと良い宿が良いと主張したんだけど、カオルが「金がない、無駄遣いだ。」の一点張りで拒否したのだ。何よ、男なんて女に甲斐性を見せてこその生きものじゃない!リーティスもベニさまもあんなのに財布の紐を握られていて可哀想だわ。
私が盗賊達にお金を奪われていなければ、あの男だけこの宿に置いてベニ様とリーティスともっとまともな宿をとりに行ったのに。
しかもカオルは兄妹であるのをいいことに、ベニ様と同じ部屋で寝るっていうのよ。3人部屋が無いなら5人部屋をとればよかったじゃない。それであの男だけ外で寝てなさいよ、その方がよっぽど安上がりだわ。
リーティスが私に対してカオルの良い所なんかを説明してくれるけど、正直なところ私にとって、カオルは口だけ男にしか思えないの。
一旦嫌な奴と思ってしまうと中々その印象を払拭できないのは私の悪い癖だけど、それを差し引いてもリーティス達にあの男が指図している姿は正直我慢ならないものがあるわ。
「よし。明日、『あの場所』に行くのは確定で良いだろう。それと、『最速で王都を目指し、直訴状を届ける』という俺達の当初の方針だが……変更した方が良いかもしれない」
「どうしてですか?」
ベニさまのベッドに腰掛けたリーティスが、カオルの言葉に質問を返していた。疑問に思ったというよりは、確認のための問い返しみたい。
今、私はリーティスに連れられてベニさまたちの部屋を訪れているの。何でも、これからの予定を話し合うためだだそうだ。
因みに「荷物」扱いで鞄の中に入れて持ち込まれたユムナは、ベッドの下に不自由な姿勢で詰め込まれているにもかかわらず、すやすやとお気楽そうな顔で眠っていたわ。
……私を襲った盗賊達に対する憤怒の気持ちは消えていないけれど、この女に対してそんな気持ちを抱くのは何故だかものすごく難しい。
このお間抜けな寝顔を見ていると、恨み言を言おうとする自分の方が変なんじゃないかって思えてくるの。要するに、色々と馬鹿らしくなってくるのよね。
「状況が変わった。アリスの存在だ」
私に視線を向けてこないでよ。ユムナを眺めていた視線を上に持ち上げ、カオルの視線にぶつけて、はっきり分かるように顔を顰めてみせる。
『アリスの存在を盾にとってパシルノの奴を脅しつけるってことだろ?』
「そうだ。もっともこれにはアリスの協力が不可欠だが……」
部屋中の視線が私に集まった。
ベニ様は伺うように、リーティスは不安そうに、カオルは不躾に見つめてくる。
この男の言いなりになるのは癪だけど、リーティスの村を救うためなら仕方ないわね。
それに私自身、パシルノ男爵には煮え湯を飲ませてやらなければ気が済まない。
「いいわよ。私、やるわ」
挑みかかるような目線でカオルのことをねめつける。私がそう簡単に動く女だと思われるのは心外だわ。
カオルは苦笑いを見せ、眼鏡の位置を直しながら言葉を続けた。
「それはありがたいな。とはいえ、この町の官吏から、パシルノに言づけを頼むなんてことはやめた方が良い」
「? 何でそうなるの? できるだけ早く村を助けたほうが良いんじゃないの?」
「ああ、それはだな……、」
カオルが今の私達を取り巻く現状について説明を開始した。
まとめると、こうなるわ。
アリスのことを捕まえた盗賊達だが、奴らはアリスを人質としてヴェルティ侯爵家に対して身代金を要求しようとしていた訳では無いはずである。
野良盗賊団ならいざ知らず、パシルノ男爵と「契約」を交わしている彼らの素性は知れている。
パシルノが保身のために「お宅の娘を攫ったのは我が領の調べによるとこの盗賊団だ。私と契約していたなどと妄言を吐くかもしれないが、それは奴らの虚言である」という旨を侯爵に伝えれば、盗賊団は王国有数の貴族に追われる身となってしまうだろう。
では、どうすれば良いか。
この場合盗賊達は、「パシルノ男爵に」相応の代価と引き換えにアリスの身柄を引き渡すのが最善だ。
男爵としても「自分と契約した盗賊が公爵家の娘を襲った」と公爵家に知られるのは得策ではない。
逆に、買い取ったアリスの身柄を公爵家に引き渡し、「お宅の娘を攫った謎の盗賊団は我が領のものが退治いたしましたぞ」と伝えれば、危ない橋を渡ることを避けつつ、あわよくば中央の有力貴族に恩を売ることが可能になるわけだ。
アリスを他の第三者に委ねるというのはもっと有り得ない。貴族を奴隷にする法はこの国には存在しないし、パシルノ男爵以上の買値で彼女を引き取る者は出てこないはず。
変態少女嗜好野郎? そこまでは考慮の範囲外だ。
まあとにかく、以上のことから、盗賊団が取ろうとした行動は「アリスの身柄のパシルノ男爵への引き渡し」と推定してよい。
そして問題なのは、その取引が成されるより前にアリスが手元にいなくなってしまったことである。
しかも悪いことに盗賊達は、アリスの所在地をボスのいない女性団員詰所に選択していた。
アリスが捕まったのは夕方頃という話だったから、即座に使いをパシルノ男爵へ向かわせた可能性がある。
ユムナの言葉を信じるならば盗賊団の意思決定は合議制ではなくボスであるガーリス一人で行っていたらしいから、その可能性はますます高い。
「団内の裏切者が娘を攫って逃げた」ことが発覚したとして、その知らせがボスの下に届くのは翌日のことであり、その使いを呼び戻す手段は無いだろう。
すると、「パシルノ男爵はその令嬢の存在を知っている」のに、「盗賊団の手元に娘はいない」状態が出来上がる。
この場合盗賊団が取れる手段は二つ。すなわち、
「速やかにアリスを取り戻す」か、
「パシルノ男爵の下から一刻も早く逃げ出す」
の二つである。
アリスが勝手に侯爵家に戻った場合、アリスを攫った盗賊との関わりを侯爵に察知されることを恐れるパシルノ男爵が、盗賊団の始末に動くはずだ。
それを予想できる盗賊団が今とるべき最善手は「すぐに逃げ出す」、次善の案として「パシルノ男爵には手元にアリスが居るように報告しつつ、暫くはアリスを捜索する」だろう。
後者のリミットはアリスが侯爵家の者に接触するまで。アリスが雇った御者は既に殺されているため、アリスの行き先を掴む手がかりは侯爵家には無いはずだが、捜索の手が各国に広まっている可能性もある。そうそう長い期間とは見積もれない。
「だから今は盗賊団のことは考慮しなくていい。もし追手が来たら返り討ちにすればいいくらいに思っていれば良いだろう。俺達の目の届かないところに勝手に行ったりするなよ?」
そして問題になるのがパシルノ男爵の動向。
遅かれ早かれ「アリスが盗賊団の手の中にいない」ことはバレる。
パシルノにとって「盗賊団の裏切者によって自分の名前を知られている可能性のある侯爵家の四女」の存在は核爆弾も同じ。領内にいるなら、いや、領内にいなくても絶対に始末したいと考えるだろう。
腐っても地方領主であるパシルノ男爵が取れる手段は、盗賊団に比べてはるかに多い。男爵領にいる間は常に警戒しておく必要がある。
(――そのために、宿泊手続きをする代表者以外に、宿の人間に顔をさらす必要のなさそうな宿泊場所を選択したりな。『言い訳は聞きたくないわ』って何なんだよ…。)
「何か言ったかしら?」
「何でもない」
カオルが咳払いする。
「長くなったが、俺の考える「最善手」はとっととパシルノ男爵領を出て、俺達の手でアリスを侯爵家の人間に引き渡すことだ」
『次の予定地だったオルニス伯爵領で領主に直訴するってのはどうだ?いくらなんでもパシルノ男爵よりは中央のヴェルティ侯爵に味方するだろ?』
ベニ様の提案をこの男は一蹴した。
「どこまでの地方貴族がココロ村の件に噛んでいるかは分からないからな……。男爵への協力者程度なら裏切らせることも可能だろうが、オルニス伯がパシルノ男爵に弱みでも握られていればアウトだ」
いくらなんでも慎重過ぎないかしら、この男。こんな風に何でもかんでも疑ってたら日が暮れちゃう。
実際、外の時間も、もうすぐ夕方に差し掛かる頃だわ。
明かりのランプなどという上等なもののないこの安宿の周辺は、夜になれば完全に視界が閉ざされる。そうなってしまえば水浴びにも出られない。
「それと、俺達が侯爵の家の者に直接アリスを届けることもメリットになる」
「ひょっとして、カオルさん達の目的のことですか? 侯爵家と縁を結んで、二ホンに帰る方法を探してもらおうと?」
リーティスの言葉を聞いて私は目を剥いた。
何よ、この男。私の体をお父様に届けて恩を売ろうっていうの? 見下げ果てた根性ね。
やっぱり男なんてみんな薄汚い思考しかできないんだわ。
「いや、それもあるがもう一つ目的がある。リーティスの立場の確保だ」
「わ、私のですか?」
「正確にはココロ村全体の、と言った方がいいかもしれない。なにせアリスは「ココロ村のリーティスに会いに」家を出たわけだからな。アリスが侯爵に何を言っても、本人がココロ村のことを良く思っていなれば手を差し伸べてくれないかもしれない。「アリスを盗賊達の下から救い出した恩人」の立場から交渉した方が色々楽になるだろう」
私の貴族の社交会への出席は、10歳になったばかりの時の一度限り。
でも、兄やお父様のいうことが正しいならば、その社交界という場所は、今目の前にいる男と同じような思考をする者たちの巣窟なのだそうだ。
今までそんな考え方をする人たちのことなんて良く分からなかったけど、こういうことだったのね……。
ああ、大人になんてなりたくないものだわ。
私はベニ様の薄い胸に飛び込んで、顔をうずめながらそんなことを思った。
アリスの男嫌い、ここに極まれり。あと、リーティスや紅が自分よりも薫のいうことを聞くのが気に食わないと思っている部分もあります。
そんなんだからこそ、伸びしろも一番あるんだよなあ(ボソッと)




