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第二十二話:こんな女は、苦手だな……<盗賊の女>

side:(べに)

 あたし達が捕まえた蒼髪の女盗賊は、自分の名をユムナと名乗った。

 大洋のように濃い青色の髪を背に靡かせ、パチリと開いた一重の瞼も合わせて、外見そとみだけならまあまあ整ってるかなって印象……なんだが、妙に間延びした口調やら年上とは思えない奇行やらの方が濃すぎて、これを美人と呼ぶ奴はいねえだろう、って感じの女だ。

 虜囚の身にも拘らず「ちょっと顔を洗いたいんだけど、お水くれな~い?」だとか、出された食事に「あたし、兎の肉ってちょっと苦手なのよね~」だとか好き放題の注文を投げて兄貴を閉口させていた。

 こういう感じの、規範とか常識を気にしないマイペースな奴は兄貴が特に苦手に感じるタイプの一つだ。

 今頃、他の盗賊を選んでおけばよかった……、なんて心中で苦々しく思ってんじゃねえかな。

 まあ、この盗賊女の人間性はひとまず置いておいて。

 こいつが兄貴の求めに応じて語った内容そのものは、あたし達にはかなり有益なもんだったな。

 彼女の話によると、あたし達が忍び込んだ建物は「ガーリス盗賊団」の女性団員だけが寝泊りしていた場所だったらしい。

 何でも、盗賊なんて言う死と隣り合わせの職業の男女を一緒にしておくと、あちこちで惚れたハれたの騒ぎになって内部崩壊の危険があるから男女別に寝床を分けていた、ということだ。

 正式な男女交際に関しては特別に許すとの規定はあるらしいけどな。

 逆に、リーダーのガーリスとかいう男が認めた男女仲以外の性交渉は、姦通と見なされて処断されるとのこと。

 盗賊の性事情なんてもっと適当なもんかと思っていたが割ときっちりしたところもあるんだなあ、などと場違いな感想を抱く。


『もっとも、あたし以外の6人のうち半分の3人はみ~んなガーリスさんの女なんだけどね~』


 前言撤回。そのガーリスって野郎、自分の女を他にとられたくねえだけだろ。


 どうでもいいことだが初心な生娘だったらしいリーティスは先ほどから耳に両手を当てて真っ赤になっている。

 そして、何となく下ろす機会を失ってあたしの背中に張りついたままだったアリスはというと、『男って……』と何かに対する憎悪をより一層燃え上がらせているような声で呟いていた。

 兄貴が通訳してくれなかったのでその呟きの内容は分からねえ。

 だが、何となく何を言ったのか察しはつく。ついちまったよ。


 とはいえ、今回あたし達が素早くアリスの身柄を抑えることに成功したのは、人質の価値が下がることを恐れた(何によって下がる可能性があるかは敢えて言うまい)ガーリスが、アリスを女性団員の宿泊所に送ってくれたおかげだ。


 本当、世の中何が幸いになるか分からないもんだぜ。


『それで、お前に聞きたいことがいくつかある』

『ん~? なあに?』


 間の抜けた声と共に首をかくりと横に倒す。とても年上の女性の動作には思えねえ。

 

『あ、最初に言っておくけどあたしの恥ずかしい秘密とかは聞かれてもちょっ~と喋れ――』

『いいからおとなしく答えろ。嘘もつくな。この場ですぐ嘘だと判別できることもある。そういった内容のことを口にしたらどうなるか、分かるな?』


 兄貴はユムナの背後に回り込み、彼女の髪を掴んで威圧をかけた。

 そのままぐいと髪を引っ張る。

 言葉を中断させられたユムナが「あう」、と声を漏らして仰け反った。

 そして、その体勢のまま兄貴と対面を果たす。

 尋問モードに入って唇を硬く引き締めた兄貴の眼鏡が妖しく光っている。

 声を荒げたりはしてねえが、本気でこいつを責めていく所存らしい。

 中々の迫力だったが、肝心の脅迫対象には暖簾に腕押しも良い所のようだった。


『嘘をついたら、あたし、どうなっちゃうの~?』

『そうだな、女として生まれてきたことを後悔させてやる……というのは、どうだ?』


 兄貴が下種なセリフで脅迫に及ぶ。


 おい、そのセリフはあたしでもちょっと引くぞ。


『そ、その~。あたし、そういうの初めてなんだ~。だからそう、紳士的?、そう紳士的にリードなんかしてくれちゃったりするとお姉さん嬉しいかな~って』


 今の話の流れで何でそんな言葉が出てくる。ってか、何で頬を染めてやがんだよ。『や~ん』とかいって腰くねらせんな。お前は本当にあたしより年上か。


 と、あたしの横で誰かが息を飲むような音が聞こえた。

 目をやると、先ほどの兄貴の言葉を聞いたらしいリーティスがさりげなく後ずさりを始めるところだった。

 あー、こりゃやっちまったな、馬鹿兄貴。

 リーティスの挙動に気づいた兄貴が慌ててユムナから手を離すが、リーティスの後退は止まらない。

 『待ってくれ、単なる脅し文句だから。俺はそんなことしないから』と叫んで手を伸ばしたが、スススっとますますその手から遠ざかるように距離を開けられた。

 ひどく情けない顔になってやがる。生娘の前でそんなことを言うからだ。自業自得だぜ。

 アリスは徹頭徹尾、絶対零度の冷やかな視線を兄貴に向け続けている。

 あたしの肩に載ったアリスの両手がぐりぐりと締め付けを増してくるのが良く分かった。

 うん、あれだ、今後万が一にも兄貴がアリスにフラグを立てるようなことは無いだろう。


「兄貴……。そんなに欲求不満だったのか?相談してくれれば兄貴がトイレに行ったとき耳を塞いでおいてやるぐらいのことはしてやったぞ」


 ついでにあたしもからかってやった。孤立無援状態の兄貴が「違う、違うんだ。俺はそんなんじゃない。」などと言いながら頭を抱えてしまった。

 先ほどの尋問官然とした雰囲気はどこへやらだ。

 そんなあたし達のやり取りをぽーっと見続けていたユムナが笑顔で一言。


『あれ~?この人、ひょっとしてただのヘタレ野郎さんなんですか?美少女三人に尻に敷かれてるなんてとんだ不能野郎ね~』


 男としての尊厳を踏みつぶされた兄貴がorzのポーズになって沈黙した。

 余談だが、この段になって律儀に通訳を続けてくれているリーティスの方も、息絶え絶えで地に伏せっていた。

 全身拘束されたままで二人の人間に膝をつかせた女の方はというと、特に追い打ちをかけるでもなく、何やらぼーっと中空を眺めている。


――あれ?この女、意外と油断ならないんじゃね?


 気付くと、ユムナの視線がいつの間にかあたしの方に移っていた。

 敵意や害意は感じないが、じーっと見つめられ続けるのは何だかこそばゆい。

 うずくまってブツブツ何事か言い訳をしている兄貴の方にはもう興味がないんだろうか。

 




 その後、何とか立ち直った兄貴がユムナから情報を引き出し始めた。

 兄貴のストレスがマッハで高まりそうだ。

 これが原因で兄貴が禿げたら、異世界印の植毛剤でもプレゼントしてやろう。


 その間、リーティスとアリスが情報交換をする流れになった。

 アリスが何故こんな場所に囚われていたのか、その理由にはあたしもリーティスも驚いた。

 アリスは、相当運悪くあの盗賊団に鉢合わせてしまったのだ。この時期にリーティスに会いにいこうなどと思い立ってしまったばっかりに。

 それを聞いたリーティスが泣き出しそうになる一幕があり、慌ててあたしとアリスでフォローを入れた。


 それにしても無茶する奴だ。世間知らずにもほどがあるぜ。

 言ってやりたいことは山ほどあったが、あいにく兄貴はユムナにつきっきりだ。伝える術がない。


 だいぶ体力を取り戻したらしいアリスが、胡坐をかいていたあたしの足上に移動してきた。まあ、今くらいは許してやろう。


 続いてリーティスがあたし達が村を出た目的を伝えると、心中穏やかでいられなかったらしいアリスが叫び出した。


『何よそれ! 救いがたい悪党ね! 安心するといいわ、リーティス。パシルノなんて木端貴族、私のお父様に言いつければ消えてなくなるわ』


 いや、窓の汚れとかじゃねえんだ。消えてなくなりはしねえだろ。


 とはいえ、間接的にではあるが侯爵家の娘を拉致監禁したのだ。

 あたしらが直訴状を届けるまでもなくパシルノ男爵は終わりかもな。

 ココロ村をパシルノの暴虐から救える日は案外近いかもしれない。


「終わったぞ。聞きたいことはおおよそ聞き終えた」


 そうこうしているうちに兄貴の尋問が終了した。

 木を背にして座り込み、ため息をついている兄貴の顔がどこか疲れた風だったのは、気のせいではないだろう。


「お疲れさん、兄貴」


 久しぶりに兄貴の頭をポンポンと叩いてやったが、払いのける元気もないようだ。まったく重症だねえ。




 ユムナのもたらした情報は中々役に立った。

 彼女の言葉が嘘である可能性もあったため、常に気は抜けなかったものの、彼女が申告した通りの場所に見張りの盗賊達の姿が見えたし、迂回したが、盗賊団本隊のアジトらしきものの所在も分かった。


 そうして慎重に盗賊達の見張りを回避し続けたあたし達は、無事に山岳部を抜けることに成功した。


『ここまでくれば盗賊に俺達のことが見つかっても「ココロ村から伝達事項を届けに行くもの」ではなく、「ユムナに密かに通じていた仲間」で通せるはずだ』


 兄貴がそう宣言し、リーティスが安堵の表情を見せた。

 今の彼女は旅人用のマント姿で顔が隠れている。

 盗賊が村人の情報をある程度集めている可能性もあるため、その用心だ。


『でも~、あたしが「こいつらなんて仲間じゃありません~」、とか言ったらどうするの?』


 後ろ手を縛られ、あたしに拘束されたまま歩いていたユムナが暢気に問いかけをした。


 何故だか先ほどからやたらとあたしの方をチラチラと振り返ってきやがる。

 隙を見つけようと伺ってるのかもしれんが、逃がさねえぞ。


『その時は「ありがとう。俺達を庇ってくれるんだな。だが、俺達が君を放っておけるわけないだろう?」とでも言ってお前を気絶させれば済む。ああ、みんな。その場合この女のことを「ユムナ」とは呼ぶなよ?盗賊間で通じる符丁の可能性もある』


 いやいや、何でもかんでも疑いすぎだろう、兄貴。


 とはいえ、固有名詞は他の言葉の喋れないあたしでも普通に言っちまうもんだからな。注意はしておくか。


 山間部を抜けたあたし達は、左右を高い崖に囲まれた道を進んでいた。

 何でも、あの崖の向こう側には強力な魔獣の蠢く魔力地帯があって、一攫千金を夢見る冒険者たちがその奥へと潜り込んでいるのだとか。

 時折、魔力地帯に存在する群れから放逐されたはぐれ魔獣などがこのあたりに来ることがあるらしいと聞き、危険な気配の探知は怠らないでおく。


『それにしても随分と殺風景な地域だな。岩肌と地面以外に色彩と呼べるものが無いぞ』

『そうね。濃い魔力地帯が周囲の魔力を吸い上げてるから、こんな風に植物の生育のない地域が生まれるって習ったことがあるわ。私がこっちに来る時は馬車の中で寝ていたからこんな場所は知らなかったけど。っていうか貴方、旅人の癖にそんなことも知らないの?』


 兄貴の言葉に、あたしの背におぶさったアリスが答えている。


『こんな風に生命の気配のない場所なんかじゃ、ガーリス盗賊団も「お仕事」はしてませんでしたね~。な~んか、人が長くとどまっていたらいけないような気がするんだとか?』


 ユムナの言だ。日本でもやくざはゲン担ぎを大事にするなんて聞いたことがあるが、そんな感じなんだろうか。



 ……? 気のせいだろうか。ふとあたしの聴覚が何かの気配を捉えた。


「おい、紅。どうした?」


 何だろうか。あたし達のやってきた道、右手側の崖の奥からだ。

 あちらの方向から何かが、地を削りながら近づいてくる。そんな音が、かすかに聞こえる。

 荷物を下ろして戦闘態勢に入ったあたしを見た兄貴が手振りでリーティスとアリスに指示を出し、逆サイドの崖下まで下がらせた。

 「力」を強めて聴覚を鋭敏にしていく片手間で、ユムナが脱走しないよう処置を施した。

 つっても、足をASP特製ワイヤーで縛って地面に転がしただけだけどな。


『あたし、何だか芋虫さんになった気分~』


 手足を拘束されたユムナがどこか嬉しそうに放ったのがこの一言。

 本当にどんな時も余裕あんな、こいつ。


 やがて、あたしの感じた気配が近づいてくる。

 そのまま待ち構えていると、その気配の主の到着より前に、別の影が複数、崖上から身を躍らせてきた。

 驚愕の表情を顔に貼りつけながら空中を降りて来るのは、身の丈ほどの大きな杖を持ったローブ姿の女性、その女性を背負った20代くらいの男性、そしてドラム缶大の巨大な斧を右手に持ったひげもじゃ寸胴のおっさんだった。


『おい、アンナ! 旅人居んじゃねえか。これじゃ俺達犯罪者だぞ!』

『んなこと言ってる場合じゃないって! 逃げ遅れたらうちらが死ぬもん! 早く町まで逃げないと!』


 背に抱えられた女性が杖を一振りすると、三人の落下速度がすこし遅くなった。

 ギャーギャー何かを言ってるが、後ろのリーティスも三人の言葉は拾えなかったみてえで、何を言っているのかさっぱりわからない。

 ま、大方の見当はついてるが。


『おい、そこのお前ら、死にたくないなら全速力で今すぐ逃げろ!』


 地上に華麗な着地をきめたおっさんが、何ごとかをわめいている。随分と必死そうな(つら)だった。


 ズズン。ズルズル……。


 見ると、先ほど謎の三人が姿を見せた崖の上から、“何か”が顔を出そうとしていた。

 先ほどあたしが聞いた、地を削る音の主だろう。

 

べに

「おう」


 あたしと兄貴は、一言だけ交わして臨戦態勢をとった。

 とうとう顔を覗かせた膨大な殺気の主に対峙するべく、拳をぐっと握りしめて気合を高めながら。


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