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第二十話:コミュニケーションとは何だと思う?<伝わる言葉>

 side:リーティス

 その少女は、間違いなく私の幼いころのお友達でした。

 フルネームはアリス・スカーレット・ヴェルティ。

 ヴェルティ侯爵家の四女という輝かしい肩書をもっています。

 けれど、今のアリスの体は、まるでその肩書きを汚そうとでもいうかのように、酷い汚れと痛々しい傷跡に包まれていました。


 私とベニさんは汚れてしまっていたその体を水で洗い流し、清潔な布で拭いてあげました。

 一人がアリスの体を持ち上げ、もう一人が傷の発見と汚れ落としをこなすんです。

 当然、綺麗にする側である私達の体の泥も土魔法で完全に落とし、綺麗にしてありました。

 もうカモフラージュの必要はないだろうというカオルさんの判断です。


 暗闇の中、上手くものが見えない私をベニさんがフォローしてくれました。

 的確にアリスの傷を指摘し、私がアリスの体に触れやすいよう彼女の体を適宜丁寧に持ち替えてくれるんです。

 その配慮に感謝の笑みで返しつつ、私達は持参していた水の魔石を次々と消費して水やお湯を産みだして、アリスを綺麗にしていきました。

 治療のための神聖魔法も、全力全開、惜しみ無しです。


 ――それにしてもいったいどうしてアリスがこんなところに?


 疑問が頭に浮かびます。

 でも、そんなことは後で本人に尋ねればよい事柄ですね。

 今はまず何より、アリスのためにできることをしてあげなくちゃいけません。

 アリスの体を拭く手を休めないまま、額を濡らしていた汗を軽く拭いました。


 私達は、先ほどの盗賊たちの拠点から遠く離れた場所まで移動しています。

 今は、街道寄りの背の低い木が密集している地帯に身を隠しているところですすね。

 カオルさん達がアリスと一緒に連れてきた(というより持ってきた)盗賊の女性は、縄で縛ったうえで脇に転がしてあります。

 縛られて尚平和にぐーすかと寝ている女性は、とても恐ろしい盗賊には見えませんでした。

 でも、彼女は間違いなくアリスを縛ったり、これだけ泥まみれにしたりした張本人。

 裁判を受けた後、しかるべき懲罰を受けてもらいたいと思います。


 治療と消毒が終わって、私達はアリスを清潔な服に着替えさせ、運んできた時よりは汚れの落ちた長い金髪を束ねてあげました。

 作業の殆どは夜目の効くベニさんに任せきりになってしまいましたけど、アリスの体を支える役目は私が担います。


 カオルさんは今見張りに出ているので、この場にいるのはベニさんと、アリスと、私だけです。

 私からベニさんに言葉を伝えることはできても、ベニさんから私に言葉をかけてくることはできません。

 それを承知しているので、私たちは先ほどから、無言で黙々と作業を続けています。


「……」

『……』


 けれど、こうして二人で作業をしていると、言葉なんてなくても私たちの心がつながっているのが実感できます。

 お互い、次に相手が何をしたいのか、何をしてほしいのかを即座に察せられるんですもん。

 

 二人で並んで地面に腰かけ、腿の上に引いたシートにアリスを乗せてあげます。

 私は目についたアリスの体の傷を治癒魔法で癒しながら、

 ベニさんはアリスの体をチェックして他の傷や怪我がないかを探りながら、二人で、アリスが目を覚ますのを待ちました。

 そうして、如何ほどの時が流れたでしょうか。


「……んっ」


 ああ、アリスが目を開けました。

 まだぼんやりと目の焦点が定まらない様子でしたが、暗闇で尚その存在を主張する、宝石のように碧い美しい瞳がこちらを向きます。


「だ……れ? ここ……どこ?」


 不安そうな、痛々しい震え声が周りに誰何を発します。

 まだ太陽が登るには早すぎる時間帯です。

 暗くて、私のことが分からないのでしょう。


(私です。リーティスです。アリアンロッド神殿で一緒に遊んでいたのを覚えていますか、アリス?)


 言葉では余計な刺激を与えてしまうと思い、こちらの感情の色や害意の無さを直接届けることのできる意思疎通魔法で呼びかけました。

 本当に、意思疎通魔法を習得していたことを神に感謝したくなりました。

 カオルさん、ベニさんに出会った時といい、本当にこの魔法にはお世話になっています。

 アリスは私の言葉に反応するように一瞬体をピクリと震わせました。

 悲壮な顔に、笑顔の欠片が灯ります。

 でもその後すぐ、アリスはいやいやをするように顔を横に振りました。


「う……そ。私、きっと夢を見てるんだわ。リーティスが私を助けに来てくれるなんて、そんな都合の良いこと、有り得ない」


 鈴の鳴る音のように、柔らかで、綺麗なアリスの声。

 けれど、なんと残酷なことなんでしょうか。

 その声が紡ぐ言葉は、自分の身の安全を確信しきれないという酷いものでした。


『今のお前の目の前にいるのは幻でもなんでもない、お前の友人のリーティスだぜ、アリス。もう怖い時間は終わったんだよ』


 ふと、ここまで沈黙を吊らぶいていたベニさんが優しい声音で、怯えるアリスに呼びかけました。

 言葉が分からない私には、ベニさんが何を言ったのかは分かりませんでした。

 ベニさん自身も、アリスが今私に何を言ったのかなんて分からないまま言葉をかけているはずです。


 でも、何故なんでしょうか。

 今の二人は、お互いが言ったこと全てを感じ取り、意思を通じ合ったように思えました。

 その証拠に、アリスの頬に伸びたベニさんの手を、アリスは払いのけようとはしませんでした。

 むしろ、温かなベニさんの体温を掌越しに感じて、非常に安らいでいるようにも思います。


 (アリス。この人はね、二ホンっていう国から来たベニさんっていう方です。とっても強い女の人で、アリスを盗賊達の居た小屋から助けてくれたのもこの人なんですよ)


 私はアリスの右手を両手で包み込むように握って、そう語りかけました。


「ベニ、さん……。この手の人が……」


 アリスは、私の両手をまだ回復しきっていない弱々しい力で握り返しながら、自分の頬を触れていたベニさんの手を、持ち上げた左手でそっと触れていました。


『頑張ったな、アリス。無事でいてくれて良かったぜ』


 ベニさんが、またアリスに優しく語りかけています。

 やがてアリスの両目に、暗くてもはっきりとわかる大粒の涙が浮かびました。


「ありがとう。リーティス、ベニ。私のことを助けに来てくれて、ありがと

う」


 しゃくりあげ始めたかと思うと、とうとう声を上げて泣き出してしまったアリス。

 そんなアリスを、私とベニさんが両側から挟み込むようにして抱きしめました。

 私の胸元で泣いているアリスの頭に、ベニさんの大きな手がかぶさります。

 私とベニさんは結局、朝日が山から顔を出して、泣き疲れたアリスがまた眠りにつくまで同じ体勢でアリスを慰撫し続けていました。


 アリスの瞼を濡らす安堵の涙を、心の底から喜びながら。





 そして翌朝、アリスが目を覚ますと、


「嘘よ!貴女なんてリーティスじゃないわ!」

「ええ!?」


 私はアリスから、とんでもない宣告を受けていました。


「うう、三年前は同じくらいだったじゃないの。何を食べればそんなに大きくなるのよ。というかひょっとして、昨日私が顔をうずめていたものって……、」


 なぜかアリスは自分の胸のあたりをさすりつつ、ぶつぶつと何事かを小声で呟いていました。

 取りあえず、先ほどの言葉は本気じゃなかったみたいですね。

 良かったです。

 それを見たベニさんが神妙な顔でアリスの頭をポンポンと叩き、それを受けたアリスもベニさんの全身を見回した後ハッとした顔になり、そのままベニさんの胸元に飛びついてひしと抱き合いました。


 言葉が無くても何事かを分かり合えたみたいですね。

 うん、良かったです。


「そうだ。あの、リーティスが言ってた言葉って本当なのよね。貴方――ベニ、さんが私を助けてくれたって」

(「ええ。ベニさんともう一人、ここにはいませんけどカオルさんという方が、アリスが捕まってた家に忍び込んで連れて来てくれたんですよ」)


 ベニさんに私たちの会話を通訳しつつ、アリスの問いに答えました。


「そ、そう。そうなのね、ふーん」


 何やらアリスが挙動不審になっています。

 さっきまで抱き合っていたベニさんのことを横目でチラチラと見つめているみたい。


「あ、あの。ベニ、さん……?」


 未だちょっと挙動不審なアリスがベニさんに何かを言いかけていました。

 ああ、早くカオルさんに戻ってきていただけると通訳を休めるのですが。


「そ、その……」 


 どうしたんでしょう?アリスの顔が赤いです。

 気なしか、息を弾ませているようにも見えます。


『ん、何だ?』


 紅さんが訝しげな顔をしています。

 そんなベニさんに向け、上目遣いになったアリスが口を開きました。


「あの、ベニさん――お義姉様とお呼びさせて頂いても、かまいませんか?」


 私はこの言葉を通訳するか否か、たっぷり一分間悩みこみました。



 音量を気にせず騒いでいる風のアリスですが、紅の注意に従って一応抑えています。

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