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第二十四話:あら、可愛い<紅色の獣>

投稿が遅れてすいません。


本日は2話と3話の間にSSを一本投下しています。どうぞそちらもご覧ください。

内容は薫と紅の過去話です。


side:紅

 ヒュドラは、自分の放出した炎が魔力を糧に燃え盛っているのをじっと眺め、確認していた。

 やがて、自身の敵だったものが完全に燃え尽き、炭と化したと判断したのだろう。一本の首を残し、他の首が先ほど自分が追っていた獲物の向かった方角に視線を向ける。


 そして、


「この暑い日に炎とか、あたしを焼肉にでもする気かよこんちくしょう」


 あたしは袈裟切りに振るった手刀の一閃で、一本だけこちらを向いていた蛇の頭を切り落とした。


「うお、気持ち悪!」


 ジュクジュクと音を立てて、切り落とした切断面が再生を始めた。

 見る者を不快にさせる醜悪なピンクの塊が蠢き、数秒で元の首の形を取り戻す。

 切り落とした首の方を別の首が咥え、嚥下した。こういうのも共食いって言うんだろうか?

 嚥下した首を含む残り9の首が、ひどく戸惑った風にゆっくり首を巡らせていた。

 ぐずぐずしている間に、あたしは先ほどの炎のお礼参りをしてやることに決めた。

 首の合間の空隙めがけて全力で跳躍。

 一息でヒュドラの首の結合部まで潜入し、そのまま跳躍の勢いを乗せた渾身の空中回し蹴りを叩きこんでやる。

 その間、瞬き一つ許さないほどの刹那。

 数トンはありそうなヒュドラの体が宙に浮く。

 そのまま向かいの崖に衝突し、岩石を崩落させながら地面に落下した。

 怪物と岩石の大質量が地面を揺らす。


「あー、やっぱこの姿好きじゃねえな。普段と体の感触が全然ちげえもん」


 いつも通りながら、思うように動いてくれない自分の体に不平を漏らす。

 あたしの全身は今、オーロラのように揺らぎながら煌めく、炎より赤い光のオーラに包まれていた。

 さらに、あたしの頭の、ちょうどココロ村でもらったカチューシャをつけたあたりから伸びた赤い光が、とある小動物の垂れ耳を連想させる形に伸びあがっているはずだった。

 これが、あたしが持つ異能の力の解放形態だ。


 あたし達異能者は、それぞれ様々な種類の異能を所持している。

 おおまかな分類はなされているが、完全にそっくりな力を持った者は割と少ない。

 例外的に、同じ(ように見える)能力を持った者も幾らか存在し、あたしの「獣体状情報強化領域形成能力」もその一つだ。簡単に言や、『獣化』ってやつだ。

 「力」に覚醒した者は皆、それぞれの体の「情報」を強化、変異させる能力を得る。

 そして彼らが力を発現させると「まるで速さや力といった情報そのものが書き換えられたかのように」現象が捻じ曲げられ、能力者のパフォーマンスは非能力者のそれを遥かに上回ることになる。

 果物ナイフを振るって鉄骨を切り裂くことも、拳の一撃で船を撃沈せしめることも、10km先の100円玉を目視することも、一瞬の間に100万桁の計算式を解くことも、その道の能力者なら当たり前のようにやってのける。

 もっとも、「体に受けたダメージ量」すら軽減可能な能力者ではあるけど、万能って訳じゃねえ。

 例えば兄貴は物理的な事象に関する情報操作能力は皆無に近いし、あたしも「自分の手の届かない領域」への干渉能力は一切持たないのだ。


 あたしの「獣化」能力(正式名称なんて覚えてられっか)は、獣じみた身体能力向上の効果があるだけでなく、発動中自分の体に関する情報変化を全異能力者の中でも最高レベルで操作できるのが最大の強みだ。

 鉄の壁だろうと、灼熱の炎だろうと、いかなる妨害も攻撃も意に介さず、平然と踏み越えて行ける、凶悪極まりない力だ。

 こと異能者相手には攻防一体の強力な能力である一方で、弱点もある。

 変身中は自分の獣イメージの源になった動物の行動原理に思考を引っ張られやすくなっちまうんだ。

 今のあたしなら普段通りの動きができない程度で済むが、コントロールを誤れば理性を失い、獣そのものになってしまう。


 そして、もう一つ。


 ――う、……また生えてきた。いい加減どうにかなんねえかね、これ。


 先ほどまであたしの頭上の赤い光が形作っていた通りの場所に、新たな「耳」が物理的に形成されていた。

 この現象は「獣化」能力の情報操作能力があまりに高すぎるためのものだろうと言われている。

 一度「獣化」すると2、3日は形成された獣の部位が消えない。

 さらに、これは獣化能力を持つ者達しか分からないことだが、この器官にはある程度「感覚」がある。

 獣化を解除していつもの体に戻った時、この器官が受ける刺激はかなりの違和感になるのだ。


 日本じゃこれが目立つためにあまり人前で多用できなかった代物だが、「獣人」が居るというこの世界ではどうなんだろう。

 兄貴はあたし達の力を、この世界の固有魔法と偽る方法を模索しているみたいだったが、最初から「特殊な獣人だから強い」とかいえばいいんじゃないかと考えているあたしは考えが浅いのだろうか。


「まあ、使っちまったもんはしょうがねえ。さっさと倒すとするか」


 ふう、と息を吐きながら前方を見やると、崖下で上下ひっくりかえさになっていたヒュドラが、なんとか起き上がって元の体勢を取り戻していた。

 蛇頭が威嚇の擦過音を漏らしている。

 おっと、まだやる気みてえだな――っと。

 戦意を確認したあたしは、一息でヒュドラの足元に飛び込んだ。

 接敵し、蠢いている頭の一つを掴んで、その根元からひょいと軽く引っこ抜く。

 ぶちゅり、と生物の肉体が千切り取られる嫌な音が響いた。


 怪物が悲鳴を上げる。文字通り、身の割かれる痛みを味わった化け物の口から漏れた、悲痛な叫びだ。

 引っこ抜いた部分から、また新たな首が生えてこようとしていたが、それより前に次の首をじゅぶりと引き抜く。


 無事な首の一つがあたしの体に毒牙を突き立て、噛みつこうと試みていたが、顎の力が足りず、歯が通らない。

 目障りだったその首を、次の生贄に供する。樽ワインを開けたかのように蛇の血液が周囲に飛び散った。

 当然あたしの体にも拭きかかるが、あたしの全身を包む光は日本製特注レインコートも問題にならないほどの高い撥水性能がある。以前の怪魚の時の様な失敗は犯さないぜ。


 別の首が炎を吐いてきた。自分の体ごと焼き尽くすつもりの炎だったのだろうが、頓着せずに手に持った別の首を千切り取る。

 1500度程度の炎じゃ、今のあたしには涼風にしか感じねえ。


 あたしの手元から逃れようとした首を、二本まとめて捕まえ、ぶっこ抜く。


 もう残る首の数は半数を切っていた。






「わり、兄貴。遅くなった」

『ベニさま。あの恐ろしいヒュドラをお一人で倒したんですね!さすがです』


 あたしは、ヒュドラを始末した後急いで兄貴たちの後を追い、何とか日の落ちる前に合流していた。

 あたしの無事を確認した女子二人はほっとした顔を見せていたが、兄貴が言い含めておいたのだろう、あたしが死んだかもしれないなどとは思っていなかったようだ。

 ヒュドラの首は切るたびに再生を繰り返し、あたしが首の結合部にあった核らしき黒い結晶体の存在に気付くまでに、道の脇にヒュドラの首の山が積み上がってしまった。


(おかえりなさい、ベニさん。怪我がないようで何よりです。えっと、頭のそれはどうしたんですか?)


 あたしは現在、ASP謹製の「帽子」をかぶっている。蒸れにくく、隠れている耳も痛くないという良品なのだが、なぜかその形状はスイミングキャップのそれなのだ。この世界の人間の目にはさぞ奇異に映ることだろう。


「えーっと、暑いから?」


 渇いた笑いが出る。兄貴が適当な言い訳をリーティス達に伝えてくれることを祈ろう。


 リーティスが治癒魔法をかけてくれて、戦闘でできた軽度の擦り傷が一瞬で塞がった。意思疎通魔法といい治癒魔法といい、リーティスの魔法には助けられ通しだな、まったく。


 あたしの治療中にアリスが「男の癖に、女だけを戦わせて自分だけ逃げ出すなんて」などと兄貴にグチグチ言って、リーティスに窘められていた。

 戦闘まで兄貴に取られたらあたしの仕事が無いからこれでいいんだよ。そういったが、納得しない様子だ。まあ、兄貴は見た目はヒョロヒョロ眼鏡以外の何ものでもないから、実際にその目で見ないことには強いっつっても信じらんねえか。


『あ~、町が見えてきた~。』


 気の抜ける声が、兄貴の小脇でぶらぶらと揺れていたユムナの口から聞こえてきた。


『ソルベニスの町ね。パシルノ男爵領の中だけど、お膝元ってわけじゃないからリーティス達も大丈夫だと思うわ』


 アリスの解説が入る。そういやこいつは一度あの街を通っているんだったか。


『よし、今夜はあの街の宿で一晩過ごそう』


 兄貴が実に分かりやすく嬉しそうな顔をしている。


(良かった。久々のちゃんとした寝床です)


 リーティスもそれに乗った。


『あの~、ところで、あたしはどうなるの~?』

『憲兵に引き渡す、と言いたいところだがあの街の憲兵にはパシルノ男爵の息がかかっている可能性が高い。おとなしくしていればもう少し長生きできるぞ?』

『だよね~』


 本当にこいつはぶれねえな、……ん?


 何かこちらを伺うような気配を感じた気がし、後ろを振り返った。

 しかし、何も不審なものは見当たらない。

 生命の気配が戻り、緑が散見されるようになってきた岩場が広がる限りだ。


「どうした、紅」

「いや、なんでもねえ」


 兄貴に不要な心配をかけさせる必要は無いだろう。


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