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第十八話:RPGのシーフってやっぱりやってることは泥棒と一緒だよな<潜入>

 side:薫

 リーティスさんが半パニック状態になっていた。

 急に飛び起きたと思ったら、何やら要領を得ないことを叫び出したのである。

 アリスが、小屋が、危険な、女の子で。

 断片的な単語を拾う限り、緊急事態であるらしいことは察せられる。

 しかし、今のままでは埒が明かない。

 事情を聞くためには、まず落ち着かせてやらなければいけないだろう。

 恐慌状態の彼女の鼻先で、俺は両手を打ち鳴らした。


 『うにゃっ?!』猫だましを食らった(リーティス)さんがビクンと震え、動きを止めた。

 その隙に彼女の肩に手を伸ばして秘孔を(ほぐ)し、強張った筋肉から力を抜かせる。

 『ふにゃあ』常の彼女らしくない気の抜けた声がその口から漏れた。

 しかしこれで、何とか話を聞き出せる程度には落ち着かせることに成功した。


『あの、私、夢の中でいつもの「祈祷」の時と同じ状態になったんです、それでアリアンロッドさまの「神託」がありました。あの中に私のお友達がいるって。捕まってるみたいなんです!』


 羞恥とは違う、興奮の色で頬を染め上げながらリーティスさんが勢い込んで報告する。

 何やら日本の怪しげな新興宗教の教祖様が言っていそうなセリフだが、そういうわけではないらしい。


 この世界の「祈祷」とは、特定の神の信者が神に祈りをささげ、その精神の一部と接触する特別な技術のことなのだという。

 敬虔な信者でなければ至れない領域だが、自分の精神を神と一体にしている時は、信者にとっては至福の瞬間らしい。


 そして祈祷中、時折「神託」という「神々の意思」を受け取る者がいるのだ。


 それらは明確な「言葉」としては感じられないが、それを受けたものは確かにそれが神の意思であると確信を持つのだという。

 俺はその現象のことを、魔力の働きによるシャーマニズム的な交霊作用か何かによる錯覚ではないかと分析している。

 まあ、本気で「神」を信じる者に対して言って良いこととは思わなかったため、リーティスさん本人にそんなことは言っていないが。


 俺の通訳を通じてリーティスさんの言葉を聞いた紅が、驚いた風に目を剥いた。


「おい、マジか!?」

(『は、はい、本当です。あの中にアリスが……、私の友達が捕まっているんです』)


 闇夜で周りのものがはっきり見えていない中、紅にいきなり肩に掴みかかられたリーティスさんが、子リスのようにびくっと怯えた。

 だがその手の正体が自分の知る相手だと気付き、今度は逆に自分から鼻と鼻がぶつかりそうな距離まで顔を近づけ、勢い込んで返答を返した。

 二人とも興奮しすぎだ。このまま何の策も考えも無く山小屋に突っ込んでいきそうな具合である。

 紅が完全に乗り気になっているのも拙い。 

 ああなった紅の意思を曲げさせるのは、かなり困難だ。

 上官として命令すれば聞くだろうが……、仕方ない。今回はちょっと無茶をすることにしよう。

 今の俺は、紅の上官である前に、兄であるはずだからな。少々の我儘や無茶も、俺が責任を取って尻拭いをすればいい。


「よし。ならばまずあの小屋の周囲と内部の様子を確かめてみるか。小屋の周囲に何か仕掛けがある可能性がある。慎重に行くぞ。――紅、熱源探知機は持っているな? 中にいる人数を確認してこい」


 その言葉が終わるか終らないかのうちに、


「任せろ!」


 闇夜を見通す目を持った紅が、走り出してしまった。

 おいおい、いきなり突っ走るな。ブリーフィングの時間を設ける暇もないじゃないか。

 突かれたビリヤード球のごとく飛び出して行った紅のことをよっぽど呼び止めたかったが、あいつの斥候としての実力と経験、それになにより緊急時の戦闘能力は確かだ。失敗することは無いだろう。


『リーティスさんはこっちに。俺が誘導する』

『は……、はい!』


 残された俺達は、自身達の視力で小屋を認識できるギリギリの場所まで移動することにした。

 暗闇で足元が良く見えない。

 転んでしまってはまずいな……、一言断ってリーティスさんを抱え上げた。

 雑草の殆ど生えていない硬い地面を一歩一歩ゆっくりと踏みしめ、小屋の目視に適した場所を探し歩く。


 腕に抱えたリーティスさんの、押し殺した息遣いが聞こえて来る。

 紅の分の荷物も抱えながらの移動は、正直結構な重労働だったが、すぐに目当ての場所まで移動できた。

 小屋に視線をやると、紅が顔を正面に向けつつ両手をまっすぐ上に伸ばす姿勢、すなわち「5」という数字を表すASP式のサインを体で示していた。

 中の人数は5人か。

 俺は手早く、しかし静かに荷物とリーティスさんを地面に下ろし、両手を頭上で一回転させる「こちら異常なし 戻れ」のサインを示した。


 サインを受けた紅が手をおろし、間もなくこちらに戻ってくる。


「中の奴らは十中八九完全に全員寝てるっぽいぜ。どうするよ?」


 俺の方針はもう決まっている。

 あとは、こちらの存在をなるべく盗賊団から隠しつつ、その「リーティスの友達」を救い出す策を実行するだけだ。


「奴らを起こさないままその少女と、さらにもう一人、"盗賊の内の一人"を攫ってくる。今回の方針はこれで行くぞ」


 優先順位は第一に少女、第二にこちらの存在の隠匿だ。

 そして、今回の作戦の肝は、こちらの存在を隠匿するために「盗賊一人」を追加で誘拐するというもの。

 要するに少女の誘拐を「盗賊たちが知らない何者か」ではなく「盗賊団内の裏切者」が行った犯行に見せかければよいのである。

 万が一、俺達の侵入が気づかれ、盗賊達が起こしてしまった場合は「盗賊一人の誘拐」が「小屋にいる盗賊全員の排除」に変わる。

 

「ああ、なるほど。……流石兄貴、あくどい策を考え付くねえ」

「この場は褒め言葉と受け取っておこう」


 とはいえ、こちらは盗賊達の内部事情には詳しくない。

 下手を打てばこちらの存在がばれてしまう危険性もあるが、口には出さない。

 余計な不安を煽るのは得策ではないからな。


「よし。じゃあ兄貴とあたしの二人でやるぜ。リーティス、悪いけどここで待っていてくれ」

『ええっ!?』


 リーティスさんが不安そうな声を上げたが、この暗闇の中、他の盗賊に出くわす可能性は低いはずだ。

 このあたりは危険な魔物なども存在しないようだし、俺達が離れている時間もせいぜい数分である。


『ああ、小屋周辺に罠がある可能性も残っている、ここで待っていてくれ』

『わ、分かりました。勿論アリスも大事ですけどお二人のことだって大事なんですからね、無事に帰ってきてください』


 何故だか猛烈に男の庇護欲をそそってくるその言葉に短く首肯を返し、その場を離れた。

 紅と共に、夜の闇に溶け込むしのびのごとく小屋に向かう。




 ざっと見たところ、小屋周辺に妙な気配は感じられなかった。

 息を殺しながら、俺は慎重にその壁に取り付いた。

 紅の習得した地属性魔法の効果で、俺達の体を覆う泥は固まり、はがれないようになっている。これなら余計な痕跡を残す心配は無い。

 やや離れた位置から小屋全体を見張っていた紅と視線を交わし、作戦の開始を告げる。

 意を決して手を伸ばし、小屋の壁に触れるが、中で何かが反応する様子はない。

 紅にジェスチャーで指示し、傍まで呼び出した。

 耳を壁につけさせ、その人間離れした聴覚で中を探らせる。 

 数秒、じっと中を探ったていた紅が俺に示したのは、右手で小さく横線を引く「気取られた気配なし、異常なし」のサイン。

 よし、行けるか。


 紅と頷きを交わし、二手に分かれて小屋の周囲を忍びやかに駆けた。

 小屋の侵入口を見繕うべく、視線をあちこちに巡らせる。

 窓は嵌め殺しの鉄枠ありのタイプ、壁も静かにはがせる類のものではなさそうだ……。

 一通り小屋の外観を探り、侵入経路を模索していく。

 正面扉を開けるのは、ピッキングが成功したとしても危険すぎる。かといって窓や地面からの侵入が難しいことは一目瞭然。

 となると残された手段は一つ。

 同じく小屋を半周してきた紅も、俺と同じ結論に至ったらしい。

 俺達の視線はこの季節には絶対に使用されないとある施設、小屋の暖炉に繋がる「煙突」に向けられた。





 靴下に履き替えた紅が煙突を抜けて小屋の床に静かに着地した。

 首を巡らせ、中の人間が目覚めていないか、何も異常がないか様子を伺う。季節外れのサンタクロースのご降臨だ。


 俺の居る屋根上に向けて、右手で横線。『異常なし』のサインだ。

 それを受けた俺も、両足の支えのみでするすると煙突を通り抜け、室内に忍び込んだ。蜘蛛男にでもなった気分だな。


 部屋の内部は、この世界では一般的な土足の住居のようだった。

 盗賊達の寝るスペースを確保するためか、普段は家の中央に置かれているのであろう木の丸机が部屋の端に移動させられている。


 殺風景な部屋だった。

 必要最低限と思しき武器や食料の袋以外では、盗賊達の「戦利品」らしきものさえも見当たらない。本当に寝所としてのみ利用しているのだろう。


 一足先に到着していた紅は、部屋の隅に置かれた椅子の所に立っていた。

 その椅子に拘束されていた少女を後ろ手に縛る金属縄を、ナイフを繰って切り裂いている。

 あの少女が、件の「アリス」なのだろうか。

 背もたれつきの木の椅子に胴体と両足を縄で縛られて固定され、目隠しとして布まで巻かれている。

 随分と痛々しい姿だ。

 リーティスから聞いていた彼女の特徴、右腕の紋章が荒々しく破かれた服の袖から覗いていた。


 取り決め通り少女の対応は紅に任せ、部屋の盗賊達に向きなおった。

 ここで驚いたことが一つあった。

 室内にいた盗賊団のメンバーと思しき者たちが皆20代~40代程の女性ばかりだったのだ。

 簡素な毛皮の毛布に身をくるみ、すうすう、ぐうぐう、ぴいぴい、ちゅんちゅんと平和そうな寝息を漏らしている。

 あの時俺達が追跡していた二人はこいつとこいつか。

 見覚えのある体格の二人を見つけ、俺は息を漏らした。


 それにしても。

 この二人の歩き方から、もしかしたら二人とも女性かもしれないとは思っていたが、この場にいる全員が女性とはどういうことだろう。

 首をかしげ、幾つかそれらしい推測が頭に浮かぶ、確実な答えが出ない。

 それと、もう一つ疑問がある。

 こいつらの人数だ。

 てっきり2人組の交代制で見張りをしていたのかと思っていたが、寝ているのは5人。まあ、こちらは3人の組が一つある、というだけのことかもしれないが。


 疑問がいくつか頭をよぎったが、思索は後でもできる。

 こんなところで「力」を使ってまで考え事をする必要性は感じないし、手早くことを済ませよう。

 それに。

 早く、一人で俺達の帰りを待っているリーティスさんのところまで戻ってやりたいしな。

 主人を待つ、忠犬のようなリーティスさんの姿が俺の脳裏を横切った。想像上の彼女の頭に犬耳が生えていたのは断じて俺の嗜好ではないと思いたい。


 俺は暖炉の近くで横になっていた、30歳前後と思われる蒼い髪色の女性の枕元に跪く。懐から取り出した睡眠薬を嗅がせ、その体を肩に担ぎ上げた。

 盗賊達は全員、枕元に本人のものと思われる荷物を置いていた。彼女の荷物も一緒に抱え上げる。


(もっとも彼女たちが全員疑り深い性格で、枕元の荷物は全て別人のもの、という可能性もあるが)


 その場合は、寝る際に布団の中に抱きかかえる程度の用心はするだろう。

 「裏切者」の印象づけのために他の盗賊の荷物も抱えていこうかと考えたが、この女性一人でそこまでの荷物は持てまい。さすがに不自然だ。

 

 ひとまず、確保すべきものは全て確保し終えた。

 次は、この部屋の脱出だな。

 先ほど確認したが、正面の扉には正体不明の道具が設置してあった。

 警報機か、侵入者を迎撃する魔法具という可能性も十分ある。

 これなら脱出も煙突経由が無難だろう。

 科学的なものならまだ道具の正体の推測も立てられなくもないが、魔法の道具だったらお手上げだ。リスクは最小限にしたい。


 より安全を期すならやはり「この場にいる全員」を連れていきたいところだが……。

 俺と紅だけならともかく、道中にはリーティスさんも一緒にいる。

 5人もまとめて管理しながら他の盗賊に見つからないよう移動するのは骨が折れる。必ずどこかで"始末する"という選択肢が頭をよぎるはずだ。

 その選択肢を考える『時』はもうしばらく先のことで良い。


(よし、行くぞ)


 目線だけで合図を交わした俺達は、今回獲得した二人の体と荷物を抱え、盗賊達の寝所から離脱した。


 主人公達は気づきませんでしたが、小屋の中には「魔法探知」の警報が置いてありました。


 侵入者や拘束した少女が魔法を行使したら盗賊達は飛び起きていたでしょう。


 少女の体を縛るのが鉄縄なのは、この世界では麻縄程度の拘束は詠唱の短い初級魔法で切って脱け出すことが可能だからです。

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